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第四話 海の魔物 (2)

第四話 海の魔物 (2)






 翌日の昼。マリナリオにはどこか、ピリピリとした空気が満ちていた。街路には露店も少なく、出歩く人影も殆どない。だが、方々の視線は皆、一様に海に集中していた。


「では昨日打ち合わせた通りに。剣士は十名程砂浜に待機。残りは魔術士達を守れ。治療術士は結界を作戦開始後迅速に張る事だ。何かわからない事はあるか。――ないようなら、今すぐ始める。覚悟はいいか!」


 砂浜に朗々とした声が響く。マリナリオの協会長――名はグレイというらしい――の声に、その場に集まった狩人達は、応えて一斉に唱和した。軽い地響きのような騒ぎに、この場にいることさえ不本意なリディは、完璧に不機嫌だった。


「あんた、本気でイカ嫌いなんだなぁ」


 彼女の隣に立っているエドガー・ムーアが眉を上げていう。この作戦内で、彼の立ち位置は重要だ。イカを見たら絶対に吐くと言い切ったリディが対象を見なくて済むように考案された攻撃、その要はエドガーの弓である。


 火魔術士がほとんど居合わせなかったこの状況で、彼ら”ノナ”の協力を得られることは、マリナリオにとって僥倖以外の何物でもない。


「タコも駄目だよ。あんなモノを食べようっていう神経がしれないね」


 それぞれ決められた場所への移動が始まり、リディも足を動かした。彼らトドメ役が向かうのは、砂浜の端にある崖である。全貌を目にする為には、多少距離があってもそこしかない。

 エドガーは気の毒そうな目でリディを見た。


「ええ、うめえのになー…」

「リディ」


 少し離れた所からルイスが走ってきて、割と真剣な目で囁いた。


「本当に大丈夫か?」


 昨日の会議の問題点も、そこだった。今この街にいる火属性を使える魔術士は、リディを含め三人。本来ならあの巨体を焼き尽くすには圧倒的に火力が足らない。だが、リディが三人いれば何とかなるよ、と吐き捨てた事によって、会議はその方向のまま収束したのだが――。


「ああ。核の力も借りるしね」


 リディもルイスも、なにかの時の為に、常時いくつかの核をストックしてある。


 核から攻撃エネルギーを引き出すのは、実は容易ではない。核とは生命エネルギーの結晶であり、元来他を傷付ける為には使い辛いのだ。しかしそういった問題点は、二人はとっくにクリアしていた。


「ルイスこそ、気を抜かないでよ?海割るの、結局君が要になったんだろ」

「あー。まぁ俺の方は心配すんな。ヨセフもいるし。あいつかなり強いぜ」

「そうだろうね」


 この間のアイルでの戦闘で、リディは直接ヨセフの戦いを見た訳ではない。乱戦の中数度すれ違っただけだ。しかし、リディの魔力を視る目は確かだ。その目を持って、この場にいる魔術士達の中で自分とルイス、グレイを除けば、ヨセフが一番魔力が高いと見切っていた。


 そのヨセフが、波打ち際から叫ぶ。


「おら、ルイス何やってんだ!行くぞ!」

「今行く!じゃあな、リディ。健闘を祈る」

「そっちもね」


 パン、とリディと掌を叩き合わせてから、ルイスは砂を蹴った。見る見るうちに沖へ向かう後ろ姿に肩を竦め、リディも視線を崖に向けた。





―――――――――――――――――――――――



「…全員、準備はいいか」


 魔力の気配が最も濃密な場所の寸前でルイスは言った。海上に浮かぶ魔術士達が、皆緊張の面持ちで頷く。砂浜を振り返り、次いで崖の上を見上げる。微かに光がチラついた。

 エドガーの弓である。準備はいいという合図だ。ルイスは微かに頷くと、他の魔術師と共に息を吸い込んで、水面を蹴って、ポイント上空に舞い上がった。


 途端沸き上がる、膨大な、よこしまな魔力。水面が表面張力で盛り上がり、次の瞬間派手な飛沫をあげて弾ける。姿を現したクラーケンに、周囲の魔術士達が息を呑んだ。


「こいつが、クラーケン…!」


 ヨセフが唇を舐めた。しかしぐずぐずしている時間はない。目配せで他の魔術士と呼吸を合わせ、精霊を喚んだ。


 海上に集まった魔術士達の役割は、一様にクラーケンの捕縛。風魔術士が水魔術士の足場を作り、水魔術士は海水を操って流れを停滞させ、クラーケンの動きを制限する。

 その作戦はきっちりと功を奏し、目に見えて水の流動の勢いは衰え、クラーケンの体を重い鎖のように取り巻いた。


 クラーケンが煩わしげに咆哮した。ビリビリとした衝撃が水を波立たせるが、魔力がすぐに滑らかに抑制する。

 そして、


「割れ、アイシィ…!」


 凛とした声が響くと共に、大気が鳴動する。ルイスを要とした凄まじい魔力の収束と解放に、


 海は、割れた。


 クラーケンの周囲半径五十メートル程が、ぽっかりと穴を開けた。重力に従って落ちようとしたクラーケンを、ヨセフの風魔術が空中に跳ね上げる。砂浜にいる誰もが唖然とする中、膝に手をついたルイスが叫んだ。


「リディ…!」


 直後、クラーケンの黄色い目と目の間に、矢が突き立った。







「おー、おいでなすったぜ」


 エドガーが手を翳して言った。崖の上に集まる魔術士達が、それぞれ強張った顔で火精霊を喚ぶ。一人、背を向けているリディにエドガーは顎をしゃくった。


「おーい。大丈夫か?」

「問題ない。もう私の準備は終わった。君の魔力の補足も出来てる。いつでも撃ちなよ」


 この作戦で、エドガーはいわば導火線である。その魔術を乗せて矢を撃てる希少な能力で持って、リディの魔術を誘導する。他の魔術士達も同様だ。全員が火精霊をエドガーの矢に纏わせることにより、絶大な威力の火矢を放とうというのである。


「よっしゃ。じゃあ行くぞー」


 引き締まった上腕筋が盛り上がり、力強く弦を引く。リディや集まった魔術士達は目を閉じ、エドガーの魔術の軌跡に集中した。


「…らぁっ!」


 細く鋭い軌跡は、しかし過たずクラーケンの眉間に吸い込まれた。








 矢が突き立つと同時に、クラーケンを取り囲んでいた水魔術士や風魔術士が、それぞれ攻撃魔術を放つ。しかし弱点ではないせいか、大した効力は発揮されていない。


 クラーケンは眉間の矢に絶叫し、体を捻らせ無数の足で海面を叩く。魔術士達が懸命に動きを止めようとするも、焼け石に水の感が否めない。誰もが危機感を覚え――しかし眉間に突き立った矢を中心にして、俄かに魔力の奔流が巻き起こる。その強さを肌で感じたルイスは、半ば本能的に叫んだ。


「皆、離れろ!!」








 リディは目を開いた。矢に乗った魔術士達の魔術の要は、リディだ。リディの命令と共に、全員の魔術が発動する。そして、唇が絶対的な力を持って命じた。


「灰燼一切遺さず焼き尽くせ、フレイア」


 次の瞬間の光景には、その場の誰もが目を疑った。


 クラーケンの眉間から、赤い炎が溢れ出たのだ。炎はまるで巨大な舌のようにクラーケンの体表を舐め、覆い尽くす。今までとは比べ物にならない絶叫が、クラーケンから発された。


 魔術を放った当の火魔術士達も、呆然とその光景を見つめていた。かつてこのような魔術を発揮した事はない。そして、発揮できているのは、魔力を合わせたからだけでなく、要の少女がいるから、というのは自明の理だった。集束した他人の魔力を、最大限まで開放する。それは、相当の技術と魔力が必要だ。


「なんつー力だよ…!」


 ヨセフが半ば恐怖を交えて言うのがルイスの耳に届く。ルイスも全く同感だった。


(やりすぎな感もするが)


 もう必要ないだろうと海の穴を崩す。一気に海が流れを取り戻すのを確認し、灰燼に帰していくクラーケンを見た。


「塵一つ残らないな…」


 誰かのその呟きが、聞こえたのか否か。クラーケンの、もはや一つになった目がぎらりと光り、最期の力を振り絞った咆哮が海上に響き渡った。


「うわっ、なんだっ…」


 咆哮の余波からの衝撃をやり過ごしてから、海上の魔術士達は絶句した。


「波がっ…」


 強大な圧力によって海面が盛り上がり、砂浜に凄まじい速さで肉迫しようとしている。剣士達が大混乱に陥って逃げようとしているが到底間に合いそうもない。ヨセフがばっとクラーケンの方を振り向くと、炎の中で僅かな影が踊り、燻って消えていく。どこか満足げな光と共に、炎ごと消えた。


 大波が砂浜まであと数メートルに近付く。結界が張られたようだが、この短時間であの波を防ぐ強度などとても無理だ。ルイスは舌打ちして目をぎゅっと瞑った。


(足りるか――)


 雷速の集中で魔力を練る。残り少ない魔力をかき集め、懐にしまっていた核を握って、叫ぶ。


「凍らせろ、アイシィ!!」


 次の瞬間、視界は白に染まった。








――――――――――――――――――――――――――――




「海が…」


 誰かが呆然と呟いた。まだ本格的な夏ではないとはいえ、充分に暖かい場所が、白く凍り付いている。砂浜を襲おうとした大波は盛り上がった所で停止し、水飛沫すら、時が止まったように宙で白くなっている。


 何者も音を立てられない世界に、不意にガシャン、という音が響いた。


「ルイス・キリグ…」


 この光景を作り出した張本人――ルイスは、氷上に落下して喘いでいた。しかし誰も動けない。尋常ならざる力の前に、足まで凍ってしまったようだった。――ただ一人を除いて。


「ルイス」


 とん、と軽い音を立てて、氷上に倒れ伏した青年の傍らに、細い躯が着地する。


「無理したね。大丈夫?」

「……」


 覗き込む金の眼を数瞬見つめて、蒼の眼は閉じた。ぐったりと力を失った躯を、リディはひょいと肩で支えて立ち上がった。

 その時漸く呪縛から解放されたヨセフが、慌ててその横に降りる。


「リディ、ルイスは…」

「平気だよ。単に急激な魔力の消費に気絶しただけだ」


 淡々とヨセフに答えると、リディは一気に砂浜まで飛んだ。そして立っていたグレイに言った。


「全員砂浜から退かせろ。君は結界張ってくれる」


グレイは笑っていた。微笑みながら、


「君が張らないのか?」


 と訊いた。

 リディはすっと目を細めると、次の瞬間には右手のサーベルをグレイの首筋に突きつけていた。


「おい、レリア!?」


 誰かの慌て声を余所に、リディは射殺さんばかりの眼でグレイを見据える。


「いい加減にしてくれない?元『十強』の魔術士ならそれ位やりなよ。この上結界張ったら、私まで倒れるだろ。――ああ、それとも」


 皮肉気に口元が歪む。少女らしい表情が掻き消え、冷め切った大人の顔が覗く。


「倒れて欲しいのか?」


 その意味が解った者は、その場にいた者ではグレイ以外いなかった。しかしその場に漂う怒気と殺気に、皆固唾を飲んで見守る。

 グレイも流石に笑みを収めて、肩を竦めた。これ以上は、殺されかねない。


「…いや。興が過ぎたようだな」

「解ったならとっととやって」


 冷たい声音に押されて、グレイに言われる前に狩人達が退いていく。リディも踵を返し、ふわっと風に乗って崖の上に到達する。そこにヨセフが、他の魔術師達と共に海上から戻ってきた。


「核あったぜ。良い色してるぞ」


 ちらとリディは彼の手の中の物に目を遣った。緑がかった青い丸い玉だ。


「しかし、どうすんだこの海。こう凍っちゃ…」

「今から溶かすんだよ」


 一拍遅れて「は!?」という驚愕の声が発されるのを聞き流し、リディはルイスを地面に下ろしてくるっと振り向く。


「リディ、ちょっ…」

「退いて」


 すたすたと崖の淵まで近づく。砂浜にはグレイも含め、もう誰もいない。


「…フレイア」


 瞬きの内に、彼女の炎の精霊が傍らに姿を現す。リディは少し笑って、命じた。


「溶かせ」










 今日放たれた三つの魔術、そしてそれを為した二人の狩人を、その場に居合わせた者達は決して忘れないだろう。

 崖の上から広がった炎は、海をまるで波のように被っていき、砂浜寸前で止まっている大波をも包みこんだ。

 それらは数秒で終わり、次いで激しい音と共に大波が砂浜を襲う。あわや街へ続く道へ流れ込むかと思われた波は、しかしグレイが張った広範囲の結界に拒まれた。結界は怒涛にも揺るぐ事無く波を防ぎ、やがて波は引いていった。


「…氷が」


 海を凍り付かせていた氷が、跡形もなく消え去っていた。外洋直前まで伸びていた白が、消えて元の青を取り戻している。


「……」


 グレイは無言で波打ち際に近づき、水に触れて眉をひそめた。――冷たい。


「悪いけど、元の温度まで戻したら、私が倒れるから」


 見越したように崖の上から声が届く。リディは再びルイスを担いでグレイを見下ろしていた。


「私とルイスは早く逃げるよ。これだけ大規模な魔術使っちゃったから、追っ手がすぐ来ると思う」

「追っ手って、お前…」


 リディはちらとヨセフを見て肩を竦めた。


「核の配分は要らない。特に金には困ってないし。ただ代わりに追っ手にシラを切って欲しいんだ。私達がどこに行ったか知らない、名前もわからないって」


 グレイはその端正な顔を見上げる。遠いせいもあるが、リディの表情からは感情が読み取り辛い。


「そんなの、参加狩人の名簿を見られたら終いだぞ」

「だからシラ切ってって言ってるんだよ、店長さん」


 つまり見せるなという事か。くくっとグレイは笑った。大した奴だ。


「わかった。この件を片付けたのはお前達のようなものだからな。約束しよう」

「ありがとう。ああ、あと多分私の追っ手の方に、強い火属性魔術使える奴が二人いると思うから、そいつらに海の温度戻させていいよ。明日には絶対来るから」


 それまでに大分魚が死んでしまうが、仕方あるまい。


「わかった」

「じゃあ失礼するよ。さよなら」


 一度ダンッと強い音が聞こえ、リディとルイスの姿は消えた。凄まじい風魔術だな、と嘆息し、グレイは空を振り仰ぐ。


(確かにとんでもない奴らだな)


 遠いアリエルにいるかつての仲間に向かって苦笑して、


「…さあ、仕事あとしまつをしようか」


 コキコキと肩を鳴らして、グレイは海に背を向けた。






―――――――――――――――――――



 ルイスはドアが閉まる音で目が覚めた。起き上がろうとして、頭に走った鈍痛に思わず呻く。


「大丈夫?」


 部屋に入ってきたのはリディで、食事のトレイを持っている。彼女も心なしか疲れた顔で、ベッドの脇テーブルにトレイを置くと、同じくベッド脇にあった椅子にどさりと座った。


「全く、術前集中も無しにあんな温かい海凍らせるなんて。あとで人間引き揚げた方がよっぽどラクだったんじゃない?」


 身を起こしたルイスに、水を入れたコップを渡す。ルイスはそれを有り難く飲み干してから、苦笑した。


「思わず、な。ていうか、ここどこだ?」

「まだラーシャアルドだよ。流石に意識ない人間連れて国境越えは出来ないし、馬にも無理させられないしね。マリナリオから五十キロ位東の…なんていったかな、デリク?とかいう街だよ」

「今、何時だ」

「真夜中を二刻過ぎたとこ。魔力が大分回復してきたから、そろそろ起きるんじゃないかと思ってたんだ。ドンピシャだね。後で世話してくれた女将さんに御礼言いなよ」


 にっと笑うリディに、しかしルイスは顔をしかめる。女将さん、とは言っているが、リディが他人に任せて自分が休む人間でない事は、この数か月で重々承知している。


「寝てないのか、お前」

「私はちゃんと術前集中したからそこまでダメージないよ。これ位平気」


 気丈に笑うが、金の瞳には明らかに覇気がない。恐らくずっと自分についていてくれたのだろう、とルイスは額を抑えた。


「よく言うぜ。どうせあの後氷溶かして来たんだろ?そんだけの大規模魔術使ってダメージ無い訳ないだろ。しかもお前、俺に魔力分けたろ」


 リディが目を丸くし、次いで背もたれに体重を預けて首を回した。


「バレたか。でも海の氷はホントに溶かしただけだから、大した力は使ってない。後は押し付けたし」


 押し付けた、という言葉に引っかかりを覚えたが、その時ルイスの腹が盛大に鳴った。


「……」

「…ぷっ」


 一拍置いてリディが笑い出し、トレイをルイスに押しやった。


「食べなよ。これしかないけど、早いとこ国境抜けて食べよう」


 ルイスは今度は別の意味で額を抑えていたが、素直にトレイを引き寄せ、食器を手にとった。



 何故犯罪者のように逃げるのか、どちらも口にしないがどちらも解っている。お互い追っ手がいて、それは元の身分のせいだと、知らないなりに暗黙の了解だった。


 本当は『誰』なのか、訊きたい気持もある。でも、自分が知られたくない様に、相手もきっと知られたくないのだと解っているから、お互いに二人は訊かない。いずれ知る事になるのかもしれないが、それでも二人は『今』を楽しみたかった。



 黙々と食事を口に運びながら、ふとルイスは、椅子に座るリディが静かな事に気づいた。よくよく見れば、俯いて目を閉じ、微かな寝息を立てている。


「…馬鹿だな」


 自分はずっと寝ていたが、リディはあの戦いの後、ルイスを抱えて二頭の馬を操り五十キロを駆け抜け、その後もルイスの世話を焼いていたのだ。今の自分よりかはずっと、疲れているに違いない。


 ルイスは手早く食事を終えると、ベッドから立ち上がって、トレイを置いたテーブルを壁際に移動させた。リディを見やるが、起きる気配はない。


 ルイスはベッドの毛布を捲ると、そっとリディを抱き上げ、ベッドに下ろした。微かな呼吸が一瞬乱れたが、安定な場所になったせいだろう、直ぐに深い眠りに落ちていった様だ。毛布を肩までかけ、頬にかかっていた髪を避けてやる。


 不意にジョンの言葉が耳に蘇った。


『見た目は極上なのにな』


「…美人なんだよな」


 普段の口調と態度と自分にも比肩する強さについ忘れがちだが、リディは今までルイスが出会った女達の中でもトップレベルの美貌だ。その顔をしばらく見つめてから、我に返って首を振る。


(何やってんだ俺)


 早く寝よう。


 出来るだけ音を立てないように荷物の中から毛布を取り出し、壁に寄りかかって毛布にくるまって、ルイスは目を閉じた。







―――――――――――――――――――――



 翌朝。

 目を覚ましたリディは、自分が寝た覚えのないベッドに寝ていることに少し戸惑い、次いで部屋にルイスの姿と荷物がないことに気づいてため息をついた。


(あの馬鹿。こんな時に女扱いしなくてもいいのに)


 自分の部屋に戻って、簡単に身嗜みを調えて荷物を持ち、宿屋の階下に向かい――リディはげんなりした。


「おー、起きたかリディ」


 山のように皿を積み上げた中にいたルイスが手を上げる。近寄りながら、まだ人のいない早い時間で本当に良かった、としみじみ思った。


「いやあ、嬉しいねえ。あたしの息子が子供の頃を思い出すよ。たくさん食べてくれるのは料理人冥利に尽きるんだ。お嬢ちゃんは何がいいかい」


 が、楽しそうに厨房で腕を振るう女将に、訊かれ、リディは眉間を揉みほぐすと、


「…蜂蜜たっぷりかけたパンケーキで」


 と言った。






――――――――――――――――――――――



「じゃ、女将さん、ありがとう。料理美味しかった」

「ご迷惑おかけしました…」


 たらふく食べて上機嫌のルイスと、昨夜といい今朝といい散々面倒を見て貰った恩から頭を深く下げたリディに、女将は呵々大笑した。


「なんの。また来ておくれ。あんた達みたいな綺麗な子ならいつでも大歓迎だよ」


 朗らかに笑う女将にええ是非、と返してリディもルイスもフードを被り、馬に飛び乗った。


「あの」

「なんだい?」

「もしかしたら、私達を探している集団が来るかもしれません。その時に…」


 女将は言いたい事が解ったらしい。にやりとして言った。


「やっぱりそうかい。妙に慌ててると思ったのさ。駆け落ちかい?」


「「違います」」


「ふふ、そうかい。解ったよ。誤魔化しといてやるさ」

「ありがとうございます」


 今度はルイスも深々と頭を下げると、馬の首を返して腹を蹴った。


「達者でねー!」


 後ろに遠ざかる女将の声に手を振って、後はひたすら二人は馬を駆った。


「ルイス」

「なんだ?」

「私、この後アルフィーノ通ってゼノ行きたいんだけど。いい?」


 ルイスは少し目を細めた。ゼノか。イグナディアと並んで好戦的な国。危険、だがしかし一度行ってみたいと思っていたのも事実。


「ああ、行こうぜ!早くしないと国境封鎖されちまうからな」

「…だね!」


 勢いよく手綱をうって、二人は温かい南国の海に別れを告げた。


術前集中、っていうのはなんていうか、呪文がある魔法の仕組みだったら、詠唱みたいなものです。破棄したらすごい疲れる。ただでさえ海凍らせたりしたら普通の魔術師ならぶっ倒れます。しかも凍らせられないかも。


いつのまにかPVアクセスが一万を超えていました。ありがとうございます。

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