第四話 海の魔物 (1)
第四話 海の魔物 (1)
ユーデルシア大陸南西部に位置する国、ラーシャアルド。国家面積はさほど大きくないが、南の海に面した暖かい気候と、南国ならではの美しい景観に惹かれて、毎年数多くの観光客が訪れている――。
「私、南の海って見るの初めてだ」
ラーシャアルドの首都、マリナリオの城門をくぐりながらリディは言った。心なしか顔が輝いている。
「俺もだ。東や北の海はあるけど…おお」
同意しながら、ルイスは目の前に広がった景色に感嘆の声を上げた。
緩やかな丘陵一帯に建てられたのだというこの城下街は、城門から海に向かって棚田のような形状を保っている。つまり城門をくぐれば、眼下に海をおくのである。城は、城門のすぐ横にあり、戦には向かない作りだな、と物騒なことをルイスは思った。
海の色は、果てしない碧。温かさと清浄さがなせる、薄いコバルトブルーは、否応なしに二人の高揚を誘った。
「南の海は、こんな薄い色をしてるんだ」
リディが感動を隠せずに呟く。彼女の故国オルディアンの海は、漁業こそ盛んなものの、このような綺麗な色はしていない。さらに北に位置するエーデルシアス出身のルイスにしても同じことだった。
「この日差しも…。なんかワクワクするな」
手を庇のように翳して目を細めたルイスは、しかし頭からフードを被っている。北方民族の一である為、強い日差しには弱いのだ。
「日焼け対策しないと。君の肌が酷いことになるから」
対するリディは、抜けるような白い肌をしている癖に、日差しに強い。ので、遠慮なくいつもの格好で空に肌を晒している。ずるい、と言うルイスに、うちの一族は肌は強いんだよ、とリディは笑った。
宿屋を見つけて馬を預け、近くにあった薬屋で手っ取り早く日焼け止めを購入し、その場で顔やら腕やらに厚く塗る。ようやく鬱陶しいフードを清々しそうに脱いだルイスに、売り子の娘が惚けたのはまた別の話。
「にしても」
薬屋をあとにし、海へと繋がる一本道を下りながら、リディが呟いた。
「なんか、静かじゃない?」
道から見下ろせる白い砂浜には、人影が見当たらない。街はそれなりの賑わいを見せているのに、一番の観光の要であろう海は、妙な静けさが漂っている。
「そうだな…」
ルイスも眉をひそめたが、取りあえず行ってみなければ始まらない。人混みをすり抜け、砂浜に向かった、のだが。
「…本当に、一人もいないな」
見事に誰もいない。広い砂浜なのに、二人以外存在する者がいない。
「…ま、これじゃ…」
「…しゃーないか…」
腕を組んで二人は息を吐いた。リディが海を睨み付けて言う。
「こんな魔力の気配がするんじゃ、な」
目の前の海からは、嫌な魔力が漂っていた。種類としては恐らく魔物のもの、だがその大きさ強さが半端ではない。
二人は顔を見合わせ、
「ちょっと見てみよっか」
「だな」
頷き合うと、海の上を歩き出した。
因みに極めて簡単な魔術である。ルイスは水属性が使えるので、水の表面を操る事など容易いし、リディは風魔術でいつも空中戦を行う要領で良い。
「しかし…退治されてないとは驚きだな。ここは首都だろ、狩人協会もちゃんとあると思うんだけど」
海を歩きながら、リディが出した疑問に、あっさりとルイスは答える。
「現れたばっかりなんじゃないのか?来る途中でも、そんな噂聴かなかったし」
「成程。すると討伐隊に巻き込まれるかもね」
魔物が街近辺に現れた場合、狩人協会は直ぐ様街にいる狩人を召集し、討伐隊を組む。
そうして得られた核はもちろん山分けだが、他に貴族の依頼があったりする事が多いの
で、割と実入りがよく、狩人はこぞって参加する。
「そしたら結構大規模になるな。面倒なの俺やだぜ」
「私だって嫌だよ」
軽口を叩き合いながら進んでいた二人の足が、不意に止まった。
「…来るぞ」
少し前方の足元から湧き上がる、強烈な邪の気配。ルイスとリディは各々剣を抜き、魔力を練った。
そして。
――ドオオオオッ!!
凄まじい轟音と共に、二人の目の前に、巨大な何かが海の中から湧き上がった。押し寄せた波に、舌打ちしてルイスもリディも高い空中に移動する。次いで、瞠目した。
「…イカ…?」
ルイスが呟く。
白い体表に毒々しい紫が散っていて、大きさは普通のイカの百倍はありそうなものの、角張った胴部といい、波間を弾く吸盤付きの触手のような足といい、それはイカだった。クラーケン、という単語が頭を過ぎる。
「流石の俺でも食ったら腹壊すなあれは…、おいリディ、雷」
冗談を呟きながらリディを振り向いたルイスは、そこで眉をひそめた。彼の頼りになる相方は、金の双眸を見開いて、硬直していた。
「…リディ?」
常らしからぬ相方の様子に、ルイスは首を傾げて声をかける。眼下では巨大イカが苛立たしげに無数の脚を海面に打ち付けてこちらを睨んでいる。
「…き…」
「木?」
何故か色を失っている唇から漏れた音を、ルイスは聞き返す。海の上に木などないが。
一方リディは唇をわななかせ、巨大イカをもう一度見ると、悲鳴を上げた。
「うぎゃあああああああ!!」
「はぁ!?」
叫ぶなり、くるりと背を向けて浜辺に向かって全力疾走を始めたリディを、ルイスは呆気にとられて見つめた。
(しかもなんだうぎゃあって。せめてきゃーとか言えないのかよあいつ)
半ば茫然としているために、ルイスはかなり的外れな感想を抱いた。
が、風の唸りを耳にしてはっと振り返り、反射で飛び退く。空を切ったイカの触手は、しかし鞭のようにしなって再度ルイスを襲った。間一髪でそれをかわし、ルイスはリディを振り返る。が、赤い髪を靡かせるその背は、既に遥かに遠い。
そこへまたもや触手が襲いかかり、やむなくそれを斬り飛ばす。赤い血飛沫が弾け、巨大イカが苦悶の叫びを上げた。
「なんだってんだよー!?」
ルイスはそれを一瞥したが、とても一人で適う相手ではない。結果、一度風を喚んで巨大イカの無数の触手を跳ね飛ばすと、リディを追って浜辺に疾走したのだった。
「ぜぇっ、はぁっ…」
「だいじょぶ?ルイス」
砂浜で四つん這いになって荒い呼吸を繰り返すルイスを覗き込んで、リディは言った。ルイスは顔を引き吊らせ、地を這うような声で言う。
「お前が、逃げた、からだろうがっ…!」
「だってあれ嫌いなんだよ」
リディは眉を寄せながら吐き捨てた。その瞳には恐怖さえ混じっている。
「なんなんだよあいつら、だってさ、なんで足が十本もあるんだよ。さっきのあいつなんて十本どころじゃなかったし!しかも足になんか変な吸盤ついててうねうねしてて気持ち悪いったらないよ!その癖魚丸呑みにするんだよ、変態だよ変態!」
「変態ってお前な…。要するにイカが死ぬほど嫌いなんだなお前。うまいのに」
「名前言うな!吐き気がする!」
「はいはい…」
聞いている内に責める気も失せたルイスは、脱力して砂浜に座り込んだ。しかし、虫の類は全くモノともしないのに、イカが駄目とは。変な奴だ。
「意外に可愛げあんのな」
「どういう意味だよそれ」
仏頂面のリディにくっとルイスは笑い、ぱんと膝の砂を払って立ち上がり、沖を見やった。眉をひそめて、先程の魔物の姿を脳裏に浮かべる。
「しかし…本当になんだったんだ?あれ」
その言葉に応えたのは、リディではなかった。
「クラーケンだ。聞いたことないか?“海の魔物”」
ぱっと振り向いた二人に、喋った男はよう、と片手をあげる。
「久しぶりだな。元気そうだな?お二人さん」
「ジョン…?」
リディが驚いた様に訊く。男――ビグナリオンで出会った狩人、ジョン・イーデルは、にやりと笑って片目を瞑って見せた。
――――――――――――――――――――――
「三日程前か。突然あいつが海に現れたのさ」
場所を移して街中のレストラン。地元民であるジョンの勧めは確かで、ルイスは物凄い勢いで料理を口に運んでいた。リディは食欲がわかないので砂糖八個入り紅茶を飲んでいる。
それはそれで気持ち悪くなりそうなものだが、それについて何かを言うことは、ルイスもさすがに諦めが入り始めている。
「本当に突然でな。あっという間に三十人喰われた」
「うわ、大惨事じゃねえか」
ルイスがうえー、と顔を歪める。それは海面が恐ろしい事になっただろう。考えたくない。
「ああ、比喩じゃなく地獄絵図だ。その場に居合わせた狩人がすぐに結界張って観光客逃がしたからいいものの、下手すりゃ百は死んでたな」
「にしては侵入禁止結界張ってなかったよね。何で?」
リディが不機嫌に言った。侵入禁止になってさえいれば、あれに遭わずに済んだのに。まだ鳥肌が収まらない。
「あー、一瞬だけ解除したんだよ。お前ら通す為に」
「何でだよっ!?」
リディが目を吊り上げて怒鳴る傍ら、ルイスはなんとなく理由を悟って遠い目をする。その予想に違わずジョンは快活に笑った。
「いや、お前らならアイツ相手でも何とかなんじゃねーかなって思ってな。でもまさか思いもしなかったぜ、お前さんがイカ苦手だなんてよ」
さらっと悪気なく返され、リディは唖然とした後、ふるふると拳を握った。それを見てルイスはぼそりと呟いた。
「…ジョン。覚悟はいいか」
「へ?」
次の瞬間、ジョンは窓をぶち破って外に吹っ飛ばされていた。
「ていうか、クラーケンって北の海にいるんじゃなかったか?なんでまた南に。…おし、こんなもんでいいだろ」
「まぁ通常は北なんだがな。偶にこっちにも出る。それに多分亜種だって結論された。無駄にデカいんでな。…おう、ありがとよ」
リディがジョンを殴り飛ばして、核を換金してくると言って憤然と出て行った後、ルイスはジョンの治療をしつつ、続きを聞いていた。アッパーカットを食らった顎をさすり、ジョンは溜め息を吐く。
ぶち破られた窓は、弁償するからまあいいとして、海風が吹き込んで心なしかしょっぱい。店内から向けられる視線に対してしょっぱく感じるのはきっとそのせいだ。
「しっかし、あいつは見た目は極上なのにな。中身がぶっ飛んでやがる」
「前にも言っただろうが。あれを女と言っちゃ世の中の女に失礼だぜ」
二人して散々な言いようである。もしここに本人がいたら二人まとめて鉄拳制裁に遭った事は安請け合いだ。
しかしジョンはにやっと笑って言った。
「そうか?その割には――、あの髪飾り、お前さんが贈ったんだろ?」
化粧気も洒落気もないリディが、唯一この間とは違って、綺麗な陶器細工の髪飾りを付けていたのを、ジョンは見逃してはいなかった。渋面になったルイスに、彼は豪快に笑う。
「お前さん、実は年と顔相応に女慣れはしてるだろ?気障だなぁ」
「煩い。――どの道、今だけの付き合いだからな。飾りの一つ位、付けた方がいいと思っただけだ」
怪訝そうに問い返そうとしたジョンは、その暗い影を背負った様な表情と、どこかいつもと違う口調に、拒絶を感じて口を閉ざした。
―――――――――――――――――――――――――
「絶対嫌。イカ退治なんて、絶対やらないからな」
レストランを後にしたルイスとジョンが狩人協会に着くと、中からは苛立った声が押し問答をしていた。声の主は、ヨセフと、勿論リディである。
「んなこと言うなよ!相手はあのクラーケンなんだぜ。頼むよ!」
「君達がいてルイスがいて更に有象無象の狩人がいればあんなイカ殺れるだろ。なんで私が必要なんだよ」
「クラーケン甘く見んな!つーか魔術士が足りねぇんだよ。俺は水風だから、有効じゃねーし、今この街に火か雷持ってるの三人しかいねぇの!剣士とかは沢山いるけど、ぶっちゃけ水中の敵には意味ないし」
「海中から引きずり出せばいいだろ。ルイスがいればそれ位できる」
「ちょっと待て勝手な事言うな。俺だけじゃ海は割れても引きずり出すのまでは無理だ」
激しい言い争いに、慌ててルイスは割り込んだ。下手をすればとんでもない役目を負わされそうだ。
「…なんか人外の会話になってんの、俺の気のせい?」
蚊帳の外のジョンが呟いた。常識的に言って、海を割るだのあの巨体を引きずり出すだの、並みの人間にはできない。まして、魔術士でない彼からしたら、理解できない会話に間違いない。
一向に構わずリディが言う。
「ならルイスが海割って、君が引きずり出しなよ。あとは剣士でトドメ。それで終わりだろ」
「俺までのところに異存はないけどな。いいか、剣士は水の上を歩けねえ。しかもそんなことをやってる上で、俺やルイスが他に魔術を使える訳ないだろーが」
「じゃあ魔術士で丸焼きにすればいいだろ」
「話を振りだしに戻すなっ!」
終わる兆しを見せない言い争いに、協会に集まっていた狩人達はうんざり顔である。
と、一人の初老の男が進み出た。
「まあまあ、それ位にして」
「店長」
ジョンがそう呼んだ事で、リディもヨセフもぴたりと言い争いを止め、その男を注視する。
長い白髪を一纏めに背に垂らしたその立ち姿はしゃんとしていて、若々しく見える。その魔力の気配から、かなりの腕の魔術師であることをリディは察した。
「レリア殿、こちらも困っているんだ。クラーケン相手に油断は出来ないからね。辛いのは解るが、参加してくれないかな」
柔らかな口調に、しかしリディは一層顔を歪めた。
「嫌な物は嫌です。負傷者の治療ぐらいはします。だけどアイツと向き合うのは、絶対に御免だ」
いっそ潔いまでの敵前逃亡宣言に、皆半ば呆れたが、男は苦笑してリディに歩み寄る。
「そう言わないでくれ。私も仲間が大事なんだ」
「なら貴方が出ればいいでしょう」
「私はもう衰えた。だが君なら万が一もないだろう?――」
そこから先は、彼がリディの耳元で低く囁いたので、リディ以外の誰も聞き取る事ができなかった。
「『烈火の鬼姫』」
その瞬間、リディの顔から表情や色といったものが全て消え失せた。金の瞳が見開かれ、次いで白くなった唇から、僅かな音が漏れる。数秒後、リディの右腕が目にも止まらぬ速さで男の襟首を掴んだ。
「リディ!?」
「レリア、なにを…」
周囲の混乱を意にも介さず、リディは男の双眸を見据えて押し殺した声で問い質した。
「貴様、どこでそれを」
対する男は穏やかに笑っている。
「少し伝手があってね」
リディは歯を食い縛った。ただならぬ雰囲気に、周囲がたじろぐ中、リディは数十秒の沈黙の後、突き飛ばす様に男から離れて、足音荒く建物を出て行った。その背を男の声が追う。
「今日の夜八時から会議を行う。遅れないようにな」
リディは振り向きもせず雑踏に紛れていった。
――――――――――――――――――――――
『烈火の鬼姫』
頭の中で声が木霊する。
嫌だ。
あの名は嫌いだ。
鎖されていく世界と共に、あの名も捨ててきた筈なのに。
あの名を知られたくない。
今だけの自由時間。
今までの人生で一番楽しいこの時を、邪魔するその名は大嫌いだ――
「お嬢ちゃん。そこの赤いお嬢ちゃん」
耳に届いた声に、リディははっと顔を上げた。周囲を見回し、道端の露店で視線が止まる。
「…占い?」
庇の付いただけの簡単な骨組の下、紺色のマントを深く被った人物が、こちらを手招きしていた。もう一度周囲を見、手招かれているのが自分だという確信を得てから、リディは露店に近付いた。
「何?占い師のお婆さん」
リディの問いに、マントの下で笑う気配がする。
「災難じゃのう。この世で一番嫌いな物と戦わねばならぬなんてのう」
リディは少し驚いた。基本的に彼女は占いなど信じないが、この占い師はどうも本物らしい。でなければ、つい今しがたの出来事など言い当てられるわけもない。
少しばかり付き合うか、と思い、くすりと笑って腕を組んだ。
「全くだよ。脅迫までされた日には、最悪。嫌な事も思い出した」
「その二つ名は、嫌いかね?」
「……」
なぜわかるのか、という言葉を呑みこんだ。代わりにリディは口元を歪め、吐き捨てる。
「大嫌いだよ」
あの名に込められているのは、間違っても称賛ではない。畏怖と、恐怖と、憐憫と、嘲笑と、拒絶。過ぎた力への嫌悪。
「…そうかい。でもお前さんの力は、定められたもの。紅の運命は、この大陸の原始から決まっておった」
「…は?」
リディは眉をひそめた。話がいつの間にか理解できなくなっている。紅の運命?
(…そういえば、この間の魔族も、同じような事を言っていたような)
「紅と黒。それに連なる無数の運命。お前さんは既に運命に出逢い、宿命との出遭いに向かって歩いておる」
「ちょっと、君といいあいつといい、何の話…」
「ではまたの。紅の姫」
「ちょっ…」
リディが、一瞬吹いた旋風から思わず顔を腕で庇い、腕を下ろした時には、目の前にいたはずの占い師はいなかった。占い師どころか、露店の骨組みすら消えている。
「何だったんだ、今の…」
唖然と立ち尽くしていると、後ろから「おい!」と肩を掴まれた。振り返ると、ルイスが怪訝そうに彼女を見下ろしていた。
「…ルイス」
「どうしたんだ?ぼーっとして」
リディはもう一度露店のあった場所を見、額を抑えた。
「…訳わかんない」
「はぁ?」
「今そこに変な占い師がいたんだよ。ヴィレーヌで遭ったあいつみたいに、紅の運命だの宿命だの、変な事ばっか言ってしかもいきなり消えた」
「…占い師?」
ルイスも眉を寄せる。彼も変な事を言う占い師という存在には覚えがあるが、
(…まさかな)
首を振って打ち消した。今日び別に占い師など珍しくない。ピンキリはあるにしても、一つの街に何人かはいるのが普通だ。
セティスゲルダと同じことを言っていたの言うのは気になるが、考えた所で答えは出ないのはここ何日間かで分かっていたので、早々に諦める。
「にしても、お前どうしたんだよ?急に顔色変えて出て行きやがって」
リディは顔を強ばらせた。ルイスは少しその顔を見つめてから、はー、と息を吐いて頭を掻く。
「いいぜ。言いたくないなら言わなくて。お互い言いたくねえ事の一つや二つ、あって当たり前だからな」
リディは金の目を丸くさせてから、ふにゃっと笑った。彼女にしてはらしくない、安堵が混ざる弱々しい顔。
ルイスは一瞬その笑顔に驚いて動きを止めたが、やがて苦笑して歩き出した。
「行こうぜ。多分明日以降暇ないからな。買えるもの買っとかねえと」
「…だね。あ、甘いもの食べたい」
「お前さっき食っとけよ…」
「吐き気がようやく収まったんだよ。あー、思い出すだけで鳥肌立つ!」
「…マジお前大丈夫か…」
遠ざかる二人の背を見つめながら、老婆はマントの下で口端を吊り上げて笑った。
「あやつにちょっかいをかけられたと聞いて、少し不安じゃったが。元気そうじゃの」
そして彼女は周囲の誰に気づかれる事なく、一陣の風と共に消えた。
第四話です。
リディのイカについての悪口雑言は、私が常日頃から思っているものでもあります(笑)
でもおいしいって言う人の方が多いんですよね。
私のイカ嫌いの原因は多分あれです、小学校の給食のイカリング。




