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第三話 花と雨 (4)

第三話 花と雨 (4)





 血で軌跡を描きながら落ちていった体に、ルイスは手を伸ばすことができなかった。

 目の前の魔族がそれを許さなかったから。

 なにもできずにあいつを死なせるのか、と思った時、一瞬視界が赤に染まった。

 

 何をしてでも目の前の存在を殺してやりたい、


 そんな感情に呑まれかけて。

 それに押し流される一歩手前で、風魔術でふわりと浮いた彼女の姿に、すっと視界から赤い色が退いていった。

 駆け寄る二つの影に安堵を感じ、頭に冷静さが巻き戻る。

 しかし、理性が手綱を取り戻したところで、理性が激情を消す選択をするわけではないのだ、とこの時ルイスは初めて知った。

 






(逃げてなかったのか、あいつら…)


 横目で眼下を一瞥し、ルイスは剣を青眼に構え直した。揺れることなく自らに向けられる鋼の切っ先に、魔族はくくっと嗤う。


「貴様はあの娘よりは冷静なようだ」

「抜かせ」


 迸る、さっきまでとは一線を画す殺気に、魔族は僅か目を細める。


 どうやら冷静ではあるが、激怒していることには変わらないらしい。蒼い目は深い瞋恚に燃えている。内心で肩を竦めながら、魔族はその仮面を剥いでやろうと一つの言葉を口にする。


「激怒しつつも、我は見失わぬ…か。流石は『氷の軍神』か?」

「――――ッ」


 予想通り――深い蒼い目が見開かれた。構えに動揺が走る。だが、その時間は魔族が期待していたものより、遥かに短かく終わる。

 魔族が闇の魔力を放とうとするより前に、ルイスは魔族に向かって踏み込んだ。


 明確な殺意と迷いのない剣筋に、魔族はとっさに距離を取る。


「…ほう」


 動揺どころか、地雷だったようだ。しかし暴走する感情は、彼の思うつぼでもある。


「その名を口にするな」


 氷のような殺気が魔族に向かう。次いで突き出された鋭い刃先を、魔族は己の剣の腹で受け止め、ぐっと捻った。


「っ!」

「所詮は貴様も、まだ子供か」


 ぐら、と態勢を崩した青年に、冷笑と共に魔族は剣を振り下ろす。鋭い刃がルイスに吸い込まれ――その直前で、鉛色の軌跡が彼と黒い剣との間を薙いだ。

 頭のすぐ上を横切った風圧に、ルイスは目を見開きながらも、空中を転がるようにして間合いを開けた。


「…ち」

「お前が魔族か。初めましてだが――さようならだ」


 幅広の大刀を肩に担ぎ、ルイスの前に立った男と、魔族は距離を取って対峙する。剣士でありながら当然のように宙に立っている所を見ると、魔術も使えるらしい。


「あんた…」

「無事か?ルイス・キリグ。もう一人はどうした」

「…リディは、下だ」

「殺られたのか?」

「いや。死んではいない」

「なら良かった」


 ルイスは目の前の男を見ながら、慎重に態勢を立て直した。誰かは知らない。だが立ち姿と気配からして、相当の実力者とわかる。


「俺はこの街の協会長のオーギーンだ」


 ルイスの疑問が聞こえたかのように、男は答えた。納得するルイスに、オーギーンは言葉を続ける。


「街中の狩人で今、魔物の掃討に当たっている。ただなにぶん数が多くてな、こいつに当たれるのは俺とお前ともう一人、俺の部下だけだ」

「…ああ」


 リューイとミリアが治療してはいるだろうが、リディの戦線復帰は出来るか微妙なところだろう。


「どうする」

「お前は少し下がっていろ。俺とスィンでやってみる」


 オーギーンは大刀を持ち上げると、軽く振った。ルイスは素直に引き下がる。


 かつて名を馳せた『十強』。しかもオーギーンと言えば、『大刀のオーギーン』という二つ名までついている実力者だったはずだ。魔術を別にすれば、確実に彼自身より強いだろう。


「よし、行くか」


 先程の大刀を振る仕草。それが合図だったのだろう、地上から赤い光が発射された。鋭く細い軌跡が魔族に向かう。魔族がそれを剣を弾くと同時に、オーギーンが間合いに踏み込んだ。


(…今のは…)


 ちらりと眼下を見やった。狙撃手がどこに潜んでいるのかは、見当もつかない。が、


(ボウガン…しかも魔術付加の)


 確か、魔術付加物理攻撃は、そうそう出来る芸当ではないはずなのだが。この間の魔術弓使いといい、世の中にはつくづく実力者が多いものだと思う。


 流星のような強力な剣閃が魔族に迫る。圧倒的な経験に裏打ちされた力が、ルイスの洗練された剣術とは違った形を持って魔族を攻め立てた。


「邪魔が入ったか…興が冷める」


 対する魔族は、先程までの嗤いは引っ込め、多少の余裕の表情は消したものの、表情からは倦怠感が窺える。予測もつかない方向から襲い来るボウガンの矢を冷静に捌き弾き、間断なく突いてくる大刀を避け捌く。しかし、反撃する気配はなかった。


「野郎っ…!」


 オーギーンも、軽くあしらわれている状況には気付いていたらしく、苦々しげな顔になって、一旦大刀を大きく弾いた。堅い衝撃が双方の手を痺れさせた間に、空中を蹴ってルイスの隣に戻ってくる。地上からのボウガンの照射も、いつの間にか止んでいた。


「軽く遊ばれてるな。しかし俺とお前が連携しても、かえって危ない」


 息を整えながらのオーギーンの台詞に、ルイスも頷いた。


 連携は、互いの行動パターンの理解と、ある程度の意志疎通が必要だ。ほんの数分前に出会った人間となど、混乱している内にこの魔族相手には瞬殺されるのが目に見えている。

 ちらりと地上を見る。あちこちから発されていた騒動の音は、殆ど失せていた。代わりに、徐々に狩人と思われる人々が、彼らの真下に集まりつつある。


「数で行ったって、弾かれるのがオチだ。どうするか…」


 オーギーンが唸った時だった。それまで黙然と佇んでいた魔族が、不意に手を振った。


「飽いた」


 発した言葉は一言。


 だが、込められた魔力は絶大だった。純粋とすら言える闇の塊が、オーギーンを襲う。


「がっ……!?」


 突然のとんでもない衝撃に、オーギーンは成す術もなく吹っ飛ぶ。数秒後眼下から響いた轟音に、ルイスはしかし指一本すら動かす事ができない。


(なんだ、今のっ…)


 油断していた訳ではない。だが、実際何も出来ずにオーギーンは吹っ飛ばされた。わずか数分前の言葉が、再び脳裏に浮かぶ。


 格が、違う。


 闇に対するは光。聖魔術を使え、と頭の中で声が連呼するが、体が動かない。冷めた眼をした魔族が再度手を上げる動作が、やたらとゆっくりと目に移った。


 が、結論から言えば、次なる衝撃波がルイスを襲う事はなかった。


「ッ!?」


 地上から二つ、炎と氷の魔術が放たれ、ルイスと魔族の間を貫く。不安定ながらもかなりの力を有したそれは、二人の間を通り越して闇夜を切り裂いていき、やがて消えた。魔族もルイスも魔術施行者を探し――前者は口角を上げ、後者は蒼白になって絶句する。


 地上では、二人の幼い兄妹――リューイとミリアがこちらを見上げて立ち竦んでいた。強張った顔からも漂う魔力の気配からも、彼らが今の魔術を放ったのは一目瞭然だ。


「系譜の末か。威勢の良い」

「――ッ、止めろっ!!」


 魔族に集まる魔力に気付き、ルイスは咄嗟に宙を蹴りつけ、地上へ急降下する。一瞬の後着地した彼は、何も考えず兄妹を背に庇い、ぎゅっと目を瞑った。服の背を、小さな手に握り締められるのを感じる。

 視界はなくとも練られている魔力は解る。そして魔族の手元で完成した魔術は、彼に向けられる前に――何故か、霧散した。


「……?」


 恐る恐る目を開ける。そしてルイスは三度、絶句した。


「…貴様…」


 空中の魔族の胸と腹から、それぞれ剣が生えていた。魔族は口を歪め、無理矢理背後を振り向く。


 いつの間に、そこにいたのか。印象的な赤い髪の少女が、魔族の闇色の眼と視線を合わせ、にっと笑った。

 ルイスは半ば呆然と呟いた。


「リディ…」

「諦めるなよ、馬鹿。ていうか、私の事、完璧忘れてた、だろ」

「…忘れてなんかねえよ」

「どうだか」


 肩を竦めて見せるその顔はしかし、闇夜でもしっかりと解るほど、青白い。言葉も途切れ途切れで、かなり無理をしてそこにいるのが見て取れた。


「あの馬鹿…」


 舌打ちしたルイスを、後ろから、か細い声と、小さく背を引っ張る手が引き留める。髪はぐしゃぐしゃ、顔は恐怖で歪んだミリアだった。


「ルイス、お兄ちゃん」

「――大丈夫だ。死んだりしないから」

「本当だろうな?」


 妹を抱き寄せながら、リューイもルイスを見上げる。真っ直ぐなその瞳を見返して、ルイスは小さく苦笑した。


「ああ。約束する」


 その言葉に安堵したのか、手が離れる。

 ようやく白み始めた夜空に浮かぶ、二つの影を見上げて、ルイスは風精霊を喚ぶ。地面を蹴る寸前、思い出したように彼は兄妹を振り向いた。


「そうだ――リディを治してくれて、ありがとな」


 視界の端に、騎士の姿が映った。慌ただしく走り寄ってくる足音に、兄妹も気付いて立ち竦む。その頭を軽く撫でて、ルイスは片目を瞑った。


「またいつか会おう。ちゃんと勉強しろよ――リューイガルシア、ミリアシューラ」


 弾かれたように兄妹がルイスを振り向く。しかしルイスは軽く手を振ると、その後は一顧だにせず空を駆け上がった。









「大丈夫か」

「っ…」


 動くに動けない状態のリディの傍に付き、ルイスは魔族に剣を向けた。心臓と腎臓を完璧に捉えた突きに、さしもの魔族といえど動けないようだ。


 しかし、そこでルイスは違和感に気付いた。リディの剣は確かに魔族を貫いている。しかし、あるべきものが――あるべき色が、そこにはない。


(っ出血してない…!)

「ッ、まずい、リ…」


 ルイスが声を上げた、その瞬間、リディが貫いていた躯が、一瞬で消失した。まるで初めからそこに無かったかのように、塵も残さず。


 刺していたリディ本人が、違和感に気付かなかった訳もない。しかし、それと重心の消失は別問題だ。急に支えを失った事で、ただでさえぐらついていた体が、宙を泳ぐ。そこに、容赦なく飛来した魔力が激突した。


「がっ――」

「っ、リディ!!」


 吹っ飛びかけた細い体躯を、その中途でルイスは受け止めた。しかしその衝撃に、彼女もろとも宙を飛ぶ。


「くそ、生きてるかリディ!」


 数メートル吹っ飛ばされたところでなんとか踏みとどまり、ルイスは腕の中の少女の名を叫ぶ。が、リディの顔は血の気を失い、ぐったりとして動かない。まずい、と臍を噛むルイスの耳に、哄笑が届いた。


「――お前…」


 夜空で髪を揺らして嗤う魔族を、ルイスは睨み据える。

 一方、魔族はひとしきり笑うと、腕を組んで彼らを見やった。


「まさか、ここまでやるとは思っていなかった。数秒でも分身を作るのが遅れていたら、殺られていたのは我であったな」


 つまり、先程リディが刺したのは、魔族が造り出した分身だったのだ。闇魔術の多様性はそんなことも出来るのか、とルイスは内心舌打ちする。




 闇魔術は、人間が扱うことのできる五属性魔術と違って、様々なことができるとされている。

 しかし、それを扱うのは、魔物や悪魔といった連中で、人間が本来持つ力ではない。

 ”人ならんざるもの”が己のエネルギーを還元して施行する力。

 それを一般に、闇魔術とよぶ。





(…とはいえ…)


 リディを抱えたまま、またオーギーンの援護を見込めないまま第二戦は、かなり厳しい。第一、リディも放っておけば命が危ない。

 どうするか、と唇を噛み締める彼に、愉快そうな声音がかけられる。


「が、貴様らはその程度で終わってはならない。でなければ、己の運命(さだめ)に殺される事になるであろう。精々次逢う時までに腕を上げると良い」

「…は?」

「ああ、そうだ、忘れていた。――我の名はセティスゲルダ」


 ルイスは目を見開いた。セティスゲルダ――その名は知っている。



 魔族でありながら人間に興味を抱き、歴史の折り目に度々姿を見せるといわれる、変わり種でありながら最強を冠する魔の王。その名こそが、セティスゲルダ。



 黒い魔族――否、セティスゲルダは昏い笑みと共に唐突に宣言した。


「今日のところはこれで退く。そこそこ愉しかったぞ、“黒”の小僧。では、失礼するとしよう」

「待っ…!」


 反射的に上げた声を吹き飛ばすように、突風が吹き荒れる。瞑ってしまった目を再びルイスが開いた時、既にそこに、闇の主の姿はなかった。






―――――――――――――――――――――――――――




二日後。


「全く、酷い目に遭った」


 足早に街の大通りを馬を引いて歩きながら、リディは何度目とも知れぬ文句を吐き出した。


 二日前に、突如魔物の襲来を受けた街は、今は明るい声と鎚の音が響き、復興に向けて忙しなく人が動いている。


「まさか魔族…しかもあのセティスゲルダと戦うとはな。俺達、よく生きてたな」

「…うん」


 戦闘の最中は必死でも、終われば寒気がひた走る。リディは本気で死にかけたし、ルイスもオーギーンの助けがなければやられていたかもしれない。


 そのオーギーンは、セティスゲルダに石造りの建物に叩きつけられた衝撃で、しばらく気絶していたらしい。が、頭にたんこぶをこさえただけで、全く他に怪我がないのはどうしたことか。しかも、目を覚まして、既に魔族が去った後だと知った時の怒りようは半端なかった。全く、頑丈な体である。


「…まだまだ、世界は広いね」

「ああ。俺達は、もっともっと強くならなきゃならないな」


 守るべきものを、きちんと守れる力を持つために。





 人の波を縫って、外門に向かう。足取りは迷いなく、しかし口調は幾分寂しげにリディが呟いた。


「リューイ達に、礼が言えなかったのが残念」

「…仕方ないだろ。相手は、王族だ」


 街で出会った、幼い二人の兄妹。本名をそれぞれリューイガルシアとミリアシューラと言い、ここファーデリアの、紛れもない王位継承者だった。ルイスもリディもそれには気付いていたが、彼らの気持ちを思慮ってそれを口にはしなかった。最後、騎士の姿を認めたルイスが、別れの言葉として名を呼んだだけだ。


 そして、一介の狩人が王族に、早々会えるわけもない。だからオーギーンに手紙を託し、二人はこの国を発とうとしていた。


「あいつらなら大丈夫だ。オーギーンに…」

「ルイス、リディっ!!」


 ルイスの言葉を遮るような背後からの叫び声に、ルイスもリディも驚愕して振り返った。その目に、信じられないものが映る。


 駆けてくる、幼い二人の子供。目に鮮やかな金髪を靡かせ、質素な服を纏って、必死の形相をした彼らはルイスとリディに飛びついた。


「リューイ、ミリア…どうして」


 ミリアの体を抱き留めて、呆然とリディが呟くと、涙目のミリアが彼女を見上げる。


「お礼が、いいたかったの。おととい、大変だったけど、すごくたのしかった。ルイスとリディの、おかげだから」


 リューイも、ルイスに抱きついたまま言う。


「僕達を守ってくれたし、色々な事を教えてくれた。――ありがとう」

「――馬鹿。礼を言うのは、私の方だよ。治療、ありがとう」


 リディはぎゅっとミリアを抱き締めて、ふわふわの髪を撫でる。


 温かい温もりと、柔らかな匂いに安堵する。



 ――――守れて、良かった。



 自分達のできることは少なく、目の前で散らされる命をすべて救うことはできない。

 それでも、手を伸ばし続ければいい。少しずつでも、半歩ずつでも、手が届く距離を延ばし続けていくために。



「というかお前達、どうやってここまで来たんだ?昨日の今日で…」

「城の垣根に、ずいぶん前から穴を開けて置いたんだ。一昨日は使わなかったけど、今日はそこから。ちゃんと服も、街のものを着ているし、髪型もぐしゃぐしゃだろう」


 ルイスの言葉に、自慢げにリューイが答える。


 ――確かに、二人の格好は、だいぶ昨日に比べて庶民めいていた。所々に隠しきれない高貴さは漂うが、それでも街の空気に溶け込めている。

 たった二日で知恵をつけた王子達に、今頃城は慌てふためいているだろう。この分では兄妹だけで出歩いても、しばらくはバレないかもしれない。


「もう、二人とも行っちゃうんだね」


 ミリアがぽつんと呟いた言葉に、ルイスとリディは顔を見合わせて苦笑した。


「花祭は終わったし。怪我も治ったし、ここにいる理由はもうないからね」

「それに俺達は、長く一つの場所にいると、まずいんだ。――そんな顔すんなよ。またいつかきっと、会えるさ」


 泣き出しそうな兄妹の頭を、ルイスはぐしぐしと撫で、体を離した。


「行こう、リディ。――さよならが言えてよかった、リューイ、ミリア。じゃあな。一昨日言ったこと、忘れんなよ」

「…うん。――じゃ、またね、リューイ、ミリア。元気で」


 リューイとミリアは、目を擦って二人を見上げた。


 鮮烈で美しい、二人の狩人。貴族だったという彼らは、年を差し引いてもなお、自分達より遥かに強く、輝いている。

 今は無理でも、いつか彼らのような大人になりたいと思った。



 …もっとも、それを訊いたら、二人を知る本当の『大人』は苦笑するに違いないが。




――――――――――――――――――――――



「ルイス・キリグと、リディ・レリア…か…」

「どうかなさいましたか」


 漏らされた上司の呟きに、スィンは首を傾げる。彼女の上司であり、この街の狩人協会長である男は、首を振った。


「いや、な。ルイス・キリグがリディ・レリアを治療した時な」


 既に治療を施されていたとはいえ、危ない状態には変わりなかった少女。その怪我をかの青年は、わずか数秒で消し去った。


「ああ、凄かったですね。並の治療術士ではありません」

「そうじゃない」


 素直に感嘆の台詞を述べるスィンを余所に、オーギーンは嘆息して眉間を揉んだ。


(あの時…)


 駆け寄ろうとした治療術士を追いやって、あの青年がリディ・レリアを治療した時。彼の手には、小さな小さな、青色の玉が握られて見えたのだ。角度的に、すぐそばにいた自分にしか見えていなかったのかもしれない。


 だが、よくよく考えてみればその小さな青玉は、彼が耳に下げている耳飾りに酷似していたように思う。そして、あの青玉は十中八九、核だった。


 しかし、核は本来掌大しか存在せず、またそのサイズを変える術など、表向きには存在しない。


(…裏向きには、あるが)


 本来掌大の核を小さく小さく凝縮して、力をも純粋に封じせしめる技術は、実は存在する。

 しかしそれは一握りの者しか知らぬ秘事であり、オーギーンも若い頃にたまたま、本当にたまたま、知っただけの話だ。


 核の力を凝縮し、サイズを縮めたものを身につけられる者は、限られている。それこそ――


(…やめた)


 オーギーンは天を仰いで、思考を放棄した。


 これ以上考えたところで、何かが解る訳でもない。疑問が増えるだけだ。


(シラスの野郎に愚痴るとするか)


 自分の百面相に怪訝な顔をしているスィンに対し知らぬ振りをして。オーギーンはペンを片手に鼻歌を歌い始めたのだった。







――――――――――――――――――――




 同時刻、とある場所。


「では、『烈火の鬼姫』は本当にいないと?」

「は。少なくともこの半年、姿を目にした者は降りません」

「…そうか…」


 報告を受けた男は、思案げに顎に手を当てた。やがて、その口に笑みが浮かぶ。


「警戒を怠るな。しかし、絶対に気付かせてはならん。くれぐれも注意し、準備を進めよ」

「御意。それと、セレナエンデ様については」

「引き続き、監視を続けよ。決して目を離すな。あやつを外に逃がしては、元も子もない」

「御意」


 一礼して、報告した男は消えた。一人部屋に佇む男は、人知れず肩を揺らす。


「今に見ているがいい…」


 忘れはしない、十年前の屈辱を。今度は自分達が、返す番だ。


 暗い笑いは、しかし誰に聞き取られることもなく、曇天に吸い込まれていった。


ようやく魔族さんの名前が出せました。


これにて第三話は終了です。今までの話で、ルイスとリディは半最強みたいな扱いをしていたんですが、彼らもまだまだ井の中の蛙です。もちろん型破りで強くて呆れの視線を浴びる彼らではあるんですが、化け物はけっこう世の中にいます。

この後後日談をはさんで、四話です。


四話はさらにこれより短くなって、話としては小休止になるかと。…すみません寄り道ばかりです。

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