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第三話 花と雨 (1)

第三話 花と雨 (1)


 




 ユーデルシア大陸西南部に位置する国、ファーデリア。平坦な地形となだらかな丘陵、広い平野を持つ牧羊の国である。温暖な気候も手伝って自然は豊かで、四季それぞれに花が大地を彩り、のんびりと動物たちが草をはむ姿がそこかしこに見られる風景は、訪れる人々に安らぎを与え、大陸で最も平和な国として名高い。


「そのファーデリアの首都、ヴィレーヌで年に一度開かれる花祭、か。話には訊いてたけど、行くのは初めてだ」

「俺も」


 首都ヴィレーヌは、花の都という別名を持っている。


 その名の由来は、一年中街を花が彩る事からだけではなく、年に一度三日間、一年の幸いを喜んで『花祭』が催される事かららしい。華やかで美しいと謳われるその祭りには、毎年大陸中から多くの観光客が訪れるという。


 ルイスとリディもまた、それを目当てに馬を駆っていた。


「この分だと最終日の前の夕方位に着くな。どうする?少しペースを上げるか?」


 馬の休息の為に寄った泉のほとりで、自らも喉を潤しながらルイスはリディに訊ねた。


「このままでいいんじゃない?最終日1日、ゆっくり朝から晩まで見られればいいよ」

「朝から晩までかよ」

「私、祭は好きなんだ」


 ルイスの突っ込みにリディは楽しそうに目を細めた。


 ルイスもふっと笑みを漏らす。


 彼も祭は好きだった。ああも解放感に満ち溢れた場は、幼い頃から輝いて見えたものだ。どうしても行きたくて大人の目を盗んで出かけていたのは、そう昔でもない。


「――そういう風にしてると女に見えるぞ」


 が、そんな郷愁とは裏腹にからかいの言葉を投げてみれば、憮然とした表情と声が返ってくる。


「どういう意味だよ」

「言葉通りだ」


 くつくつと笑えば、リディは拗ねた顔をしたものの何も言い返さなかった。


 言い返そうと思えば可能だが、彼女は口喧嘩でルイスに最終的に勝てた試しがない。

 悔しいが彼の方が数段頭が回るのだ。藪をつついて蛇を出すのは得策ではない。


「――そういや花祭は、華やかさから恋人達の祭典とも言われてるらしいな」


 ふと思い出したように続けられた台詞に、リディはきょとんとしたが、すぐににやりと笑って訊いてみる。


「何、意中の相手でもいるんだ?」


 この辺まるで十代中盤の男子のノリだな、と半ば呆れながらルイスは言葉を投げ返す。


「馬鹿も休み休み言え。ただ単にそんな中に紛れ込んだら、俺達もうっかりすると恋人扱いされるかもなと思っただけだ」


 リディは呆気にとられたらしい。ぽかんと口が開き、ついで盛大に笑い出した。


「なにそれ新手の冗談!?私と君が恋人!!うっわマスター聞いたらなんて言うだろうね!ひー、おかし!腹痛い!」


 涙すら浮かべて笑い転げるリディを、今度はルイスが憮然と眺めた。


 なんだか面白くない。


 面白くないので、二人だけで狩人パーティーを組んでいる時点でそういう見識を持たれているという事は言わずに置いておく事にした。


 リディは地面にうずくまって笑いのあまり痙攣していたが、不意にそれを止めて起き上がり、打って変わった真剣な目で頭上を見上げた。それはルイスも同様で、蒼い目を細めて空を見る。


「――何だ?」


 一瞬、妙な気配を感じた気がしたのだ。どちらかだけならいざ知らず、二人共に反応したということは、ほぼ間違いなく何かがいたのだが――


「いねえな」


 周囲のどこを探っても何も感じ取れない。ルイスが眉を寄せる一方、空を見上げたままだったリディが、緩く首を振ってルイスに肩を竦めてみせる。


「もしかしたら飛行種の魔物でもいたのかもね。でももういないし――気にせず行こう。別にわざわざ魔物を探し出して狩らなきゃいけない程、金には困ってないしさ?」


 リディの言うとおり、この間の仕事で手に入った額は、これから先一年狩人として活動しなくても、楽に暮らせるだろう大金だった。その事ににっと笑い合って、二人は馬に跨りながら拳を突き上げる。


「祭の屋台でたらふく食ってやるぜ!」

「蜜菓子、ってのを買いまくる!」


 花の祭というロマンチックなイベントから、恋人達の祭典と言われるヴィレーヌの花祭。しかしそこに向かう二人の狩人は、どこまでも食欲に忠実だった。





――――――――――――――――――――――



「――ん?」


 ()は視線を感じて下を見た。


 ほんの一瞬だったが、赤と黒の頭をした二人の人間が、彼を見ていたようだと悟る。


「ほう。我の気配に気づくとは、なかなかの者らしいな」


 唇に歪んだ笑みを浮かべて、久々に人間という存在にちょっかいをかけてやろうか、と身を翻しかけたが、ふと視界の隅で捉えた光景に、彼はにんまりと笑みを広げる。


「ヴィレーヌの花祭か。フフ、面白い事になりそうだ」


 空を舞う、彼の何処までも黒い闇色の眼が妖しく光り、彼は背中に生えた翼をくるりとと回して、眼前の街へと方向を変えた。





――――――――――――――――――――――




 その日の日没間際、ルイスとリディはヴィレーヌに着いた。


 城壁をくぐり抜けた先に広がった光景に、リディが歓声を上げる。


「うわ、ホントに花ばっかり!」

「だな。掃除が大変そうだけど」

「…君ね」


 が、夢をぶち壊す発言をしたルイスに半眼になり、無言でその脛を蹴り飛ばした。


「いてっ!」


 悲鳴を上げるルイスを放置し、リディは改めて街を眺めた。


 

 石造りの街並みは随所に花が飾られ、夕闇の中でも色鮮やかさを感じさせる。


 通りには多くの露店が並び、たいそうな賑わいを見せている。あちこちで盛んな呼び込みや笑い声が響き、遠くの神殿から聞こえる鐘が、賑やかな騒ぎを彩っている。

 通りには、家族連れもいるにはいるが、男女のペアで歩いている人々が目立つ。恋人達の祭典、というのは嘘ではなかったようだ。


「ルイス、宿探しに行こう。空いてるといいけど…」

「ああ。けどいいのか?ホントに露店とか見なくて」


 脛の痛みから立ち直ったルイスの訊ねに、リディは肩を竦めて応じた。


「ここまでかなり急いだからね。疲れてるのが本音だよ」

「それについては全く同意だ。じゃ、探すか」


 アイルから一路、ここまで走ってきたのだ。


 途中、距離を計算せずに走れるだけ走った為、丁度よく街や村にたどりつけた回数は数える程しか無く、最後の方は幾らかペースを落としたとはいえ体はちゃんとした休息を求めて悲鳴を上げているのは確かだった。


 そうして歩き出したはいいものの、宿を見つけられたのは、結局すっかり日も沈みきった頃だった。


「まさかどこもかしこもいっぱいとは…」

「空いてたのが奇跡だな…」


 行く宿屋行く宿屋満室ばかりで、最終的に二人は少し町外れにある高級宿に落ち着いた。


 相部屋だが、入れただけでも僥倖だった為、またもとよりルイスとリディがそんな事を気にする訳もない。


「…疲れた。ご飯食べて寝よう」

「賛成だ」


 案内された部屋で、半ばぐったりとベッドに埋もれていた二人だったが、体に鞭打って起き上がり、女将さんにご飯の提供を頼みに部屋を出たのだった。





――――――――――――――――――――――――




 ファーデリア城、とある一室。


「に、兄様、ホントに行くの…?」


 小さい影が2つ、ごそごそと何か密談をしている。より小さい方の問いかけに、少し大きい、でもやはり小さい影が小声で言った。


「なんだよ、ミリアは行きたくないのか?」

「う、ううん、行きたい…でも、だいじょうぶかなぁ…?」


 不安そうに縮こまる小さい影の頭を、もう一方の影が優しく撫でる。


「だいじょうぶだ。なんかあったら僕が守ってやるから。それに、年に一回しかない花祭を見のがすことなんてできない。だろ?」

「…うん!リューイ兄様がいればだいじょうぶだね!」




――――――――――――――――――――――――



 翌日。


「よし、食べるぞー!」


 久しぶりにぐっすり睡眠を取って、身も心も元気になったルイスとリディは、朝早くから祭に繰り出していた。


 まだ太陽は半分程しか昇っていないが、街自体が祭の最終日だけあって、既に賑わいを見せている。


「金、おろしといてよかった…」


 出くわす屋台屋台食べ物を買いまくるルイスの傍ら、リディは目当ての蜜菓子を早々に見つけ、幸せそうに頬張っている。


 が、その手にも常人の数倍の菓子類が抱えられていることは注釈しておく。リディによると、「甘いものは別腹」だそうだ。


 そんな色々な意味で変な二人は、当然のごとく道行く人々の視線を集めていた。


 すれ違う人々は、二人が抱える荷物の量にぎょっとし、次いでそれらが全て食べ物であることに唖然とし、とどめに二人の顔を見て陶然とする。


 そんな風に通った後に律速段階を作り出していたのだが、ルイスとリディは気にせず(というか気付かず)歩みを進めていた。


 が、とある路地を横に見た時、不意にリディが立ち止まる。


 どうした、と振り返りかけてルイスは、路地の奥を見つめるリディの顔の険しさに気付く。


 彼女に倣って路地の奥を見ると、狭く暗い通路で数人の男達が何かを囲んでいるらしい様子が見えた。


「子供…?」


 微かに聞こえた声にルイスは眉を寄せる。街の喧騒でよく聞こえないが、男達に囲まれているのは子供のようだ。


 ルイスより五感が鋭いため早く気づいたリディは、目を眇めて男達を睨むと、手に持っていた荷物をルイスに渡した。


 自分も荷物を持っているルイスは、当然よろける。


「うぉ!?」

「持ってて」


 端的な言葉を残して、リディはすたすたと路地に踏み込んでいく。その後ろ姿を目で追って、ルイスは嘆息した。


――リディにはどうも、女子供に仇成す輩に対して目の敵にしている風がある。勿論そんな下衆はルイスだって見れば蹴倒すが、リディはもはや袋叩きの体である。一対多数で、一が圧倒的強者の袋叩きだ。


(昔嫌なことでもあったのか――いや、あいつに仇なせるやつがそうそういるとは思えないな。遭いそうになったってところか?)


 相手は5人。自分が手を出す必要性も時間もないと思われるので、ルイスは荷物を抱え直して傍観者に徹する事にした。





「おい」


 低い声が男達の背にかかる。振り向いた男達の目に映ったのは、恐ろしく不機嫌な顔をした赤い髪の少女。顔立ちは整い、すらりとした体つきは均整がとれている。


 たちまちにやつきだした男達をゴキブリを見る目で見て、リディは言葉を重ねた。


「子供相手に何してる」


 その声に、うずくまっていた子供が顔を上げた。男達に遮られて良く見えないが、まだ幼い男の子と女の子だ。


「ちょっとなぁ?ガキんちょの癖にやたらといいもの着てるからよぉ、俺達に恵んでもらおうとしてたのさぁ」

「つうかオジョーサンべっぴんさんじゃね?俺達と遊ばね?」


 男達には、リディの顔に吸い寄せられて、腰の剣が見えていないらしい。下卑た笑い声と共に細い肩に伸ばされた手は、しかし逆に掴まれて一本背負いの支点となった。


「うぉっ!?」


 勢い良く投げ飛ばされた男は、そのままルイスの足元まで飛んでいった。ルイスは哀れむような目で見下ろしたが、微かに身動きした男の鳩尾を容赦なく踏みつけた。


「その男を連れてとっとと消えろ」


 唖然としていた男達の耳に、冷たく凍えた声が届く。リディの金の眼は蔑みと怒りで満ちていた。


「今なら見逃してあげるよ。だから直ぐ様消えろ」

「ふっ…ざけんなぁ!!」

「舐めやがってこのアマ!!」


 我に返った四人の男が、怒声を上げてリディに殴りかかる。男達の後ろにいた子供達は悲鳴を上げたが、それは全くの杞憂に終わる。


「素直に逃げりゃいいものを…」


 憐憫を込めてルイスが眺める先では、一方的な殴打音と聞き苦しい悲鳴が響いていた。




 三十秒後。


「大丈夫?」


 路地に転がる失神した男達を踏みつけ、リディは二人の子供に手を差し出した。


「文字通り瞬殺だな…」


 路地の騒ぎを、大通りの目から塞ぐ役割をしていたルイスも、終わったのを見て路地に踏み込む。路地は正に、死屍累々。死んではいないが、現に5人の男達はぴくりともしていなかった。


 その先で子供に微笑むリディは、まるでつい今まで男達を下していたのとは別人である。


「あ、ああ…ありがとう」


 呆然としていた二人の子供の内年長(と言っても精々七、八歳)の男の子が、はっとしてリディの手を握って立ち上がる。


「ほらミリア、」


 そしてなお小さい、四、五歳の女の子を引っ張りあげる。そうして初めて見た二人の顔は、幼いのもあいまってよく似ていた。


「…兄妹?」


 思わずリディが訊ねれば、男の子が頷く。


「助けてくれて感謝する。まさかこんな場所で魔術を使う訳にもいかないし、僕一人じゃミリアを庇って戦う事は出来なかった。ありがとう」


 年に見合わぬしっかりとした口調と、男の子の後ろでぴょこんと頭を下げた女の子に、リディもルイスも口を綻ばせた。


「礼には及ばないよ。でも君達、なんでこんな場所で二人だけでいるの?お父さんやお母さんは?」


 途端、子供の顔が強張った。男の子の方が目を逸らしながら答える。


「そ、その辺にいる」


 ……怪しい。


 リディとルイスはちらと目を見交わし、改めて子供達を観察した。


 先程下衆が、『いいものを着ている』と言っていたが、それは確かだった。


 精一杯庶民らしい服装を目指した感じで、でも誤魔化せていない服の生地の上質さ。男の子の腰に提がった短剣は、華美ではないが手の込んだ細工がしてあるのがよく解る。耳のピアスは、どうしたって高価なものと解る銀細工で宝飾された緑玉。

 女の子の髪は滑らかで、丹念に手入れされているのがわかる。髪の上部をまとめている髪飾りは、そこらでは手に入らなさそうな代物だ。


 そして何より、子供達自身の顔が、生まれながらに高貴さを併せ持つ端正な顔立ちであった。


「…屋敷を抜け出してきた感じかな?」


 導き出される結論を素直に言えば、子供達の顔がピシッと固まった。どうしようどうやって誤魔化そうと考えているのが丸見えの表情だ。


 リディははぁっとため息をついて頭をがしがしと掻いた。後ろでルイスも似たような表情を浮かべている。

 

 二人とも、子供達の気持ちがよく解っていた。何せ、自分もよくやっていた事だから。


「ち、違う、僕達は…」

「あーいいよ誤魔化さないで。私も良くやってたから、君達を責める資格ないし」

「後ろに同じく」


 乾いた笑みを浮かべるリディとルイスを、子供達はぽかんとした顔で見上げた。


「私、も…?」

「あんた達、貴族なのか…?」


 疑問系になるのも無理はない。


 二人の格好はどうみたって旅人のそれであり、間違っても貴族には見えない。特に肩ギリギリの短髪のリディなど、女としてソレ自体が奇異だろう。


「…さ、それは秘密。それより君達、まだ祭、見足りないだろ?」


 リディは悪戯っぽく笑って、二人の額を人差し指でつついた。ルイスも苦笑して、荷物を持ち直す。


 偶にはこういうのもいいだろう。


「う、うん!まだぜんぜん、見てない!」


 女の子が必死そうな声を上げる。


「じゃあ、私達が君達を一日護衛してあげる。君達の保護者から隠してあげるよ」


 にっこり笑って言ったリディを、二人の子供は再びぽかんと見上げた。ルイスが肩を竦めて添える。


「そんな格好じゃ、すぐに捕まるぜ。それにお前ら、屋敷を抜け出すのは初めてと見た。やっぱりすぐ捕まる事間違いなし。――でも、嫌だろ?」

「だから、一日君らを遊ばせてあげるんだよ。どう?」


 子供達の顔に理解の色が浮かぶ、がすぐに警戒も浮かんだ。


「…あんた達がそれをする利益は何だ?」


 成程、頭も回るらしい。リディは顎に手を当てて少し考え、すぐに止めて。


「放っとけないんだよ。それだけ」


また登場人物が増えました…余談ですが、リューイは一話で出てきたリックより頭いいです。

この話から、この物語に本格的に入っていく予定です。…本格的って言っても、やっぱり途中でたくさん寄り道しながらだとは思いますが。

これからもよろしくお願いいたします。

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