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第十三話 終焉と黎明 【前篇】(4)

第十三話 終焉と黎明 【前篇】(4)






「……う」


 水の底のような息苦しさに、リディは意識を浮上させた。開いた目には、知らない天井がある。背中には柔らかいベッドの感触。しばらく状況把握に時間を費し、やがて、ああ、と呟いた。布団から片手を出し、見慣れた己の手を見つめる。


「…生きてる」


 本気で死ぬんじゃないかと思った。今まで味わってきた痛みを全部集めても、あの痛みには敵わない、それほどの苦痛だった。

 それに加えーー。


「…っう…これは、制御に時間がかかりそうだな…」


 身の内で渦巻く魔力に、顔が歪む。今までの比ではない、それこそ人間の持てる量ではない量の魔力が、今のリディには収まっていた。


「ラグのこと、青天井、とか…言えないな」


 ぼす、と挙げた手を脇に落とし、ふとこの場にいない相棒のことを思い出した。


「ルイス、は…」

「ルイスなら、別の部屋ですわ」


 呟く声には、開いた扉から入ってきた人物の声が応じた。その主に、リディは驚いて体を起こし、体中に走った痛みに呻いて硬直する。


「無理をしないでください!まだ動かすなと言われてます!」


 別の、慌てた声で言って駆け寄ってきた少女と、そして冷静な顔で扉を閉めて入ってきた女性に、ベッドのヘッドセットに背を預けながら、リディは呆然と彼女達の名を呼んだ。


「ローズ…、セレナ…なんで…?」

「ミリアもいるよ!」


 小さくて見えていなかったが、ぼすんとベッドを叩かれてその存在に気づいた。ぷうと頬を膨らませる様は、相変わらず幼くはあるものの、年頃らしい成長はよく見受けられた。


「ミリアまで…どうしてここに」

「呼ばれたんです」


 セレナが窓際から椅子を運び、リディのベッドの脇に腰を下ろした。ローズは抱えていた盆を掲げると、「食欲はありまして?」と訊ねた。


「あるけど…ないって言って聞き入れる気、ないよね?」

「ええ」


 にっこり笑って盆を差し出す彼女に逆らう気など起きず、大人しくリディは薄い味付けの粥を口に運んだ。


「…ローズ、あれからどう?」

「お姉様のことですの?まあまあですわね。王宮にも大分馴染まれましたわ。そうそうあの男――ルシアンも、首都の神殿に勤務しているんですのよ」

「へえ!よく会ってるの?」

「ええ。王宮に来られた頃は、知り合いなんて誰もいらっしゃらなかったから、よくあの男の元に足を運んでおられましたわ」

「…ローズ、相変わらずルシアンのこと嫌いだよね」


 半笑いで遠くを見たリディに、ローズは肩を竦める。


「そのうち二人揃えて連れて来ますわ。二人とも会いたがっていますもの」


 さらりと告げられた言葉に、リディは肩を強張らせた。


「…アリーシャ、さんも?」

「わたくしのお姉様が、全てがわかってなお逆恨みするような馬鹿だと未だに思っているなら病人だろうと殴りますわよ?…謝りたいと言ってましたわ。お礼を言いたいとも」


 じろりと睨まれてからの言葉に、リディは細く息を吐くと、苦笑した。本当に最近、友人に恵まれている。


「お姉ちゃん、ミリアのお話もきいて!」


 ローズとの話がひと段落つくと、ミリアが目を輝かせて身を乗り出してきた。その、前に見たときよりも明るい面差しに、微笑ましくリディは目を細めた。


「うん、久しぶり、ミリア。ちょっとお姉さんになったね?」

「うんっ!ミリアね、剣をならいはじめたんだよ。リディお姉ちゃんみたいになりたいの」

「…それはお勧めしませんわね」

「なれるものでもないかもしれませんよ…」

「そこ二人聞こえてるんだけど」

「本当のことですものね?」

「ええ」


 笑いあう二人の王族は、いつの間に友情を育んだのか、チームワークはばっちりだった。それから三人でミリアの話を聞き、一頻り世間話をして、リディのゆっくりとした食事も終わった頃――ローズが言った。


「じゃあミリア、これを運んで、お兄様のところへ行けるかしら?お使い、できますわよね?」

「わかった!」


 無邪気な顔でミリアはお盆を持ち、とことこと部屋を出て行く。扉が閉まってから、リディは怪訝な顔を二人に向ける。


「リューイもいるの?」

「はい。――詳しくは後ほど、お話いたします」


 硬い声に驚けば、セレナが――そしてローズも、標準を硬いものに変えていた。その、一種の覚悟を帯びた瞳に嫌な予感を覚えて、リディは「…どうしたの」と声を絞り出した。


「…単刀直入に言いますわ。リディ、貴女のお姉様――クローディアナ様が、亡くなられました」


 なにを言っているのか、わからなかった。


 思考が真っ白になったまま数秒が過ぎ去り、は、と声が漏れる。


「なに、言って…」

「ルイス様のお兄様――シルファーレイ殿下と、同じように、オルディアンの王太子殿下、ヴィンセント様もお命を狙われました。クローディアナ様はそれを庇われ、命を落とされた、と…」


 顔を俯けながら、セレナが告げていく。呆然とリディは、言葉を反芻した。

 死んだ。クロナ姉が。ヴィンセントが狙われた。それを庇って。命を落とした――。


「……っ!」


 口元を抑える。そうでもしなければ、今食べたばかりのものを吐いてしまいそうだった。

 守りたいと思っていたものを喪った。信じられない、信じたくない。そんなことがあってたまるかーー、何の為にこの力を得た、守れなくてなにが力か――そんな思いが頭の中をぐるぐると回る。どくり、と体の中で魔力が波打ち、リディはぎくりとした。

 細く息を吸って吐き、なんとか乱れた頭と心を抑えようとする。落ち着け、冷静に考えろーーそう念じても、波立った魔力は凪ぐ気配を見せない。ぱり、と空気中に火花が爆ぜた。


「…っ、ぅあ」


 やばい、離れて――と、己の腕を痕が残るだろう程に強く掴みながら、リディは二人に向けて声を絞り出した。まだ全く己の制御下にない魔力が暴発すれば、ただでは済まない。それをこめた警告は、しかしぎゅっと首に回された腕に、消えて失せる。


「…っ、セレナ…っ、?」

「離れません。こんな状態のリディ様を置いてなんて、離れられる訳ありません」


 白金の柔らかな髪が、頬を滑る。その内の一房に火花が散るのを見て、リディは顔色を変えた。


「っ馬鹿、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!離れろ!今、自分じゃ制御が利かないんだ…っ!ローズもだっ!」


 セレナの反対側に回り込んでいたローズは、リディの隣に腰掛けると、するりと彼女の頭に手を伸ばし、抱き寄せた。


「あら。もし私達があなたの状況にあって、あなたは私達を置いて行くのかしら?」

「んなわけ…っ」

「そういうことですのよ」


 満足げなローズの髪にも、火花は散った。焦げた臭いが、辺りに漂う。


「…リディ様に課せられたさだめの話は、伺いました。それを私達が代わることは、できそうにありません…でも」


 強い薄紫の瞳が、リディを射抜いた。


「その重荷を少しでも分けていただく為に、怪我のひとつやふたつ、なんの問題もありません!一人で背負わないでくださいませーーあなた方の運命は、王族皆で背負うべきものですっ!」

「……っ」


 息を詰まらせたリディの頭を、ローズは穏やかに撫でた。


「あなた達のことだから、二人でなにもかも背負っていくつもりなのだろうけど――そうはさせなくってよ。まだあなた達に受けた恩を返せていないのだもの」

「恩なんて」

「あら、ないとは言わせませんわよ?聞きましたわ、あなた達の旅のことを、それぞれの国の方々から――皆、手ぐすね引いて待っているのだから」

「だからどうか、絶望しないでください。一緒に、未来を切り開きたいんです!」


 リディは顔を歪めた。悲しみはある。憎しみもあり、絶望もある。それでも――。


(救えなかったものに目を囚われて、救えるものが救えなかったら…それこそ、姉上に引っ叩かれるか)


 ぐ、と手を握る。深呼吸して、頭をクリアにする。落ち着いてーー体に、力を循環させるように、意識を整えろ。

 ローズとセレナは、周囲で散っていた火花がなくなっていくのに気付き、顔を上げた。部屋に踊っていたそれらは段々と消えていき、やがて静けさが戻ってくる。


 そろりと二人は顔を見合わせ、ほぅっと息を吐いた。ごめん、とくぐもった声が、ローズの胸元から発される。


「もう、大丈夫だと思う」


 平静さを取り戻した声音に、二人は数秒置いてからリディから腕を解いた。

 二人が離れたのを確認してから、リディはもう一度深呼吸した。まだ、全く制御は出来ていない。だが、表面を捉えることには成功した。あとは、底なしの海溝に手を伸ばし、少しずつ掌握していけばいい。

 目を開くと、心配そうにリディを伺う二人の姿があった。その髪や服のあちこち、果ては肌にも焦げ跡が散っているのに気づいて、リディは眉を寄せた。髪は、かなり広い範囲で傷んでいるように見える。切らなければどうにもならないだろう。


「…ごめん。髪が…それに怪我までさせて」


 が、ローズもセレナもけろりとしたものだった。


「あら。こんなもの、治療魔術で一発ですわ」

「髪は、また伸ばせばいいんですから。それに一度、ショートカットってしてみたかったんです!」

「あ、わかりますわそれ。全くこの髪、重くて」


 軽い調子で話す二人は、リディに気にさせまいとしているのだろう。それを申し訳なくも思ったが、今は甘えさせてもらうことにした。


 今やらねばならないこと。


「ローズ。さっき、それぞれの国の人から話を聞いたって言ってたよね」

「え、ええ?それがなにか」

「それはいつ?――いや、いつから?呼ばれたと言ったね。ローズ達は、いつから(・・・・)ここに来てた?」


 ローズは臍を噛んだ。失言したか。


「…一昨日から、ですわ」

「なら私が倒れて五日は経ってるか。ルイスは起きてる?」

「ーールイスは、昨日目を覚ましましたわ。今は、王位継承権の処理に忙しくしているようですわ」

「ったく、起こせよあいつ…。わかった。セレナ、悪いけど――ああ、待った」


 リディはふいと目を半眼にすると、すぐに開いた。その瞬間現れた効果に、セレナとローズが絶句する。


「えっ…」

「髪は治せないけど…、せめて傷は。ごめん、またあとで」


 いうなりリディはベッドから飛び降り、備え付けのクローゼットを開き、そこに用意されているサラフを取り出した。


「リディ様!?まだ動いては」

「大分収まってきたから大丈夫。それに今は、私一人の体調に左右されてる場合じゃないだろ」

「っ、それは」


 寝巻きを放り捨て、手早くサラフを身につけていく。今更この二人に恥じらいもなにもない。


「ローズ、キースを呼んでもらえるかな。どうせその辺にいるだろうけど」

「…わかりましたわ」


 なにか言いたげだったローズも、頷いて身を翻した。友人としてはまだまだ休んでいて欲しい――だが、王族としては、時間の余裕がないことは確かだった。

 ローズが出て行って間も無く、扉が荒く叩かれる。着替え終わっていたリディは、セレナに視線で了解を得ると、「入れ」と命じた。


「リディ様!」


 飛び込むように入室したキースは、すでに身なりを整えた主に息を呑み込んだ。小言が口をついてでかけ――ぐっと唇を引き結ぶ。


 目の前に立つのは、彼らの『お嬢様』ではなかった。やるべきことを見据えた、誇り高い王族の人間だった。


「キース、私の剣を」

「…は、こちらに」


 離さず持っていた二振りの剣を差し出す。剣帯ごとそれを嵌めたリディは、部屋を出て行く足を止め、セレナを振り向いた。


「ありがとう。また後で、ゆっくり話そう」

「…わかりました」


 セレナは深く頭を下げた。本当に――この人達の背は、遠い。











(オルディアン)の状況は」

「〈大崩落〉の影響で混乱が続いています。ヴィンセント様の采配である程度は抑えられていますが、魔物の暴走による町村の被害で人民の流動が起こり、治安の悪化は否めません」

「兄上達は?」

「各地に飛ばれて収拾に当たっておられます」

「そう。ーー姉上の葬儀は」

「事態が事態だからと、三日後に内密に行われます。この五日で出た王族の死者は皆、そのようにされるとのことです」


 迷いなく廊下を歩いていた足が、そこで止まる。すぐに再開されたが、発されたリディの声音は険しかった。


「…何人死んだ」

「…クローディアナ様、シルファーレイ様を合わせ、9人に上ります」

「……実態をあとで報告して」

「承りました」


 到着した部屋の扉脇に控える騎士は、見覚えのある若い青年だった。彼はこちらを認識するなり、拳を胸に敬礼をしてきた。


「お目覚めになったのですね」

「うん。エディ、だったよね。ルイスは中にいる?」

「はい。――リディエーリア様がお出でになったら、すぐにお通しするように仰せつかっております」

「ありがとう。キース、ここで待ってて」

「は」


 敬礼するキースを背に、扉をノックする。返事を聞いてから、リディは中に入った。


「おはよう。リディ」


 扉を閉めるなり、そんな言葉をかけられる。ルイスは椅子に座って、机の上の書類と向き合っていた。


「おはよう。ルイス」


 リディも同じ挨拶を返し、そこで二人の目が合う。どくりと脈打った心臓に、リディは笑った。


「――よかったよ。私達が、私達のままで」

「そうだな。俺も、お前に会うまで不安だった」


 こちらも唇の端を笑ませ、ルイスは席を立った。そのまま大きな机を周り、リディの前に立つと、その細い体を抱きしめる。


 起きた時二人が感じたのは、己の奥深くに眠る別の存在だった。存在、というのはまた違うかもしれない。ずっと前から彼らの中にあって、気づいていなかったものに気づいた。


 それは恐らく――彼らの魂の、前の記憶なのだろう。


「起きる気はないみたいだからな。俺もお前も、前のままだ」

「起きようとしても沈めるけどね」


 冗談混じりに言って、リディはルイスの胸を押した。ルイスもあっさりと腕を解き、再び合わせた二人の視線に、もう甘さは残っていなかった。


「制御は?」

「まだまだだな。危なくてしょうがない」

「でもやることは」

「山積み。目下のことは、取り敢えず王族会議をやらなきゃならない」

「だよね。今セレナとローズに頼んである」

「流石だな。それが終わったら」

「ひとまず狩人協会に辞令を送っておくよ。時期が整ったら全部説明しよう」

「だな」


 ぴたりと噛み合う会話に、二人はにやっと笑う。その時、コンコン、と扉が叩かれた。


「ルイシアス殿下、並びにリディエーリア殿。王族会議の準備が整いました」


 早かったな、とリディは呟いた。それだけ待たせていたのだと思うと申し訳なくなる。


「わかった。すぐに行く」


 ルイスがそう扉の向こうに返事をしてから、リディを見下ろす。


「それじゃ、行くか」


 リディも迷いのない瞳を返し、頷いた。


「うん」


――そして彼らは、今に至る。











―――――――――――――――――




「それから王族の間で今後の動きを話し合った。凶悪化した魔物への対処や、治安悪化の抑制。今もって、各国王族はその対応に奔走してる」

「私達は適任だった、てのもあるけど。手が空いててこの役目を果たせるのが私達だけだったとも言えるね。ーーま、状況説明はこんなとこだよね?ルイス」

「だろうな」


 長い長い話を終え、ルイスとリディはこきりと首を回した。


――周囲は完全に沈黙していた。最初はなんだかんだと合の手をいれてくれていた狩人達も、あまりといえばあまりの内容に、なにを言えばいいのかわからなくなってしまったようだった。


「それで現在の国軍側の配置や司令官の情報とかは、配布した資料通りだ。今日は、これから俺達が打つ手や、それに付随して取ってもらいたい連携の話をしにきた」


 ちょっと前置きが長過ぎたがな、とルイスは笑う。その瞳が、一瞬だけ爬虫類のように細まったのに気づいたのはたった一人――ジョンだけで。彼は心の底で呻いた。


(ほんとに、なにもかも背負いやがった…)


 イグナディアでの彼の危惧は当たった。ルイスとリディは、かつて彼が敬愛した主君と肩を並べる存在で。その志も、同じで。何もかもを負ってなお立つ――それを当然と思ってしまう人種だった。

 その時、涼やかな声が響く。


「では、その話をしましょうか」


 ルイスとリディは、その声の主を探し――その中途で驚いた。それまで好き勝手に姿勢を崩していた狩人達が、一斉に正してそちらを向いたからだ。


 その方向に座していた人物の顔に、二度驚く。その顔は、彼らの友人によく似ていた。


「…ラグ?」


 思わず、と言った調子でリディが呟く。好き放題に跳ねた白い髪といい、眼鏡の奥から垣間見える赤い瞳といい、かの少年とそっくりな男だったのだ。

 男は小さく笑うと、すいと立ち上がった。


「初めまして――ルイス、リディ。私の名はアルトゥール・レイドリンゲン。狩人協会を長年与ってきたレイドリンゲン一族の当主です」


 そして、と彼は紡ぐ。


「ロウリィの14番目の氏族でもあります」

「!」


 狩人達の誰もが目を見開いたが、ルイスは目を細めただけだった。


「…オージディスが言っていた、大陸の監視者だな」

「ええ。私の先祖はあなたの初代のように竜の血は飲まなかった。その代わり、連綿と系譜と歴史を伝え、人に混じり、この組織を守ってきたのです。――皆さん、騙すような形になってすみません」


 最後の言葉は狩人達に向けられたものだったが、咄嗟には誰も反応できない。そんな中、リディがちょっと聞きたいんだけど、と声を上げる。


「あなたの一族に――レーナ・ルガンナっていなかった?」


 ふ、とアルトゥールは微笑んだ。


「私の妹の名ですね」

「…うわ」


 予想通りすぎて逆に引くわ、とリディは呟き、それきり黙る。ルイスは彼女を横目で見、返ってきた頷きにだいたいの事情を察する。


「…"精霊の御手"もまた、ロウリィの末裔の証ってことか」

「そういうわけではないですが。ただしやはり、一族の中には時折、彼のように人間外れした魔力を持つ者が生まれてきました。レーナのように魔力を殆ど持たない子もいるわけですから、王族のように安定したものではないですけれど」


 まあ、彼とはいずれ話すこともあるでしょう――とアルトゥールは話を区切り、改めてルイスとリディを見据えた。


「今この場ですべきことは、狩人と王族の融和です。…打ってきた手を、教えて頂きましょう」


 ぴり、と緊張感が走った。動揺していた狩人達の思考が切り替わり、冷静な獲物を見定める眼へと変じ、ルイスの眼もまた、冷徹な軍師としてのそれへ変わった。


「ああ。それじゃ順に行こう。まず――」












「…こんなところか」


 すっかり陽の落ちた窓の外を一瞥し、ルイスは呟いた。それから隣で完全に船を漕いでいる相棒を冷たく見下ろし、その頭をはたく。


「リディ、起きろ」

「んぶっ!…あれ、終わったの」


 寝ぼけ眼でルイスを見上げる彼女に、短くため息を吐いてルイスは首を鳴らす。


「ああ、今な。ったく、寝るなって言ったのに」

「無理だよって言ったじゃん。私座学苦手なんだから。だいたい、あとでルイスが噛み砕いて教えてくれるんだろ」

「……。お前の教育係の苦労が偲ばれるぜ…」


 目頭を揉みほぐし、ルイスは議会の中に視線を戻す。集まった狩人達もそれぞれ、ぐったりしたり、この会議の結果を書き留めた紙と睨めっこしていたり、意見を交わしたりと様々な行動を取っていた。

 ぐったりしているのはジョンやヘンリー、見たことごない顔もあるが十強の専ら脳筋そうな男達で、途中休憩は挟みつつ、ほぼ半日侃々諤々の擦り合わせをしていたのだ、疲れても仕方が無い。


「リディ」


 と、平坦な声がリディを呼ばわる。仰げば、システィアが立っていた。


「…システィアさん」


 リディも席を立ち、システィアの前に立つと、ばっと頭を下げた。


「ごめんなさい」

「…それは、何に対する謝罪だ?」


 システィアの声に変化はない。だが側で見守るルイスは、一気に室内の空気が固唾を飲んだのに気づいて笑いそうになったのをなんとか堪えた。笑ったら多分、ただじゃ済まない。


「…あの場から勝手に消えたこと。あと――この三ヶ月、なんの連絡もあなたに入れなかったこと」

「…ふん。リアは、なんと言っていた?」

「…『今度旨い酒奢るから許せ』と」

「はっ。あいつらしいな。――これで不味かったら公爵だろうがなんだろうが三枚に下ろしてやると言っておけ」

「…はい」

「それと」


 ふわりと髪を撫ぜた感触に、リディは目を見開く。すぐにその感触はなくなったが、ばっと顔を上げれば、口端を持ち上げたシスティアの顔とかち合う。


「お前の姉の…クロナの事は――冥福を祈ろう。だが、無事でなによりだ。お前も、お前の兄も父親も――リアもな」


 今ある命を大切にすることだ、と背を向けて十強達の元へと戻って行くシスティアの背を、黙って見送ることしかできないリディの背を、ルイスは敢えて強く叩いた。


「よかったな」

「…うん」


 微かに天井を仰向いて息を吸ったリディは、しかし次の瞬間目を鋭く細めた。


『リディ!ルイス!!』


 瞬間、飛び込んできた怒声。なにごとかと一斉に注目が集まる。耳元からの大音量に僅かに顔をしかめながら、リディは耳環を外した。


「なに、アル」

『げっ機嫌悪…ってんな場合じゃなかった!ヘンドリックんとこに、魔族が出た!!それも三体!』

「!」


 ばっとルイスとリディは顔を見合わせる。抑えた声でリディは状況は、と訊いた。


『ヘンドリックとお前の兄貴が抑えてる。俺は周辺退避を任されてんだけど、目処がつきしだい援護に行く!けど』

「わかった。ここからならそこそこ近い、すぐ行くよ」

『頼む!』

「あ、こらリディ!」


 素早く耳環を付け直すと、リディは椅子の背にかけていた上着を翻し、あとは振り返りもせず部屋の外へ駆け出して行った。

 ルイスは短いため息を吐くと、こちらを見守っている狩人たちを振り返り、肩を竦めた。


「擦り合わせも終わったし、悪いがここで失礼する。なんかあったらアルトゥール、あんたが俺達を呼べるだろう。危急の用以外はエーデルシアス王宮に連絡をくれ、一日以内には繋がるはずだ」


 それじゃ、と言い置いてリディの後を追うべく踵を返した彼に、「待て」と呼び止める声があった。クラウディオだ。


「先程の計画のどこにも、お前達の名はなかった。――お前達は、なにをなすつもりだ?」


 振り向かないまま、ルイスは小さく笑う。このひと達と出会えたこと、それだけでも狩人になった甲斐があったというものだ。


「俺達が、在るべきところへ。俺達が、すべきことをしに行くさ」


 そうして今度こそ、彼もその場を後にした。


このあと閑話を6,7話挟みます。後篇が…まだ…orz

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