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第二話 陰謀の宴 (8)

第二話 陰謀の宴(8)






 翌日。


「うわ、いいのかなこんな貰っちゃって」

「仕事量に比せば妥当なとこだろ」

「だって1200エルに合わせてこの核の量だよ。パンクするから他の街で換金してくれって言われちゃったけど、換金したら幾ら?ヤバいってこれ」

「それよか持ち運びが重い」

「…確かに」


 むう、とリディは核が詰まった袋を睨んだ。


 約束の給金500エルを三日間、手数料で300エルマイナス、しかし補って余りある核。まああれだけ魔物で溢れていたから当然ではあるが、公爵家の補修等で消えるだろうなと思っていた彼女にしてみれば予想以上だったらしい。が、


「主犯格の拘束に結界の構築、並びにアーヴァリアン王弟への適切な対応とすれば当然の額だろう」

「適切な対応とかしてないんだけど…」


 結局アーヴァリアン王弟シルグレイは戦いに嬉々として参加し、狩人顔負けの数を屠り、主犯格の身柄の折衝をし(結局魔術士はアーヴァリアンに引き渡された)、丁寧な謝罪を述べるという、見る者を感嘆させる働きをしてのけた。


 23歳とまだ若い上に未婚、何より美麗な顔立ちも手伝って、アイルの娘達は大いに盛り上がり、うっとりしている始末である。


 エアハルト公爵も、今回の件がイグナディアと、かの宮廷魔術師士の独断であったことに大いに安堵し、ビグナリオン王家に伝えると共に、シルグレイに対し細やかな歓待をした。

 ぴりびりとはりつめていた空気は、事件の収束と共に一気に柔らかく華やかなものに戻りつつあった。


「さて、これからどうするか…」


 ぽつんとルイスが呟いた時だった。軽いノックの音がして、ルイスとリディで占領していた一室に、ジョン以下“ライジング”が入ってきた。


「よう、お二人さん。疲れは残ってねえみてえだな」

「そっちこそ。お互い怪我もなくて良かったよ」


 昨日の戦闘で、22名の狩人の内13名が負傷した。幸い重傷者は出なかったが、何度か危ない場面に遭った者は少なくない。

 正直シラス、ヴィルヘルム、エリオット、シルグレイの助けがなければもっと戦いは長引き、重傷者も出ていたかもしれない。しかし逆を言えばその状況で無傷の彼らは、ある意味一線を画していた。


「ヘンリー達は?」

「街じゃねえか?少し休ませて貰うとか言ってたぜ」

「そう。…で、なんの用?“ノナ”」


 一瞬沈黙が部屋を包んだ。次の瞬間、ジョンの爆笑が響く。


「なんだよ、バレちまってたのか?」

「あの状況で傷を追わない腕と、四人パーティ、魔術弓使いと来たらね。名前も別に偽名じゃなかったし、わかりやすかったけど」


 狩人に位階はない。だが、その時のトップ10の実力を持つ者達だけは、称号を持っている。実力順に、“モノ”“ジィ”“トリル”“テトラル”“ペンタ”“ヘキサ”“ヘクタ”“オクタ”“ノナ”“デカル”というものだ。通称『十強』と称される彼らは、全狩人の憧れであり目標だ。

 そして一度『十強』と呼ばれた者は、第一線を退いた後、各町の狩人協会長を務めることが通例となっている。現に、この町の協会長シラスも、元『十強』だ。


「俺は知らなかったけどな」


 ぼそりとしたルイスの呟きを聞き咎め、マシューがリディに訊く。


「そう、それがお訊きしたかったんですよ、リディさん。あの魔術士の居場所にしても…誰も得られなかった情報を、あなたはどこでそれを知ったんです?」


 部屋中の視線が彼女に集中した。しかしリディは軽く首を傾げると、くすっと笑う。


「情報は金に勝るって言うだろ?」


 その口調から、誰もがリディはこれ以上喋る気はないと悟った。ヨセフがはああ、と溜め息を吐く。


「ホント、訳わかんねーよなお前ら…」

「誉め言葉として受け取っとくよ」


 にっこりと返すリディと、苦笑するルイス。見た目だけなら見目のいい、極めて普通な若者達だ。しかしそのどちらもが狩人最高峰といってもいい戦力を有している事に、“ノナ”はとても違和感を覚えた。

 それを余所にリディは伸びをして立ち上がると、座ったままの相棒を見下ろす。


「次どこ行こっか」

「そうだな…」


 思案を巡らせるのを見て、それまでの考えを取り敢えず追いやったジョンが声をかける。


「行くところが決まってねえなら、一緒にラーシャアルドに行かねえか?俺達は皆そこ出身なんだ」


「「ごめん、一緒には行けない」」


 返事は二人同時で、彼らは一瞬驚いたようにお互いの目を見交わし、そして同時に苦笑いを浮かべた。


「諸事情でね。すぐにでも私達は発たないと」

「ラーシャアルドには行くぜ。…が、その前にファーデリアに寄るかな」

「ファーデリアってと…明後日から花祭だったっけか?」


 エドガーの台詞にしかし、二人は「ああ…」と軽く目を見開く。


「そういやそうだっけな。リディ、それでいいか?」

「いいよ。私行ったことないし。ルイスはいいの?」

「俺も行ったことない。よし、決まりだな。公爵に暇告げてくるとするか」


 行き先を決めるや否や、ルイスも立ち上がって核の袋を掴む。

 部屋の戸口に向かいながら、彼らはジョン達に手を振った。


「じゃあね。マリナリオでまた会えたら」

「1ヶ月以内には行くぜ」

「あ、ああ。またな」


 ぱたん、と扉が閉まる。半ば呆気に取られながら、“ノナ”は立ち尽くしていた。


「…ホントわっけわかんねー奴ら…」

「全くだ。報告書に書く内容は決まったな。『意味不明』だ」


 エドガーの台詞に、面々は同意の嘆息を漏らした。


 彼らの目的には、勿論エアハルト公爵家の護衛もあったが、“自由時間フリータイム”の調査も含まれていた。能力未知数の、ずば抜けた強さを持つ二人組。明らかに怪しいのに身の上はようとして知れず、それでいて何かに追われている風情でもある。全く、本当に『意味不明』だった。


「でもまあ、お二人共剣士かつ魔術士かつ治療術士ってことがわかりましたから…」

「聞けば聞くだけ腹立つな。それで精霊は最上位ってなんだよ。王族じゃあるまいし」


 ぶつぶつとぼやくヨセフに、あながち間違いでもないかもしれないとジョンは内心で思った。

 ヴィルヘルムと知り合いらしいリディと、アーヴァリアン王弟と面識のあるらしいルイス。今現在は不可解な事象だか、彼らが王族であるとするなら納得は行く、が。


「有り得ない有り得ない。あいつら王族は有り得ない」


 思わずぶんぶんと首を振りながら呟いてしまった。きょとんとしたヨセフの視線が彼に向く。


「んなこた解ってるよ。百歩譲ってルイスが王族だったとして、リディは有り得ねー。あれが王女だったら俺は泣くね」


 本人達がいたら、どういう意味だと顔をひきつらせただろう。だがここにそれを否定する者はなく、暗い同意の元に話題は収束したのだった。





――――――――――――――――――――――――




「――では、これで失礼致します」

「うむ…名残惜しいが、本当に世話になった。重ねて感謝する」

「本当にありがとう。またいつでもいらっしゃい。歓迎するわ」

「今度来たら、是非手合わせを願いたい」


 公爵の部屋で、リディとルイスは暇を告げた。その場には公爵と公妃、エリオットしかいなかったのだが、その理由を二人は間もなく知る事となった。


「ふう…これで肩の凝る仕事も終わり。でも最後まで気持ちのいい貴族だったね」

「ああ。王家の血統だけあって力も強いし。思ったよりキツくなかった」


 軽い話をしながら二人は城の出口に向かって廊下を曲がる。と、その足が止まった。


「…レティシア様。いかがなさったのですか、侍女も連れずに」


 光の差し込む廊下には、レティシアが立っていた。陽の光を反射して輝く髪は、黄金のように美しい。

 だがそれは、やはりルイスに感銘を与えるものではなかった。


「…ルイス様」


 一言囁いた後黙り込んでしまった少女を見、リディは肩を竦めて踵を返した。


「先行ってる」

「…悪い」


 軽い足音が遠ざかる。完全に足音が廊下の先に消えると、意を決したようにレティシアはルイスを見上げた。






―――――――――――――――――――――――――



「リディ」


 廊下を進んでいたリディは、不意に横合いから呼び止められて足を止めた。


(やっぱり、駄目だったか)


 このまま行けるなんて甘すぎるとは思ってたんだけど…まあ、ルイスがいなくてよかったかな。


 そう内心で苦笑いしながら、リディは声の方を振り向き、頭を下げる。


「暇を公爵に告げてきました。これにて失礼したいと思います」

「――リディ!」


 焦れったく、憤慨したように叫ぶ彼に、リディは内心の苦笑いを表に出した。名を呼ぶ。


「久しぶり、ヴィル」








「パーティーで見かけた時、心臓が止まるかと思ったよ。なんで君がこんな所にいるんだい」

「色々あったんだよ。…あそこにいたくなかっただけの話」


 城の脇の木陰で小さく会話をする。二人を見咎める者はなく、静かな風だけが間を流れていく。

 ヴィルヘルムはリディを見下ろし、微かに首を傾げた。


「…あの話かい?」

「…うん、そう。私はまだあんな事は考えたくないんだ。世界を見てみたいし、実力で生きてみたい。だから出て来たんだ」

「…そうか」


 さわ、と木の枝が揺れる。吹きすぎる風に髪をなびかせて、リディは薄く微笑んだ。


「君の妹を見て、思ったんだ。…私はあそこの人間じゃないんだなって。私にあそこは合わない」

「そんな事はないよ。君はとても綺麗だった」


 思わずヴィルヘルムが声を荒げると、リディは目を丸めてから呟いた。


「…誉め言葉として貰っとくね」

「誉め言葉以外の何物でもないよ」


 僅かな沈黙を挟み、小さくヴィルヘルムが訊ねた。


「…なんで僕と会わないようにしてたんだい?」


 ヴィルヘルムとしては、そのセリフを口にするのはかなりの勇気が要ったのだが、リディは身を縮こまらせて返す。


「…だって、バレたくなかったし。まだ帰りたくないんだ。私は今が一番楽しい。自分が何者かを忘れていられるから」


 ヴィルヘルムはその台詞に、安堵と同時に複雑さを覚えた。

 ややあって、しかし彼は苦笑する。


「言わないよ。僕は君の嫌がる事はしない」

「…本当?」

「本当。君は君の旅を続けなよ、しばらく。いずれ終わる旅なのかもしれないけど、楽しいんだったらそれが一番だ」

「…嫌な事言うね」


 口を曲げてリディはヴィルヘルムを睨んだが、すぐに柔らかく笑った


「ありがとう。ヴィル」


 ヴィルヘルムは赤面しかけ――すぐに苦い顔になった。


 見るものを惹きつける彼女の笑顔は、しかし彼女や彼女と行を共にする青年にとっては、何も珍しくないのだ。

 どうしようもなく――嫉妬の念が沸いた。


「じゃあ、私は行くよ。どこかで手紙は書くから。…その、言わないでね?」

「…言わないよ」


 だがそんな醜い感情もすぐに霧散する。


 彼女は彼女の道を行き、自分も自分の道を歩くだけだ。その道が交わるかは、まだ誰にも解らない。


 なんか勝ち目なさそうだけどなあ、と苦い思いで狩人の青年を思い浮かべ、けれどあることを思いついてヴィルヘルムはリディに歩み寄る。


「……?」

「君の道行きが、幸いでありますように」


 そっと身をかがめて、耳元に囁き、白い頬に口付ける。

 身を離した彼女の顔は赤く染まり――なんて事は全くなかった。


「ありがとう。ヴィルも元気でね」


 全く裏のない笑顔を見せ、リディも彼の頭を引き寄せて頬にキスした。そのまま手を振って、「またね」と言って駆けていった。


 ヴィルヘルムは黙ってその背を見送り、頬に手を遣った。柔らかな感触は自らを高揚させたが、それだけに彼女が自分の事をなんとも思っていないのが突きつけられた気がして、僅か落ち込む。

 だがすぐに切り替えると、目を上げて歩き出した。


(またね、リディ)





――――――――――――――――――――――



「…それじゃ、失礼、します」

「…お気を付けて」


 ルイスは顔を伏せて駆け去っていくレティシアを見送り、小さく溜め息を吐いた。


「いいのか?折角かわいい娘なのに」


 立っていた四阿あずまやの外からかけられた言葉に、ルイスは顔をしかめて振り向く。


「覗き見か。趣味の悪い」

「私はここで昼寝をしていたんだ。そこにお前達が来ただけのこと」


 そううそぶいて、四阿の中にひらりと男が降り立つ。


 アーヴァリアン王弟は、もう建物に消えたレティシアの背を追って、肩を竦めた。


「しかしあの娘も見る目がないな。こんな無愛想男に。まったく我が従妹といい、理解できん」

「そういうことは俺じゃなくて女に言え。俺の知ったことか」


 吐き捨てるルイスに、シルグレイは興味深げな目を向けた。


「正直驚いた。お前が女と旅をしているとはな」


 自他共に認める女嫌いのルイスが、規格外とはいえ女と共に旅をしていると知った衝撃は計り知れない。思わず自分の頭を殴りたくなったぐらいだ。


「言っただろ。…あいつは俺をそういう目で見ない。ただ対等な相手として俺を見てくれる。…それが嬉しかったんだ」


 とすん、と壁に背をつけてルイスが呟いた。シルグレイはそれに目を向け、くっと笑う。


(…対等が嬉しいという割には、不満げな色も見えるがな)


「…何だ」

「いや、なんでもないさ」


 笑いを収めると、ふとシルグレイは真面目な顔になってルイスに向き直る。


「お前は、本当にあの娘の来歴を知らないのか?」


 答えは簡潔だった。


「ああ。探る気もない」


 どこまでも嘘の色合いのない口調に、シルグレイはしばしルイスを凝視し、それから肩の力を抜く。

 それならそれで、いいのだろう。


「引き留めて悪かったな。あの娘を待たせているんだろう。行け」

「……」

「なんだ」


 ルイスは拍子抜けしたようにシルグレイを見つめ、


「行かせてくれるのか」


 と呟くように訊いた。


「阿呆。今のお前を無理矢理止めた所で私が返り討ちにされる事など見えている。それにお前の気持ちはよく解るからな。――精々足掻くがいいさ」

「足掻くって…」


 ルイスは渋い顔になったが、結局はシルグレイに頭を下げることにした。


「感謝する。――またな」

「ああ。気が向いたらうちにも来い」

「そのうちな」


 ルイスは蒼い目を笑ませて踵を返す。シルグレイはその背を見送り、口元に笑みを浮かべて、柔らかな風に再び目を閉じたのだった。





――――――――――――――――――――――



「急ごう。ファーデリアの花祭は3日あるけど、ここからだと最終日がギリギリだ」

「うん、そろそろ誰か来そうだし。急ぐに越した事はないね」


 魔物の恐怖も去り、いつも通りの活気に溢れるアイルの街を、馬を引いた二人の男女が早足で通り抜けていく。

 その一角で、彼らをふと見た男が首を傾げて呟いた。


「あれは…まさか?」


 視線の先で、彼の顧客が雑踏に消えていく。しかし、彼女の隣を歩いていた青年、あれはもしかして。


「…つくづく、面白いお人でさぁなぁ」


 くっくっと嗤う。

 まっすぐな目をした、凄まじい実力を持つ少女。自分の情報を、事態の収束のために迷わず売った、馬鹿みたいに裏のない心。


「…あんたのそれに免じて、そいつの情報は売らんでおいてさしあげやすよ」


 命の恩もあることですしねぇ。


 男はもう一度嗤うと、露店の影に頭を引っ込めた。





――――――――――――――――――――――――



 アイルの街の外、遥かな草原を二頭の馬が駆けていく。騎乗する若い人影の一方が、快哉を叫んだ。


「さぁ、ファーデリアまで一気に行こうぜ!金はあるし、自由だし、やっぱり旅はいいな!」

「同感!…やっぱり私も君も、あそこが似合う人間じゃないよ」


 自嘲めいた台詞に、ルイスはそうかもな、と返した。


「だけど似合うか似合わざるかに関わらず、俺達の根元はあそこ繋がってんだ。否定しても始まらないだろ」


 リディは束の間黙り込んでから、そうだね、と顔を上げた。


「ぐだぐだ言ってても仕方ない。さっさと行こう!」

「だからそう言ってるだろうが!」


 笑い声と軽口が、馬が地を蹴る音にかき消されていく。騒音が駆け去った後、緑の広がる平原は、穏やかな風に包まれていた。



第二話終了です。…なんか、やたらと長くなってしまいました…。

ほのかに恋愛要素も忍ばせつつ…でも、とてもまだ「恋愛」ジャンルに登録できるようなシロモノではないですね(苦笑)

シルグレイさんは「いい男」設定です。ルイスとかはまだ子供成分が多々ある。

ちなみに『十強』の名前の由来は言うまでもなくギリシャ数字(ちょっと改変)。安易すぎてごめんなさい。

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