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第十二話 導きの涯 (15)

遅くなりました…(土下座

第十二話 導きの涯(15)







 断末魔の絶叫。また一匹、塵と化した竜の最期を見守ることなくルイスは反転する。鼓膜を裂くような激突音。透明な刃に、竜の爪が振り下ろされ火花が散るくらいかち合っている。舌打ちしたルイスの頭上を、矢が掠めていく。眼に突き刺さったそれに竜が意識を逸らした隙に、ルイスは爪を受け流して飛び退く。その頭上、横を魔術が走った。


「悪い、キリグ!」

「大丈夫だ」


 振り向かず、ルイスは汗を拭って素早く戦場を見渡す。同時に自分の体力を核で回復するのも忘れない。


(…10頭か)


 竜の数は、少しずつだが減っているようだ。だが狩人達にも疲労は確実に蓄積されている。ここからは長期戦になるだろう。同じことを考えたらしいカインズが、戦場のどこかから声を張り上げる。


「疲れが限界になる前に治療班の所へいってください!治療術士、魔術士は魔力の量に気をつけて随時核からとりこんで!」


 核からエネルギーを取り込めない人間がいないこと自体、この場のレベルは異常に高い。が、それを持ってしてもこの状況は予断を許さなかった。


――ギアアアアアッ


 また断末魔が轟く。一頭の竜の右翼の根元に、細い人影が刃を突き立てていた。リディだ。

 リディは端正な顔に幾滴もの血を跳ねさせ、それでも冷静な顔で上に向かって飛び様、刃を引き抜く。その数秒後、竜は塵と化した。

 そのまま空中で一回転したリディは、ルイスの隣にすたんと着地する。そして一言、端的に言った。


「きっつい」

「まだ先は長いぞ」


 ルイスは苦笑して、闘いの中で拾っておいた核を使ってリディを治癒した。無傷とはいえない体が少しだが治療され、体力も補填されたのを感じ、リディは少し笑う。


「ありがと」

「いや。頼りにしてるぜ、相棒」

「はいはい」


 その時、断末魔がふたつ、立て続けに上がった。システィアと、ウォーレス。二人がそれぞれ、他の狩人達の援護を受けながら、二頭を下していた。

 ウォーレスはそのまま別の竜へと走ったが、システィアはリディとよく似た動作で離脱すると、ルイスとリディの近くへと降り立った。半分を切ったことで、狩人達に安堵と奮起が見られる。


「無事のようだな」

「はい」


 あちこちから金属音と衝突音、叫び声や咆哮が谺する中、システィアは己の剣を見下ろして眉を寄せた。


「…何故だかな。妙に切れ味が増しているような気がする」

「え?」

「…まぁ、お前の剣には及ばないが」


 皮肉げにシスティアはルイスの提げる剣を見る。ルイスは苦笑した。


「良すぎて困ってるくらいです。ありがたいですが」

「この状況ではありがたい限りだな。だが、『O.E』だったか?少々興味がある」

「本人はオージディスって名乗ってましたよ。ファミリーネームはわかりませんが」

「オージディス、か。『モノ』の名だな」


 さらりと放たれた言葉に、一拍おいてルイスもリディも眼を剥いた。


「?なんだ、知らなかったのか」

「い、や…知ってた、けど」

「極秘らしい情報なのに、と…」


 ああ、とシスティアは相槌をうつ。その手から氷の刃が飛び、遠くで戦っていた一頭の竜の目に突き刺さった。


「私も見たことはないがな。師匠が言っていた」

「師匠さん何者ですかそれ」


 『原初の運命』の話といい、これといい。リディは顔をひきつらせたが、システィアは含み笑いを向けた。


「お前達はもう、会っているはずだが?」

「「え?」」


 なんのことかわからず、訊ね返そうとしたときだった。


 ビリッ……と凄まじい威圧感(プレッシャー)が、突如肌を刺した。


「「「!」」」


 ばっと三人全員振り向く。リディが恐怖の悲鳴を漏らした。ルイスが呻く。


「嘘だろっ…!」


 システィアが青ざめた顔で呟いた。


「上位竜、だと…」


 駆逐されつつある竜達より一回り以上大きい体躯。年月を経た爪牙。黒曜石のように輝く鱗。なによりその魔力の波動が伝わってくるその威容を、異様さを。本能が勝てないと悲鳴を上げた。


「ぎゃあっ!」


 狩人達の誰しもが絶望に手をとられた隙を、竜達は逃さなかった。意識が逸れた瞬間を突き、その爪が一人の狩人を引き裂いた。


「……っ!」


 我に返るも、遅い。どさりと雪原に放り出された男の体は、上下が分かたれていた。


「ひっ…」


 狩人達が怖じ気づく。さっきまでの希望が一気に摘み取られた。もうこのまま全滅するしかないのか――。

 動けない狩人達に、上位竜が牙を剥く。容赦のない災厄が人間達を打ちのめそうとした、その時だった。


「「!!」」


 空を裂く羽ばたきが力強く響いたかと思うと、黒い竜の首に、橙色の影が噛みついた。苦悶の声が上がる。

 橙色の影は噛みついた首を離すと、身をしならせその尾で悪竜を打つ。吹っ飛んだ黒い竜と、それをなした橙色の影を、人間達は呆然と見上げた。


「な…」


 輝く橙色の鱗。同色の瞳は知性を湛え、凄まじい存在感を持って悪竜達を威圧している。

――上位の、善竜だった。


《立ちなさい、人間達》


 心の底を震わせるような声が響く。リディは何故か、既視感を覚えた。


(どこかで、聞いたような…?)


《一頭は抑えましょう。ですがそれ以上は無理です》


 橙色の竜は、悪竜を睨む。束の間悲しみが過ったその眼は、すぐに覆い隠された。


《人の子に名を授けられた愛し子。本来の姿に戻り、戦いなさい》


 ヴァイスとネーヴェは一声鳴いた。ついで瞬間的に竜に変じ、橙色の竜の隣へ舞い上がる。

 竜同士の対峙。その非現実的な光景に、


「――全員聞けっ!!」


 呆けていた狩人達の耳を、鋭く玲瓏な声が打った。ルイスのものだ。


「上位竜一体を、『ヘキサ』、『トリル』、それに『テトラル』の全員で、ただしアニタさん、エッラさん、アベラルドを抜いた全員で殲滅する!他狩人は、命を最優先に残りを片付けろ!!」


 有無を言わせない絶対的な命令力を持った言葉に、狩人達は身震いした。

 なんて無茶な、無理に決まってる。そう思う傍らで――彼らは、武器を握り直した。


 怖い。逃げたい。背を向けたい。でも。


「逃げて、たまるか…!」


 トップハンターとしての矜持。そして、仲間への思いやり。背に守る街への責任感。それら全てで心を鼓舞して、狩人達は鬨の声を上げた。


「行くぞ…!!」


 命の安全などどこにもない戦場へ、彼らは身を投じた。








 一方、ルイスは口早に指示を出していた。


「俺達の全体的な指揮はカインズ、引き続きあんたに任せる。バランスを見といてくれ」

「承りました」


 カインズが頭を下げる。その仕草に違和感を覚える余裕は誰にもなかった。


「リディは魔術中心に攻めろ。治療も頼む」

「わかった」


 リディは直ぐ様頷く。同時に敵わないな、とも思った。


(ひとのちょっとした仕草まで見てるんだから)

「あと出来ればラグも欲しい…」

「呼んだ?」


 すっと転移してきたのはお呼びのラグだった。ルイスは呆れを隠さずに肩を竦める。


「なんでわかった?」

「エッラさんとアニタさん…ルイス呼ばなかったでしょ…?そうすると回復役はリディだけだ…それはいくらリディでもきつい。でも単純な回復役だけじゃ…危ないよね…。そうすると攻撃役になれて…自分の身は確実に守れる僕が適任かな…?ってさ…」

「参ったな。その通りだぜ」


 ガシガシと髪を掻いてから、気を取り直してルイスは続ける。


「ラグの言った通り、リディとラグは基本回復役、状況に応じて魔術で攻撃!レッタさんも二人と一緒にいてくれ!他は全員攻撃。方法は各自に任せるが、連携伝達は口頭で必ず言うように!」


 たまりかねたようにオリヴァーが言った。


「おいキリグ――」

「苦情はあとで幾らでも聞く!今は戦ってくれ!」

「――へっ、上等だ」


 そう言って、にやっと唇の端を親指で擦りあげたのはアハトだった。


「あとでてめえらは説教だ。連れてるあのデカブツも含めてな。いいよなシスティア!?」

「ふん――」


 システィアは鼻を鳴らして、剣を構える。三頭の善竜ではなく、こちらを睨む黒い一頭に。


「ガデス、オリヴァー、お前達は私の援護だ。上位種の群れと出会った時と想定しろ」

「アイ、マム!」

「…了解」

「ウォーレス、てめえの心配はしてねえ。好きに戦れ」

「……」


 『トリル』、『テトラル』がそれぞれ短く意思を交換する中、リディはルイスの背を叩いた。


「……」


 だが言葉は言わない。言わなくても伝わる。

 ルイスもまた、リディの頭をくしゃっと撫でた。

 そうしてお互い、背を向ける。


「ラグ、結界頼んだ!」

「任せといて…!レッタさん、こっちに…!」

「ええ!システィア、オリヴァー、ガデス、気を付けなさいよ!」

「結界の盾役も私がやるよ。こっちの心配はしないで!」


 ばたばたと後衛役が走る中、前衛の七人はじり、と位置を変えて包囲を整える。その間、上位の悪竜は黙って一同を睥睨していた。下位や中位の竜はとっくに戦っているというのに、だ。


「待ってくれるたあ、なかなかイイ御竜様じゃねえか」


 歯を剥き出しにしてアハトが嗤う。次いでその体躯が、ぐっとたわんだ。そしてダンッと雪が舞い上がり、姿が消える。違う。竜の首元に。


「態度に甘えて、殺らせてくれや!」


 それが、双方上位に位置する者達にとっての火蓋が切り落とされた瞬間。

 血みどろの戦いが、始まった。






――――――――――――――――――――



「フレイアッ!」


 ゴッ、と焔が竜に吹き付ける。それに向かって、竜は真っ向から焔を吐いた。

 青い焔対青い焔。超高温のぶつかり合いは、雪を瞬時に溶かすほどの熱風を生み出した。それはオリヴァーを襲い、彼から悲鳴が上がる。


「あっちっ!」

「ごめん!ラグ、ルイス、水!――ウェルエイシアッ!」


 直ぐ様水魔術と風魔術が冷気を生み出し、熱気を相殺するも、オリヴァーの左腕は火傷で真っ赤に腫れていた。


「連れてくる!」


 ラグが飛び出し、アベラルドの側に転移すると(全員に転移陣を書いた紙を渡してある)、直ぐ様結界に戻ってきた。

 素早く治療しながら、リディは謝る。


「ごめんオリヴァー」

「気にすんな。…しっかし…」


 皮肉げにオリヴァーは目線を上げる。


「なんつーか…桁違いのバケモンだな、ありゃ」


 視線の先には――六人の『十強』を相手にしながら、全く衰えを見せない、巨大な竜の姿があった。


「…三大国家以外なら、こいつ一体で国が滅ぼせるぜ」

「三大国家でも怪しいよ」


 リディが弱々しく吐き捨てる。この間の魔族とランク的には変わらないはずなのに。


(攻撃しても滅多な傷が付かないってのが、痛すぎる…!)


 エカテリーナは魔力こそ強大だったが、物理攻撃や身体能力はあまり高くはなかった。そこに付け入る隙もあった。が――この相手には、それがない。


「――っ!」


 システィアの渾身の一撃が、竜の首元に命中した。上位の魔物でもかなりの確率で一瞬で仕留める一撃は――しかし、僅かに血を流させるに留まる。


「…ちっ」


 舌打ちしたシスティアと入れ替わるように、黒い影――ウォーレスが飛び出し、システィアが抉ったのと同じ場所に突きを放つ。しかしそれさえも、少しばかり深さを増すだけに留まった。


――グオオオォォオッ


 咆哮が上がり、鋭い棘のたくさん生えた尾が振り回される。切りかかろうとしていたアハト、ルイスは後退を余儀なくされる。


「ジリ貧だな…」


 後転して結界前まで戻ってきたルイスが呟いた。竜の体のあちこちには、今のような小さな傷はつけている。だが、なにひとつ決定打にはなっていない。しかし、狩人達は、いくら回復役がこまめに治療しているとはいえ、人間だ。この戦いで集中力が先に切れるのがどちらかは、誰しもわかっていた。


「ネーヴェ…」


 リディが上空を見上げて不安そうに囁く。

 橙色の竜と黒い竜。また、薄蒼い竜二頭と黒い竜が、交錯を続けている。ネーヴェとヴァイスに関しては、見たところ――互角だ。


「リディ、ヴァイス達は大丈夫だよ…今は、僕らが勝つことに集中しよう…!」

「…ごめん」


 ラグに諭され、彼女は首を振って切り替える。


「オリヴァー、ガデス、陽動に回ってください!システィア、こうなったら逆鱗を探すしかありません!!」


 カインズの怒鳴り声。システィアは唸った。


「だが、逆鱗が貫けるのか!?普通の鱗でも傷をつけるのがやっとだぞ」

「ここには大陸最高峰の魔術士と剣士がいるんです!!ダメでもなんでも同調攻撃(シンクロアタック)をやるしかありません!!」

「簡単に言ってくれる…!」


 舌打ちしたシスティアは、結界を振り向いた。


「レッタ、私に合わせられるな!?」

「何年の付き合いだと思ってんのよ!」


 慌ただしく配置を変え、ラウレッタが結界から飛び出す。そしてシスティアの後ろに立った。


「逆鱗どこだリディ!」

「あれ!」


 すかさず放たれた炎が一枚の鱗を舐めるなり、竜が怒りの咆哮を上げる。それを結界でやり過ごしながら、システィアとラウレッタは唖然とした眼をリディに向けた。


「…なんでわかった?」

「勘!」

「「……」」


 微妙な空気が流れたが、この際便利と割りきるべきであろう。


「…レッタ、援護しろ!」


 飛び出したシスティアが、繰り出される攻撃をギリギリでかわしきり、並外れた跳躍力で竜の巨体へ飛び乗る。そして一呼吸置き、飛来した水魔術と同時に、先程リディの焔が掠めたところを、斬りつけた。


――グアアアァアアアッッッ!!!


「――ッ…」


 凄まじい、耳だけでなく脳すら丸ごと揺らがすような咆哮。それを至近距離から食らい、システィアが顔を歪めてよろめく。その隙を、竜は逃さなかった。

 身をしならせてシスティアを振り落とすと、間髪入れず回転速を利用した勢いで、棘の生える尾で彼女を打ち据える。血が舞った。


「「システィア!!」」


 あちこちから叫び声が響き、同時に注意が致命的に逸れる。


「馬鹿、オリヴァーッ!!」


 カインズの警告も、遅い。鋭い爪は、完全に不意を打たれたオリヴァーの胴を、容赦なく抉った。


「……!」

「ラグ、オリヴァーの回収に!リディ、システィアさんの離脱の援護に行け!!」

「り、了解…!」

「レッタさん、結界の中にいて!」


 慌ただしく『ヘキサ』が奔走する中、前線に立つ男達は、構えながらも呆然としていた。


(たった一瞬で、システィアが…)


 多くはその共通した思いであろう。だが一人――それまで黙々と自分の役割をこなしていたが、それを放棄した人間がいた。


「……」

「!ガデス!?」


 ウェストレーム兄弟の寡黙な弟。彼は得物である棍を握りしめ、眼をぎらつかせていた。

そして、唐突に飛び出す。


「駄目だ、ガデスッ!!」


 兄をやられたことで、頭に血が上ったのだろう。棍を振り回して、ガデスは無謀な特攻をかける。しかし――単身、陽動もなにもいない攻撃は、カウンターの対象にしかならなかった。


「アイシィ、ウェーディ、護れ!!」


 ルイスの叫び。瞬時にガデスの回りに形成された結界は、同時に竜の口腔から吐かれた焔からガデスの身をギリギリで守るも――三秒後、崩壊した。上がる絶叫。


「ぐ…あああああ――ッ…!!」

「くそっ、吹き飛ばせ、ウェルエイシア!」


 システィアの元へ走りながらの、リディの渾身の突風が、弱まった炎を吹き飛ばす。

 カインズもまた、ガデスへと走った。


「システィアさんっ、動ける!?」


 膝をついて、剣を雪に突き刺しているシスティアは、ちらりとリディを見上げた。その眼は至極冷静だったが、脂汗が滲んでいるのをリディは見逃さなかった。そして、システィアが己の影に隠すようにしている、血溜まりも。

 が、歯噛みする間もなく、頭上に影が差す。


「っ…!」


 咄嗟に上げた刃が、高い金属音を立てて竜の爪と合わさる。軋む腕。通常の成人男性よりも筋力があるリディにとっても、過ぎる負荷。汗が滲む。


「リディ――!」


 ざん、という音と同時に、目の前に血飛沫が弾けた。悲鳴を上げた竜が、翼をはためかせて後退する。竜の爪先を切り裂いたルイスは、息を切らせて「大丈夫か!?」とリディを振り向いた。リディはピリピリと痙攣する腕を抑え、「大丈夫」と頷いた。


「それよりシスティアさんを結界の中に!」

「ああ!」


 ルイスがさっとシスティアを抱え上げ、リディが振り向き様竜の鼻面に雷撃を命中させる。苦悶を響かせる竜に、ウォーレスとアハトが剣を振りかざした。


「ラグ!」

「こっちに寝かせて!カインズさんも!リディは手伝って!」


 結界内にかけこむと、オリヴァーを治療しているラグが顔を上げずに指示を出した。横顔がいつになく強張っている。


「くそ…」


 ルイスが汗を拭って結界外を睨む。そして、ラウレッタを振り向いた。


「まだやれますか」

「…ええ」


 システィアを青ざめた顔で見下ろしていた彼女は、首を振って立ち上がる。束ねた鞭を外し、ふっと呼気を整える。そうして不敵に笑ってルイスを見た。


「私じゃ役不足だと思うけど、即席コンビと行きましょうか?」


 ルイスが苦笑して頷こうとした時だった。


「それには及びません」


 はっきりとした、しかし諦感を滲ませた声がそれを遮った。


「!?カインズ…」


 視線を集めた男は、こきこきと首を鳴らす。


「貴方の前ですし、出来れば隠したままでいたかったのですが…まあ、システィアにはばれていますしね。潮時というところでしょうか」


 封印解除、と彼が呟くと同時、押さえつけられていた気配が爆発する。ラウレッタが後ずさった。


「カインズ…なに、あなたのその気配…っ」

「隠していてすみません、レッタ。実は僕、魔術士でもあるんですよ」


 全く悪びれていない顔で、カインズは飄々と言う。それまでの、少々悪戯っ気のあるものの実直そうな青年の印象は、どこかに消え失せていた。

 その身に三種の最上位精霊の気配を纏いつかせた男は、一時的に納めていた剣を抜きつつ、ルイスを見る。


「しばらくは私が引き受けます。貴方方は、早くシスティア達に応急処置を。私では、止めは刺しきれないでしょうから」


 呆然とルイスは彼を見つめる。なんなのだ、この豹変は。この、システィアやクラウディオにも似た、圧倒的な気配は――!


 カインズは苦笑した。


「この身分、気に入っていたんですけれどね。もう使えませんか。残念なこ」

「僕らとしてももう使わせる訳には行かないんですけど、ベルクヴァイン閣下」


 唐突にカインズの台詞をぶったぎったのは、その場にはいた覚えのない第三者の声だった。結界外に息を弾ませて立つ、新たな二人の姿に、全員瞠目した。

 突如現れた二人。それは、数週間前に狩人協会に忍び込み、システィアに看破された、エーデルシアスの騎士達だった。


「パリスにエディ!?」

「数週ぶりですね、ルイス様。ご命令通り、会計書類は首都に持っていきました!…ギリギリ間に合ってよかったです」


 汗だくながらエディは敬礼すると、カインズに向き直った。カインズはあっちゃー、と目元を覆っている。


「我が主から直々の帰還のご命令です、カインズ・ラザフォード・ベルクヴァイン閣下。現在巻き込まれている事件解決の後、速やかに我々とご帰還ください」


 ルイス以下、呆気に取られる。


「…え?」


 エディはちょっと笑うと、ルイスに頭を下げた。そして、手袋を外して手の甲をルイスに見せる。右手の中指にはまる――黒い下地に、月長石で剣が描かれた、指輪。


「……!」


 その瞬間、ルイスは全てを察して舌打ちした。尊敬と同時に、何もかも掌の上、ということにやるせなくなる。


(兄上…!)


 仏頂面のパリスが、ガデスの治療をするリディの向かいに膝をつく。


「交代いたします」

「え…」

「大丈夫です、リディ様。パリスさんは、顔に似合わず治療術のスペシャリストでもありますから」

「顔に似合わずは余計だエドワード」


 不機嫌にエディの言葉を叩き落とし、彼は治療を始める。その素早さ、鮮やかさにリディは目を瞠った。


「あなた達…」


 ラウレッタの唖然とした目に、カインズはやけっぱちに笑んだ。


「システィアが起きたら、話してくれるかもしれません。ただ、内密にお願いします。――」


 今のところは、まだ。と密やかな囁きは、誰にも聞き取られなかった。


「――さて」


 つ、とカインズは結界の外に目を向ける。黒い巨竜に今相対しているのは、二人だけだ。いくら大陸屈指の実力者といえど、限界だろう。

 エディがルイスを仰ぐ。リディが立ち上がり、ルイスの隣に並んだ。カインズが口を開く。


「ルイス様。ご指示を」

「……」


 ルイスは蒼い眼を眇め、小さく息を吐き――きっ、と竜を見据えた。



遅くなりました。この章は書き上げたので、残りはさくさく上げようと思います。待ってくださっていた方、本当にすみませんでした。

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