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第一話 二人の狩人 (1)

第一話 二人の狩人(ハンター) (1)








 ――どこかで何かが軋む音が、した。


険しい山肌、その崖の上で、それ(・・)はふっと顔をあげた。銀色の眼がすうと彼方を見据え、何かを捉えようとするかのように鋭く細められる。


「……。やはり、か」


 痩躯が、誰しもめまいを覚えずにはいられない高度の場所で揺らぎなく立ち上がる。そのまま周囲を吹きすさぶ風にしばらく浴びて、次の瞬間、それは前触れなくふっと消え去った。





――――――――――――――






 ここは、ユーデルシア大陸――。十三の国家に分かれ、お互い偶に戦を繰り返す、特に珍しくもない社会形態。しかし一つだけ、他大陸とは違う点がある。

 この大陸には“竜”が棲んでいる。他大陸にはその姿の片鱗すらも見ることは叶わないのに、この大陸では、海に、川に、山に、森に、谷に、平野に……至る所に彼らは生き、しかし殊更に他の生き物を脅かすこともなく、強大な力を持つ長命な存在として君臨している。その数は多くはないが、決して絶えることなく、大陸が紡ぐ歴史と共に在る。



そしてその中の一つの国、イェーツの更に小さな村では、今ある異変に人々が悩まされていた。



――今より五十年程前のこと。この辺りは三日三晩、天変地異に晒されたという。曰く、近辺の縄張りを争って、この村の近くに聳える高い山の頂上で、当時の主であった竜と、外より飛来した竜とが、激しい争いを繰り広げたらしい。三日と三晩、空は荒れ、稲妻は閃き、地は震えた。村人たちが恐れ慄く中、四日目の朝、それらは唐突に止んだ。そしてそれまでの主は倒れ、新しく現れた竜が、山の頂に収まるようになったのだ――


「んで、それが最近暴れてるんだって」


 どん、と音を立てて目の前に置かれた皿に、その卓に付いていた若者は目線を上げもせず、手を伸ばした。すでに彼の脇には空の皿が幾枚も積み上げられており、新たな皿を持ってきた少女は、うえぇ、と顔を顰める。


「っとによく食べるね。気持ち悪くならないの?」

「お前が全然食わないんだよ。もっと食え」


 少女の目線もなんのその、ひょいと若者が肉を少女の器に投げてよこし、少女は、「絶対ルイスがおかしい」とぼやいて、渋々肉を口に運んだ。


「だけど、それホントに竜かよ? 悪竜になって暴れる奴なんて、滅多にいないぜ?」


 数分後、常人の三倍位の量を綺麗に平らげた若者は、その長い黒髪を掻き上げて言った。


 質素な旅人の服を着てはいるが、黒曜石を溶かしこんだような艶のある黒い髪と、海の色よりも深い蒼色の瞳、大理石のように滑らかで白い肌に、すっと鼻梁の通った彫りの深い顔立ちは、百人中九十九人の女性がため息をつきそうな美貌を構成している。筋肉もしっかりとついた、成長をほぼ終えた体躯は細身ではあるが均整がとれ、黒い髪と相まって、しなやかな黒豹を思わせる。

 現に、宿の給仕の少女がちらちらと熱い視線を送っているが、本人は気付いているものの相手にする気はさらさらない。そして、無造作ながらどこか気品を漂わせる仕草に、女達は一斉にぼっと顔を赤らめた。


 対して、百人中一人の赤い短髪の少女は、気持ち悪げに皿の山を見やると、さぁ、と肩を竦めた。彼の容姿に微塵の興味も持っていないのが丸分かりである。


 しかし、ぞんざいな仕草とは裏腹に、こちらも街を歩けば誰もが振り返りそうな美少女だ。炎のような鮮やかな赤い髪は繊細で、大きめの金の瞳は強い意志の光を宿している。雪のような白い肌は、けれど病弱さなど微塵も感じさせない不思議な強さを帯びていて、細く鍛えられた躰は、女性のまろやかさには欠けるものの、健康的なすらりとした細さを有している。

 青年と同じように、食堂の若い男達の視線を一様に集めているが、こちらはさっぱり気づいていない。


「私も殆ど聞いたことない。もしかしたら蛇の化身か何かかもね」

「んなことねえよ、嬢ちゃん!ありゃあ確かに竜だぜ!」


 少女の軽口に、同じ宿の食堂内にいた、村人らしき男が目を剥いた。通りすがりの旅人はうってつけの聞き役だ、勢い込んで言い募った。


「夜になると、世にも恐ろしい咆哮が聞こえんだ。偶に炎も見えるし、地震を起こしたりもしてる」

「ふうん」

「へー」


 熱心に語る男とは裏腹に、青年も少女も不真面目に応える。信じていないのが丸わかりのその様子に、むっとした男が、二人に向かって言った。


「あんたら、旅人だろ?この村に一晩泊まってみろや。そうすりゃわかる」


 少女は気のない様子で空の皿を弄んでいたが、眼を上げて向かいの青年を見た。


「だって。どうする?」

「そうだな…」


 青年は数秒考えた後、軽く頷いた。


「別に急ぐ旅じゃないしな。泊ってみるか」

「了解」


 そんなあっさりとした流れで、昼食のみのつもりで寄った小さな村に、二人は泊まることを決定したのである。






――――――――――――




「で、どう思う、実際」


 夜、お互い風呂からあがった後、少女は髪をタオルで乾かしながら、青年の部屋にやってきていた。

 青年は剣の手入れをしながら、少女の問いにあっさりと答える。


「咆哮ってのを聞いてみねえとな。万が一悪竜だったら…初めての竜狩りだな」


 に、と笑みを零す青年に、緊張感ないな、とぼやいて、かく言う本人も全く気負う様子もなく窓の外を見遣る。


「善竜殺したらまずいけど、話を聞く限りそれはないね。――その以前に、竜じゃない可能性も大分あるけど」


 乾いたかな、と呟きを挟みながら少女がタオルを取った時、こんこんと部屋の戸が叩かれた。ちらと少女が青年を見たのを受け、青年は何食わぬ顔で、手入れをしていた剣の柄を手元に寄せて、頷いた。

 少女はそれを確認し、声を上げる。


「どうぞ。鍵は開いてますよ」


 ガチャ、と戸を開けたのは、十歳程の少年だった。そのいかにも恐る恐るの体に苦笑して、青年が剣を離す。少女は少年ににこりと笑いかけた。


「私達に何か用?君」


 少年は少女をまじまじと見た。その顔には驚きが浮かんでいる。どうやら女性には珍しい短髪と、相反した綺麗な顔立ちに面食らったらしい。しかしその人懐っこい笑みに誘われて、おずおずと彼は部屋に入ってきた。


 ドアを閉め、うろうろと視線を迷わせながら、数秒の躊躇いがちな沈黙の後に、彼は意を決したらしく、二人に問いかけた。

 

「あの…お兄さん達、狩人(ハンター)、だよね?」


 その問いに二人は一瞬だけ顔を見合わせ、それから頷いた。途端少年はパッと目を輝かせ、勢い込んで訊ねてくる。


「じゃあ、山の上の竜を倒しに行くの!?」

「悪いものだったらね」


 少女の答えは半ばどうでもいいものだったらしい。少年は紅潮した頬に、子供らしい高い声で言った。


「オレ、リック!オレ将来、狩人になりたいんだ!あ、ねえ――どうやったらなれるの!?」


 期待の籠った声に、二人は暫し沈黙して、おもむろに青年が訊ねた。


「お前――リック。お前は狩人(ハンター)をどういう仕事だと思ってる?」

「え?えーと、オレ達を殺そうとする、悪いモノをやっつけて、たくさんお金を貰う!」

「大体合ってるな」


 青年は頷いて、喋りだした。その蒼い瞳は柔らかくリックを見つめている。弟かなんかに対する目っぽいな、という感想を少女は抱いた。


「俺達狩人の獲物は、概して“人ならざるもの”って言う」

「人、ならざるもの…?」

「ああ。自我を失って悪行しか働かなくなった悪竜や、動物の変異体である魔物、悪霊が実体化した悪魔などの事だ」

「ふ、ふーん…?」


 目をくるくるさせるリックに少女が苦笑して、


「君達が怖がる化物の事だよ」


 と添えてやる。呑み込めたらしいリックに、青年が続けた。


「生き物には、皆核と呼ばれる生命エネルギーの源がある。この核ってのは凄くてな、魔法の威力を高めるのにも使えるし、死にかけた人間を治癒することも、身体能力を飛躍的に向上させることも、魔法が使えない人間に魔法を行使させることも出来る」


「つまり、持ってると凄い強くなるってこと?うちの村のお医者様も一個持ってるよ。重い怪我でも、パッと治せるんだ」


 リックの余りといえば余りな簡略化に、けれど少女はまあそうかな、と頷いた。


「核にもランクがあって、レベルによって出来ることは限られてくるけど。それだけの事が出来るから当然、核は高額で取引される。その医者がどのレベルのを持ってるかは知らないけど、貴重なものに違いはない」

「俺達はその核を売る側の人間さ。人ならざるものと渡り合い殺し合い、核を奪い、金に換え、命に代える」


 淡々とした語調に反して、実はシビアな内容だ。少女が微かに眉を寄せる一方、リックは元気に言った。


「知ってる!核って売ったら、すごいお金になるんでしょ!?」

「まあな」


 リックの目がきらきらと輝く。が、対照的に青年は表情を消した。


「だけどな、リック。この“人ならざるもの”ってのは、人間より何倍も強いんだ。“人ならざるもの”の中でも一番弱いって言われてる魔物でさえ、鋭い爪や牙、毒を持ってるし、中には火や氷を吐くものもいる。悪魔は魔術だって使うし、竜に至っちゃ未知数だ。…本来、人が敵う相手じゃないんだ」

「君のお父さんやお母さんは、化物をどう見てる?手に負えない、怖い、とんでもない相手だって見てるだろ?」


 青年、少女に相次いで畳み掛けられ、リックはうーんと考え込んだ。


 確かに村の近くに魔物が出ると、大人達は皆怯えて家に閉じ籠り、リック達子供を絶対外に出そうとしない。リック自身、漠然と怖いという気持ちはいつも持っている。


「…でも、お姉さん達はそれを狩れるんでしょ?」


 狩人(ハンター)=強いという図式が頭の中で出来上がっているので、リックは訊き返した。


 だって、狩人が核を手に入れて売るから、世の中には核があるのだ。人間より遥に強い相手だというのなら、なぜ狩人は核を奪えるのだろう?


「ああ。だけどな、狩人ってのは常に死と隣り合わせなんだぜ」


 青年の言葉に、弾かれたようにリックは彼を見た。蒼い眼は何処までも真剣だった。


「リック、お前みたいに狩人に憧れる奴は多い。が、実際皆儲かってるかっていうと、そうでもない。大抵、核一個獲るのに命からがらになって、武器防具に旅費に治療費とかかると、あっという間に金は消えちまう。お前みたいに、富を得ることを目標にして狩人になった結果、しのぎを削るような毎日を送った末に、五年ぐらい経つと、辞めちまう奴が殆どだ」


 リックは息を呑む。狩人は皆強くて恰好よくて、お金に困らないのだと思っていた。が、今の話は、想像とあまりに違う。


「大体狩人は、五人くらいでパーティを組んでる。治療系の魔術士に、攻撃系の魔術士二人、肉弾戦系二人ってのがスタンダードだな。人数に多少の増減はあるが、それくらいが人ならざるものに対して安全に戦える数だ。核は確かに高価だ。だけど、一つを五人で分けるには、到底足りないんだよ――それこそ、ランクの高いものでない限りな」


 淡々と紡ぐ青年に、リックは疑問を抱く。狩人が普通五人集ってようやく戦えるというのなら、二人の彼らは一体――?


「ま、そういう訳で志願者は多くても、実際定着するのは少ない。そこまで強いのは、そうそう居ないからな」

「じゃ、じゃあお兄さん達は強いの?それに、何で二人だけなの?他に仲間はいないの?」

「うん、強いよ。私とルイスは一人三役ぐらいは出来るからね」


 二人はニヤッと笑って適当に答えただけで、碌な答えはリックに返してやらなかった。リックはこの時詳しく問い質さなかった事を後になって死ぬ程後悔するのだが、それはまた別の話。


「俺達の事は心配するな。なんなら核獲ってきたら、お前の村にやってもいいぜ?俺達金には困ってないし」

「それが本当にいて、善竜じゃ無かったらね」


 ――と、その時だった。まるで図ったかのように、夜の闇を切り裂いて、腹の底に響くような咆哮が聞こえてきたのは。


――グオオオオオオオ……


「……」

「あれは、竜だな。しかも悪竜。善竜だったらあんな理性のない真似はしないな。――竜ってのは本来、凄まじく頭のいい生物だ。無暗に人を怯えさせることはしない」


 窓の外を目を細めて青年が見、呟いた。


 間違いない。焔も微かにだが、目に映った。

 これは、…初めての、大物だ。


 ちろ、と唇を舐めて青年は少年を振り向く。彼女も肩を竦めて彼を見返す。


「さて。リディ、こいつは本物だぜ」

「そうみたいだね」


 二人の顔に恐れはない。そこには、一種の昂揚があった。


「それじゃ、さっさと寝るか。リック、固まってないで帰れ。うまくいったら竜の核、お前らにやるよ。あ、誰が獲ったかは組合に届けろよ。スコアになるからな」

「え、ちょ、待って…オ、オレも連れてって!!」


 半ば茫然としていたリックは、思わず叫んでいた。興奮が湧き上がる。この目で、憧れの狩人の戦いを見られるかもしれない――!


 が、少女が厳しい声で首を振った。


「駄目。危険だよ、君を危険に晒す訳にはいかない。相手は竜なんだから」

「邪魔しないよ!物陰に隠れてるから!ねえ、お願い!!」

「駄目だったら――」

「いいんじゃないか?」


 言い募るリックに助け船を出したのは青年だった。困惑と期待と、対照的な顔を向けてくる二人に、青年は肩をすぼめる。


「俺達が気を配れば何とかなるだろ。――が、リック、約束しろ。俺達の指示には、必ず従え。動くなと言ったら絶対に動くな。逃げろと言ったら全力で俺達を置いて逃げろ。それが出来ないのなら連れていく事は出来ない。――守るか?」


 それまでの気安げな口調が吹き飛ばされるような、厳格で威圧感さえ漂う空気に、リックはごくりと唾を呑む。俄かに緊張感が沸く。二人の真剣な顔つきに、どれだけ危険なのかも、何となくわかった気がする。それでも――リックは頷いた。


「わかった。絶対守る」

「――よし、わかった。リディ、いいな?」

「君、もう決めてるだろ…」


 少女は呆れたように息を吐いて、リックに言った。


「明日の朝、日の出前に村の入り口においで。来なかったら置いてくからね」

「うん!オレ、早起きは得意だから大丈夫!」

「そう。じゃ、帰れ。ちゃんと寝ろよ」

「うん!――あ、待って」


 帰りかけて、リックは二人を振り向いた。眉を上げる彼らに、くすりと笑う。


「二人の名前、教えて」


 青年と少女は顔を見合わせて噴き出した。今更感は否めないが――確かに、名乗っていなかった。


「悪かった。――俺はルイス・キリグ。よろしくな」

「私はリディ・レリア。よろしく」


初めまして。カヘキと申します。小説を投稿するのはこれが初めてです。

のんびりと更新していきたいと思います。駄文ですが、お暇つぶしにでも読んでくださいませ。

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