4
家に帰ると美希はノートを水道で洗った。一ページずつドライヤーをかけると、うっすらと男子達の唾液や尿、様々な悪臭が入り混じり漂ってきた。涙を堪え、乾かす。消臭剤をスプレーして、重石をして眠った。ふやけてしまったノートはみすぼらしかった。しかし美希は日光に干したり、破れた箇所を糊で直したり、アイロンをかけたり、あれこれ工夫をして、ノートを繕った。
あれ以降、男子達は美希にもノートにも興味を失った様子だった。彼女はますます寡黙になり、声を掛けてくる生徒も少なくなった。身なりにもあまり気を使わなくなって、低学年の頃、明るく活発だった彼女は、卒業後には地味で目立たない子に変わってしまった。
中学二年の頃、またノートのことで虐められた。
「小学校の頃の話、聞いたぞ。」同じクラスの女子生徒に呼び出され、体育館の倉庫に行くと、同学年の不良達が待っていた。背後から体格のよい男子生徒に羽交い絞めにされ、鞄を奪われる。今度はどんな目に遭わされるのだろうか。美希は悲しくなった。
「あったわよ。」女子生徒が美希の鞄からノートを取り出し、リーダー格の男子に手渡す。
「…返して、下さい。」美希が力なく懇願する。
「あ?これ俺のもんだけど。」リーダーがポケットからマジックを取り出し、表紙にでかでかと平仮名で自分の名前を書いた。皆が笑う。
「やめて…」目に涙を浮かべ、美希が呟く。
「俺の物に何書こうと勝手だろ?」彼はノートを開き、乱暴に卑猥なマークを描いて、美希の顔に突き付けた。
「止めて欲しいか。」嗚咽で何も言えなくなった美希が何度も頷く。
「なら買い戻せ。十万で我慢してやる。」
「そん、なッ…お金…あり、まッ、せん…」泣きながら、たどたどしく美希が答える。
「じゃ、駄目だな。」リーダーがノートを捲り、マジックを握り直す。
「何でもッ…します…」美希が小さく叫ぶ。
「本当か?」彼女は力なく頷いた。
「そうだな…次、授業で当てられたら、『◯◯です。』って答えろ。」リーダーが卑猥な言葉を口にした。皆が笑った。クラス中が見守る中、そう答える自分を想像する。恥辱だった。
「前からこいつ、ムカついてたんだよな。根暗のくせに成績だけ良くて。俺達のこと、馬鹿にしてたろ。」別の男子に言われ、美希は慌てて首を横に振る。
「違うなら、俺達の馬鹿な遊びに付き合えや。上手くできたらノート、返してやる。」リーダーが言った。
「いい匂いがするな。よく見ると割に可愛いじゃねえか。今度みんなで楽しませてやるよ。」背後から羽交い絞めにしていた男子が、美希の耳元で囁いた。