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古びた封筒の中には、ヨレヨレになった一冊のノートが入っていた。薄汚れた、子供用の学習帳だった。
「開いてもいい?」祐樹が聞く。美希は身を竦めながら小さく頷いた。目に涙を溜めている。震える指で表紙を開く。罫線のない白紙に茶色の染みが付いている。ページを捲ると、所々に子供っぽい落書きが薄く残っている。シンナーか何かで消そうとしたのだろう、紙がボロボロになっていた。ふとノートから顔を上げると、美希がスカートを握り締め、震えている。白くほっそりとした太腿が少し見えた。
「母の…、形見なの。」美希が唇を開き、振り絞るように話し始める。美希は小学校に入ってすぐに交通事故で母を失った。ノートは母が亡くなる前の日の晩に、美希に買い与えたものだった。
「何を書いてもいいのよ。」母は言った。デザインが可愛かったから買ったのだという。このノートが母からの最期の贈り物となった。美希は大切に使おうと思った。使い道を思い付くまでは、何も書かずにおくつもりだった。彼女はノートをお守り代わりに持ち歩いた。ノートは母が遺してくれた、期待に満ちた美希の未来だ。
何をしていても母が見守っていてくれる気がした。何を書いても許されるノートのように、美希の未来は自由なのだと思った。母がいなくなった家は寂しかったが、皆が気を使ってくれたし、美希も暗い顔を見せないように頑張った。ノートは心の支えだった。
小学校の中頃まで、美希は明るく優秀だった。その頃はノートの存在が皆に知られており、級友も彼女の思いを尊重してくれていた。しかし優等生の彼女を嫌う者もいて、「デスノート」だの、死者の呪いがかかっているだのと、ノートのことを悪く言う生徒が出てくるようになった。終いにはノートを隠されたことすらあった。
美希は周囲にノートの存在を隠すようになった。それにつれ彼女の表情に影が差すようになり、行動も控えめになっていった。初めて決定的な出来事が起きたのは、高学年の話だ。その頃にはノートのことを覚えている生徒は少なくなっていた。しかし何かの拍子にクラスで再びノートのことが噂になり始めたのだ。