表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
notebook  作者: 多河透
1/5

1

 「誰にも言わないなら…、見せてもいいよ。」美希が頰を赤らめて言う。もう誰もいなくなった教室に夕陽が射している。二人が黙ると蝉の声が聞こえた。後しばらくすれば、夏も終わりだろう。彼女は両手を握り締めて、微かに震えている。制服の襟元から見える白い肌に汗が流れた。祐樹は自分の視線に気付き、慌てて目を逸らす。二人はようやく手を繫ぐようになった関係だ。お互いに初心で相手とどう接すればよいのか、分からない。窓から少し風が入った。項まで汗で湿った美希の匂いが、祐樹に届く。

 美希が細く小さな指で鞄を開く。緊張しているのだろう、ぎこちない手付きだ。息が少し荒い。思いつめたような横顔が愛おしかった。

「どうぞ…。」恥ずかしそうに少し顔を背けて、美希が封筒を差し出す。祐樹は大切なものを暴き、彼女を辱めてしまう後ろめたさを感じた。祐樹も緊張し、少し興奮していた。

 彼がこの封筒の存在に気付いたのは、付き合い始めて間もなくのことだ。美希はどこへ行く時にでも、この古ぼけた封筒をバッグに忍ばせていた。

「それ何?」何気なしに祐樹が尋ねると、美希はひどく狼狽えた。

「こ、これ…何でもない、の…」顔を真っ赤にして美希は答えた。その日はそれ以上、何も聞かず、いつも通りの会話に戻った。まだ桜が咲き始めた頃の話だ。

 ゴールデンウィークに二人で遠出をした。その帰りの電車の中、祐樹は再び封筒のことを話題に出した。美希が羞じらうような表情を見せ、俯向く。虐めているような気分になったが、彼女の全てを知りたいという気持ちが抑えられない。

「話したいけど、何だか怖いの…」美希が戸惑いながら呟く。隣りに座る彼女の腕は柔らかく温かだ。困っている姿が可愛いくて、色々質問をした。しかし全てはぐらかされた。その後は冗談めかして、封筒の話ができるようになった。

 休日、二人で会っている最中、急な雨に遭ったことがある。美希は濡さないよう、懸命にバッグを守っていた。すぐに雨は止んだ。服から下着が透けていたが、封筒に気を取られ、羞じらう余裕を無くしている。祐樹はタオルを借りてきてバッグを拭いた後、彼女にタオルを差し出した。

「ありがとう、ごめんね。」彼女が髪と体を拭く。彼女の匂いが染みたタオルで祐樹も自分の体を拭いた。封筒の存在は二人共通の秘密になりつつあった。しかし中身が何なのかは教えてもらえない。

「見たら、がっかりするかもしれないよ。」美希は小さく笑った。

 徐々に好奇心が抑えられなくなっていく。美希がいない間に封筒の中を見たい、とさえ思った。そのことを話すと彼女は怯えたような顔をした。

「気持ちの整理ができたら、必ず見せるね。」彼女が申し訳なさそうに言う。その夜、初めて二人は手を繋いだ。星空が澄んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ