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ヤンキー?2

 雅と言う名のスケベ(とも違うなんかエロい)な性の価値観がオレとだいぶ違う巫女さんとの別れの後、金髪のヤンキー少女と再会した。世紀末染みた大事故の連発、奇妙な巫女さんとの邂逅、失くしたはずの荷物の発見と意味不明なことが畳み掛けてきたこともあって、金髪のヤンキー少女との再会は、オレの心を落ち着かせてくれた。

 人間、未知が続くと脳の機能が著しく低下するのだな、とオレは感じた。そして日常の中に戻ると低下した脳機能が回復するのだな、とも思った。

 ヤンキー少女はヤンキーなだけで、特に変わったところは無い普通の女の子だ。だからだろう。ヤンキー少女を見た時、ずんぐりとしていたオレの思考が軽くなったのだ。

 そうか。

 オレは彼女を見て安心したんだ。

 となると、存外、オレも度重なる異変によってストレスを感じていたらしい。

 

「な、なんだよ。人のこと見てニヤニヤしやがって。み、見せもんじゃねーぞ!」


 不躾なオレの視線に不快感を抱いたのか、ヤンキー少女が強い語尾で言った。

 ニヤニヤしているつもりは無かったが、ヤンキー少女を見つめていたことは確かだ。

 オレは片手をあげてこう言った。


「ごめんね。その恰好がよく似合ってたから、まじまじと見ちゃってたみたいだ。君の魅力がよく引き出されてると思う。君はセンスがいいんだね」


 言いながら、オレはテニスバッグを持っていない手を顎に持っていき、口元を隠すように掌を広げ、指の腹で両頬を摩った。


「でも。オレ、そんな変な顔してた?」


 むにむにと自分の両頬を押す。

 ヤンキー少女は唇を震わせている。焦ったように目も揺れていた。


「い、いや……。その……ニヤニヤは、してなかった、かも……です……」


 先ほどと違い、語尾が弱弱しい。

 ヤンキー少女は項垂れている、とまではいかなくとも、少し首を垂れている。

 落ち込んでいるように見えるが、オレの感想が気に入らなかったんだろうか。

 それとも、先程強い口調でオレに言葉を放ったことを後悔しているのだろうか。

 多分、後者だろうな。

 この子は繊細で、だからこそ自分を守るために攻撃的になってしまう弱点があることは、あの日の夜のやり取りで察している。もちろん、攻撃的な人間のすべてがそうであるなどとは思ってはいない。

 あの夜は、この子はそうじゃないかな、と思ってそういう対応をした。そしたらぴったりとはまったみたいなので、彼女に関してはそうだったという話である。

 良かった、というのが正直なところである。

 もしもオレの考えが間違っていて、例えば若さゆえの万能感から来る傲慢さが攻撃的な言動を生じさせていたならば、オレの対応は『見下されている』と捉えられるリスクもあったからだ。

 あの夜は彼女が切羽詰まっている様子だったからオレも少し性急な距離の詰め方をしたが、本当ならもう少し時間をかけて生活歴や価値観を知り、人となりを知ったうえで関係を深めていきたいところである。

 安易な信頼や信用は、自分を傷つけることになるからだ。オレはそれを経験として知っている。


 ともかく、オレはニヤニヤはしていなかったらしい。

 良かった。

 二十歳のオレが中学生くらいの女子にニヤニヤと視線を向けているなんてことになれば事案である。

 ふと思ったオレは、彼女に問いを投げかけた。


「じゃあ、オレはどんな顔してたの?」


「あぅ……」


 ヤンキー少女が梅干を食べた時みたいに顔を窄めた。

 そんな顔になるような質問だとは思えないんだけど、彼女にとっては違ったらしい。


「オレ、そんな答えにくい顔してた?」


「ち、ちげえよ!」


 ヤンキー少女は強く言い切って、うつむき気味に視線を逸らした。

 かと思えば、ちらちらとオレに視線を送って来る。

 この仕草で考えられるのは。

 照れているか、怯えているか。

 といったところだろうか。

 

 オレ自身は怯えさせるようなことをした覚えはないから、年上の男性とのコミュニケーションにあまり慣れていないがゆえの羞恥があるのかもしれない。

 しかし、あの夜の言動からして、彼女は年上の男性に対して、なにか嫌悪感や侮蔑のような感情を抱いている様子があった。そう考えると、怯えという線も無くはないか。


 後者の場合を考えると、茶々ちゃんにするような対応は避けた方がよさそうだ。

 彼女が何を考えて再びオレの家を訪ねてきたのかは分からない。ただ、オレを頼りにして来たのなら、受容の姿勢をメインにした方がよさそうだ。


「大丈夫だよ。気にせず言ってみて? 別に怒らないから。君の感想を聞いてみたいんだ」


「あぅ……」


 微笑みを交えてそう言うと、彼女は今度は唇だけをきゅ、とすぼめて体を小さく縮こめてしまった。ちら、ちら、とオレへと視線を向けてくる。

 距離感を測りかねているのだろうか。

 言い辛そうにしているところを見るに、オレを不快にさせてしまうのではないか、と考えている可能性がある。

 それは大事なことなので、オレとしては嬉しいところである。

 強気なのは彼女の長所だと思うが、無遠慮に強い言葉を使い続けると敵を作りやすいし、せっかくの縁が離れていくこともあるだろう。そうなれば彼女自身が将来損をするので、オレでコミュニケーションの経験を積み、引き出しを増やしておくのは悪くないと思う。

 オレの視界の先で、彼女の唇が緩んでいく。

 

「か、か」


「か?」


 また吃音みたいになってる。

 かっこいい、とか言ってくれるのかな?


「関係ねーだろ! あたしがあんたをどう思っても!」


 彼女から発されたのは拒絶の言葉だった。

 残念。

 だけど、あんた、か。じじい、じゃないんだな。

 それだけでも前進したと捉えて良さそうだ。


 まあ、立ち話はこれくらいで終わりにしておこう。

 オレは本題に入るべく、こう言った。


「ところで、今日はどうしたの? 家の前にいたってことは、オレに会いに来てくれたんだよね?」


「あぅ……」


 まただよ。

 そんな人見知りな印象は受けないというか、初対面の時はずばずば言って来た覚えがあるけど、どうしたんだろう。

 とはいえ、分からなくはない。

 あの日の夜、彼女は怪我をしていて自暴自棄気味な興奮状態にあった。落ち着いて思い返したとき、自分の言動に思うところが出てきたのだろう。

 オレは続けてこう言った。


「丁度良かったよ。オレも君に用があってね。会いたいと思って探していたところだったんだ」


「あたしに……?」


 意外そうな表情を浮かべた彼女に苦笑する。


「そうだよ。君、オレの家に木刀を忘れていったろ?」


 オレの言葉を聞いた彼女は妙に嬉しそうな顔をして、身を乗り出すように言った。


「そ、そうだよ?! 木刀を忘れたんだよ! あー、忘れちまったっけなぁ、木刀!」


 凄い喰いつきである。

 彼女に勢いにオレは内心でちょっと引きながら苦笑を浮かべ、こう言った。


「ただ、話したいことって言うのはそれだけじゃないんだ。いくつかあって……これから時間あるかな?」


「あ、あるよ!? しょうがねーな! 時間あるからしょうがねーな!」


「別に無理しなくても、ちょっと待ってくれれば……」


 オレの言葉を遮るように、彼女がこう吠えた。


「あ、あるっつってんだろ!」 


「そう? ならよかった」


 いちいち突っかかって来るのは正直面倒くさいところだが、彼女なりにコミュニケーションに一生懸命なんだろうことは分かるので、苦笑で受け流すことにする。

 オレは彼女に、というか家の鉄柵に近づいて行き、鍵を開ける。きい、と音がして柵が開き、オレは玄関へ向けて進んで行く。


「……?」


 オレは気配を感じて後ろを振り向いた。

 無言の彼女がオレの後に付いてきている。

 結構ぴったりと。

 もしかしなくても、オレの家に上がるつもりなんだろうか?

 どこか落ち着ける飲食店にでも連れて行って食事(オレは腹は空いてないのでデザートくらい)でもと思ってたんだけど。


 確証がないのでオレはそのまま帰宅のための動きを続ける。

 テニスバッグの中を弄り、ズボンのポケットの中から鍵を手探りで取り出し、家の扉を開ける。

 その間も、やはり彼女はぴったりとオレの後ろについている。

 というか、そわそわしている。

 扉が開くのを心待ちにしているようだ。

 彼女を家にあげるのは別に良いんだけど、彼女はそれでいいんだろうか。

 一人暮らしであることは伝えているはずだ。うら若き乙女が、一人暮らしの男の家に腹を見せた猫みたいな無警戒さで上がり込もうとするのはいかがなものだろう。

 まあ、今更なんだけど。

 「ここで待ってて」と今から伝えるのは簡単だが、ちょっと悩むところだ。見た感じだが、完全にその気な彼女に恥をかかせることになりそうで憚られる。


 例えば。


 「別にあがる気なんてねーし!! ざけんなじじい!」とへそを曲げられ意固地になられたら面倒だ。かといって、オレの家に上がるものだと思い込んでいた自分の勘違いに気づき、それをオレに気づかれたと察したときの羞恥心で、彼女がまた「あぅ……」と縮こまってしまうのも、それはそれで可哀そうだ。

 というか、オレが気まずい。


 もっとはやく、家の門を開けるときに伝えておけばよかった。玄関扉の前で伝えようとしたのが仇となった形だ。

 

 仕方がない。

 ここは彼女に任せよう。

 扉を開けて、彼女がどうでるか見てから対応を決めよう。


 オレは玄関扉を開けると、自分の体で扉を押さえるようにして隅に寄った。そして半身になって道を空け、彼女へと視線を向ける。

 すると、彼女は躊躇う様子もなく、オレの前をスーッと、当たり前の様に通り過ぎて行ったのだ。


 オレは思った。


 あ、やっぱそうなんだ。


 そんなオレの内心も知らず、そして彼女はこう言った。


「お、お邪魔しまぁ……す……」


 そして彼女はいそいそと靴を脱ぎ、式台を上がると、ご丁寧なことに靴まで揃え始めた。

 なんだろう。

 可愛い。

 まるで小動物が与えたエサをはむはむしているのを見ているような気分だ。

 彼女、見た目はギャルを越えたヤンキーなんだけど。というか、工事現場に居そうな感じなんだけど。


 彼女の間違いと言うか、勘違いをオレが把握してるからだろうか。

 彼女を見守ろうとする母性や父性のようなものが、オレの中にむくむくと顔を出すのが分かる。

 このことは墓まで持って行ってあげよう。


「な、なに笑ってんの」


 オレを見る彼女は訝し気に、どこか恥ずかし気に言った。

 微笑みが零れてしまっていたようだ。思えば、家にお客さんが来るなんていつ以来だろう。

 正直、記憶にない。

 だからか、オレ自身もちょっと嬉しいのかもしれない。

 でも、それは別に伝えるべきことではないだろう。


「なんでもないよ」


 オレはそう言って、こう続けた。


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


「……あぅ」


 まただよ。

 唇を小さく閉じて、彼女は縮こまってしまった。

 さっきから、そんなに変なことを言ってるつもりはないんだけど、彼女にとってはそうではないらしい。

 

 何か事情もありそうだ。

 そう思いながら、オレはリビングへの扉を開いた。


「適当に座ってて。飲み物を用意するから。リンゴジュースで良い?」


「え? あ、うん」


「お菓子とかもあるけど、食べる?」


「え? あ、うん」


「遠慮しなくていいよ」


 そう言いながらキッチンの方へ向かい、冷蔵庫からリンゴジュースとシュークリームを取り出した。シュークリームはコンビニで売っている、小さなシュークリームがいくつか入っているものだ。自分で食べようと思って先日買ったものだが、まだ賞味期限も迎えていないし、封も開けていないので大丈夫だろう。

 

 シュークリームを皿に乗せ、リンゴジュースを入れたコップと一緒にお盆に乗せてリビングへと戻る。

 彼女は借りてきた猫の様に小さくソファに座っていた。

 さっきから思っていたんだが、あの夜と違い過ぎて違和感を覚える。傍若無人な態度を取られるよりはよっぽどいいんだけども。

 あれから、どんな心境の変化があったんだろう。気になるところである。

 オレは彼女の前にお盆を置いて、こう言った。


「少し待っててもらえるかな? 着替えたいんだ」


「……だ、大丈夫。です」

 

「ありがとう。ごめんね。そんなに時間はかからないと思うけど、暇ならテレビも付けていいからね。DVDプレイヤーには怪獣映画が入ってるけど」


「か、怪獣……?」

 

 彼女は驚いたようにオレを見た。

 そして、小さくこう呟いた。


「意外……」


「変かな?」


「へ、変じゃねぇけど……」


 驚きからか素の口調が出た彼女は、それに気づいていないのか、更にこう続けた。


「その、北極物語とか見てそうな感じだし」


 それは数十年前に一世を風靡した、北極に取り残された探検隊を描いた大ヒット映画の題名である。


「はは。それはそれでチョイスが渋いな」


 見た目で判断して失礼だが、まさか彼女の口からその名を聞くことになるとは思わなかった。

 オレは思わず苦笑を浮かべた。

 すると、彼女も小さく噴き出すように笑った。緊張が少しは取れたようで、思わぬ収穫だった。


「じゃあ、着替えて来るね。少し待ってて」


「……はい」

 

 しおらしく返事をした彼女を残し、オレは二階に上がった。

 自室に荷物を置いて、さっさと着替え、下に降りる。


 さすがにか、彼女はテレビは付けていなかった。

 シュークリームは既に無くなっていた。

 リビングに入ったオレを見ながら、彼女はおずおずと口を開いた。


「あの……」


「うん? どうしたの?」


「シュークリーム、ありがとな。こんなの、久しぶりに食ったから……」


 彼女ははにかんだ笑みを浮かべている。喜びが滲み出ているのが分かり、オレとしても嬉しい限りである。

 なのでオレはこう返した。


「なら、出した甲斐があった。そうだ。もっと食べる? 遠慮しなくていいよ。君に喜んでもらえると嬉しいからね」


「あぅ……」


 まただよ。

 でも、なんとなく分かって来た。

 どうやら彼女、オレが彼女の意思や言葉を無条件に受け入れると今みたいにフリーズするらしい。慣れていないようだ。

 逆を言えば、彼女は基本的に自分の意見を受け入れて貰えないか、否定や拒絶をされるような環境に、日常的に置かれていたということだろう。根が深そうだ。

 オレは彼女の返事を待たず、彼女の目の前の皿を手に取り、キッチンへと向かった。再び冷蔵庫からシュークリームの箱を取り出し、残ったミニシューを皿にのせてリビングへと戻る。ちょっとカロリーが多いかなとも思うが、若いから大丈夫だろう(残酷)。


「はい。どうぞ」


「あ、ありがと……」


 彼女はほんのりと赤面している。

 恥ずかしいのだろう。しかしその目はシュークリームに釘付けだ。


「遠慮しないで。……謝らなきゃいけないこともあるし」


「……え?」


 オレの言葉に、彼女は不安げに瞳を揺らした。

 オレも机を挟んで彼女の前に座り、まずはこう言った。


「とりあえず、名前、教えて貰える?」


「あ」


 名前を交換していなかったことを忘れていたのだろうか。彼女は呆けた表情を浮かべている。


信乃(しのぶ)。信じるに、えっと……その、こういうの書いて……」


 彼女は宙を指先でなぞり、一生懸命漢字を書き始めた。

 オレの方からは反転した字になるわけだが、なんとなく分かった。


「それで、しのぶってんだ。あたし」


「なるほど。難しい漢字じゃないけど、いざ伝えるとなると難儀する字だね。オレも例が分からん」


「あんたもか……」


 言い方的に、ちょっと期待されていたのだろうか。

 しかし、それにしては少し安堵しているようにも見える。「乃」という漢字の例を挙げられないという仲間意識の方が強そうだ。

 オレは続けて言った。


「信乃ちゃんは、苗字はなんていうのかな」


「……言いたくねぇ」


 ヤンキー少女改め信乃ちゃんはそう言うと眉根を寄せて俯いてしまった。

 ここも根深そうだな。

 なんだろう。

 苗字が嫌いなのか。だとしたら両親と折り合いが悪いのか。

 それとも、有名な苗字だったりして、それを知られると不都合があるのか。

 分からないが、無理に聞き出すことも無いだろう。

 オレは頷いて、こう言った。


「そっか。無理には聞かないよ。信乃ちゃんのタイミングに任せる」


「……わりぃ」


 少し空気が重いので、話題を変えるべくオレはこう言った。


「オレの名前は雷留。東堂雷留。苗字の方は表札で見て知ってるかもしれないけど、名前は雷を留めるって書いてライルって読む。改めてよろしくね」

 

「よ、よろしく……」

 

 信乃ちゃんはおずおずと続けた。


「あの、ライルさん。さっき言ってた『謝らなきゃいけないことがある』ってのは……」


「ああ、そのことだけど」


 ごくり、と彼女が生唾を呑み込む。

 何を謝られると思ってるんだろう。そんなに身構えられると、こっちの方が緊張するんだけど。


「君がうちに置いて行った木刀なんだけど……失くしてしまいました。本当に申し訳ない」


 オレは頭を下げて謝罪した。


「……は?」


 信乃ちゃんはぽかんとした表情を浮かべている。まぁ、当然の反応だと思う。


「なんだ……そんなことか……。てっきり……」


 信乃ちゃんの様子からして、木刀はそれほど大切なものでは無かったらしい。


「てっきり?」


「あ、いや、気にしねぇでくれ。でも、なんで失くしたんだ?」


 信乃ちゃんの問いに、オレは一から順を追って説明した。

 最近、近所に金髪の不審者が出るという話があり、もしかしたら木刀を取りに来た君かもしれないと思って、木刀を持ってパトロールに出た矢先に木刀を失くしてしまったことを。


「ふ、不審者……。あたしが……」


 信乃ちゃんの顔がみるみると青ざめていく。


「ライルさんに迷惑を……」


 あ、これヤバいかも。

 オレはすぐさまフォローに入る。


「大丈夫。あくまで噂だ。 君のことかどうかはまだ分からないよ」


「で、でも金髪で女でこの辺うろついてるって……」


 うろついてたのは否定しないのか。


「うろついてたの?」


「え、いや、その……。はい……」


 うろついていたらしい。 

 オレは思わず苦笑を浮かべながらこう言った。


「普通に訊ねて来てくれたらよかったのに」


「え?」


 信乃ちゃんは目を丸くしている。

 もしかして気付いてなかったんだろうか。

 だとしたら相当抜けてるぞ。

 

「まあ、今はちょうど……何と言えばいいかな。温泉……でもないんだけど、ちょっと旅館に泊まってて」


「あ、それでさっきの服?」


「まあ、そんなとこかな」


 本当はもっと複雑な事情があるのだが、あまり詳しく話す必要は無いだろう。

 オレは話を続けた。


「お詫びと言ってはなんだけど、弁償をさせて欲しい」


 木刀の在り処に心当たりが無いわけではないが、戻ってくると言う保証はないし、再会した以上は筋を先に通しておくべきだろう。オレの管理不足が原因なのは間違いないのだから、仕方がない。


「代金を教えて貰えれば、用意するよ。同じ木刀を買うのがいいんだろうけど、オレは木刀を売ってる場所にまったく覚えがないから、申し訳ないけど君の方で……」


「別にアレは……。あっ!」


 彼女はそこまで言って、口を噤んだ。

 そして思い立ったように立ち上がり、オレに何かを叫ぼうとして、また座り直した。


「どうしたの、急に」


「自己嫌悪」


「え?」


 何か叫ぼうとしていたが、その口にはしなかった内容で自己嫌悪に陥っているらしい。何を言おうとしたのか気になるが、聞かない方が良いだろう。

 なんかまた重い感じになってしまったので、少し話題を変えようと思ったオレはこう言った。


「そういえば、信乃ちゃんは何の用でうちに来たの? やっぱり木刀を取りに来たってことで良いのかな?」


「それもあっけど……」


 ちら、とオレを見て、信乃ちゃんが口を閉じる。

 他に何か理由があるらしい。


「……」


「どうしたの?」


 黙り込んでしまった信乃ちゃんに、オレは穏やかに話しかける。


「……」


 信乃ちゃんはちら、ちら、とオレに視線をくれるが、口は開かない。

 少し待ってみようと思い、微笑みを浮かべたまま信乃ちゃんの手元へ視線を向ける。目を合わせるとプレッシャーが辛いかなと思っての行動だった。

 そうして、信乃ちゃんの手がぎゅ、と拳を握ると同時に、信乃ちゃんは勢いよく言った。


「あ、あんたに会いに来た!!」


 男は度胸、女も度胸、とでも言うような啖呵だった。

 面食らったオレは数度続けて瞬きをする。


「そっか。オレに会いに来たんだ……?」


 とりあえず彼女の言葉を受容し、ゆっくりと切り返す。


「会いたいと思って貰えるのは素直に嬉しいけど……。それは木刀を取りに来たってだけじゃなくて?」


「あ、あんたが言ったんだろ!!」


 彼女はそう言うが、心当たりが無い。

 なんて言ったかな、あのとき。

 確か、一階を好きに使って良いとかだったか。いや、それでまたオレに会いに来るってことは無いよな。さすがにこれから先ずっと永遠にこの家の一階を好きに使って良いと言う意味で言ったわけじゃない。そう言う意味で捉えられたならさすがに訂正しなければならない。

 だが、彼女もそこまでじゃないだろう。

 となれば、きっと別の言葉なわけだ。

 他に印象的な言葉と言えば、「休んで良い」とかか。あれも、今はって枕詞を付けたと思ったが、とりあえず聞いてみようか。


「信乃ちゃん。もしかしてうちに休みに来たの?」


 かあ、と信乃ちゃんの顔が赤くなった。

 当たっていたらしい。

 良かった。何やら妙な信用を向けられているのは感じていたので、それを裏切らずに済んだことにオレは安心した。


「そっか。それは……中々、自分からは言い辛いことだったね。悪かったね。恥ずかしい思いをさせてしまった」


「こ、子ども扱いすんじゃねぇよジジイ!」


「ジジイ扱いしないで欲しいなぁ」


 オレは苦笑を浮かべながら、考えをまとめようと思考する。

 信乃ちゃんが家の近所をうろついていたことが事実であることが分かった。

 だとすれば金髪の不審者の正体が彼女の可能性も高まる。

 今夜のパトロールに彼女を連れて行って、オレから町内会の人達には謝罪と、今後はこんなことが起きないように対策も一緒に伝えよう。

 対策は……。

 彼女をこの家に寄せ付けないか、約束をした時だけ来てもらうようにするかの二択か。

 彼女の様子からして、オレは彼女にそれなりに慕って貰えていることは分かるので、前者はさすがに取れない。となれば後者になるわけだ。連絡先を教えておけばいいかな。


 とそこまで考えて、時計を見る。

 オレはどれくらいあの神社にいたんだろうと思ったのだ。

 午後の二時。町内会の人達と別れてから一時間ほどしか経っていない。そう言えば、あの大事故はどうなったんだ。

 オレはリモコンを手に取りテレビをつけ、チャンネルを次々に変えていく。どのチャンネルでも、あの大事故のニュースはやっていなかった。

  

「夢……?」


「……?」


 不思議そうな顔をしている信乃ちゃんだが、今はちょっと対応してあげられない。

 オレは考えを続ける。

 あの神社が現実にあったものだということは確実である。疑う余地はない。

 だが、あの大事故に関しては分からない。そして、一時間の間にどうやって神社に行って帰って来たのかも分からない。


 正直なところ、少し混乱している。

 また精神科に行く必要があるのか、とかつての嫌な記憶が蘇る。

   

 縋る様な気持ちで、オレは信乃ちゃんにこう言った。自分でも弱弱しいと感じる声だった。


「信乃ちゃん。魔法とか、超能力とかって……あると思う?」


 信乃ちゃんの方を見ず、テレビをじっと見つめながら言った自分の言葉に、苦笑する。

 二十歳を越えた男が、恐らくは15歳前後の女の子に問うような内容ではない。恥ずかしいし、愚かだ。

 オレは忘れてくれていい、と今の質問を取り消そうとした。

 その前に、彼女はこう言った。


「は?」


 信乃ちゃんの言葉は短かった。

 呆れか、困惑か。


 ―――君は事故のショックで……。落ち着いて……。あの子は……。……解■■人■■害……


 かつて医師が言っていた言葉がフラッシュバックする。

 それを忘れるために、オレは普通に、心穏やかに生きることを決めたのだから。


「も、もしかして、ライルさんも……?」


 オレは思った。


 も、ってなんだ。


 今度はオレが困惑と疑念を向ける番だった。

 まじまじと信乃ちゃんを見つめるオレに、信乃ちゃんは何を思ったか、酷く興奮した様子で立ち上がりった。

 鼻息が酷く荒い。鼻の穴が広がっていることは気づいていないことにしてあげよう。

 そして信乃ちゃんはこう言った。


「あ、あたしさ! 未来が視えんだよ!!」


 オレは思った。


 信乃ちゃん、君……。


 ―――ヤンキーモノじゃなくて、SFかよ。

 

 とんだ近くに答えが転がっていて、オレは乾いた笑いを零すほかなかった。

 既に失った若さゆえの勢いが、オレは少し羨ましかった。

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