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巫女?

「どうぞこちらへ」


 巫女さんは掌で進む方向を示しながら小さく頭を下げると、オレに背を向けて歩き出した。オレが泊まらせて貰える場所まで案内をしてくれるようだ。


 オレは巫女さんのふわふわとした後ろ髪を見つめた。黒髪の長髪は、時に重い印象を見る者に与えるものだ。べったりと張り付くような感じと言えばいいだろうか。しかし、彼女にはそれが全くない。むしろ、その艶やかな黒色には清潔感すら感じられる。それはきっと、彼女の髪先に掛けられたゆったりとしたウェーブによるものだろう。思えば、巫女さんの前髪もそうだった。目元を隠すくらいにまで伸ばされた前髪も、後ろ髪の様にふわふわとしていた。


 これは所見だが、彼女の髪型は、彼女の美貌や愛嬌を引き立たせるために、よく考えられてセットされたものなのだろう。彼女の髪型は、何十年も前に一世を風靡したアイドルの髪型と類似しているように思える。しかし、そこは現代のファッションセンスを取り入れ、そして彼女自身の魅力を重ね、新たな領域へと昇華させている。


 彼女の雰囲気には、手折れてしまいそうな無垢な儚さと、惹きつけられる艶やかさが混在していた。大人しく清純そうな娘にも見えるし、ねっとりとした色気を支配し切っている女性にも思える。

 オレは彼女を、不思議な人だと思った。綺麗で可愛い、という形容詞がぴったりだとも思った。ただ、それは外見に限って言えばの話だ。


 オレは彼女の性格を知らない。

 いきなりクナイを投げつけ、首元に恐らくは凶器を突き付けて尋問を始めるという初邂逅を鑑みるに、かなり苛烈な部分が彼女の内面にあることは、疑いようがないだろう。


 だからこれ以上は何とも言えない。

 ただ、容姿だけで言えば、彼女はとても魅力的な女性である。質素で着飾っているわけでもないのにそう感じるのは、やはり彼女の髪型がその容姿と絶妙に嚙み合っているからなのだろう。そう考えると、髪型とはなんとも奥深いものだと感心せざるを得ない。


 オレはまた熱心に髪の話を……。


 髪といえば、どうしても彼女のことを思い出してしまう。


 明日香さんは今頃どうしているだろうか?

 彼女の髪型や髪質も凄かった。


 出来るならばもう一度会って話をしたい。

 もちろん髪の話ではなく、あの日の出来事についてだ。


 しかしあの日からこれまで、明日香さんの目撃情報は無く、音信不通のままだ。

 明日香さんは自分の連絡先を誰にも教えていなかったらしく、オレや田辺側から彼女に連絡を取ることが出来なかったからである。田辺は明日香さんと連絡先を交換していたつもりだったらしく、「あれぇ?」と自分の携帯の電話帳アプリを見ながら首を傾げていた。しかし実際には登録されていなかったので、田辺の思い違いなのだろう。


 彼女の連絡先を誰も知らないという事実を知ったのは、彼女が休学してからのことだ。オレも連絡先くらい聞いておけば良かったと思うが、後の祭りである。


 明日香さんには、聞きたいことが色々とある。しかし彼女と連絡を取りたいのは、やはりそれなりに親しくさせて貰っていた友人が、突然音信不通になったことに対する心配と寂しさの方が大きい。変なことに巻き込まれていなければいいんだが、あの日のことを踏まえれば、音信不通となった明日香さんが平穏無事で居るとは思えない、というのが正直なところだ。


 ちなみにだが、オレも明日香さんと似たようなものである。というのも、大学でオレの連絡先を知っているのが、田辺と事務くらいだからだ。さらに言えば、田辺に連絡先を教えたのはあのカラオケの日のことである。

 田辺としては、もっと早くにオレの連絡先を知りたかったらしい。だが、オレが神出鬼没である(田辺からするとそうらしい)ことで中々その機会に恵まれず、また、断られたらショックだからという理由から、中々言い出せなかったとのことだ。

 しかし二人でカラオケをして、腹から声を出し合ったことで互いに分かり合えた(らしい)ことから、思い切って行動に出た、ということらしかった。カラオケ店の薄暗い小部屋の中、照れたように坊主頭を掻いていた田辺の姿を見て、オレが苦笑を零したことは記憶に新しい。


「もし……。どうかなされましたか?」

 

 そんなことを考えていると、巫女さんの声が聞こえ、ふと我に返った。

 巫女さんは賽銭箱の前で立ち止まり、オレの方を見つめていた。


「やはり、(わたくし)の働きました先程の狼藉をお気になされて……」


「いえ、違います。少し考え事をしていて。すみません。行きましょう。案内をお願いします」


 要らぬ心配をかけてしまった。

 オレは小さく頭を下げ、巫女さんに合流すべく歩き出した。

 オレが歩き出したことを確認し、巫女さんもまた歩き出す。巫女さんは賽銭箱の前を横切り、社に沿って奥へと進んでいく。


 巫女さんの後に続くオレは、巫女さんと同じように賽銭箱の前へと進んだ。しかし素通りはせず、その場で立ち止まった。そしてなんとはなしに、社を見上げる。


 趣のある、古い社だ。掲げられた額も古く、神社の名前が掠れていて読めない。鈴も綱も無い。古ぼけた綱が梁に結ばれているだけだ。経年劣化で千切れたのだろうか?

 巫女さんがいるにしては、あまりに栄えていない神社である。手入れがされている様子がまるで無い。人々の記憶から忘れ去られた廃社のようだ。


 そうなると、かえって霊験あらたかな感じもする。オレは趣があって良いと思うが、人によっては不気味さを感じるのではないだろうか。所感だが、この神社にお参りをしたいと思う人は少ないと思う。

 だからこそ、オレは先を行く巫女さんを呼び止めようと思った。


「申し訳ないですが、少し待っていただけますか?」


 巫女さんが足を止め、ゆっくりと振り返る。不思議そうな表情を浮かべた横顔が見えた頃、オレは賽銭箱の方へと体を向けなおした。

 オレは懐から財布を取り出した。中から一万円札を摘まみ出す。


「お前様……」


 巫女さんが零した小さな驚きの声を聞きながら、オレは摘まんだお札を賽銭箱の中へと差し入れた。

 

 一泊させて貰うのだから、ある程度は包んでおいた方が良いだろうと思ったからである。

 しかし直接現金を手渡すことは憚られたので、折衷案としての行動だ。とは言っても、オレは外泊の経験がほとんど無い。一万円が宿泊料金として多いのか少ないのかも分からない。あまり多すぎても厭らしいし、かといって中途半端な額にするよりは良いと思ったのだ。

 

 手を合わせたオレは、この社に祭られた名も知らぬ神へ「宿泊させて貰います」と感謝の言葉を心の中で伝える。もしも本当に神が座す社ならば何かアクションがあるかもしれないと思い、そのまま少し待つ。特に何もなかった。少し肩透かしの気分である。


 そうして参拝を終えたオレは巫女さんの方へと体を向けた。巫女さんはオレをじっと見つめている。

 なんだろう。

 熱い視線だ。だが、好意といった感じではない。

 驚きの色が強い。そんなに驚くようなことだっただろうか。

 それほど、この神社には参拝客が来ないのだろうか。そう考えると、少し切ない気持ちになる。やはりもう少し包んだ方がよかっただろうか。


 巫女さんの方へ向き直り、オレは少し頭を下げた。


「すみません」


 巫女さんが目を丸くした。 


「なにゆえの謝罪でございましょうか?」


「お待たせしてしまったので」


 巫女さんは一瞬きょとんとして、それからクスクスと笑った。


「そのようなこと。どうかお気になされませぬよう」


 何が面白かったのか、巫女さんは笑いが収まらないようだ。揺れている肩も止まらない。

 巫女さんは振袖を指先で掌に挟むように持ちながら、掌を口元へと運んだ。長い振袖が巫女さんの口元から下を隠した。


「私は御柱に仕えし巫女でございますれば、参拝を歓迎こそすれ、咎めるなどあり得ませぬ。むしろその逆……至福の時にございましたとも」


 巫女さんの目元は緩んでいる。


「それは……なんというか……」


 オレは口籠り、僅かに視線を逸らした。


 彼女はこう言ったのだ。

 オレがこの社に祀られる神に参拝したこと、そしてそんなオレの姿を見ていた時間は、至福の時だった、と。

 彼女の表情は甘く緩んでいる。心の底からそう思っているのだろう。

 なんというか、雰囲気が違うのだ。

 だからこそ、オレは確信した。


 ―――この人、色んな意味でガチの巫女だ。


 重い。

 率直に言えば、オレはそう感じた。

 この人は正しい意味での信者なのだ、とオレは理解した。


 まあ、だからどうということはない。

 彼女は神社で勤務するれっきとした巫女であって、街角で「あなたは神を信じますか?」などと問いかけて付き纏ってきたりする類の人間ではないのだ。ないはずだ。

 神社の名すら摩耗するほどに古い神社、古い神をひっそりと奉じる巫女さんだ。ならば敬虔な信徒であることを誇りこそすれ恥じることなど無いだろう。


 ここは相当な田舎なのだろうか?

 代々守って来た、とか?

 だとしたら気になることもある。廃社と見紛うまでに社を放置していたことだ。もしかしたらだが、一度途絶えた信仰を、彼女が掘り起こしたのかもしれない。例えば、実家の古い物置や納屋からこの神社のことが記された書物が出て来て、色々あって熱心な信奉者となった、みたいな。


 だとすれば非常に興味深い。非日常うんぬんを抜きにしても、是非とも聞いてみたい話だ。この神社の歴史、そして彼女がこの神社の巫女になるまでのストーリーに興味がある。


 だが、気を付けなければならないこともあるだろう。

 政治や宗教は考え方が人それぞれで、語り合うには中々に難しい話題である。と、オレは認識している。

 オレは無神論者というわけでもないが、宗教への帰属意識は低い。信心深い人が聞けば不快感を覚えるようなことを、無自覚に口にしてしまう可能性も否めない。彼女のアイデンティティを尊重し、無遠慮に踏み込まないように注意する必要はあるだろう。

 

 今更だが、今の時代にここまで神を深く信仰する巫女さんが存在するとは思わなかった。


 ただ、一つ思うところはある。

 失礼な考えかもしれないが、オレは彼女をどうにも巫女らしくないと感じてしまうのだ。

 あくまで、これは「巫女さんは清らかなものである」というオレのイメージをベースとした所見ではある。


 なんというか、この巫女さん、自然な所作の中に艶が滲み出ているのだ。妙に色っぽい。

 色っぽい、という点ではあの刀女と共通点がある。しかし、あの子は露骨に色気を出そうとしていた(というか背伸びしてる感があった)。

 明らかに人生経験が段違いである。


 だからこそ、オレは確信した。


 ―――この人は年上だ。


 恐らくオレが感じている違和感は、彼女が巫女になる前に培ってきた人生経験が醸し出すものなのだろう。

 巫女さんは賽銭箱の前を曲がって通り過ぎ、社伝いに進んで行く。

石畳の階段を上り、本殿の裏手へと回った。裏手には更に小高い山がそびえていた。

木々の間に見える社務所と思しき建物は木造のものだ。木だけ。コンクリートやトタンどころか、石すら使っていない木造の箱だった。

 巫女さんはここに寝泊まりしているのだろうか。神社自体それほど大きな印象は無かったが、この社務所の建物はなんというか、あまりにもその、控えめに言って寂れている。まるで掘っ立て小屋のようで、巫女が寝泊まりする場所として相応しいとは思えなかった。それとも正面から見ると小さく見えるだけで、奥行きが凄いのだろうか。

 こんなところというのも失礼だが、若い女性が一人きりで暮らせる場所なのだろうか。巫女さんの家族や、他の神職がいるとは思えないのは、あの寂れた本殿を見ているからだ。

「どうぞ、こちらにご宿泊なさいませ」


 巫女さんが立ち止まり、オレに道を譲る様に脇へと避けた。

オレも立ち止まる。

オレは黙って巫女さんが掌で示す方向へと視線を向ける。オレは押し黙った。巫女さんがオレに『泊まれ』と言っているのは、やはりあの木造家屋だ。大きさで言えば豪邸なのだろうが、いかんせん造りが『豆腐』だった。広く取った四隅に柱を立てて壁を設けました、みたいな。ログハウスと言えばおしゃれに聞こえるが、さて。

 確かに材料の木には困らないと思う、もしかしてこれ、自作だったりするのだろうか。

 だとしたら凄い。気合いと根性が極まっている。巫女としての覚悟が違うのだろうか。オレにはとうてい真似できそうにない。尊敬に値する。

 電気は通っていないんだろうな、とか。

 隙間風入ってきそうだな、とか。

 雨漏り大丈夫かな、とか。

 虫が飛んでたら嫌だな、とか。

 現代っ子の不安を尊敬の念で吹き飛ばす。


 極端な話、野宿するよりはマシだろう。


 そう自分に言い聞かせ、オレは巫女さんの案内に従って社務所(?)へと向かった。右端にある玄関、引き戸の前で立ち止まる。

オレの横にいる巫女さんが手を伸ばし、引き戸をこじ開けた。こじ開けたと表現した理由だが、凄い音がしたからである。何かが引っかかっているのに、パワーでゴリ押したような豪快な音だった。


 オレは無言で、じっと巫女さんを見つめた。

 引き戸を開けてくれた巫女さんは佇まいを正し微笑んでいたが、やがて小さく視線だけを逸らした。なおも見つめるオレに巫女さんはほほほ、とわざとらしい笑い声を小さく出しながら、振袖で口元を隠した。

 オレには滑らかに開いたように見えたが、あの音だ。扉と巫女さんの間でなにか戦いがあっただろうことは察せられる。建付けが悪いのかもしれない。だが、巫女さんはあまり触れて欲しくはなさそうだ。まあ、自宅の不備を突かれることに好い気はしないだろう。触れないのが吉だ。


 オレが社務所に足を踏み入れると、壁で区切られた空間があった。

 もしかしたら壁など無い巨大な空間が待っているのかと思っていたので、少し安堵する。

 右側の壁に沿って土間があり、左側には式台が設けられ、小さく区切られた部屋がある。

 色々と気になるものが多い屋敷であるが、ことさらオレの目を惹いたのは竈だった。

 竈の上には鉄鍋が置かれている。

 人生で初めて見た。竈が未だに現存している地域が日本にあったなんて、というのはさすがに大袈裟な感想だろうか。

 近づいてみると、竈の中には何かが入っている。薄い茶色が見える。

 あれは。


 ――じゃがいもだ。


 オレは疑問ゆえに思わず顔を顰めた。

 竈の中でじゃがいもが煮込まれている。それも多量に。


 ――何故じゃがいもだけがこんなに。


 後ろでは再び豪快な音がした。巫女さんが扉を閉めたようだ。そのすぐ後に、後ろから声が聞こえた。


「お恥ずかしゅうございます」


 声に振り返ると、巫女さんがすぐ傍にいた。早い。足音も聞こえなかった。

 オレが言葉を発する前に、巫女さんはこう言った。


「夕餉の準備をしておりましたもので……」


 要はご飯の準備をしていたときに人の気配を感じて飛び出して来たのでそのままにしてしまっていた、ということだろう。

 恥ずかしがるのそこなんだ、とはちょっと思った。オレなら鍋一杯のじゃがいもを煮込んでいることにちょっと気恥ずかしさを覚えただろうからだ。じゃがいもが好きなんだろうか。まさか今日の晩御飯がこれだけということは無いだろう。

 

 しかし木々に囲まれた神社で自炊か。

 凄いと思う。

 今の時代、文明から距離を取った生活をあえて選ぶ人もままいるが、実際に目にすると改めて感心する。

 しかもこの人は火を起こすところからして、マッチやライターに頼っていないようであるから大したものである。オレがそう思ったのは、竈の近くの台の上に石がいくつか置かれていたからだ。アレは恐らく、火打石に違いない。

 湧き上がる感心が止まらない一方で、不便そうだなとも思う。まあ、そこはこの人が選んだことなので、オレが口を出すことでもないだろう。


それにしても……。

オレは視線を周囲に巡らせた。

式台を上がった部屋の隅には雑多なものが積み上げられている。

古そうな木箱、壺、鏡、人形などだ。よくみればサッカーボールやゴルフクラブもある。濁った何かが入ったペットボトルや、色の濃い一升瓶も転がっているが、それは見なかったことにしよう。

これは恐らくだが、この人は物置代わりに社務所(?)を使っているんじゃなかろうか? 社務所の中を物色したわけではないので断定はできないが、なんというか、巫女さんの部屋にしては色々と統一感がない。置かれているものは古そうなものから比較的新しめなものまで、時代感もバラバラだ。というか、神社らしいものが置いてない。


「いかがなされましたか?」


 巫女さんは小首を傾げてオレを見つめている。

 オレは巫女さんを見てこう言った。


「いえ。色々飾ってあるなと思いまして」


 散らかってる、とはさすがに失礼な物言いだろうと、言葉を選んで言ったオレに、巫女さんは納得したように頷いた。


「代々受け継がれし神器を奉っておりますゆえ。どうかお触りになられませぬよう、ご容赦いただきたくございます」


 なんと、積み上げられた雑貨はこの神社に代々伝わる貴重品らしい。その割には置き方があまりにおおざっぱと言うか、もう用が済んだからてきとうに放り投げていたら、そのうちに山になっていた、みたいな感じを受けるけど、巫女さんが言うならそうなんだろう。ぶっちゃけゴミ屋敷と大差ない気もしないではないが、それをあえて指摘する理由もない。オレはノンデリにはならない。


 オレは再び家の中を眺める。

 本当に、ログハウスだ。素材を活かしているのだろう。竈のある地べたから一段上がった屋敷の床には、畳など一切ない。板間と呼んでいいものかと悩んでしまうのは、その床が丸太だからだ。丸太がそのまま並べられて、床となっている。まるでいかだのようだ。ここで寝ると腰を悪くしそうである。


 まさかここで寝ることになるのだろうか。

 正直、ちょっと嫌だな。

 そんなオレの内心が聞こえたわけではないだろうが、タイミングよく、巫女さんがこう言った。


「どうぞ、奥の部屋をお使いくださいませ。ご案内いたします」


 巫女さんは履物を脱ぐとさっさと部屋に上がり、いかだのような床を進んで行く。

 オレも巫女さんに倣う。再び建付けの悪そうな引き戸をこじ開けた巫女さんの後に続き、奥の部屋に入った。

 

 期待通りと言えばそうだし、裏切られたと言えばそれもそうだろう。

 奥の部屋は巨大な空間だった。最初にオレが危惧していた通りの構造。壁の無い、大広間だ。奥行きは50メートル以上はあるだろうか。壁の低い位置には等間隔に燭台が設けられていて、淡い炎が揺れている。

 しかし、開放感が凄い。まるで体育館だ。

 周囲を見渡せば、壁際にはやはり雑多な品が積み上げられている。床は、だいたいが先ほどの小部屋と同じようないかだ造りだったが、奥の方はところどころ綺麗な板になっている個所もある。

 もしかするとだが、この家はまだ施工の最中なのかもしれない。丸太で床を作ってから、少しずつ削って床板に変えていっているとか。だとしたら部屋の中の木くずが凄いことになりそうな気もするけど。

 それか、床造りの最中に削ることを諦めて、壁や屋根の施工に取り掛かったか。その場合、彼女が一人で一からこの家を造り上げたという前提があっての話ではある。お金が無くて大工が途中で消えたという線もあるが、やはり触れるべきでは無いだろう。すごく気になるところではあるけれども。


「今宵はこちらでおくつろぎくださいませ」


 くつろぐ。

 出来るだろうか。この丸太の上で。

 オレは何も言えなかった。

 しかし巫女さんが不思議そうに小首を傾げるものだから、オレは慌てて了承を伝える。


 巫女さんは夕食の準備をしてくると退席しようとするが、オレはどうにも居心地が悪く感じてしまい、こう言った。


「お世話になるのですから、何かお手伝いさせてください」

「そのようなことは……。いえ、その御心遣い、かたじけのうございます。であれば、薪割りをお願いいたしたく。なにしろ女手一つ、薪の調達はいささか骨が折れますゆえ」

「分かりました。薪割りをする場所まで案内して貰えますか?」


 とはいうものの、不安もある。

 果たしてオレに出来るだろうか。薪割りはかなり大変な作業だと聞いたことがある。

 食材を切るとか皿を洗うとか、そういうのの手伝いを考えてたんだけど……。まさか、とんでもない肉体労働をすることになるとは。

 

 歩き出した巫女さんに続いて、来た道を戻る。豆腐屋敷の外に出て、壁伝いに歩く。豆腐屋敷の壁が終わり、オレ達も一度曲がった。豆腐屋敷から少し離れた場所に、屋根だけの小さな建物があった。近くには薪が大量に積み上げられている。


 巫女さんは屋根の下、梁からいくつか吊り下げられている灯篭のようなものに火をつけた。周囲が明るくなる。

 巫女さんは実践と口頭を交えて、オレに薪割りのやり方を一通り伝えてくれると、どこかへと去って行った。

 見事なスイングで感心させられた巫女さんの薪割りを思い出しながら、オレは手に持った斧を言われた通りの手順で薪へと振り下ろす。

 斧は見事に薪に突き刺さって停止した。

 苦しい戦いになりそうだ。


 しばらくして、汗だくのオレを呼びに来た巫女さんはあまり増えていない薪を見て、綺麗な指先で口元を隠しながらころころと笑った。

 オレは誤魔化すように愛想笑いを浮かべざるを得ず、額に滲んだ汗を腕で拭った。

 道具を片付けたオレに、巫女さんは風呂に入るように告げた。

 オレが汗だくになることを見越し、既に湯を沸かし終えているとのことなので、オレも有難く入らせて貰うことにする。


 再び巫女さんの案内に従う。その際、巫女さんからプレゼントを貰った。オレが割った薪である。記念にどうぞ、とのことだ。使い道は考え付かないが、記念なので貰っておこう。多分もう二度と人生で薪割り、をすることは無いと思うから。


 薪割り場からそれほど離れていない場所に風呂場はあった。

 小さな小屋だが、中はしっかりと整備されている。風呂桶も丸太そのままの造りではなく、きちんと形になっていた。巫女さんのこだわりだろう。色々と逞しく感じるが、巫女さんもお風呂を好む一人の女性ということだ。

 服を脱ぎ、湯の温度を確認すると同時に掛け湯をする。頭から湯を被り、顔を掌で拭った。

 そこで思う。

 この湯はどこから調達しているんだろう。水道が通っている様子はない。木の小屋の中に、木の風呂桶があるだけの建物だ。シャワーも無ければ蛇口も無い。

 井戸でもあるのかもしれない。だが、水は重いものだ。運ぶのも一苦労である。

 

 つまり、彼女はわざわざオレのために大量の水を汲んできて、湯まで沸かしてくれたということになる。

 現代社会で暮らしていれば、それは何の苦労もないものだ。

 しかしどうやらここはそういうものと隔絶されている田舎だ。

 火を起こし維持することには薪が必要で、しかも薪を用意するのも一苦労する。それを、初対面のオレのためにここまでしてくれた。

 彼女の好意には頭が下がる思いである。これが巫女ということなのだろう。素晴らしい女性だ。初邂逅での粗暴など補って余りあるほどの心の根の優しい人だ。

 オレはそう感じた。


「お湯加減はいかがでございましょう?」


 引き戸の向こう側から声が届く。

 巫女さんがいるようだ。

 オレは先ほどの考えを伝るべく口を開いた。


「ありがとうございます。とても良い湯加減です。それと、重ねて感謝を伝えたいです。少し見ただけですが、ここでの暮らしは水も薪もとても貴重なものだと思います。それを初対面の迷子なオレに、ここまで振舞ってくれて……本当にありがとうございます。夕飯をご馳走していただけることもそうです。あなたのご厚意と優しさに、心からの感謝を。あなたは、とても優しい人だ」

 

 巫女さんからの返事は無い。

 オレはこう続けた。


「今更ですが……」

 

 本当に今更で申し訳ないところだが、聞いておくことがある。


「オレの名前は雷留です。東堂雷留。東のお堂に、雷を留めると書いて、トウドウライルです。あなたの名前を教えて貰えますか?」


「雷留様……。私は……」


 扉の向こうから声が聞こえた。

 巫女さんは一度口籠り、こう続けた。


(みやび)、と。そうお呼びくださいませ」


「雅さん……」


 雅。

 雅。

 口の中で巫女さんの名前を反芻する。

 可愛らしくて美しく、清純でありながら艶やかな巫女さん。


「……なるほど。名は体を現すと言いますが、それは本当だったようですね。あなたも、そしてあなたのお名前も、とても素敵だと思います」


「まあ、御冗談を」


 くすくす、と扉の向こう側で小さな笑い声が聞こえる。

 オレはこう言った。


「本気ですよ。あなたは本当に、雅な人だ」


 心からの言葉を伝えた。昔に色々とあったから、オレは人の好意、優しさが決して当たり前のものでは無いことを知っている。だからオレは、人から向けられた心遣いには、感謝の気持ちをちゃんと言葉にして伝えたいと思っている。

 しかし、あまりくどいとかえって迷惑と言うか、心象を悪くさせてしまう懸念もある。なので、オレは本当に想ったことを、率直に伝えることにしているのだ。


 言い終えてスッキリしたオレは、湯船に浸かり静かに息を吐いた。

 巫女さんの声は途切れてしまった。

 どうかしたのだろうか? いきなり黙られると少し不安になる。

 

 そう思っていると、何やら小さく衣擦れの音が聞こえてきた。そして、さらに巫女さんの声が扉の向こうから聞こえて来る。


「雷留様。おせ」


 そこまで聞こえて、巫女さんの声が途絶えた。

 オレは小首を傾げて、扉の向こうへと問いかけた。

  

「どうしました?」

 

 返事は無い。


「雅さん?」


 返事は無い。

 オレは風呂から上がり、壁に掛けてある浴衣のような白衣に手を伸ばす。巫女さんが用意してくれていたものだ。

 オレは白衣を羽織る。体に付着した水分が吸い取られる感覚を覚えながら、帯を締め、扉を開けた。


「雅さん?」


 外には誰もいなかった。

 なにかあったのだろうか?

 用意されていた履物を使わせて貰い、歩く。辺りは暗く、豆腐屋敷の壁にある灯篭の明かりが無ければしっかりと歩くことは難しいだろう。


 豆腐屋敷の入り口にまで戻って来た。

 雅さんは中にいるだろうか。

 扉を軽く叩く。重い音がした。中に響いている感じが無い。扉を開けようとくぼみに指先を添える。

 思ったよりもスムーズに開いた。

 中を覗き見る。雅さんの名を呼ぶが、返答は無い。ここにはいないようだ。


 困った。

 見知らぬ暗い場所だ。下手に動き回ることは避けた方が良いだろう。

 しょうがなく、オレは雅さんが現れるのを待つことにした。


 しばらく待って、お腹が空いてきた頃、雅さんが戻って来た。

 戻って来た雅さんの姿を見て、オレはこう言った。

 

「あの、大丈夫ですか?」


 雅だった髪型はぼさぼさで、巫女服はところどころ破れ、泥と赤いなにかで汚れている。血だろうか。


「なんのことでございましょうか?」


 雅さんは小首を傾げ、不思議そうにオレを見ている。

 色々と気になることがあるが、最も気になる個所について、オレは伺うように聞いてみた。


「口元、血が滲んでるようですけど……」


 す、と巫女さんの目元が険しくなる。

 雅さんは口元を指先で拭うと、懐から取り出した手ぬぐいで指先についた何かを拭った。そして、オレの位置からでは見えない、手ぬぐいについた何かを見て、驚いたようにこう言った。


「まあ」


 雅さんは続けた。


「お恥ずかしゅうございます」


 汚れた巫女服の振袖で口元を隠す所作をしながら、雅さんは頬を染めた。

 

「紅が乱れておりました……。お恥ずかしゅうございます……。お恥ずかしゅう……」


 消え入りそうな声だった。

 そして、こう続けた。


「雷留様。なにとぞ……なにとぞ、堪忍してくださいまし……」

 

 雅さんの小さく竦ませた体が震えている。その潤んだ瞳は揺れ、縋る様な視線を、上目遣いにオレへと向けている。

 染まった頬は艶やかで、口元を隠す振袖を摘まむ指先は震えていた。


 本当に恥ずかしがっていると感じる。

 というか、聞いてるこっちが申し訳なく感じるほどに、真に迫った羞恥の表情と声、所作である。


 だが、ぶっちゃけ口紅が乱れてたとか、そんなレベルの惨状ではない。

 だが、雅さんがそこまで「これ以上は触れてくれるな」と訴えるなら、どうしようもない。オレもさすがにそれ以上踏み込む気にはなれなかった。


 そして例の様に扉をこじ開けた雅さんの案内で再び豆腐屋敷の中に入ったオレは、てきとうに腰を下ろし、食事を持ってくると退席した雅さんを待つことになった。


 雅さんはもう食事を摂ったとのことで、一人で食事を頂く。どういうわけか、あの大量のじゃがいもが料理として出てくることは無かった。魚に山菜、お米に漬物、そして吸い物に茶と、和食らしい和食をオレは頂いた。あのじゃがいもは一体……。


 そのことも含めて、出来れば雅さんと色々と話をしたいのだが、行ったり来たりと忙しなく動く雅さんを呼び止めることも出来ない。

 何をしているのかも気になって、洗い物を手伝いたいとお願いしたのだが、今度はやんわりと断られた。

 そして食後しばらく、オレは特にすることもないまま、敷いて貰った布団を見つめていた。

 天井に電球が無いと言うのはこれほど不便なのか、と実感していたところである。燭台の火のほとんどは消え、残すはオレの傍にある一つだけだった。


 だからこそ、気づいた。

 むしろ、何故今まで気づかなかったのだろうか。

 暗闇の中に、ほのかに光を放つ何かがある。燭台の炎ではない。揺れていないからだ。

 照らされ、光を反射しているわけではない。

 それそのものが光を発している。

 導かれるように、そこへ行く。


 そして、見つけた。

 広い部屋の隅に積み上げられた品々の中にあったそれを、オレは手に取り、持ち上げた。


「バスタオル……」


 光を放つ何かとは、公園で失ったはずの荷物だった。

 正確には、木刀を包んでいたバスタオルとテニスバッグである。

 テニスバッグとバスタオルが光を放っていたのだ。しかし中に木刀は無い。


 オレはそれを持って、敷かれた布団のところへと戻った。

 布団の上に並べる。

 なんでこんなところにオレの荷物があるんだ。

 それも、使い古され、ほつれの目立つバスタオルと、(掃ったものの長年の埃がちょっと残ったままの)テニスバッグだけが。それも光った状態で。蛍光塗料なんて塗ってない。

 

「雷留様……」


 扉の向こう側から、小さく落ち着いた声が聞こえて来たからだ。

 雅さんの声だ。

 オレは扉へと視線を向ける。


 丁度いいと思った。

 オレの荷物について話を聞く必要がある。

 今度ばかりは踏み込まないという選択肢は無い。オレにはオレの荷物に何が起きているのかを知る権利があるし、義務もある。

 問いかけようとしたオレに先んじて、雅さんがこう言った。


「一夜のお情けを賜りたく……」


 扉の向こう側から届いた雅さんの言葉は、情欲の滲んだ艶やかな声で紡がれた。


 ―――わけがわからないよ。


「あの、どういう意味ですか?」


 お情け、という言い回しに心当たりはあったものの、なぜそうなったのか心当たりが無い。そのため、オレの問いかけ第一声は急遽変更された。

 オレの問いかけ第一声に、雅さんは扉の向こうで小さく笑ったようだった。


「女の私に申させたいなどと……いじわるなお方……」


 雅さんの声に艶が増した。悦んでいるというのか。


「私に、一夜のまぐわいのときを、お恵みくださいませ……。雷留様の精を、私の胎に注いでいただきとうございます……」


 欲情掻き立てる艶を帯びた声だった。


 だからこそオレは額に手を当てた。頭痛はしないが頭が痛い。

 初対面のオレを性交に誘うとは、どうやら彼女は性に関する価値観がオレとは異なるようだ。

 そしてオレの感じていた印象が正しかったことも分かった。アハ体験だ。スッキリして気持ちがいい。


 オレの耳に、再び衣擦れの音が届く。


 分かる。

 この女、脱いでいるな?

 

「雷留様は初心でいらっしゃるとのこと……。私にお任せいただけましたなら、必ずやと極楽へとお導きいたします」


 ―――私がリードしてあげるよ、童〇君。

 ということらしい。


 オレは思った。


 ―――すげえセリフだ。AVかな?


 子供に読み聞かせる日本昔話など烏滸がましい。

 これは、見せられないよ!な類の官能伝奇。旅人と交わる一夜妻、巫女の話は定番だろう。

 忌憚のない意見だが、オレは好きだ。

  

 さらに言えば、彼女はきっと相当な手練れだ。

 彼女の言葉には、チェリーをアルカディアへ導くだけの技量(テクニック)を有しているという自負が滲み出ていた。実際にその経験があるのかもしれない。そしてそれだけの技量を身に付けられるだけの経験も豊富そうだ。


 興味はあるし、欲求もある。据え膳喰わぬは男の恥と言う名言があることも知っているし、勿体ないとも思う。

 ワンナイトラブという格言もある。それも別に悪いことでは無いだろう。

 雅さんは魅力的な女性だ。きっと素晴らしい夜になるに違いない。

 

 とりあえず、断ろうと思う。

  

 失礼かもしれないが、性病のリスクは無視できない。


 今しがたの雅さんが言動からして、雅さんが不特定多数の男性と関係を持っていることは明白だ。少なくとも、オレはそう捉える。

 それに関してはさっきも言ったが、別に悪いことだとは思っていない。あくまでオレと彼女の価値観の違いでしかないからだ。


 だが、性病がこの世に存在する限り、不特定多数の人間と肉体関係を持つということは、必然的にそのリスクが跳ね上がるということと同義だ。快楽とリスクのどちらを取るかの話で、オレはリスクを取ったというだけのこと。


 さて、問題はどう切り出すか、というところである。

 性病怖いんで断ります、と直で言うのはさすがにデリカシーが無さ過ぎるだろう。

 何を考えてオレを夜伽に誘って来たのか分からないことには……。いや、いいか。

 どんな理由でも断ることに変わりはないのだから、素直に言えばいい。


「雅さん。誘ってくれてありがとうございます。すごく嬉しいです。でもオレはパートナー以外とするつもりはありませんので。こういうのも変な話ですが、御引き取りください」


「雷留様には……心を決めたお方がおられるのですか?」


「いえ、いません。欲してはいますけどね」


「でしたら……一夜だけでも私をお求めになってはいただけませぬか」


「できません。これはオレの信条の問題です。申し訳ありません」


 性病のリスクを懸念しているという事実を押し隠し、オレは自分が堅物であるかのように振舞い、それを貫く。

 なお食い下がって来る雅さんに若干嫌気が差す前に、オレは話題を切り替えた。


「ところで、雅さん。オレも聞きたいことがあったんです。この広間の隅に、オレが今朝失くした荷物が置いてありました。よく似たものかとも思ったのですが、どうにも似すぎているようだ。テニスバッグとバスタオルです。それともう一つ、実は探しているものがあって……木刀なんですけど」

 

 雅さんの言葉が止まった。


「この山積みの品のどこかに在るんじゃないかと思ってるんですけど、探してもいいですか? 一応断っておきますけど、オレは決して雅さんが盗んだとか思っているわけでは……」


「―――まさか、視えておったのか」


 扉の向こう側で息を飲む音が聞こえて来た。口調が初邂逅のときのものに近くなっている。独り言のようだったが、やっぱりこっちが素なのかな?

 ともかく、雅さんはきっと何か知っている。オレは確信した。


「あの、実はオレ最近悩み事があって、それも含めて話を聴いていただければと……。……雅さん?」

 

 返事が無い。


「雅さん?」


「この短時間でまたも……ッ! おのれ……ッ」


 何やら扉の向こうで雅さんが悪態を吐いている。

 オレは扉に手をかけ、言った。


「開けますよ? いいですか?」


 さっき衣擦れの音がしたので、雅さんが全裸の可能性がある。そのため一声かけてからと思ったのだが、返事が無い。


「雅さん?」


 返事は無い。

 既視感がある。さっきお風呂でも、雅さんは急にいなくなって、しばらく姿を見せなかった。

 オレは目の前の引き戸を動かす。やはり、隣室に雅さんはいなかった。

 オレはテニスバッグの中にバスタオルと汗で濡れた服、そして記念に貰った薪を突っ込んで大広間を出る。土間に降り、外へ出るための扉の前に立つ。くぼみに手を入れると、今度はスムーズに開いた。


「凄い風だ……」


 夜なので遠くは見えないが、近くに見える木々は物凄く揺れている。まるで台風の日のヤシの木のようだ。

 吹きすさぶ風の中、遠くに光が見える。オレの手にあるバスタオルが同じ色の光を放っている。関係があるのだろうか?


 導かれるように、オレは光の方へと進む。生い茂る木々の中へ入るが、光を見失うことは無かった。

 そして気づいたら、家の裏手にテニスバッグを持って立っていた。


 ―――なんでだよ……。

 

 久しぶりに本気で落胆した。

 もしかしたら何か掴めたかもしれないと言うのに。

 また白昼夢でも見ていたのかと思うが、今度はしっかりと証拠がある。オレが今着ている服が、風呂上がりに借りた白衣だったからだ。そして汗に濡れた服と薪がカバンの中にあったが、テニスバックもバスタオルも、もう光ってはいなかった。

 

 ただ一つ収穫はあった。バスタオルとテニスバッグが戻って来たことだ。

 そしておそらくだが、木刀はまだあの神社にある。

 

 一度家で着替えたらまた探索に出ようと思い家の表に回ると、東堂家の門の前に人影が見えた。


 背中を塀に預け、片足をぷらぷらと泳がせている。

 タンクトップにダメージジーンズ、髪はポニーテールというなんともワイルドな格好だ。そしてあの金髪。間違いない。あの夜の女の子だ。


 金髪の女の子はオレに気づくと目を丸くして固まった。

 頭の後ろで組んだ腕がゆっくりと解かれて降りていく。


 ぷるぷると震えている女の子に、オレは言った。


「こんにちは。久しぶりだね」


「こ、こ、こ」


 鶏かな?

 女の子が吃音状態になっている。


「こんなところで奇遇だな!」


 女の子が元気よく言った。


「そうだね」


 ここオレの家だけどね。

 ちょっと和んだ。

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