表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/46

神様……?

 同日。

 早朝のパトロールを終えて町内会の老人たちに捕まりゲートボールに参加していたオレだが、昼食後には一度解放された。さすがに昼食後から夕方のパトロール開始までの間も皆で一緒にいることにはならなかった。しかし例外もあり、老人たちのうち一人暮らしをしている人たちはそのままパチンコ店へと出かけてしまった。オレも誘われたが、オレはギャンブルに興味は無いので、同じようにパチンコ店への移動を辞退した老人たちと一緒に、丁重にお断りさせて貰った。


 とはいえ、夕方には二度目のパトロールが行われることが決まっていて、それにも参加する予定のオレは遠出をすることは出来ない。また、夕方のパトロール後に再び集会に呼ばれた場合には、早朝よりも長く拘束されることは想像に難くない。というのも、酒が好きな老人が多いため、夕方のパトロールの後は本格的な酒の席が設けられることが目に見えているからだ。そしてその催しにはほぼ全員が参加すると思われるため、オレも辞退することは難しいだろう。


 オレは今、近隣を不規則に練り歩いている。

 目的は、消えた木刀と二人の少女を探すためだ。公園の捜索はゲートボールの最中に済ませてある。


 しかし、一体どこへ消えてしまったんだろうか。

 消えたことに限って言えば、木刀に関しては弁償すればまだなんとか……。

 ただ、あの木刀がヤンキー少女にとって大切なものだった場合、代替品を用意するだけでは済まないこともあるだろう。出来るなら見つけ出したいところではある。


 ただ気になるのは、やっぱり周囲の反応だ。

 確かにあったはずのオレの荷物と、二人の女子小学生が同時に消えた。だがその場にいた全員がそれを認知していない。消えたところを見ていなかったどころの話ではなく、最初からそんなものが存在しなかったという認識である。全員が、全員。

 荷物に関しては……今日集まった人達がたまたま全員、他人の荷物に対して全くの無関心な人種だったと考えれば、苦しいが分からないわけではない。


 だが、子供たちは別だ。彼女たちはオレや老人たちと一緒にパトロール前のラジオ体操に参加していた。騒いでいた姿を見ている人がいたことも間違いない。しかし周囲の人達は木刀や少女たちが消えたことを不思議にも思わず、最初から存在しなかったかのように扱っていた。オレはパトロール前、子供たちが騒いだときにオレが会釈した町内会の人にも確認を取ったが、返答は他の人と同じだった。そんな小学生は見ていないという。


 不可解だ。本当に不可思議だ。

 あの場にいた全員が口裏を合わせている?

 それこそありえない。

 何の得があってそんなことをする?


 集団催眠か何かだとして、ならなんでオレはそれに掛かっていない?

 やはり説明がつかない。


 目を離した隙に攫われた、と言う話でもないんだ。

 オレが目を瞑っていたのは一分にも満たない時間だ。オレの目の前にいたはずの少女二人を、言葉一つ出させずに連れ去るなんてこと、出来るわけがない。というか、目をつむっているとはいえ大人が目の前にいるのに子供を攫うわけがない。


 やはり二人は自分の意思でオレの前から姿を消したと考えるのが自然だ。じゃあオレの荷物はどうやって持って行ったんだろう。人の目を掻い潜って持っていくのは無理だと思う。さらにいえば小学生二人が何人もの大人の記憶を消すなんてことがそもそも不可能なんだが。


 そもそもの話、オレの荷物は本当にあの子たちが持って行ったのか? オレが目を閉じていたほんの僅かな時間で?

 荷物とあの子たちの雲隠れが別件ならそれなりの答えが……いや、だとしてもあの子たちの存在を覚えていない町内会の人達の説明はどうやっても付けられない。結局、在りえる可能性として出てくるのは、町内会の人達が口裏を合わせて知らないふりをしている、ということになるが、やっぱりそれこそ考えにくいわけで。


 人の認識や記憶を改ざんするなんて、それこそ魔法や超能力でもない限り無理だ。

 色々考えてはみるものの、一番辻褄が合うのが魔法や超能力というのは、いささか頭が痛い。


 とりあえずその辺は捨て置いてと開始したパトロールでは、奇妙な巨鳥と空高く伸びる二つの光の帯を図らずも発見した。しかしそれに関しても、パトロールに参加していた人達は無反応を貫いていた。オレが指摘しても、彼らは「なにもない」「なにもみていない」とオレに告げたうえで、今朝の質問を含めて、「だいじょうぶか?」とオレの心を労わった。


 ここまで来ると、オレは引き攣った愛想笑いを返すしかなかった。

 オレからすると「あなたたちこそ大丈夫?」という感じなのだが、多数対一の状況、大丈夫じゃないのはやはりオレの方なのだろう。この類の変人扱いは何度されても慣れないものだ。嫌な気持ちになる。


 そういえば、とオレは思った。

 以前、似たようなことがあった。それもつい最近だ。


 それは、銀髪ツインドリルお嬢様こと、明日香さんと時を過ごした喫茶店で起きたことだ。


 あの喫茶店において、御曹司一行の存在は明らかに異物であったはずだ。そしてそんな彼らとひと悶着を起こしたオレや明日香さんもまた、他の客や店員からすれば異物側の存在として映る。印象に残らないはずがない。


 実際、ひと悶着の最中、他の客や店員は、オレ達を注視していた。そのはずだった。なのに、客や店員たちは、御曹司一行の姿が消えた途端、まるで何もなかったかのようにオレ達から意識を外したのだ。 正確には御曹司一行が出て行った後じゃあない。あのとき、御曹司はなにやら格式ばった物言いのあと、「忘れろ」と強い口調で言い放ったが、そのあとだ。客や店員がオレと明日香さんへの興味の一切を失くしたのは。


 そしてレジ前にいた店員は、明日香さんが料金未払いで退店した際にも、オレの退店の際にも、何の反応も示さなかった。いや、オレの場合はちゃんと料金を要求されはしたが、それだけだ。


 料金を払い退店する直前、オレは「申し訳ありませんでした」と、騒ぎを起こしたことに対して謝罪を伝えたが、それに対して店員は小首を傾げ、「何のことでしょうか」と言い放った。あの不思議そうな表情は、決して演技などでは無かった。そして戸惑いつつ退店するオレに対して、店員は「ありがとうございました」と、笑顔でオレを見送った。


 あのとき、店員は嫌な顔一つしなかったのだ。店員の教育が行き届いている、などという話ではない。


 普通、店内で妙な騒ぎを起こしたオレに対して、店側は小言の一つくらい言うはずだ。言うべきだ。嫌味とかの意味でなく、他の客を守ると言う意味で、店側は店内で騒ぎを起こした存在に対し、すべからく注意をしなければならない。でなければ、何かあった時に他の客を守らない店として店の評判が下がることは避けられないだろうし、そうなれば客も離れていくことになる。「他のお客様のご迷惑になりますので」と、それくらいは伝えるだろう。そしてオレが謝罪したタイミングは、その絶好の機会だったはずだ。


 しかし、何もなかったのだ。


 (暫定)魔法少女と、今回、公園で起きた異常。

 黒竜と異常な身体能力の刀女と、街中で起きた原因不明の事故。

 瞳が変色する御曹司と銀髪ツインドリルお嬢様風学友と、喫茶店で起きた異常。


 明らかに普通じゃない。普通じゃないことが続いている。これらが無関係とは思えない。いやなんというか、個々に繋がりがあるとは思えないんだけど、根っこのところが無関係じゃないというか。魔法とか異能とか霊力とか妖力とか、要はかつてオレが求めていた何かがあるのだろう。


 魔法少女(暫定)だけならまだ良かったのに……。黒竜と刀女、そして友人までそれっぽいなんて……。


 次々に現れる非日常の兆しは、オレの外堀を埋めていく。否が応でも認めざるを得ない状況に立たされていることを感じる。そしてそれはとても……とても息苦しい感覚だ。精神的な高揚と共に素直に受け入れられたなら、オレとしても楽だっただろうに。


「なんで今になって……」


 悶々とした思考の坩堝に嵌まりながら歩いていると、交差点に近づいていた。前方斜め上へ視線を向ければ、歩行者用の信号が点滅を始めている。

 オレは考えを振り払うように頭を振った。


 ともかく、預かりものの木刀を取り戻してヤンキー少女に返さなければならない。そして消えた木刀に関する有力な情報を持っていそうなのが、少女二人だ。もう少し探して見つからなければ、一度家に戻ってみよう。実は本当にオレの勘違いで家に木刀があるかもしれないし、茶々ちゃんもお隣さん家にいる可能性だってある。


 二人の少女を探し、木刀を見つける。

 今はそれだけを考えておこう。余計なことは考えないこと。それが精神的な安定を保つための秘訣だ。 


 オレは立ち止まって、交差点を見渡した。

 歩行者はいない。車の通りも無いようだ。


「危ない!」


 突如、甲高い叫び声が交差点に響いた。咄嗟に声の方へ視線を向けると、交差点の向かいに女性が立っていた。続いて、大きなエンジン音。視線を反射的にエンジン音の方へ向けると、目前に迫るトラックの巨体。時間がゆっくりと流れるような奇妙な感覚の中にいると、トラックがいきなり横転し、ぐるりと大きく回転しながら、向かいの交差点にいた女性の方へと滑り向かっていく。

 今度はオレが危ない、と叫ぶ番だった。しかし声を出すよりも早く、トラックの巨体の向こう側に、女性の姿は消えてしまった。

 

 オレは青信号に変わった交差点を駆け渡る。横転したトラックは、後方から建物に激突して停止している。オレは真っすぐにトラックの運転席へと向かう。


「なんだ?」


 トラックへ向けて走るオレの前に、真っ黒な靄のようなものが現れた。見方によっては何かの入り口のようにも見える。黒い濃霧を避けようと一度進行方向を変える。すると、その黒い濃霧もまた、オレの動きに追従するように位置を変えた。何度かそれを繰り返すが、黒い濃霧はその度に必ずオレの進路を塞ぐ。まるで向かい合う通行人が道を譲り合うように、オレと黒い濃霧は共に動き続けた。

 霧だけに切りがない。オレは黒い濃霧を避けることを諦めて、直進する。黒い濃霧はまるでオレを歓迎するかのように蠢いた。そしてオレは黒い濃霧に呑み込まれ、こう言った。


「なんだったんだ?」

 

 黒い濃霧を素通りしたオレは、真っすぐにトラックの方へと走る。肩越しに振り返り見た黒い濃霧は僅かに震えているように見えた。だがそんなことは今はどうでもいいことだ。黒い濃霧を放って、オレはトラックに接近した。

 フロントガラスからトラックの運転席を覗いたオレは、小首を傾げこう言った。


「いない?」


 中には誰もいなかった。まさか事故の衝撃で窓から投げ出されたのだろうか。そう思って周囲を見渡すが、人影はない。では一体どこへ行ったのか。

 あの女性のことも気になる。周囲を探すが、誰もいない。とりあえず警察を呼ぼうと携帯を取り出すが、圏外になっている。こんな街中で圏外になることがあるのか。電話料金はきちんと払っていたはずだが……。それにしてもタイミングが悪い。


「なんだ?」


 上空から騒音が聞こえる。プロペラ音のようだ。見上げれば、ヘリコプターが飛んでいる。報道ヘリだろうか。もう事故を聞きつけて来たのか。

 そう思って、様子が変なことに気づく。プロペラ音が大きくなっている。ヘリコプターも大きくなっている。近づいてきている。墜落しているのだ、と気づいたとき、ヘリコプターは急に旋回し、トラックが激突したビルの中腹に激突した。大きな窓を突き破って中へと突っ込んだらしい。ヘリコプターはそのままビルに残り、ガラス片だけが落ちて来るが、オレには当たらなかった。


「なんだ?」


 またも後方から大きな音がした。爆発音だ。振り返ると、オレが先ほど信号待ちをしていた場所にまたトラックが突っ込んでいた。先ほどよりも小さなトラックだったが、燃料に引火したのか爆発し、黒煙を巻き上げている。


 上空からまたも騒音が聞こえた。今度はなんだ、と思いながら見上げると、飛行機がオレの方へと垂直降下してきている。飛行機を見つめながら、オレはこう呟いた。


「ええ……」


 飛行機は突如としてくるり一回転し、オレの上空を滑るようにすり抜け、周辺の建物を巻き込みながら墜落、爆発したのだ。


「なにが起きて……。……? わ……と……」


 困惑に言葉を呟かずにはいられなかったオレだが、急に足元がおぼつかなくなり、たたらを踏んだ。眩暈がしたのかと最初は思ったが、地響きが聞こえて来て、地震が発生したのだと気づいた。オレの体は上下に揺らされ、ビルもまた同じように揺れていた。どれくらい揺られていただろうか。ぴしり、と嫌な音がして、上空を見上げれば、トラックとヘリが突っ込んだビルに罅が入っている。このままでは倒壊しそうだが、生憎足元が悪く動けなかった。


 やがてビルに入ったひび割れが広がっていき、ビルが大きな音を立てて倒れ始める。が、揺れが大きかったせいか、一度オレの方へと倒れようとしたビルは一度大きく戻り、反対側へと倒れて行った。とんでもない轟音が響くと同時に、揺れが止まる。


「あれ……空が……」


 いつの間にか、空が暗くなっていた。見上げれば厚い雲が天を覆っている。ぽつりぽつりと水滴がオレの肌に触れ、瞬く間に豪雨が訪れる。雨雲は積乱雲へと変貌し、雷鳴と雷光を携えて停滞していた。空が一瞬青白い光を放った。空気を引き裂く轟音が轟き、凄まじい速さで飛来した落雷は、オレのすぐ近くの電柱に直撃した。激しい音を立てて電柱と電柱を繋ぐ電線がはじけ飛んだ。


「なんなのこれは……。世紀末かな?」


 戸惑いが大きかった。情報量が多すぎる。


「あれ? 晴れたな……」


 急に雷鳴が鳴りやみ、雨が降り止んだと思えば、厚く空を覆っていた雲まで消え去って、眩い太陽が姿を現した。晴天を見上げるオレの遥か上空を一本の飛行機雲が通過していく。ミサイルのような形をしていたが、きっと飛行機だろう。アレは落ちて来なかった。良かった。


 さらに上空に点のようなものが見えて、オレは目を凝らした。徐々に大きくなっていくそれは、まるで隕石のようである。だが、その実態を確認するよりも前に、その黒い点のようなものは一瞬発光し、消えた。


「どうしたものか……」


 周囲の惨状を見渡す。警察に連絡できれば一番いいが、携帯は圏外のままだ。異変に気付いた警察が自ら来てくれるのを待つしかない。周囲に人の気配が無く、巻き込まれた人がいなさそうなことは不幸中の幸いかと言えるかもしれない。

 ただ飛行機やヘリに乗っているだろう人達がどうなっているかは分からない。あの惨状で生きているとは思えないが……もうオレ個人でどうこう出来るような状況じゃあないことは分かる。オレに出来ることは警察にこの出来事の様子を伝え、原因究明を願うことくらいだろう。


 しかし、人の気配が無いのは気になるな。ここまでの騒ぎだから、避難しているだろうことは分かる。分かるんだけど、いくらなんでも不自然過ぎるほどに人の生み出す音が聞こえない。

 この感じには覚えがある。あの刀女と出会ったときの感じだ。もしかして、と改めて周りを見渡すものの、それらしい気配はない。


 ……?


 視線を動かしていたオレが前を向くと、目の前にしれっと豪勢な扉が現れていた。煌びやかな装飾を施された、白い扉である。試しにドアノブを回し、開けてみた。

 扉の向こうの側の景色は変わらないものだった。燃えているトラックと倒れた電柱があるだけだ。ドアを閉めて、一歩離れる。後ろからノイズのような音がして、振り向いた。まるでテレビの砂嵐のように、オレの目の前だけが妙なことになっている。音が鬱陶しいので蚊を掃うように手を振れば、それは霧散し、音も止んだ。再び前を向くと、白い扉は消えていた。


「今度はなに」


 オレは、引き続いてオレの周囲に起きたある現象に対し、疲弊感を滲ませながら呟いた。小さくため息を吐く。

 今度は騒がしい出来事では無かったが……オレを取り囲むように、光が円を描いていた。下から光をなぞる様にして視線を動かし、空を仰ぐ。遠い遠い空まで続く光の柱がそこにはあって、オレはその中に呑み込まれている。この光が地面から空へ向かっているのか、はたまた空から地面へと落ちてきているのかは分からない。いや、多分前者なんだろうな。


 そう思ったのは、オレの周りに散らばっていた石やガラス片が重力に逆らって、ゆっくりと浮上していることに気づいたからだ。SFでよくあるような、家畜がUFOに攫われるような感じである。


 オレは歩いてその光の円柱の範囲外へと位置を変えた。光の筒の外側から中を観察する。ゆっくりと空に持ち上がっていた石やガラス片が急に動きを止め、そして地面に音を立てて転がり落ちた。その間もなく、光の円柱は空中に霧散するようにして消える。


 ……。


 ふと足元を見た。

 アスファルトの地面だったはずのオレの足元が、真っ黒い何かに変わっている。まるで奈落にでも続いているのでは、と思わされるほどに深く暗い円だった。穴、だと思わなかったのは、オレが靴越しに地面を感じていたからだ。だから、ただ黒く染まっているだけだと思った。

 オレは穴を見つめながら、大股のカニ歩きで、すすっと位置を変えた。そのまま黒い円をじっと見つめ続けていると、黒い円は僅かに振動しながら縮小していき、やがて元のアスファルトに戻った。


 夢? それともなにか脳に障害が生じていて、幻覚でも見ているのだろうか。在りえない話ではない。この体はかつて、一家が死亡するほどの交通事故に巻き込まれたことがあるのだ。

 だとしてもあまりに物騒過ぎると思う。気づかないうちにストレスが溜まってたか?

 それとも……また何か……。


「わ……」


 突如として突風が吹く。オレは咄嗟に顔を腕で庇い、目を瞑った。

 しばらくすると風が収まって、オレはうっすらと目を開いた。腕をそうっと降ろす。

 ゆっくりと周囲を見渡したオレは、小首を傾げた。

 

 周囲の景色が様変わりしている。

 きょろきょろと周囲を見渡すも、景色が元に戻ることはない。ここには交差点もないし、墜落して来た飛行機やヘリコプターもないし、交通事故を起こしたトラックも無い。

 代わりに現れたのは、寂れていながらも、大きな神社の社だった。神社の鳥居の下にオレは立っていたのだ。整備された街の交差点で世紀末を目の当たりにしていたはずだが、今は心地よい静けさの中にいる。


 一体何が起きているんだろう。

 夢にしても突拍子が無さ過ぎると思う。

 それともまた、何か変なことに巻き込まれたのか。魔法少女にしては物騒だし、刀女の関係にしてはあの世紀末は物理的過ぎるし、ヤンキー少女は……勘だけど違うと思う。じゃあ明日香さんの関係かな?


 確か明日香さんはあのとき、御曹司に対して滅びがどうとか言ってたし、それかもしれない。

 それとも、全然別の……?


 うーん、分からない。

 現実感の無いことが続き過ぎて、これ全部オレの見てるただの夢だって言って貰えた方が凄く気が楽なんだけど……そうじゃないんだろうなぁ。


 正直、いい加減ちょっと疲れるよ。


 内心で愚痴り、オレは小さくため息を吐いた。

 『匂わせ』が過ぎると思う。ちらちら見せて来るのは止めて欲しい。やるならもっと盛大にオレを巻き込んでくれないかな。

 それかいっそのこと「非日常はあります!」って誰か《《とどめ》》を刺してくれても良い。それが叶ったなら、オレは自分が『転生者』なのだと、胸を張って言うことができるのに。


 オレはうんざりとした気分で神社の社を見上げた。神社。神の住まう社。

 いっそ神頼みでもしてみようか。気休めにはなりそうだ。

 オレは賽銭箱へ向かい、石の道の上を歩き出す。すると、風を切る音を鳴らしながら、オレの目の前を何かが横切った。今度はなんなの。


 オレは目の前を横切った何かへ視線を向ける。少し離れた場所に植えられていた木の幹に、黒光りする何かが突き刺さっていた。


 アレは……。

 忍者御用達の暗器、苦無(クナイ)だ。何故そんなものが?


「おのれ、何者じゃ?」

 

 困惑していると、耳元で女の声が聞こえた。腹の底から絞り出したような低く重い声音である。

 いつの間にか、後ろに女が立っていた。それも、女の吐息と肌の熱を感じられるほど近くにだ。しかも肩から回された女の腕がオレの首を絡め取っている。

 もしかするとこの神社は関係者以外立ち入り禁止だったのかもしれない。気づいたらここにいたオレとしては濡れ衣だが、相手からすると不法侵入でしかないし、謝っておくべきだろう。事情を話せば分かってもらえるはずだ。


 そうかな?

 本当に分かってもらえるのかな?

 気が付いたらここにいた、なんて世迷言を。

 また気が触れていると思われるのがオチだろう。


「何を黙しておる。答えい。あるいは語れぬ所以があると?」


 悩んでいるオレに痺れを切らしたらしい。

 女はオレに質問に答えるように急かす。それも、首元に冷たい何かを突きつけるというオマケつきである。

 オレはちら、と視線を先ほどの投擲物へと向ける。木に突き刺さっているのはやはり苦無だ。オレの首元に付きつけられている冷たいものも多分そうだろう。

 そして女はこう続けた。


「御柱の御前じゃ。虚偽謀りは神罰が下ると心得よ」


 それを聞いて、オレは思った。

 御柱の前で刃傷沙汰を起こすのは良いの?


 しかし発言した結果、女に逆上されて殺されてはたまらない。女の手元が狂えばオレはお陀仏だ。神社の前でお陀仏というのも違うかもしれないが、どちらでもいいだろう。


「おのれは何者じゃ」


 女はさらに急かす。「はよ答えい」とばかりに、女はオレの首筋にちょんちょんと何かを当てて来る。

 オレは第一声を何にするかを考えた結果、こう言った。


「こんにちは」


「……。おのれ、よもや気狂いの類か?」


 女の言葉に警戒の色が増す。そして女は続ける。


「それとも、儂を侮っておるか?」


 オレの首に女が纏わりつかせている腕の力が少し増した。

 オレは穏やかな声音を心掛けて、こう言った。


「なにか誤解をされているようなので、まずは挨拶を、と思ったのですが……。不快にさせてしまったのなら謝ります。勝手にこちらへ入ってしまったことも、重ねてお詫びします」


「……」


 女は沈黙している。続きを話せ、ということだろう。

 オレはこう続けた。


「オレはただの迷子です」


「ただの迷子じゃと? 童でもあるまいし、おのれのような迷子がおるものか。もう少し上等な謀りを口にせい。言ったはずじゃ。此は御柱が御前。嘘偽りは神罰が……。……む?」


 女は最初、オレの返答を鼻で笑い切って捨てようとした。しかし女の言葉尻から徐々に力が抜けていく。オレの首に纏わりつく女の腕からも僅かに力が抜けた。

 背後からは身じろぎをするような気配と衣擦れの音が聞こえた。何かを探しているような動きである。

 今、オレのうなじを撫でたのは女の髪だろうか。くすぐったい感触がした。


 拘束は緩まったが、オレはあえて逃れようとはせず、穏やかに語り掛けることを意識して、こう続ける。


「気づいたら目の前に神社があったので、参拝しようかと思ったんです。だけどあなたの様子からして、ここは入ってはいけない場所だったことが分かりました。勝手に入ってしまったことは改めて謝ります。申し訳ないです」


「……(まこと)か?」


 背後から再び身じろぎをするような気配と衣擦れの音が聞こえた。また何かを探しているのだろうか。さっきよりも首の振りが早いのか、オレのうなじを、さっ、さっ、と何かが撫でる。

 そして女の動きは止まり、こう言った。


「謀りではないのか……」


 女の声は呆けたものだった。オレの首に纏わりつく腕からは、既に力が抜け切っている。

 オレの心からの謝罪が通じたらしい。


 オレはちら、とオレの首からわずかに離れた女の腕へ視線を向ける。

 白く長い袖。和服である。

 神社で白く長い袖の和服を着た女。巫女さんだろうか。

 物騒な出迎えだが世の中物騒なのでそれくらいの武装はしているのは、最近の神社では普通なのかもしれない。いや、普通にちょっと行き過ぎだと思うし、苦無も普通に考えて銃刀法違反だと思う。神社とかは境内ならそういうの許されたりするのかな? 聞いたことないけど。

 オレが思考している間、女もまた沈黙していた。

 女の吐息がオレの首筋を撫でていて、くすぐったい。


 あの、とオレは一言断って、こう言った。


「離してもらえませんか? オレはあまり女性に慣れていないもので、こうずっと密着しているのは少し……」


「あ、いや、しかし……」


 オレの問いかけに、女は口ごもる。女は戸惑っているようだ。

 オレはさらなる一押しにこう言った。


「離していただければ、オレは帰ります。お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした」


「……」


 女は少しの沈黙の後、オレの首から完全に手を放してくれた。そして、一歩、二歩と後ずさる音が聞こえる。

 オレは振り返り、女を見た。


 まず最初に目に入って来たのは、やはり巫女服だった。高級な生地が使われているようだ。赤い袴も同じく、安物ではないだろう。

 女は手に何も持っていなかった。巫女服の中に隠したのだろう。結局、オレの首筋に突きつけられていた何かの正体は分からないままである。

 女は長髪だった。髪飾りで後ろ髪を結ってはいるが、前髪は自然に流している。どことなく刀女に雰囲気が似ている気がする。とはいえ、刀女は長髪を前も後ろもストレートに流していて、某ホラー映画の井戸から出て来る怪異のような髪型だった。一方で巫女さんの方の前髪は片目が隠れるくらいの長さだし、毛先はふんわりとしているので、違いは分かりやすくはある。


 巫女さんは上から下へ、オレを観察するように視線を動かしている。まだ警戒されているのだろう。オレは改めて頭を下げて、謝罪の言葉を伝える。

 すると巫女さんは戸惑ったようにこう言った。


「改めてお尋ねいたしますが、お前様はその……まことに迷い子であられると?」


 なんか急にめちゃくちゃ口調が変わったね。

 まあ、不審者と参拝客では見せる態度も違うということなのかもしれない。


 オレは頷いて、こう言った。


「いやあ、お恥ずかしい話です」


 オレの言葉に、巫女さんはきょろきょろと視線を動かし始めた。

 何かを探しているのかもしれないし、一応の参拝客に手荒な出迎えをしたことを悔いているのかもしれない。

 まあでもしょうがないと思う。どっちが悪いかと言えば、不法侵入したオレだろう。

 オレは改めて頭を下げて、こう言った。


「では失礼します。重ね重ね申し訳ありませんでした」


 最後の謝罪を伝え、オレは歩き出した。巫女さんの隣を通り過ぎ、鳥居へと向かう。あと数歩で鳥居を抜けるという位置まで来たとき、背後からこのように声が掛けられた。


「もし……お待ちいただきとうございます」


 オレは立ち止まり、巫女さんの方へ振り返った。

 巫女さんはオレに対して姿勢を正し、こう続けた。


「知らぬとはいえ、御無礼を働いてしまいましたこと……。(わたくし)からもお詫び申し上げたく」 


 そう言って巫女さんは綺麗な所作で頭を下げた。そうされるとかえって申し訳なく思うのが人情である。オレも同じようにまた頭を下げた。


「いえ。オレが悪いんです」


「そのようなことはございませぬ。(わたくし)の不徳の致すところでございましょう」


「いえ。オレが勝手に入って来たのが悪いんです」


「いえ、(わたくし)が……」


「いえ、オレが……」


 お互いにぺこぺこと頭を下げ続けて埒が明かないので、オレは途中で頭をあげて、こう言った。


「ではこれで手打ちということで」


 オレの言葉に、巫女さんもまた頭をあげて、驚いたようにオレを見る。


「お前様はそれでよろしいのでございますか」


「互いに悪いと思ってるんですから、そうしないと終わりませんよ」


「左様でございますれば、そのように」


 再びペコリ、と巫女さんが頭を下げる。

 綺麗な所作である。そして言葉使いが古風で雅だ。少しハスキーな感じもする声音も合わさって、聞いていて落ち着く感じがする。さっきの物騒な感じとのギャップだろうか。惹きつけられるものがある。

 とはいえ、出て行くと言った手前、長居することも出来ない。ここが何処かも分からないが……見た感じ周りは山なので、山を下りて人に会ったときに聞けばいいだろう。

 

 オレはもう一度頭を下げ、背を向けた。そして今度こそ神社を出ようとして、再び「もし」と巫女さんから声が掛けられて、振り向いた。


「どうかされました?」


「いえ……ただ、もう日も隠れております。夜は獣も出ますゆえ、危のうございます。お前様さえよろしければ、こちらで夜を明かされてはいかがでございましょう」


 巫女さんがそのように言った。

 それを聞いて、オレはこう思った。


 日本昔話……?


 いや、なんか違うか。ちょっとさっきから思ってたんだけど、やっぱり変だよね?

 そもそも街にいたはずなのに変な(といったら失礼か)神社にいるってのもおかしいが、ちょっと話してただけなのに昼間から夜になるってのも、時間の流れが……。

 オレ、記憶が飛んでたりする?

 実は自分で歩いて来たのにその間の記憶が無くなってるから、気づいたら場所が変わってる、と思っちゃってるとか。パトロールどうしよう。木刀とか茶々ちゃん探すのも途中だし……。

 

 オレが悩んでいると、巫女さんはこう続けた。


「夜はほんに危のうございます。今宵は特に……」


 なんだろう。

 なんか違和感があると言うか、妙な感じがする。

 この周辺が熊とか猪が出る地域なら別におかしなことは言ってないんだけど……。

 それだけじゃないような……。

 でもさっきオレが帰るって言った時は、この巫女さんは特に何も言ってこなかった。

 オレが本当に帰るかどうか試していて、それでオレが実際に帰ろうとしたから、オレの言葉を改めて信じてくれたって感じなのかな?


 巫女さんは困ったような表情だ。オレを心配してくれているのが分かる。

 分かるんだけど……。

 この人の心の中ではいったい何が起きたんだろう。どういう心境の変化が……。誤解が解けた、と言えばそれまでだけど。


 しかし、巫女さん、か。神に仕える女性……。

 アルバイトも結構いるって聞いていたし、オレは巫女をサラリーマンと同じく「そういう仕事」だと思ってたけど……。

 もしかしてこの人は違うのかもしれない。だって、やっぱり苦無とか普通の巫女さんは持ってないでしょ。

 ちょっと話を聞いてみたい。


 茶々ちゃんのときはこんなことが続くと思ってなかったから、大人の対応としてスルーした。

 刀女の時はあの子が忙しそうだったから最低限の会話で終わらせた。

 明日香さんは「なんだったの?」って聞いたけどすぐに帰ってしまった。

 今朝なんてそういう話をする前に茶々ちゃんたちはいなくなってしまった。


 泊めてくれるなら、ゆっくりと話も出来るだろう。

 結局今の今まで、もしかしたら、で止まっていた疑念に、答えが出るかもしれない。


 オレはお言葉に甘えて、巫女さんの案内に続くことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何だこの作品!! おもしろすぎる!!! ありがとうございます!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ