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巫女・妖狐 10

 涼音との電話を終えてすぐ、バイト先のスーパーに電話を掛けた。無断欠勤してしまったことを謝るためだ。電話に出たのはいつもの社員さんだった。

 オレが無断欠勤したことを心配してくれる言葉には罪悪感と感謝を抱いたが、無断欠勤したオレの代わりに急遽出勤したらしい社員さんの疲れ果てた声音には心配してしまう。


 いや、そうか……。

 オレが欠勤した穴埋めが見つからず、せっかく半休だった社員さんがまた駆り出されたのか……。申し訳の言葉もない。

 オレも溜息が出てしまう。しかも、今日だってもう昼間だ。講義は欠席になってしまった上に、昨日の穴埋めで夕方に出勤することになってしまった。断ることも出来たけど、さすがに無断欠勤してしまったのでその清算はしておきたい。


 電車で帰るとして……うーん、駅まで涼音に迎えに来てもらえると助かるな。あとでまた連絡を入れよう。

 これじゃあ今日は信乃ちゃんのお見舞いには行けないな。


 一昨日の夜に起きた病院襲撃事件とかいう前代未聞のテロ行為の顛末も気にはなる。

 インターネットニュースはその話題で持ち切りだ。当然と言えば当然だけど、ネット社会の弊害だなぁ。病院前で半グレたちと戦っている信乃ちゃんの写真がアップされている。写真を撮っている人がいたようだ。遠いから画像は鮮明では無いし、モザイクも入ってるけど、あまり良い気はしないな。警察の人達が動いてくれているのか、画像は順次消されて行っているみたいだけど、一度ネットに上がってしまった以上はどこかには残ってしまう。


 悔しいな。あの子はなんでそんな動乱の渦中に……。

 なんとか時間を作って会いに行き、労わってあげたい。

 

 そんなことを考えながら徒歩で最寄りの駅に向かい、新幹線に乗って一時間とちょっと。

 再び軽くなった財布にから笑いが零れる。

 

 見知った駅に着き、改札を出る。

 駅前のロータリーに涼音の車を見つけた。涼音の方もオレを見つけたらしく、車から降りて来る。手を振った。

 移動中に再度連絡すると、涼音は快く迎えを了承してくれた。本当にありがたい。得難い友人だ。

 涼音の車に近づくと、後部座席から降りたらしい雅さんが、車の向こう側から姿を見せた。


 そして当然のことながら、見た目だけなら大和撫子な巫女さんと、レトロな文学少女な風貌の巫女さんの二人組なんてとんでもなく注目を集める。昼間ということで人が少ないのは不幸中の幸いか。しかしその少ない人の中に、コスプレイヤーとでも勘違いしているのか、携帯を取り出し、涼音たちの写真を撮り出す人がいる。


 それに気づいた涼音が不愉快そうに眉を潜めた。

 雅さんは周りの人達が何をしているのか理解していないというか、気にも留めてないと言った感じだ。

 

 雅さんが車の外周を回り、オレ側のドアの傍に立った。


 雅さんの意図を察する。

 案の定、雅さんはオレのために後部座席のドアを開けた。そして小さく頭を下げ、オレの到着を待っている。


 ありがたいけど、注目を集めている状況でそれはちょっと……。

 しかも高級車とかじゃなく、ただの軽自動車だ。何事だと無駄に勘繰られてしまう。まあ、大学とは違ってこの場限りのことだからそれほど問題はないか……。


 それはそれとして、許可も無く涼音たちの写真を撮っている人間が不愉快だな。


 最近では交通事故の現場でも、モラルなく写真撮影をする通行人がいると聞くけど、彼らもそういうことしそう。信乃ちゃんの写真を撮っていた人らも……。

 コスプレ大会の現場とかなら分からないでもない。だけど、ああいうお祭りごとの場でも、写真を撮る際はちゃんと本人の許可を得るというし、皆それをマナーとして遵守していると聞く。

 気分が悪いなぁ、ああいう手合いを見るのは。


 車に近寄る。


「雅さん、ありがとう。少し待って貰って良いかな?」


「承知いたしました」


 雅さんに軽く手を挙げる。

 雅さんが姿勢正しく頭を下げた。

 

 綺麗な所作だなぁ。昔、地主とかに取り入っていたって話だったから、その時代に覚えた礼儀作法なのかな?

 かなり栄えている武家とかに入っていたのかもしれない。


「涼音」


「雷留君、おかえり」


「ただいま。わざわざありがとうね。急な頼みだったのに」


「大丈夫。もともと迎えに行くっていったのはわたしだし、友達を迎えに行くってわくわくするから!」


「そうなんだ……」


 よく分からない感覚だけど、友達を迎えに行くのは涼音的にはわくわくする事らしい。

 会ってまだ三日四日なのに、随分と親しみを感じてくれているらしい。オレとしても割と友情を感じてはいるけど、結構な温度差がありそうで戸惑ってしまうな。

 涼音はこれまで、父親以外に特別な人間に会ったことが無く、孤独を感じていたということだったから、そのフラストレーションが爆発してすっ飛んできてるんだろうとは思っている。


 オレとしても、涼音の友情には応えたいと思う。


「涼音は無断で写真を撮られるのって嫌だよね?」


「そりゃあ、嫌だけど……。ああ、あれ?」


 涼音は諦念を滲ませ、呆れたように笑った。


「街中に出るとたまにいるのよ。ああいうの。地味な格好をしてるはずなんだけど……おかしいことにね」


 うーん。

 レトロな文学少女な風貌は確かに地味の代名詞ではあるんだろうけど、レトロ過ぎて浮いてるというか……。

 さらに巫女服だからどうしても目立つのは仕方ないと思う。

 オレも道端で涼音を見たら少なくとも二度見はすると思うし。


 だからと言って無断撮影はダメだろう。


「分かった。ちょっと待っててくれる?」


「えっ?」


 涼音の意思も確認したし、オレは無許可で涼音たちを撮影している三人組のところへと向かう。


「こんにちは。今、彼女たちの写真を撮られてました?」


「あ? なに、お前」


「彼女たちの友人です」


「あー? 撮ってねぇから消えろよ。だりィな」


「きも」


「頭おかしいんじゃネーノ?」


 けらけらと笑う三人組。


 いきなりすごく攻撃的だな。やましいことがあることの裏返しと受けとった。

 モラルと教養のない奴は嫌いだよ。


「彼女たちの写真を消して貰いたいんですけど、お願いできませんか?」


 頭を下げる。


「奇異な格好に見えるかもしれませんが、彼女たちはコスプレをしているわけでなく、本職の巫女さんなんです。仕事の合間に、友人であるオレを迎えに来てくれた……。オレのせいで不快な思いはして欲しくない。写真を撮られたのなら、どうか、お願いします。消していただけませんか?」


「分かったよ……」


「すご」


 三人のうち二人は頷いてくれた。

 その二人の腰がちょっと引けているというか、信じ難いものを見るような目でオレを見て来るのが気になったが、消してくれるならそれでいい。

 オレは最後の一人に視線を向ける。


「あー? オレは撮ってねぇよ」


「おいおい……。消してやりゃいいだろ」


 しらばっくれる男を連れの男が諫める。


「撮ってねぇっつってんだろ! 証拠あんのかよ、証拠!」


 連れの男達は困ったように肩を竦めた。これ以上オレのために動いてくれる気はないらしい。


「お願いします」


 オレは再度頭を下げた。

 

「んー、じゃあさ」


 男は下品な笑いを浮かべて、こう言った。


「あの子たち、紹介してくんね? 最近暇してんだよね」


「おいおい……さすがに引くわ……」


「まじ?」


 男の言動に、連れの男達も戸惑っているようだ。


 というか、やっぱり撮ってんじゃねぇか。知ってたけど。


 さて、どうしたものかな。


 そう思った矢先、後ろから「お前様」と雅さんの声。


「何か面倒事でございましょうか?」


 お前様……?


 久しぶりに聞いたな。もしかして名前を伏せてくれたのか?

 だとしたら……気が利く。ありがとう。


「ん……まあ、そうだね」


「やはりそうでございましたか」


「近くで見るとすっげー美人……。ねえ、君、かわいいねぇ? どう? これからオレらと遊ばない?」


 男はスケベ根性丸出しの顔で雅さんに近づき、その体に触れようと手を伸ばした。

 雅さんに伸ばされた手を掴む。


「あんた、それはライン越えだろ。弁えなよ」


 男と雅さんが驚いたようにオレを見た。

 雅さんは嬉しそうに着物の袖で口元を隠した。徹底してますね……。


「あー? なに? もしかして調子乗っちゃってる感じ? 女の前だからって? かっこいいねー?」


 掴んだ男の手を押し下げる。

 

「なにすんだよ」


「写真、消して貰えます?」


 男が舌打ちをして、オレを睨みつけて来る。

 オレは男の目を見つめ返した。


「写真、消して貰えます?」


「お前、頭おかしいんじゃねぇの……?」


「写真、消して貰えます?」


「きも!」


 男がオレの手を払い、数歩後退る。

 キモイのはお前だよ。


 男は携帯を構え、オレと雅さんへと向ける。


「そんなに写真撮られるのが嫌なら撮っちゃおー!」


 男の言動に、さすがに驚きを隠せない。

 凄い頭悪そうだな。人の嫌がることをするのに人生をかけてるのか?

 

 そう思ったとき、男の目の焦点が合わなくなった。そしてぐるんと白目を剥き、動かなくなる。


「ええ……? 君、大丈夫? どうしたの?」


 虚ろな様子の男に声を掛けたが返事はない。

 連れの男達の方を見る。なにか彼が病気を抱えているのか聞こうと思ったんだけど……彼らも様子が変だ。がたがたと震えながら、怯えるようにどこかを見ている。

 彼らの視線を追って見た先には、雅さんがいる。


 雅さんは柔らかに微笑んでいて、オレと目が合うと恭しく頭を下げた。


 オレは雅さんの傍に寄った。

 そして小さくお辞儀をしたままの雅さんの耳元に顔を近づけ、囁くようにこう訊ねた。


「もしかして、なにかしたの? というか、なにかしてる?」


「うふふ」


 姿勢を正した雅さんは妖し気に微笑みながら、口元を袖で隠した。


 うーん。

 これは妖狐。


 中々写真を消してくれない男は虚ろな目で虚空を見つめているし、男たちは声も出ないほどに怯えているようだ。かと思えば、他の男達からも表情が消え、虚ろに虚空を見つめ始めた。しかもなんか、恍惚としているような気も……。


「この無礼な(わっぱ)らにご命令くださいまし」


「命令?」


「先ほど何か仰っておられたではありませぬか。東堂様が頭を下げる必要などありませぬ。わたくしめに命じてくだされば、人の子を従えるなど赤子の手を捻るも同然でございます」


 凄いこと言うね……。


「ちなみに、なにしたの?」


「少しばかり夢の中に誘ったのみでございます」


「つまり、洗脳してるってこと?」


「そのような表現も……間違いではございませぬ」


「洗脳、ね……。彼ら、後遺症とか残る?」


「わたくしは東堂様の命を違えませぬとも。この童らは夢を見ておるにすぎませぬゆえ、目覚めれば恙なく日常に戻りましょうとも」


「そう……」


 うーん……。


 ……。

 しゃあないね。


 先に道理に背いたのはあっちだから、これも因果応報ってことで。


 あ、涼音が全力疾走でこっちに向かってきている。

 理由は雅さんだろう。


「なにをしているんだ!」


 涼音が怒っている。

 妖怪退治屋を生業にする予定の涼音からしたら、雅さんのこれは目に余る暴挙に映るんだろう。


 正直、オレは別に良いかなって思うけどね。

 罪のない善良な人間が我慢を強いられて損をするよりは、悪意のある人間が因果応報を受けた方がスッキリするもの。


「雷留君も、なんで止めないの!?」


「そうは言われても、何をしてるか分かんないし。雅さん、そんなに凄いことしてるの?」


 ぶっちゃけ、これで穏便に解決するならそれでいいかなと思ってました。


「雷留君、ホントに感じないの……? あのね、今ここ、妖気凄いよ? それに、雅はこの人たちから精気を吸ってる。見過ごせないよ。おい雅、いい加減やめろ!」


 結構なことが起こってたらしい。

 オレは雅さんの方を見た。


「雅さん?」


「ご容赦を! この童らは少々血気盛んゆえ、少しなら構わぬかと思い! 東堂様もお困りのようでございましたので……」


「それはそうだけど……。涼音、雅さんはまだそれ、ヤってるの?」


「やってる。おい、雅いい加減止めろ」


「黙れ涼音。東堂様。東堂様が止めろと仰せならば、すぐにでも。しかし東堂様の目的を果たされてからでも遅くはないかと存じます……。今であれば、童らは東堂様の御意のままに動きます」


「この狐! 人を操るとは!」


「いや、ちょっと待って、涼音。それはそうなんだけど」


 ご立腹の涼音を諫め、雅さんに問いかける。


「雅さん、本当に彼らに後遺症は無いんだよね?」


「……。多少の倦怠感は……」


「さっきは無いって言ったのに……」


「め、目覚めれば間もなく治まるものにございます! 対価として、相応の悦楽も与えておりますゆえ……どうかご容赦を!」


「倦怠感ってどれくらいのもの? 全力疾走した後みたいな感じ?」


「個人差はあるかと存じますが……東堂様も、それ自体はご経験があるかと。であれば、問題ないこともご理解いただけるかと存じます」


 悦楽。倦怠感。オレも経験がある……。

 そして話に聞く雅さんのやり口……。


「あっ……」


 察した。

 なるほどね。

 男達を見て、視線を下へ向ける。どことは言わないけど隆起している場所がある。

 ドスケベ狐め……。


「こほん。夢を見てるって言ってたけど、いつ目覚めるの?」


「東堂様のご指示を果たせば自ずと」


「それは嘘じゃない? 隠し事も無い?」


「ありませぬ」


「……。まあ、そういうことなら……」


「え?」


 オレが納得を示したことで、涼音は困惑したように小首を傾げた。


 いいよ。

 そのままの君でいて。


 オレは雅さんに促されるままに、男達に写真を消すように言った。

 すると男たちは虚ろな様子で携帯を操作し出した。そして写真を消した証明として、携帯の画像フォルダまで見せてくれたんだけど、なにやらいかがわしい画像が多かったので、やましいことがあるなら警察に出頭してはどうかと言ってみる。

 男達は覚束ない足取りで駅前の交番がある方へと歩いていく。


 やましいことあったんだな……。


 それはそうと……。

 実は雅さんって、思ったより危険な妖怪なのでは?

 今回のことはオレの認識だと割と善行なんだけど、これを何の縛りも無く好き勝手に使われると世の中がヤバイ。

 さすがは妖狐と言ったところか。


 これ……雅さんとはちゃんと関係を築いておいた方が良さそうだな。

 今はオレを保護者として立ててくれてるし、価値観がズレてはいるけど、なんだかんだむやみに人間に危害を加えるということは避けてくれているようでもある。でもオレが不要になったとき、どうなるか分からない。

 雅さんは自分をかなり弱い妖怪だと言っていたけど、魔人を倒すとレベルアップするらしいし、今どれくらい強くなってるか分からない。尾がどんどん増えていってるわけだし、それこそ伝説の九尾みたいになられたらと考えると……。


 魔人との戦いがいつまで続くのかは分からないけど、雅さんの敵対者がいなくなったとき、雅さんがどう動くかは正直なところ掴めない。もしもすべてが終わった後、恐らくは涼音以外の霊能力者を失っている人類に対し、最後の大妖怪として敵対してくるようなことがあれば……ヤバいよね。


 そのとき、涼音がどの位置にいるかは分からないけど、きっとそうなるころには、雅さんもオレのことを熟知しているだろう。今のところ、異変抗体はオレだけを異変から守る体質だとしか思えないから、雅さんは徹底的にオレを避ければ好き放題ができる。

 以前にオレに見せた態度や涼音への言動、今の野郎どもへの対応や、神主さんを歯牙にもかけない様子からして、基本的に人間を見下しているのは間違いないようだし。


 とは言っても、どうしようもないけど。

 前から思っているように、雅さんに人への情が芽生えることを祈り、誠意を持って接し続ける他ないかな。

 

「雷留君……」


 涼音は戸惑っている。

 洗脳されている男達とのやり取りですべてを察したらしく、さっきまでの憤りは収まっているようだった。自称妖怪退治屋として思うところはありそうだけど、事情が事情だから強くも言えないって感じかな。


「待たせてごめん。用も済んだし、行こうか」


 ぽんと涼音の肩を軽く叩きながら横切り、涼音の車へと向かう。


「待って」


 涼音が呼び止めたので振り返る。


「あの、ありがとう」


 涼音の言葉に、オレは静かに頷くことを答えとした。


 何のこと?

 と聞くのは察していない振りがわざとらしいと思った。


 お礼なんて良いよ。

 というのは本心だけど、涼音が伝えてくれたせっかくの気持ちが宙に浮くかなって。


「お節介じゃなかったかな?」


「そんなことない」


「ならよかった」


「びっくりはしたけど。雷留君は……凄いね」


「何が?」


「なんだろう……。行動力?」


「行動力? そうかなぁ? オレ、結構面倒くさがりだよ」


「だって……普通、あんなのに関わりに行かないよ」


「どうして?」


「面倒くさいことになるから」


「だからって何も悪いことしてない涼音が嫌な思いをして、そのまま泣き寝入りなんて、理不尽だと思わない? オレはそんなのは嫌だし、涼音も嫌なものは嫌だろ? オレは涼音には嫌な思いをして欲しくないよ」


「わ、わたし『には』……っ!?」


「うん」


「……っ!」


 涼音がきゅ、と唇を閉めて姿勢を正した。

 喜んでくれているんだろう。オレなりの友情がちゃんと伝わっているようで良かった。しっかり気持ちが伝わると嬉しいよね。


「わ、わたしも、らららいらいるくんには」


「おう、涼音。儂も手伝ったんじゃが? 言うことがあるじゃろ。ん?」


 すん、と涼音の表情が冷えた。


「……。何言ってんだ。お前だってこっち側だろ。撮られてるんだよ、お前も!」


 そんなやり取りをしながらオレ達は車へと戻った。

 小走りに車へ向かった雅さんがオレのためにドアを開けてくれたので後部座席に乗り込む。

 雅さんはオレの方のドアを閉めると反対側に回りドアを開け、オレの隣に乗り込んだ。慣れたもんだな。適応力が凄い。


 運転席に乗り込んだ涼音が苦虫をかみつぶしたような表情でバックミラー越しに雅さんを見ていた。

 今度から助手席に乗った方が良いかもな。


 車が出発する。

 しばらくして、ふと思い立ったことを口にした。


「あのさ。巫女服なんだけど、避ける気はないの? 目立ちたくないなら洋服とかにした方が良さそうだけど」


「それはダメ。巫女服はわたしのアイデンティティだもの。なんたってわたしは巫女で妖怪退治屋なの。普通じゃない凄い巫女だから」


「そう……」


「わたくしは東堂様のお望みであらば、ふんどしサラシ姿であろうと喜んでお応え申し上げまする」


「いや、それは望まないかな……」


 とは言いつつも、雅さんどうこうは置いておいて、美女のふんどしサラシ姿っていうのはちょっと興味があるね。

 それは哀しいが否定できない。



 ☆彡☆彡


 さて、バイトを終えて、東堂家へ向かった。

 先日出来なかった泊りの支度をやり遂げるためだが、バイト中の四時間、待ってくれていた涼音には頭が下がる。


 東堂家に着いて、長く使われてこなかった敷地内の駐車場に涼音の車が停まったときは、少し感慨深いものがあった。


 昨日、大学に行く前にテキストだけ取りに来たときは門前で待って貰ってすぐに発ったから、駐車場には入らなかったし。


 敷地内の駐車場で車から降り、東堂家を見上げた涼音の顔はとても高揚していたように思う。たぶん、友達の家に来たっていうのが初めてなんじゃないかなって。遊びに来て貰ったわけじゃないけど、足になって貰ってるお礼も兼ねて、おもてなしを……と思って、気づく。

 信乃ちゃんの件で荷物をほったらかしていたから、昨日の朝の時点で食べ物が……。さすがに水道水を出すわけにはいかないし。

 そわそわとしながら家に上がった涼音に何のおもてなしも出来ずに申し訳なく思う。


 雅さんはなんか不思議そうに小首を傾げていた。覚えがあるような無いような、と言っていたので、もしかしたら前に門前で死にかけていたあの狐が雅さんだったのかもしれない。覚えていないようだけど。だとしたら魔人にやられて逃げている最中だったのかも。


 先日の時点でおおよその荷物は纏めていたのでそれほど時間も掛からずに泊り支度を終え、東堂家を出る。

 茶都山家の電気は消えていたが、車はあったので大丈夫だろう。茶々ちゃんに連絡先は渡してあるから、何かあれば連絡はくれるはず。出来ることもそうはないけど。出来れば、強い魔獣と戦わないで欲しいなとは思う。


 明日はシフトも入ってないし、大学が終わり次第、茶都山家に電話してみよう。出来れば会う約束をして、涼音たちと会って貰いたい。答え合わせも出来るだろう。


 それはそれとして、信乃ちゃんの様子も見に行きたいな。

 彩乃さんから連絡が来なかったのは意外だったけど、生きていたのは確認してるから大丈夫だろう。もしかしたらまた怪獣……妖魔と戦ってるのかもしれないけど、無事だと良いな。あまり辛い思いをせずにいて欲しい。


 しかしやることが多い。メモ帳でも買おうかなぁ。忘れてしまいそうだ。


 神社に着いた。

 半壊した社にはシートが掛けてあった。神主さんが頑張ったのだと涼音から教えてもらう。

 へえ……。凄いな。

 大工さんを呼ばないのは、お金が無いかららしい。それは仕方ない。


 そして、オレ達は宿坊の和室に集まった。

 神主さんが言った。


「まずは改めて。涼音から聞いてはいたが、無事で何よりだよ」 


「御心配をおかけしました」


 事情を説明すると、神主さんは頭を抱え、涼音と雅さんも困惑した様子を見せた。


「妖魔……? 妖怪ではないのか……? 一体……。いや、それよりも。東堂君。君は、その、大丈夫なのか?」


「何がですか?」


「一昨日の病院の件と言い、それ以前のスーパーの件と言い……。あまりに異変に巻き込まれ過ぎている」


「そうですよね。だからお祓いに来たんですよ、オレ」


「む……。力不足で申し訳ない」


「ああ、いえ。すみません。そんなつもりでは……オレもちょっと変だなって思ってるってことを伝えたかったんです」


「それをちょっとで済ませる君の胆力には頭が下がる……。私は魔人の件だけでいっぱいいっぱいだよ」


「んー。たまたま居合わせてるだけなので、気は楽ですよ」


「いや……偶然とは思えない。なにか運命のようなモノを、私は感じるよ。それが良いか悪いかは……何とも言えないがね……」


「運命……」


 それにしても運命多すぎじゃない?

 どんだけ異変まで運ばれるんだ……。


「まあ、オレのことは今は置いておきましょう。雅さん、妖魔って言うのに心当たりはある?」


「いえ……、分かりかねまする。わたくしたちをそう呼称する人間もおりましたが……西洋の竜や麒麟、巨人などは覚えがありませぬ。海の外のことは詳しくは知りませぬが……麒麟など人間の空想でございましょう。それらも魔人というだけではございませぬか?」


 妖怪が空想って言うのもなんだかな……。


「どうだろう。全部が全部そうとはとても……。魔人が雅さんの抹殺を目的にしてるなら、他県の平凡な女子高生を異界に引きずり込んで無限ループに陥れる理由が分からない。魔獣の生まれ方も気になる。魔人がそうやって現れるなら別だけど……」


 魔獣が成長すると魔人になる、とか……?

 それでも律ちゃんの件がノイズなんだよな。

 彩乃さんは自分を淫魔との半妖って言ってたけど、魔人の子ってことなのか。だとしたら雅さんとは別に狙われているのは理由が付く、か。簡単に言えば彩乃さんの件は魔人の内輪揉め……。そう考えると辻褄はあうのかも。

 彩乃さんの仮説は辻褄が合ってなかったけど。


「もしかすると……」


 神主さんが言った。


「妖怪が消え、魔人が現れたことで……何かが起きているのではないか? 世界の法則が乱れるようなことが」


「それって……!」


 涼音が何故か興奮したように反応した。

 退治屋家業が捗りそうだからって喜ぶなよ。


「とはいえ、我々だけでは堂々巡りだ。東堂君の言うように、連絡がつく魔法少女たちと話をしてみたいところだ」


 神主さんがオレに視線を向けて来たので、頷いて応える。


「はい。時間が出来次第、連絡を取ってみます」


 神主さんが頷き、雅さんの方へと視線を向ける。


「それで、東堂君。雅が話があるそうだ。わたしたちは昨夜、ある程度は聞いたのだが……」


「話?」


 雅さんが頷いた。

 姿勢の良い正座だなぁ。


「わたくしも遂に三尾となりました」


「遂にっていうのはよく分からないけど、おめでとう」


 オレの言葉を受けて、雅さんは静かに三つ指をついた。


「三尾になって良いことがあるの?」


「ありますとも。妖力が強まったことで、有象無象共を纏め、支配する力を得ましてございます」


「有象無象って言うと、涼音が言っていた……その辺に浮いてるっていう?」


「おっしゃる通りでございます」


「なんかね」


 ふいに、涼音が言葉を差し込んだ。


「結界が壊れたことで、雅、ここでも力が発揮できるんだって。しかも霊脈から力を汲み取ってさらに強く成れるらしいよ」


 罰当たりな、と涼音が最後にぽそりと呟く。

 神社の巫女さんからすると、神社の霊脈というのから妖怪が力を吸い取るということはあまり良い気がしないものらしい。

 雅さんがこう言った。


「有象無象共を集め、纏め、一つの妖怪へと昇華させまする。それらをここに防衛力として配置し、霊脈と繋げ、強化いたします。さすれば、魔人ともある程度は戦えましょう。あやかしの相性や属性で強化の幅も変わりますゆえ、戦力の増強が見込めまする。わたくしより強いものは作れませぬが……」


 神主さんが頷いた。


「妖怪が増えるのは思うところはあるが、戦力が多いに越したことはない。この地の霊脈と涼音の霊力、雅の妖力で従順な妖怪……妖怪を基にした式神を生み出し、この神社に防衛戦力として各所に配置、魔人を迎え撃つ」


 涼音が続けた。


「でも、小さい妖怪にも限りがあるから、強い式を作るために、色々なところから材料を集めないといけないんだって。全国津々浦々、妖怪集めの旅だよ、雷留君!」


「涼音、旅行に行くわけではない。遊びでもない。勘違いするなよ」


「分かってるよ、お父さん」


 皆の話を聞きながら、オレは思った。


 ―――タワーディフェンスかな?


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