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巫女・妖狐8

 急いで駆けこんだ神社は酷い有様だった。

 昨日崩れたものとは別の無事だったはずの灯篭は崩れていたし、扁額がなくなってしまった鳥居は根元から圧し折れて倒れていたし、半壊した社は屋根が消し飛び、吹き抜けのようになっていた。


 鳥居から社に続く石畳の道の上で、涼音と雅さんが力なく倒れており、神主さんがその傍にしゃがみ込んでいるのが見えた。

 

「すみません、遅くなって。魔人が出たんですか?」


「ああ」


 オレは涼音の傍で救急箱を広げていた神主さんの傍に駆け寄った。

 倒れている涼音は意識が無いようだ。巫女服は血塗れで、怪我を負っているのは間違いないだろう。


 オレを見上げた神主さんは困惑した様子だが、その瞳の中にどこかオレを責めるような色が見える。


 神主さんの様子や周囲の状況的に考えると、オレが到着したのは、恐らくはすべてが終わってからのことだろう。連絡を貰えればすぐ戻ると言っておきながら、いざとなって連絡すらつかなかったわけだし、涼音も軽くない怪我を負っている。

 責めたくなる気持ちも分かる。

 

「すみません。トラブルがありまして、どうしても電話に出れず。魔人はどうなりました?」


「涼音と雅がなんとか撃退したが……。この有様だよ……」


「そうでしたか」


 神主さんは不服そうな様子だ。


「涼音の容態は? 雅さんは……」


「雅は気を失っているだけだ。涼音が魔人を倒したとき、魔人が光の粒子となって雅に吸い込まれ、そうしたら雅の尾が増え、傷が治った。君の言った通りだった。涼音も同じだよ。雅のように全快とはいかないようだが、見た目ほど酷い状態ではなさそうだ」


「そうですか……。警察と、救急車を呼びますか?」


「その発想は無かったな……」


 神主さんが驚いたように言った。


 なんでその発想が無いんだ。

 まずそっちだと思うんだけど。


「いや、止めておこう。警察はその後が面倒だ。政府にももはや妖怪などと信じる者はいないだろうし、なるべくなら人には知られない方が良い」 


「それはどうして?」


「あれは……常人には耐えられるモノではない。住む世界が違う……まさに魔の人だ。私は鬼と対峙したとき、一瞬で意識を失ったが、アレは恐らく、生物の自己防衛機能によるものだ。それを、今回の魔人を直視し、分からされた。私の霊能力を容易に貫通し、錯乱状態になりかけた。常人があの魔人の放つ禍々しい魔の力の波動を黙視したり近距離で感じれば、恐らく正気は保てない」


 ……。

 魔人ってそんなにヤバいの?

 オレ、天狗のときも鬼のときも全く感じなかったけど……。


「確かに、雅とは違う。アレは妖怪ではない。魔の人だ……」


 神主さんの声は僅かだが震えていた。

 思い出しているからだろうか。手も震えているように見える。それほど恐ろしい存在なのか……。


「情けない話だが……涼音が戦っている間、私は何もできなった。竦み上がり、腰を抜かしていることだけしか……」


 神主さんが畏怖するように見上げた。


「君は本当に、あの魔人を前に動じず、何もせず、滅ぼしたというのか……?」


「ええ、まあ……」


 神主さんは瞳を揺らし、小さく震える吐息を漏らした。


「雅の気持ちが分かる。君は……。いや、なんでもない……」


 神主さんが躊躇うように目を逸らした。


 ……。

 つらい。

 オレが変な目で見られているってこともそうだけど、神主さんの心が折られていることがつらい。それほどヤバい相手だったのか……。


「たいへんだったんですね……」


「大変なんてものではない。今でこそ2人とも全快に近い状態だが……。雅は両腕を引きちぎられ、横腹に穴を開けられていたし、涼音も片目を……」


「それほどですか……。本当に申し訳ない。オレが居たら、もしかしたら……」


「すまない。君に縋ることも、責めることも筋違いだとは分かっている。分かってはいるんだが……言わせて欲しい。何を、していたんだ……?」


「いえ……。娘さんが目の前で酷い目に遭うことを、もしかしたらそれを止められたかもしれない存在が、本来ならばいるはずのときにいない。当然の思いだと思います。実は……」


 言い訳をするつもりもないが、オレがどういう状況だったのかを伝えた。

 全てを伝え終えると、神主さんは信じられないものを見るようにオレを見て言った。


「君は……。なにか、そういう星の下に生まれたのか……?」


「最近までこんなことは無かったんですけどね。いや、事故のことを踏まえれば、以前からそうだったのかもしれませんが……」


「それにしても、重なり過ぎている。いや、出来過ぎている……? いやいや、そもそも放火とは……、それ以外に方法が無かったというのは分からんでもないが……。もしも引火していたらどうしたんだ?」


「それは……仕方のないことだと思います。そもそも、オレとしても本当はあんなことをしたくはなかったんです。半グレたちだけならともかく、周りの人にも危害が及びますし、放火は重罪ですから。ですが、丸腰であの場に行っても、人質にされるか、袋叩きに遭うかの二択だったと思います。オレの目的は、その狙われていた子……信乃ちゃんの救出なので、それでは困ります。それに、オレも半グレたちに目を付けられて街を出るリスクを踏まえたうえで行動していたので、彼らにも相応の報いのようなものは必要かな、と」


 神主さんが揺れる瞳でオレを凝視し、唇を震わせた。


「き、君は……。いや、そうだな……。そうなのかもしれん……」


「含みがある言い方のようですが?」


「い、いや……! なんでもないとも。なんでも……」


 気になるが、オレが不快になる様な事を考えているんだろう。

 オレを不快にさせないための気遣い……気になるが、甘んじて受けよう。


「ところで……二人はどうします? 運ぶにしても、オレは人を運べるほどの力はないので、担架のようなものがあれば助かりますが」


「ああ、そうだな。私も……。担架ならある。取って来よう。少し、2人を見ていてくれ……」


 神主さんがゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで離れていく。

 よっぽど心に来てるな。それほど魔人が恐ろしかったのか。


 それを2人で退治した涼音と雅さんは凄いね。

 しかし……これだけの被害が出るとなると、やっぱり雅さんの願いを断ったのは間違いでは無かっただろう。近所への被害も大きくなりそうだ。


 あ、そうだ。

 茶々ちゃんと瑠璃ちゃんに相談してみてもいいかもしれないな。

 もしかしたら、魔人が魔獣とも関連がある存在で、瑠璃ちゃんの言っていた『敵』っていうのが魔人のことだとしたら、すべてが繋がるし、解決の糸口も見えるかもしれない。

 小学生に頼るというのは、大人としてどうかと思うし、それ以前に、小学生を危険な事件に巻き込むというのも憚られることだけど、そうも言ってはいられない。

 彩乃さんなんて即戦力だろうからできれば声を掛けたいけど、連絡先知らないしな……。

 でも、彩乃さんの場合はどうなんだろう。あの怪獣たちは彩乃さんを狙っているという話だったけど、魔人が狙っているのは雅さんだし、完全に別件なんだろうか。

 よく分からないなぁ。話が出来ればいいんだけど。


 彩乃さんを探すにしても、茶々ちゃんに声を掛けるにしても、明日はどうしても休めない講義があるし、バイトのシフトも入ってるから、行動を起こすのは明後日以降になるかな。

 でも信乃ちゃんがどうなったのかも気になるんだよな。

 病院でのことだし、すぐに治療を受けてるはずだから大丈夫だと思うけど、確認はしておきたいな。でも今からまた病院に様子を見に行くのは難しい。


 考えることもやることも多くて困るなぁ。

 

 悩んでいると、神主さんが担架を持って戻って来た。

 2人で涼音を室内へ運ぶ。

 次に雅さんを運ぼうというとき、雅さんが妙に妖艶な声を漏らし、身じろぎをした。


「雅さん、気がつかれました?」


「ん……。東堂……?」


 はっ、と雅さんが目を開ける。


「東堂様……っ! わたくしは……っ! ああ、まこと、恐ろしく……っ!」


 起き上がった雅さんが縋りついて来る、


 今、呼び捨てにしたよね?

 やっぱり全部演技だったんだ、この狐。


 意識を取り戻した瞬間にまたムーブを徹底するのは感心するけど……。

 神主さんは呆れたように雅さんを見ている。


 ぐい、と雅さんを引きはがし、また近づいてこられないように肩を押さえる。

 そして膝立ちの状態の雅さんの頭から膝まで、見えている全身を視線でなぞる。


 というか、この妖怪、また裸なんだけど。

 激戦で服が千切れ飛んだってことなんだとは思うけど、神主さんの言うように怪我が治っているせいで、単に綺麗な肌が丸出しになってるだけに見えて……。


「前、隠して貰って良いですか?」


「あっ。お恥ずかしゅうございます……っ」


 雅さんが尻尾を動かし、恥ずかしそうに前を隠した。

 昨夜のことを考えると一貫性が無いような気がしないでもない。だけど、昼と夜で意中の相手に見せる顔を変えるというのは、昔の日本では器量よしの女性の代名詞みたいな扱いだったから、そういうことなのかな。


 雅さんが前を隠してくれたときになってようやく、雅さんは自分の尻尾が三本になっていることに気づいたようだ。以前のように喜び出した。


 大丈夫だな。

 神主さんの話だとかなりの重傷を負ってたはずだけど、気にした様子もない。タフだ。


「雅さん、申し訳ない。肝心なときにいなくて」


「そのようなこと、おっしゃらないでくださいまし! 東堂様はこうして駆けつけておいでくださいました。わたくしはそれだけで……っ!」


「そう言って貰えるとありがたいけど……。本当にごめん。雅さんが辛いときに傍に居られなくて」


「東堂様……」


 雅さんが呆けた表情を浮かべた。

 かと思えば、感極まりましたというような表情に変化しオレに身を寄せて来ようとするので手で制す。


 そして、オレと雅さん、神主さんは無事だった建物の室内に入り、顔を合わせる。

 話をするためだ。


 神主さんと雅さんの話は、当然だが合致していた。

 虫のような外見の魔人、強力な力を持っていて、かなりの死闘を強いられたこと、神主さんが戦闘に於いては役に立たなかったこと。

 雅さんの話だと、虫の魔人は上位層ではあるが、上位層の中では下位とのことだ。天狗と鬼が上澄みも上澄みということで、あの2体よりも強力な魔人はそうはいないらしい。虫の魔人は先走ったんじゃないかというのが、雅さんの見解だった。 

 それを聞いて改めて思ったのが、魔人はめちゃくちゃな強さらしいのに、やろうと思えば組織として行動も出来るんだなってこと。

 今回はたまたま虫の魔人が単独で来てくれたから良かったけど、もしも下位であってももう一体魔人がいたらきっと殺されていた、という雅さんの話を聞いてオレも申し訳なさが強まる。


「ここに至っては……本当に、東堂君の体質が頼りになる」


「そうなりますよね。オレとしては、信頼できないものをあてにするのは気が進みませんが」


「雅の話を信じるならば、魔人共は恐らく、次は集団で攻め込んで来るだろう。あれほどの……格が違う者どもが数で押してきては、どうしようも……。もはや猶予はない、と考えた方が良い」


「そうですよね。となると……」


「東堂様……。わたくしは、東堂様の身の回りのお世話をさせていただきとうございます!」


 滅茶苦茶嬉しそうに雅さんが言った。

 3本に増えた尻尾もぶんぶん揺れている。


「雅さん、確か昨日、尻尾が2本に増えて位階がどうのって言ってましたけど、3本に増えて何か変わりました?」


「わたくしの妖怪としての力が強くなったことは間違いありませぬが、とうてい魔人共には……」


 雅さんがしょんぼりと項垂れる。

 嘘か本当か分からないけど、信じるしかないか。

 となると……仕方ないのかなぁ。

 ああ、さようなら。大学生としての普通。


 翌日。

 その日に履修している講義のすべてを何事もなく終え、荷物の整理をしていると、外が何やら騒がしくなってきた。

 近くに座って講義を受けていた田辺の近くに、名前は忘れたけど、この間の感じの悪い女の子が走って来て、言った。


「マジすごいって! 巫女さんが二人、正門とこいる!」


「はあ? 何言ってんだ?」


 田辺が困惑したように言った。

 オレも同じ気持ちだったが、オレには心当たりがあるので内心で溜息を吐く。


「じゃあね、田辺。また」


「おー、ライさん。またなぁ~」


「またなぁ、じゃなくて! 見に行こうって!」


 オレが教室を出て、少し遅れて田辺たちが出て来る。

 当然、オレと田辺たちが向かう方向は一緒なわけで……。


「おーい! 雷留君! 迎えに来たよー!」


「東堂様……っ!」


「ちょ、おい! きつね……、雅!」


 正門へと続く道を歩いていくと、正門の近くに2つの人影と、軽自動車が止まっているのが見える。

 オレが二人の姿を認識したと同時に、向こうもオレのことを認識したんだろう。

 一人は伊達メガネと二房のお下げ髪が特徴的な、レトロな文学少女といういでたちの巫女……というか、涼音。今朝、目を覚ましたときにはすっかり元気になっていた。

 もう一人はふわふわとした黒髪をし、おっとりとした雰囲気の顔つきの中に妖艶さを醸し出している巫女……というか、雅さん。


 雅さんは小走りにオレの傍に駆け寄ってきたかと思えば、躊躇いもなくオレの胸元に飛び込んできた。

 それを止めようとして間に合わなかった涼音が遅れた駆けつけて来て、雅さんの服を引っ張り、オレから引き離そうとする。


「きゃっ」


 雅さんが可愛らしい悲鳴を小さく上げた。

 構内がどよめく。

 まるで意図したかのように……というか、意図したんだろうけど、雅さんの服が綺麗にはだけ、雅さんの肩と母性の谷間が剝き出しになった。

 男たちの視線を一気に集める。


 一方、結果的に雅さんの服を剝いだ形になった涼音には、一定の非難の視線が集まった。

 雅さんが恥ずかしそうにして、はだけた着物を手繰り上げ肌を隠そうとするものだから余計に。

 そして雅さんは身を縮め、オレの体に身を寄せた。

 ハプニングによる羞恥心に、たまらず親しい人の体で身を隠した、というような流れだ。


 そして当然ながら、あの巫女が泣きついているあの男は誰だ、とオレが注目される。

 

「涼音……」


「ら、雷留君? どうしたの……?」


 オレが恨みがましい視線を送るが、涼音は理由が分かっていないようで困惑している。

 ああ、オレの大学生としての普通まで無くなってしまった……。哀しい……。


「雅さん、狙ってやりました?」


「そのような……っ! わたくしが肌を見せるのは東堂様だけでございます……!」


 本当かなぁ。

 わかんないけど、本当なら恥をかかされたのは雅さんなわけだから……。違うと思うけど……。

 

 なんでこんなことになったのかという理由を結論から言うと、オレが大学に行くのを譲らず、2人が付いて来ることになった。

 オレが講義を受けている間、二人は大学の近くで適当に時間を潰していた。連絡があればすぐに行ける距離でだ。そして講義が終わる予定の時間に、2人は迎えに来てくれたというわけだ。


 オレが行くって言ったのに……。

 多分、雅さんが来たがったんだろうけど……。

 

「ら、ライさん……? その人達は……?」


「ん? ああ、田辺。こちらは友人の鈴院涼音さん。神社の巫女さんで、こちらは雅さん。同じく神社の巫女さん」


「友人の涼音だ」


「東堂様の下女の雅じゃ」


「下、下女? それって……」


「いや、違うから……」


 強い困惑と、少し悲し気な田辺の表情が印象的だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 坊主だしそういうことやろな
[良い点] おーこっちでものせていくんですね とても面白いのでこれからも楽しみにしています
[一言] ああ、Tさんってそういう...
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