表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

巫女・妖狐7 / ヤンキー少女

 食事と寝支度を終え、オレ達は再び会議をするために集まった。

 食事の際、神主さんの御飯だけ女性陣と比べてもさらに少なかったのは、きっと胃の調子が悪いからだろう。

 神主さんと涼音が食事の準備をしてくれている間、オレと雅さんは境内の片づけをしていた。雅さんはオレと一緒なら喜んで、と嬉々として受け入れてくれたが、どこまで本音かは分からない。垣間見える本性からすると、「なんで儂がそのような……」的なことを考えているかもしれない。実際その通りではあるので、そこはオレも頭を下げてお願いをした。


 昼間は人影の一切が無かったが、掃除中はたびたび参拝客の姿も見えたので、もしかしたら魔人が例の如く人避けの結界のようなモノを発動していたのかもしれない。


「改めて、これからの方針について話をしよう」


 神主さんが言って、オレも頷く。

 とんでもないことに巻き込まれてしまったが、致し方ない。

 いつの間にか、神主さんの口調が敬語ではなくなっていた。神主さんの中でオレとの距離が縮まったということだろう。


「先ほどは少し話がズレてしまったが、東堂君の体質について理解を深めておきたい。私は恥ずかしながら戦力には到底なり得ないし、涼音は発展途上。これは私のせいでもあるが……。頼れるのは東堂さんの体質だけということになる」


 あえて雅さんのことを外したのは雅さんが胡散臭いことと、人間側の戦力だけを数えたかった、という意味でかもしれない。

 妖怪なんてオレからすればお伽噺の存在だが、かつて実際に存在し脅威を振りまいていたんなら、妖怪と密接に関わっていた鈴院家にはきっと、妖怪の危険性について記された書物みたいなものが残されているんだろう。だから神主さんも涼音もオレ以上に妖怪を警戒するし、敵視しているんだと思う。


 それはそれとして、雅さんも割と危険な類の妖怪だとは思うが。

 人を殺すとか、そういうことをしたって話は聞かないけど、人、特に男性の悩みや欲望に付け込んで取り入っているというのがね……。雅さんは自称弱い妖怪だったという話だから生き残るためには致し方ない部分はあったのかもしれないけど、どうだろう。

 昔の狐の妖怪には傾国なんて言葉も使われていたはずだし、国とまではいかずとも、家庭の一つや二つ崩壊させたなんて悪事も働いているかもしれない。引っかかる男もどうかと思うけど、それだけ雅さんの手練手管が優れているとも言えるだろうし。


「とはいえ、昼にお伝えしたこと以外に新しいことは特に……」


 神主さんが唸る。


「一般社会では認知されていないような存在を拒絶する体質。しかし可能性の話として、車や拳銃による被害も防いでいる……。私としてはまさに神の加護を受けた者あるいは現人神としか思えない。その善良な性根もその影響と考えれば……」


「ありがたいお言葉ですが、さすがに持ち上げ過ぎですよ」


 神主さんからの評価がやけに高いからくすぐったい。


「ところで、神様っているんですか?」


「分からない。私は存在すると信じている。霊能力というものもあるし」


「そうですか……。妖怪がもう雅さんと御柱さん以外いないなら、そっち方面で、と思ったんですが……。仕方ありませんね」


「そうだな……」


 涼音が手を挙げた。伊達メガネを外し、髪を降ろしている。印象が違ってちょっと目を惹かれる。


「なんだ、涼音」


「雷留君の体質って名前が長いでしょ? 二つ名みたいなの付けた方が良いかなって。考えて来たの」


 神主さんが「マジかこいつ」みたいな目で涼音を見て、オレの方を申し訳なさそうに見た。


「構いませんよ。オレも『異変に対するかなり強力な抵抗力』と毎度言うのはめんどうですし」


「能天気で申し訳ない……」


 神主さんがため息を吐く。

 

「いえ。明るくて可愛らしいと思います」


「……っ」


 雅さんが表情を顰めた。

 嫉妬しているのか、嫉妬している演技なのか。演技だと思うけど、まあ徹底しててすごい。


 涼音が恥ずかしそうににやけている。可愛らしい。 


「涼音、教えて貰えるかな? オレの体質の通称」


「うん。雷留君の体質の名前は……『一般領域』!」


 ……。


「……」


「……」


「……」


「雷留君の周りを一般常識に落とし込み、異変を無力化させる領域を作り出す力! どうかな?」


 別に変な領域を作り出す力なわけじゃないけど。


「……」


「……」


「……」


「……? ノーマル・エントランスとかの方が良かったかな? それとも異変抗体とか、どう?」


「……」


「……」


「……」


 雅さんは興味が無いのか目を瞑っている。

 神主さんとオレでアイコンタクトをした。おめーの娘だろなんとかしろ、と意を乗せると、すまないと返って来た。


「異変抗体にしようかな。色々考えてくれてありがとうね、涼音」

 

 ちら、と神主さんに視線を送る。

 神主さんは頷くとこう言った。


「さて、魔人にどう対抗するか、だが……」


 さっさと話を進めて欲しいという意図を汲んでくれた神主さんが切り込む。


「確証がありませんし、オレ個人としては出来れば取りたくない方法ではありますが、魔人に攻撃させてオレの体質で……」


 じっと涼音が見て来る。


「異変抗体で爆散させるのが手っ取り早いかなって思いますね。できればやりたくはないですけど、他に方法が無いなら……」


「君の体質……」


 じっと涼音が神主さんを見る。


「異変抗体……は、自覚なく作用するんだったな。確かに、いざというときに作用せず無防備を晒すことになる可能性があるとなればリスクは高い。異変のすべてを対象とするのなら、近くにいるそこの妖狐が吹っ飛んでいない理由も気になる。何か条件があるはずだ」


「敵意の有無なのかもと思いましたけど、車や銃の被害を防いでくれたことも異変抗体によるものなら……」


「君が危険だと感じたもの?」


「ただ、あんまり危険だって感じたことってないんですよねオレ。死ぬかも、とは頭では思うんですが、危険として捉えられないというか」


「うーん。ますます分からないな。君の精神状態に反応して作用するものではないのか……。それともその体質が君の精神に作用している……? 過去、感情の高ぶりによって霊能力の質が変わるという術師もいたらしいが……そうでもない、か」


 神主さんが腕を組んで悩まし気に言った。


「やはり神の加護ではないのか? 神が東堂君を見守っていて、なにを弾きなにを滅するか、神が判断されている」


「どうなんでしょう。否定はしきれませんが……。オレを守ってくれているなら、そもそも厄介事に関わらせないと思うんですよね。結界なんてものを突き破って戦場に突っ込んでいるわけですし」


「それもそうか……」


 神主さんが悩まし気に唸る。


「どうしたものか。東堂君からは本当に霊能力の類を一切感じないからな……。私の感じ取る力が弱いということはあるが、涼音もそれに関しては同じ意見だ。その体質……」


 涼音の視線を感じ取った神主さんが片眉をあげる。


「異変抗体の存在は信じるが。試すわけにもいかないしな」


「そうですね。神主さんや涼音が爆散するところは見たくありません」


「となると、ぶっつけ本番になる、か。ジョーカーよりも扱いが難しい。基本は涼音と狐で何とかしてもらうのが基本方針になる。しばらくの間、涼音と狐はここから出ない方が良いだろう。魔人の侵入を許し、境内を覆う結界も破壊されていたが……霊脈に立つこともあって、霊能力者の力を押し上げる機能は生きている。万全の態勢で迎え討つならここが一番だ」


 神主さんはオレを見て言った。


「東堂君さえよければ、しばらくここで暮らしてはどうだろう?」


「……」


「不都合があるかな?」


「不都合、というほどじゃありません。ただホームシックが……」


「もう、か? 早いな……」


 住み慣れた家が一番なので。

 とはいえ仕方ないところもある。しばらくはお邪魔することになるだろう。


 そして今後の話をもう少しして、今日は解散ということになった。

 最後に、オレはお願いをした。


「神主さん、涼音。お願いがあって。雅さんのこと、名前で呼んでは貰えませんか? 狐、というのは蔑称に聞こえてしまって。あまり良い気がしないものですから」


 神主さんは優しく笑うと頷いてくれた。

 涼音は不服そうではあったが、一応の了承を示してくれる。


 そして神主さんが席を立ち、三人が残され、オレも与えられた部屋に向かおうとして……涼音から待ったが掛けられる。


「あ、雷留君。ちょっと……」


「どうかした?」


「忘れてるよ?」


「忘れてる? ああ……」


 涼音の手に握られている携帯に気づき、言わんとすることを察する。


「そうだったね」


 オレも携帯を取り出し、互いのコードを読み取って連絡先の交換をする。

 涼音はだらしなく笑っている。


「ついに、『フレンドリスト』が二人に……っ!」


 ……。

 オレと神主さんの2人ってことなのかな。

 まあ、オレも似たようなものだけど。


 なんか尻尾が増えたときの雅さんみたいな喜び方で微笑ましい。


「じゃあ、また明日」


「また明日!」


 オレの挨拶に元気よく帰してくれた涼音に手を振って、オレは改めて部屋へと向かう。

 

 足音がする。

 立ち止まると足音も止まった。

 振り返ると、当然のように雅さんがいる。


「雅さん?」


「今宵はわたくしめに、東堂様の無聊をお慰めさせてくださいまし」


 ぶ、ぶれねェな。

 人の家だよ?

 妖怪って凄い。改めてそう思った。

 でも、長い間人間社会から隔離されてたようだし、価値観が昔ってことなのか。

 昔の日本ってそんなに性に奔放で寛容だったのかな?

 それはさすがに昔の日本人に失礼か。


「狐ェ! お前はこっちだろう!」


 どどどどど、と足を音を立てながら涼音が走って来る。

 涼音は雅さんの腕を引っ張ると、引きずって行く。


「雷留君! また明日!」


「おのれ小娘が儂の邪魔を嫉妬ならば三人で」


「ざけんな淫乱狐!」


 騒がしい二人がいなくなるのを見送って、オレも部屋へと戻った。

 今日は疲れた。ゆっくりと休もうと思う。


 夜中、体に感じる妙な違和感に気づき、目を覚ました。

 くすぐったいような、気持ちいいような。

 太ももを筆で擦られているような感じと、腹を柔らかいものでさすられているような感じ。目を開けて、布団を持ち上げ、中を見る。


 雅さんが居た。

 夜這いか……。

 この狐……すごいな……。


 さすがにオレの異変抗体は作用していないらしい。異変っちゃ異変だけど、オレとしては有りなシチュエーションだからかもしれない。

 ただそれは恋人同士のじゃれ合いという意味であって、他人の家で付き合ってもいない人にそれをされるのはちょっと敬遠したいところだ。


「雅さん。オレはする気はないですよ」


「東堂様……どうかお情けをわたくしに……」


「く……っ」


 雅さんが色っぽい目でオレを見る。

 オレの腹に頬ずりをしたかと思えば、生暖かいざらついた感触がへそ周りを擽った。


 舐められた。

 やばいって。


 柔らかい感触が下半身に広がっている。

 雅さんは全裸だった。


「雅さん……。もしかして、一人で寝るのが怖かったりします?」


 ぴたり、と雅さんの動きが止まる。

 これは本当なのかもしれない。

 まあ魔人に寝込みを襲われないとも限らないもんな……。

 涼音や神主さんという選択肢は……ないか。ここで雅さんが神主さんに色仕掛けをするとオレに好意を持っているっていうムーブが破綻するし、涼音は雅さんには同情的ではあるけどアレだし。


「……。童のようでお恥ずかしゅうございます……」


 オレの腹の上で雅さんが身じろぐ。指先でオレの腹でぐるぐると円を描いているようだ。擽ったい。


「今日だけは……一緒に寝るだけなら良いですよ。あなたも色々と大変でしたもんね……。ただ、服は着てください」


 仮に雅さんが男だったとしても、今日は甘んじて添い寝を受け入れよう。


 雅さんがもぞもぞと布団を出た。

 近くに畳まれていた服をそそくさと着だし、オレの布団の中に改めて潜り込んできた。

 強硬手段を取るよりは妥協案に乗った方が良いと思ったのかな。オレとしてもその方がありがたい。放置すればオレも乗ってしまうだろう。だからこそ、オレはそうなる前に強い拒絶を雅さんに示すしかなくなるからね。


「雅さん、おやすみ」


「東堂様は……」


「んー?」


「いえ、なんでもありませぬ……」


 なんだろう。何を言い掛けたのか気になるけど、眠い。

 意識が暗転した。

 


 翌朝。

 食事のとき、涼音にめっちゃ怒られた。


「誓ってやましいことはしていないよ」


「そういう問題じゃないよ、雷留君!」


「分かってる。自宅で他人がって、考えるだけでも気分は良くないよね。だけど雅さんも色々あって不安だと思ったから、昨日だけの約束で添い寝だけしたんだ。ごめんね。神主さんも、風紀を乱すようなことをして申し訳ありません」


「う、うむ……」


 神主さんはちらちらと雅さんの方を見ている。

 

「お父さん?」


 涼音はその下心を感知したのかどすの効いた声で釘を刺し、神主さんは顔を隠すように茶碗を持ち上げ、ご飯を掻き込んだ。


 その後、神主さんと二人きりになる機会があって、ふいに聞かれた。


「本当に……していないのかね?」


「……」


 割と下世話な人だった。


「してませんよ」


「ううむ……」


 神主さんが悩まし気に唸る。

 まあ確かに雅さんって絶世の美女ではあるし、体も見たから思うけど、かなりプロポーションも良い。誘われて断る男の方が少ないと思う。


「雅さんとは会って二回目です。今後も絶対にない、とは断言しませんけどいくらなんでも性急すぎますから。オレはそういうのは好きじゃないんです。なんというか……。急に近づかれ過ぎるとかえって距離を取りたくなる質でして」


「まあ、大多数のモノはそうだろう。性欲が勝るというだけで」


「神主さんは性欲が勝る側だと?」


「若い頃なら分からなかったが……今はさすがにな」


 神主さんは苦笑した。

 そして胸元を摩る。胃の不調は変わらないようだ。可哀そうに……。


「そうだ。言い忘れてました。オレ、昼過ぎには出ないといけないんです」


「用事かい?」


「ええ。バイトのシフトが昼から入っているので」


「バイト……? 休めないのかい? 昨日の今日だから……」


「すみません。他の人と交代での出勤なので、動ける人がオレしかいなくて、どうしても丸々は休めなくて。何かあれば連絡をください。なんとか戻ってきますから。それに、しばらくご厄介になるわけですから、着替えとかも取って来たいですし」


「そうか……。いや、そうだな。いつ現れるかも分からない魔人に怯えているよりは健全、か……。君も気を付けて」


「はい。神主さんも」


 その後、身支度を整えてスーパーのバイト先へと出向く。

 東堂家からならともかく、神社からだと交通費が掛かるのがちょっとネックだな。引っ越したというわけではないから、さすがに交通費の支給はして貰えないだろうし……。


 作業服に着替え、こっそりと携帯をポケットに入れる。

 本当はダメだけど、今日もいた社員さんに「急用が入るかもしれない」と説明し、マナーモードにして緊急の連絡以外では決して触らないと誓い、特別に許可を戴いた。


 緊急の連絡もなく退勤時間を迎えたオレは、タイムカードを切り、社員さんや同僚に挨拶をしてバイト先を後にする。

 日が落ちる時間も早くなって来た。少し前まで明るかったのに、もう夜の帳が降りようとしている。

 一度東堂家に戻り、泊りの準備もしたい。神社に戻るのは完全に日が暮れてからになるだろう。


 徒歩で帰宅し、何気なく茶都山家を見る。電気が点いているし、車もある。問題は特になさそうだ。良かった。茶都山家のお二人は異変に巻き込まれたとのことだったから心配だ。茶々ちゃんたちの話だと、異変に巻き込まれた際の記憶は既に消されているらしいから、もう魔獣に襲われることも無いんだと思うけど。

 茶々ちゃんが傍にいるってだけで危険なら……それはかなり問題だよな。小さい子が両親の元を離れるわけにもいかないし。とはいえ、茶々ちゃんが魔法少女になってから結構時間が経ってるから、さすがにそれは希有だろう。


 家に入り、電気をつける。どこに仕舞ったか、大きめの旅行鞄を引っ張り出して、衣服や生活用品を乱雑に放り込んでいく。

 携帯の充電器。必需品だ。歯ブラシ……は新しいのを買うとして、冷蔵庫の中の食品は……冷凍食品はそのままで良いけど、期限が近くて持っていけそうなものは持って行こう。紙パックのリンゴジュースはその場で飲み干した。胃がちゃぽちゃぽする。


 ふいにポケットが震えた。

 携帯電話だ。

 魔人が出たのか。

 すぐに取り出し、ディスプレイを見る。


 ―――譜宮(ふみや)信乃(しのぶ)


 なんだ。

 信乃ちゃんか……。


 ディスプレイの通話ボタンをタッチし、電話に出る。


「やあ、信乃ちゃん」


「ライルくん」


 信乃ちゃんの声は不機嫌そうだった。

 一昨日も昨日も今日も面会に行ってないから怒ってるのかな。


「いつ来んの」


「いきなりだね。どうしたの?」


「来ねーからじゃん」


 信乃ちゃんは不貞腐れているようだ。

 

「オレも用事があるから毎日は行けないよ。ごめんね」


「あたし、退院決まった」


 信乃ちゃんはぶっきらぼうに言った。

 手続きとかは弁護士さんにお願いしてたからオレは知らなかったけど、この三日でだいぶ進展したようだ。


「そうなんだ。おめでとう。よかったねぇ」


「よくねーし、めでたくもねーよ!」


 信乃ちゃんが怒鳴る。咄嗟に電話から耳を離し、再び近づける。


 なるほど……。

 退院して親元に戻るのが嫌なんだろうな。そもそも信乃ちゃんが大怪我をした一連の事件はお母さんに端を発したものだし、拳銃を持っていたあの半グレも潜伏したままだ。あのケガで警察の捜査をどう掻い潜っているのか疑問だけど、信乃ちゃんに報復をする機会を虎視眈々と狙っている可能性もある。

 信乃ちゃんは保護施設とかに入ることをすんなり了承するような子でも無いし、弁護士さんの意見と折り合いがついていないのかもしれない。

 色々とオレに相談したいことがあったのになかなか来ないから痺れを切らしたってところか。


「分かった。明日行くよ。直接会って話がしたいんだよね?」


「……」


 疲れたような吐息が一つだけ聞こえた。


「大丈夫?」


「……。ごめん」


「大丈夫。大変なのは信乃ちゃんなんだから」


「……ごめんね」


「はは、大丈夫だって」


 思いつめたような信乃ちゃんの謝罪の言葉を、気にしてないと笑い飛ばす。


「かっとなっただけでしょ? それだけ思いつめてるってことなんだと思うよ」


 多感な時期だし、仕方ない。

 いずれ落ち着くときも来るだろう。


「またアイス買って行くよ。バニラで良い?」


「ライルくん……。あたし……」


「大丈夫。自分を責めなくて良い。前も言ったろ? 信乃ちゃんは充分頑張って来たんだから。今は休んで良いんだって」

 

 甘えるのも休むことだろう。

 気を張らなくて良い、感情を素直に吐露できるってだけでも、心は休まるものだ。


「桃香ちゃんは元気にしてる?」


「うん」


「明日、必ず行くから」


「うん」


「あまり思いつめないで。きっとなんとかなるからさ」


「うん……。ありがとう……」


「それじゃあ、また明日」


「うん。また」


 そのとき、電話の向こうから乾いた破裂音のような音が響いた。


「なに、今の」


「分かんない……でも……」


 信乃ちゃんが口籠る。

 オレも多分同じことを考えてる。

 以前、聞いたことがある音だったから。


「拳銃?」


「あたしもそう思った。は……? うそだろ……?」


「どうかした?」


「今、窓から外見てんだけど……。病院の周り、凄い数の車が……。あいつ……」


「どうしたの? あいつって?」


「この間の、半グレだ」


 オレは家を飛び出した。

 何ができるかも分からないけど、信乃ちゃんの所へ向かわずにはいられなかった。

 大通りへ走り、タクシーを拾いたい。

 こういうとき、バイクや車があればと思わずにはいられない。


「信乃ちゃん、今向かってる。きっと病院の人が警察に連絡してくれてると思うけど」

  

 いつ来るかは分からない。

 工場跡での一件のときは、警察の到着がえらく遅かったから。


「狙いは君たちだと思う。後先考えてない無茶苦茶な行動だ。だからこそ何をしてくるか分からない。桃香ちゃんと一緒に隠れて。携帯もマナーモードに、バイブも消して。メッセージで連絡を。いいね?」


「マジかよ……。あいつ、めちゃくちゃだ。撃ちやがった! 病院の人を!」


 電話の向こうで信乃ちゃんの声がヒートアップしている。


 発砲って、マジで無茶苦茶じゃねーか。狂ってるだろ。

 それだけぶちぎれてるってことか……。無関係な人まで巻き込んで……。


 不味いな。

 この子は根っこの部分で正義感が強い。若さゆえか無鉄砲さもある。

 半グレたちの狙いが自分の身だと分かっているこの状況で、周りの人に被害がでるのを見過ごせる子じゃない。


「信乃ちゃん、聞いて。聞いて欲しい。今起きていることは君のせいじゃない。悪いのはすべて半グレだ。いいね? 絶対に」


「ごめん。ライルくん」


「信乃ちゃん!!」


 電話が切られた。信乃ちゃんはきっと、半グレたちを止めるために走り出したんだ。


「くそ!!」


 怪異の中では一切乱れなかったオレの感情がざわついて来る。

 

 落ち着こう。

 焦っても良いことは無い。

 タクシーが中々拾えないのがもどかしい。

 

 オレは手を挙げたまま警察に通報した。警察は既に情報を持っていたようで、派遣の準備中とのことだった。


 ようやくタクシーを拾う。

 どうでもいいことだが、奇遇にも以前お世話になったタクシーの運転手さんだった。

 世間話をする気にも成れず、話しかけられても粗雑な返答になってしまったことは申し訳ない。


 病院に押しかけている奴らがどれだけの人数なのか分からない。

 オレ一人行ってどうなるわけでもないかもしれないけど、行かないよりは行った方が良いだろうと思う。

 問題は、行ってなにをするかだ。


 警察が来るまでの時間稼ぎ。


 消火器で噴射攻撃とか……?


 ……。


「すみません、運転手さん。100円ショップに寄って貰って良いですか?」


 ライターオイルを買い占めようと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ