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巫女・妖狐5

 全裸で現れた男性を、オレは知っていた。

 さっき鬼に変貌した人だ。涼音さんの反応的に、彼は涼音さんの父であり、ここの神主さんで間違いないと思う。


 おかげで分かったことがある。

 それは、神主さんとあの鬼の魔人が完全に別の存在だということだ。

 涼音さんの話だと、お祓いの予約は確かにされていたらしい。そして、それを受けたのは涼音さんの父親である神主さん。

 そしてあの鬼は最初、オレがお祓いの予約をしていることを知らなかったようだった。

 ここから分かるのは、あの鬼と神主さんが情報の共有をしていないってこと。オレを帰らせるために単に惚けてた可能性もあるにはあるけど……。

 

 事情をそれなりに知ってそうな人の登場に、オレは正直、安堵した。

 今回の件、分からないことがまだまだ多すぎる。

 魔法少女の二人の件は、葵さんが不確定要素として大きすぎるが、その葵さんも魔法少女の二人と関係を持っていたから、2人からの話で全貌を掴むことが出来た。


 だけど今回の件、オレ達3人の視点が錯綜し、前提が何度も覆されるせいで全貌がまるで掴めない。しかも涼音さんと雅さんの二人は、意識的・無意識的問わず、主観で自分たちに都合の良いように話を捻じ曲げている。涼音さんは生業の件だったり、雅さんはオレへの好意のことだったり。雅さんの話を疑いたいわけじゃない。むしろ信じたい。だけど2人の主観があまりに強すぎて、どこまでが真実なのか本当に分からない。


 それに、雅さんに関していえば、彼女はまだなにか……オレ達に知られると都合が悪いことを隠してる。


 そもそも、なんで雅さんはこの神社の中にいた?

 雅さんの話だと、魔人に捕まったという話だった。

 それを信じるなら、雅さんはここに居る理由は、魔人に連れてこられたから。そういうことになるわけだけど……。


 なら、魔人はなんで、捕まえた雅さんをここに連れて来たんだ?

 この神社には本物の霊能力者が在籍していて、結界なんてものまで張ってある。

 そんな場所を、どうして魔人は重要人物の拉致先として選んだんだ。邪魔が入るなんて分かり切ったことだろう。


 理由として考えられるのは、妖怪が力を発揮できないという結界の存在かな。


 つまり、魔人は雅さんの力を封じたかった。だとしたら魔人には、雅さんの力を封じないといけない理由があったのか……。

 それとも単に念のため?


 分からない。  

 雅さんの話には不可解な点が多い。多すぎる。


 オレの視点、雅さんの視点、涼音さんの視点。

 あまりに立場が違うせいで、情報が錯綜している。


 まるで人狼ゲームをしているみたいだ……。


 全員が嘘を吐いていないという前提で、3人のうち、2人以上の視点で合致する情報をピックアップすると……大きく3つになるのかな。


 1つ目は、雅さんと御柱さん以外の妖怪が絶滅したということ。その結果、退治屋という生業が廃れ消えたこと。

 これは雅さんと涼音さんの話が重なってる。


 2つ目は、涼音さんが本物の霊能力者だということ。

 これも雅さんと涼音さん。


 3つ目は、雅さんが魔人と敵対していて、かつ魔人と雅さんの間には、大人と子供くらいの力の差があるってこと。

 これはオレが実際に目の当たりにした状況と、雅さんの話が重なる。

 

 この情報過多で混沌とした無茶苦茶な状況の中、オレが確かな情報として信じられるのはこの3つになる。

 重要な決断をするにはあまりに情報が不足している。


 なんでこんなことに……。

 オレは……気休めとはいえお祓いに来ようと思うくらいには、厄介事の連続に辟易していた。

 なのに、御祓いに来た先でまた厄介事に巻き込まれた。

 しかも、1か月ぶりくらいに再会したうえ、まだ会って2回目でしかなく、言っていることが本当かどうかも分からない曰くつきの女性(妖怪)から、自宅に居候をさせて欲しいとお願いをされている。


 オレは東堂家の遺産で食ってるだけの、まだ働いてもいない二十歳そこそこの大学生です。


 それなりに儲かっている弁護士とコネがある以外は、社会的地位や権力を持っていない。警察を呼ぶ、救急車をお願いするなど、全国民に許されている範囲以外では、国家権力を使うこともできない。


 しかもオレは別に『異変』の中のコミュニティに属しているわけでも無いし、コネを持っているわけでもない。


 雅さんの願いを受け入れたとすると、オレはこの先、それこそ雅さんが死ぬか自分の意思で傍を離れるまでの間ずっと、雅さんを襲う困難のすべてを肩代わりすることになる。

 そうなったとき、オレには正体不明の体質以外に身を護る手段が存在しない。

 魔法組織や超能力者の集団・秘密結社、異能を取り扱う国家機関……そういったものがオレを守ってくれるわけでもない。


 可哀そうな犬猫を子供が拾ってくるのとは訳が違う。

 可哀そうだから飼ってあげようよ、助けてあげようよ。可哀そうだから保護しました。良いことしたなぁ、で終われるような話じゃない。

 犬猫の場合であっても、最終的に責任を取るのは保護者だ。

 だけどオレは天涯孤独の身。何かあったとき、ケツを拭いてくれる保護者が居ない。行動の結果生じる責任は、すべて自分で取らないといけない。


 オレの立場は『犬猫を拾って来た子供』の位置には無い。子供が犬猫を拾って来た『保護者』の位置にある。


 どれほど犬猫が可哀そうだったかという事情を子供から説明されても、『保護者』としては苦悩するだろう。

 よほど余裕がなければ飼育費用は生活の負担になるだろうし、体調管理やエサの準備、糞便の世話など、日常の作業は増える。アレルギーなどの不安要素を解決する必要もある。そもそも動物を飼える住居じゃないことだってある。

 しかも今後、正体不明の不審者が『その犬猫は殺します』と暴力的な手段も厭わず家に押しかけて来ることが分かっている状態だ。そしてそいつらに対応しなくてはならないのは他の誰でもない、オレ。

 雅さんの願いを受け入れるということは、そういった大小問わない負担と責任のすべてを理解し、受容するということだ。


 なんとかなるだろう、なんて気持ちで引き受けられる話じゃない。

 

 これからもオレの生活は続いていく。オレは今まで通り大学には通うし、異変の中に生業を見いだせない以上、オレはこれからも一般社会の中で生きていく必要がある。

 そこにオレの異能の有無は関係ない。

 雅さんを受け入れるということは、これまでの生活の中に新たな責任を抱えるということだ。

 もしかしたらこれまでの生活が一変するかもしれないし、近隣住民にも被害が及ぶかもしれない。そこまで考えれば、軽はずみな返事は出来ない。


 今、雅さんの言葉を表面的に受け取り、その頼みごとを引き受ける人がいたとしたら、その人は……ちょっと情熱的過ぎるんじゃないかと思う。

 とはいえ、情に流されたらしい涼音さんを否定する気はない。

 むしろ好ましく思う。年齢の割には直情的だとは思うけど、彼女はきっとまだ純粋で、損得を省みない情熱があるってことだと思うから。

 そしてもしも涼音さんが、今オレが考えていたようなリスクの全てを踏まえたうえで、雅さんに協力することを瞬時に決断したのだとしたら……まさに巫女の鑑。これまでオレが出会って来た人達の中で、涼音さんは最も気高い人である、と認識を改め、最大の敬意を表したい。


 雅さんのことは不憫だと強く思うけど、どうしてもオレにそれは出来ない。

 安易に引き受けた結果、顕在化した負担と責任に耐えきれず「やっぱり無理でした。出て行ってください。さようなら」と途中で見捨てることの方が悪質だと思うからだ。そして「知らなかった、こんなことになるなんて考えもしなかった」と投げ出すのはあまりに無責任だし情けない。そんな言い訳は通じない。だったら最初から引き受けるなという話になる。

 それにもしかしたら、それすらも出来ない状況に陥るかもしれない。どうしようもない状況に陥ったとき、保護者がおらず助力を願えるような組織・機関との繋がりを持たないオレを待っているのは、逃れられない破滅だけ。


 借金の保証人のようだと考えたのはそういうことだ。

 しかもどれくらいの額かも分からない上に、会ったばかりの人。

 心苦しいけど、頷けないよ。


 一般的にこういう状況が生じたとき、人はさっさと雅さんから距離を置くんだろうか。それとも、悩むことなく雅さんを受け入れるんだろうか。

 

 分からないけど……、今はどちらも選べない。

 もう少し詳しく話を聞いて、オレに何が出来て何が出来ないのかを把握しておきたかった。

 その結果、雅さんがやっぱり、もうどうしようもないくらいに八方塞がりの状態に陥っていることが分かったなら……。


 まあ、しゃあない……。

 何が起こるか分からないけど、ギリギリまで付き合おう。


 そう思っていた。


 だから、ある程度事情を知っていそうな大人の登場はとてもありがたい。本当にありがたい。多角的な視点で情報の精査が出来る。

 外出先で全裸の男性に遭遇するなんて事案で、これほどまでに安心感と希望を抱けるなんてことは今後二度と無いだろう。


 ……。

 この人も涼音さんみたいな立ち位置だったらどうしよう。

 さすがにオレも倒れるかもしれない。帰りはしないけど。


「お父さん! とりあえず隠してよ! 信じられない……っ!」


 涼音さんが嫌そうに顔を背ける。

 お父さんは慌てて股間を両手で覆う。少し弛んだお腹が揺れる。


 ……。

 見てて辛いものがあるよね。


「こんにちは。神主さんですよね? オレは東堂と申します」


「ん? あ、ああ……。こんにちは……? 東堂さんというと、お祓いのご予約をされていた東堂さんでしょうか?」


「そうです」


 どうやら本物の神主さんらしい。

 神主さんが言う。


「これはこれは……。わたしは神主の鈴院と申します。申し訳ありません、こんな格好で……。わたしもなにがどうなっているのか……。ん……? なっ……!」


 神主さんが雅さんに気づき、慌てて視線を逸らした。


「これは一体、何事でしょう!? なぜ裸の女性が境内に……!」


 股間を両手で隠している全裸のおっさんが全裸の女性にびっくりするというのも、中々凄い絵面だ。


 取り乱している神主さんを視界に入れないようにしながら、涼音さんが寄って来た。


「東堂さん東堂さん。普通の反応ってこういうのだと思いますよ」


「なにがです?」


「全裸の男性が藪の中から出てきたら、普通は挨拶なんてしませんよ」


「……。まあ、確かにそうでしょうね」


「でしょう? でも大丈夫です。わたしは分かっていますからね」


 涼音さんがふふんと笑った。


「オレも別に驚いていないわけじゃないですけど……。では、取り乱されていた涼音さんはやっぱり普通の人ということですか?」


「そ、そういうわけではないですけど……」


 普通じゃないことにある種のこだわりを持っているらしい涼音さんが少し不快気な様子を見せる。

 オレは笑った。


「分かってます。冗談ですよ」


「む。まあ、なんといっても、わたしは普通ではないですからね」


 涼音さんが誇らしげに言った。

 その近くで、雅さんが立ち上がる。


「東堂様……っ!」


 雅さんは腕で体を隠しながら小走りに駆け寄って来ると、神主さんの視線から逃れるようにオレの後ろに隠れた。終始、裸を見られることに強い羞恥心を感じているような素振りを徹底している。そんな貞淑なキャラではないと思うけど、それは良い。


 オレは神主さんを見る。神主さんは恥ずかしそうに身を捩った。やめろ。

 

「あなたはこちらの神主さんで、涼音さんのお父さんということでお間違いはないですか?」


「え? ええ、はい」


「良かった。では、失礼を承知の上ですが、単刀直入にお訊ねします。魔人、という存在に心当たりはありますか?」


「……っ!!」


 神主さんが息を呑んだ。

 知っているようだ。


「御存じなんですね?」


「なぜあなたがそれを……。あなたは一体……? ただのお祓い希望者では……ないのですか?」


「ただの御祓い希望者でした。数時間前までは。確認しておきたいのですが、アナタは人間ですよね? 魔人や妖怪、特に鬼のような……そういった存在ではない、普通の人間。お間違いありませんか?」


「何を言って……? あなたは一体……」


 神主さんは困惑しているようだ。


「大学生です。一年次の。他の肩書は特にありません。最近はちょっと普通じゃないことに巻き込まれることが多いくらいで」


「あの、その自己紹介だと逆に混乱しますよ。東堂さん」


「でも他になんて言えば……?」


「それはそうですけど……。東堂さんって、本当にただの大学生なんですか? 実は大学を隠れ蓑に妖怪退治をしているとか……」


「ないですね。本当に、最近までは普通に生活していた普通の大学生でした」


「その割にはだいぶ場慣れしているというか……肝っ玉ですね……。全然取り乱さないし……。本当に本当ですか?」


「本当ですって。逆にお聞きしたいんですが、取り乱さないとおかしいんですか?」


「おかしいってことはないですけど、やっぱり普通じゃないですよね。でも、分かってますから。わたしは、ね?」


 涼音さんがドヤと笑う。

 何が言いたいんだこの人は。わたしはあなたと同類だよ、というアピールをしているのかな。

 その割にはだいぶお父さんの全裸姿での登場に取り乱していたようだけど。


「それって褒めて貰えてるんですよね?」


「もちろんですよ。どんな状況でも取り乱さず落ち着かれているなんて、凄いと思います。肝っ玉です!」


「ありがとうございます。自分でも理由は分からないんですけどね」


「そうなんですか? なにかそういう修羅場を潜ったりとかされたのでは?」


「いえ、こういうことは最近までなかったので。まあ、転生の件では……長い間修羅場の真っただ中にはいたと思います」


「あのー、実は感情……喜怒哀楽のどれかが欠落しているとか?」


「してませんよ。とんでもないこと言わないでください……」


 すげェこと言うな、この人。

 思わず呆れた視線を向けてしまう。


 でも……。


「喜怒哀楽が欠落しているわけじゃありませんが、普通の感性の人なら取り乱すだろう状況下においても、オレの精神は平常時から大きく逸脱しない。それは事実として認識しているつもりです。落ち着いているように見えるのはそれでかと思います」


「むぅ……。異変を寄せ付けない体質に、異変を前に動じない精神性……それはつまり……」


 涼音さんが探偵のように口元に手を当てて考え込んでいる。

 なんだろう。


 涼音さんが何を考えているのか気になるところだが、神主さんが遠慮がちにこう言った。


「あの、何の話をされていらっしゃるんでしょう? それに、娘をご存じで?」


 股間を手で隠しただけの全裸男がオレを不審げに見ている。

 

「すみません。涼音さんとは先ほど友人になったばかりです。意気投合しまして。それより、オレの質問には答えていただけますか? 急いてしまって申し訳ないですが、急ぎといえば急ぎなものですから……」


「そうだよ、お父さん。魔人のことを知ってるの? それになんで裸なの?」


 涼音さんが考えることを切り上げ、言った。


「……。涼音、お前まで魔人のことを……? そこにいる妖狐に関係があるのか?」


 股間を手で隠しただけの全裸の神主さんが雅さんの方を見た。

 雅さんは身を竦めてオレの背に隠れている。

 何とも言えない。

 絵面だけ言えば神主さんは警察のお世話になっても文句は言えないと思うけど。


「こちらの全裸の女性は雅さんです。神主さんのおっしゃる通り、狐の妖怪……。それが分かるということは、あなたも霊能力があるんですね? それか、雅さんのことを最初から知っていたか……。オレは彼女から妖怪や魔人について一通り聞いています。なので……関係者ではない、と突き放さないでいただきたいというのが本音です。オレは先ほど、あなたの姿をしていた魔人と思しき存在と遭遇し、襲われました。その理由を知りたいと思っています。教えていただけますか?」


「……なるほど。わたしの記憶が途切れているのはそのせいで……」


「それと、不幸すぎるすれ違いが起きないようにお伝えしておきたいのですが、オレは『異変に対するかなり強い抵抗力』を持っています。体質のようなものです。あなたの姿をしていた……恐らくは魔人はオレを襲ったとき、その体質によって爆散しました」


「……爆散?」


「はい」


 慣れてきたやり取りをしている横で、涼音さんがなんともいえない表情をしている。

 ああ……。

 家宝らしいお札、燃えちゃったもんね……。ごめんね……。


 神主さんが困ったような表情でこう言った。


「……。いや、疑うわけではないのですが、にわかには信じ難く……」


「そうでしょうとも。言っているオレも毎度のことながら、内心では頭を抱えています」


「……。毎度のこと……? 毎度……? あなたは一体……。いえ、今は置いておきましょう。確かに、筋は通る。あなたが魔人に襲われたとおっしゃりながら、無事でいられていることが、です。分かりました。あなたにも事情を知る権利がおありのようだ。お伝えしましょう。どうぞ、こちらへ」


 ありがたい。理解してくれたようだ。


 神主さんは股間を手で隠したまま、肩をくねらせることで道を示した。

 涼音さんがお父さんの挙動を見て何とも言えない表情を浮かべる。


 神主さんは股間を隠したまま、どこかへと歩き出した。

 ケツの割れ目がオレ達の前に現れる。

 涼音さんが露骨に表情を顰めた。


 神主さんの案内に従い、神社の奥へと向かう。

 社の中へ入った時、神主さんが言った。


「しばしこちらでお待ちください。服を着てきます」


「お願いします」


 オレは即答した。


「すみません。よければ雅さんに服をいただけませんか? 妖狐とはいえ肌寒い季節ですし、裸というのは憐れで」


「東堂様……っ!」


 背中側から雅さんの声が聞こえる。


「そうですね。分かりました。涼音。お前の服を持ってきて差しあげなさい」


「えっ……妖狐にわたしの服を?」


 さっきは同情していたようだったけど、妖怪嫌い自体は特に変わっていないようだ。涼音さんが難色を示した。

 神主さんは服を着るために去っていく。


「涼音さん、すみませんがお願いします」


「……。分かりました。友達の頼みですからね! 狐、付いてきて」


「儂に指図を」


「雅さん?」 


 雅さんはどうにもプライドが高いというか、人間を見下しているようだ。いちいちバチバチするのは止めて貰いたい。

 雅さんの言葉を遮って、涼音さんへと頭を下げた。


「すみません、涼音さん。せっかく服を貸していただけるのに……」


「東堂さんが謝ることでは……。もともと、その狐と親しいとか、そういうわけではないんですよね?」


「そうですね。ただ、雅さんに服を着て貰いたいのはオレなので。それだけです」


「なるほど……。ところで、東堂さん」


「はい?」


「わたしのことは涼音とお呼びください。是非とも。敬語も結構ですので!」


「涼音さん、という呼び方に問題が……?」


「いえ、そういうわけではありません。が、わたしたちは友達なので」


「遠慮はいらない、と? 分かった。涼音って呼ぶよ。涼音も好きに呼んでくれていいよ」


 オレの返答を聞いた涼音さんの表情が、ぱあ、と明るくなった。


「じゃ、じゃあ、雷留君って呼ぶね」


「はい」


 涼音さんは嬉しそうに頷くと、そそくさと去って行く。


「狐、行くよ!」


「はあ……。東堂様、行ってまいります」


 では、と律義にお辞儀をして、雅さんも涼音さんの後に続いていく。


 一人残されたオレは、皆の帰りを待つ。

 しばらくして、服を着た神主さんが戻られ、さらに遅れて女性陣が到着する。

 雅さんが静々とオレにお辞儀をし、当然と言わんばかりにオレの隣に置かれていた座布団に正座をした。

 それを見た涼音さんは不満そうに片眉をあげたが、特に何も言わず、神主さんの隣に座った。オレは正座が辛いので足を崩させて貰っているが、お三方は立派な姿勢で正座している。さすが、といったところか。


「さて……何からお話しすればよいものか……」


 神主さんが言う。

 オレは話をスムーズに進めて貰いたくて、こちらが知っていることを先に伝えることにした。


「お話の前に、オレ達が既に知っていることを伝えさせていただいても?」


「おお、それは助かります。是非とも」


「では……妖怪が既に滅んでいること。伴い、妖怪退治屋という生業が消え去ったこと。鈴院家がかつて妖怪退治屋であったこと。これは涼音さんから伺いました。そして雅さん……妖怪ということで、妖怪側の情報をお持ちでした。雅さんが言うには、妖怪が滅んだのは魔人の仕業であり、妖怪という存在そのものが魔人がこの世界へと侵入することを阻んでいた、とのことでした。そして、雅さんこそが『最後のあやかし』とのことでしたが……いかがでしょう?」


「なるほど……。大まかなことは既にご存じ、ということですね。……。それはそれで私もちょっと初耳の話もありましたが……。それはともかくとして、いきなりですが、本題を」


 涼音さんが姿勢を正した。

 オレも僅かに緊張しているようだ。

 雅さんは……なんともまあ、清楚な巫女さんに徹している。目を瞑り、静かに話を聞く姿勢だ。

 可憐な雰囲気が凄い。


「とは言え、私も詳しいわけではありません。ご存じの通り、妖怪の絶滅に伴い、退治屋・祓い屋という生業は長い歴史に幕を閉じました。根本的な理由は妖怪の絶滅に相違ありません。ただ、それを助長した『何か』があったのです」


「助長した『何か』……?」

 

 オレの疑問に、涼音さんも困惑した表情を浮かべた。


「それ、初耳だよ、お父さん」


「言ってなかったからな。お前は成れもしない妖怪退治屋になると言って聞く耳を持たん。このことを伝えれば、なにをしでかすか分かったものじゃない」


「はあ? ちょっとお父さん? なにそれ」


 神主さんの涼音さんへの認識もオレと似たような感じらしいことが、今のやり取りだけで分かった。

 慣れているのか、神主さんは涼音さんの言葉を聞き流し、話を続けてくれる。


「江戸の時代。当時、妖怪の減り方に比べれば少なかったものの……霊能力を持つ人間が数を減らしていた。山での遭難や転落などの事故死、病死、そして『生業』での殉職……時代背景を考えれば、不自然ではない理由ではあります。もともと商売仇でありましたし、妖怪が減少したことで退治屋の需要も減り、看板を下ろす退治屋も増え……横のつながりが希薄になっていました。だからこそ……先人たちは気付くのに遅れたのです。妖怪と同じように、霊能力者もまた、絶滅に瀕していたことに」


 おお……?

 流れが……。

 話が重くなってきている気がする……。


「それに気づいたのは、私の祖母、涼音の曾祖母の友人だったとある霊能力者の方でした。実際にお会いしたことはありませんが……祖母はその方から手紙と書物を預かっていたそうです。それがこちらです」


 神主さんが古い書物を一冊、床の上に滑らせるように置いた。


「祖母の友人は、先祖の日記を読むことが趣味だったようです。そして祖母の友人は先祖の日記の中に『久しぶりに他の霊能力者に連絡を取ろうとしたら既に鬼籍に入っていた』という文が散見していることに気づかれました。先ほども言ったように、不自然ではない理由でしたが……祖母の友人の祖先は、人づきあいがマメな方だったようです。退治屋にしては珍しく横のつながりが太く……だからこそ、多くの霊能力者の情報が集まった」


「つまり、霊能力者が故意に命を奪われている可能性に気づいた……?」


 神主さんは強く頷いた。


「ええ。そして、ある仮説を立てられました。それが、『魔人』という存在です。退治屋の歴史上、たった一度だけ、その名が出た文献があります。霊能力者だけが知る文献で、それは『仏閣生まれのTさん』のお弟子様が残した書物です。『T』というのは、書物の劣化によって『田』という字だけを残し、そのお名前が消えてしまっていために、私が付けた便宜上の名前ですが……。」


 さっき涼音さんが言ってた人か……。


「ある夜、二体の妖狐が争っている場に遭遇したTさんは、一体を見逃し、一体と戦われたそうです。その一体は……伝承に語られる、九つの尾を持つ妖狐であった、と。書物には記されています。戦いの詳細は伝わっていませんが、Tさんはその戦いの傷が元で間もなく亡くなられ……その前に、言い残されたそうです。「アレは妖怪ではない。もっと別のもの。『魔の人』だ」、と」


 あらぁ……繋がって来たなぁ。

 雅さん、そのことに関しては嘘は吐いてなかったのか……。

 ちら、と雅さんを見る。

 雅さんは素知らぬ顔をしている。Tさんの最後に思うところはまるでないようだ。

 感謝してたんじゃなかったのか……。


「これも祖母の友人の手紙に書かれていたらしいのですが……。過去、殉職した霊能力者の死因に、引っかかることがあったそうです。殉職した霊能力者の方々は、当時最高峰と謳われた実力者の方々だったのです。当時、最高峰の実力を持っていた方たちだけが、殉職されていたのです。人の目がある場所での事故や、病死ではなく、殉職。そして、殉職された霊能力者の方たちの最後の仕事には、必ずと言っていいほど、古の時代に『祓われたはずの』大妖怪の姿が見られます。大ムカデ、鬼、天狗、九尾、そういった世間一般にも知られているほどの大妖怪たち。それらが再び現れたという報告があり、彼らは一門総出で『祓い』に出向き……最も力のない、たった一人を除いて帰らなかった。祖母の友人は、その一人を伝達係としてあえて残された者、と認識したようです」


「伝達係……?」


「ええ。妖怪は祓ったが、自分を除いて全滅した。そのように伝えていたようです。実際、その後は同じ大妖怪の被害報告が出なかっため、彼らは英雄として祀られ、そして忘れられていきました」


「つまり……魔人は妖怪だけでなく、霊能力者もまた殺して回っていた? ということですか?」


「祖母の友人はそのように確信したようです。そして……虫の知らせのようなものがあったのかもしれません。ご自分の考えと情報を簡潔にまとめ祖母に託し……間もなく、亡くなられたと」


 ……。

 なんというか、ちょっと鳥肌立った。怖いわけじゃないんだけど、なんか悪意のある大きな流れみたいなものを感じて……。


「祖母の友人は、近代では珍しい力を持つ霊能力者だったようです。遠い遠い先祖返り……衰退していた家系に現れた麒麟児。とはいえ、妖怪が滅び去った時代です。特にそれが役に立つということは無かったようですが……。人に倦怠感を与える程度の有象無象を祓い慕われる程度で、やはり生業にするには時代が……ということです」


 神主さんはちら、と涼音さんを見た。

 自称退治屋家業を猛烈に反対しているらしい。気持ちは分かる。


「そして幸か不幸か……祖母はそれほど力を持たない人でした。魔人の目的は分からないが、アナタが狙われることは無いだろう、と。手紙には書かれていたそうです。それを私は、祖母が亡くなる直前に知らされました。ちょうど、涼音が霊能力者としての才能の片鱗を見せ始めた頃のことです。実は……私の父、涼音の祖父は……私がまだ若い頃、涼音が生まれるよりもずっと前に、交通事故で早世しています。父は祖母よりも強い霊能力者であり、私の師でもありました。そんな父を凌駕するほどの才を見せ始めた涼音のことを、祖母は案じたのでしょう」


 ……。

 それって……。


「祖母がずっとそのことを語らなかったのは……私が祖母に似て、たいした霊能力を持っていなかったからだと思います。……ただ少しだけ、虫の知らせのようなものを感じる力があるくらいで、父や涼音には到底、及びませんから」


「虫の知らせ……。それは、未来予知のような?」


「それほどのものではありません。本当に、嫌な予感がする、程度のモノです。ただ……それが最近になって強まっていました」


 神主さんは思いつめた様子で俯いた。


「涼音は、先祖返りです。今、どれほどの数の霊能力者が残っているかは分かりませんが……涼音は恐らく、現代にて最高の霊能力者だと私は思っています。確かに世が世なら、退治屋として生きていける。それだけの才能を持っていると思います」


「え……? お父さん、わたしには才能がないって……」


「すまない。お前には、力を伸ばして欲しくなかった。祖母の話と、父の件があったから……」


 神主さんが苦しそうに続ける。

 読めて来た……。


「私は危惧しました。涼音が……『魔人』に命を狙われるのではないかと。強まる虫の知らせ……何か事前に対策が出来ないかと。私は東堂さんのお祓いの予約時間の直前まで魔人について調べていて……」


 神主さんは哀し気に天を仰ぎ、ぽつりと言った。


「気づけば、全裸でした……」

 

 最後にとんでもないことをぶん投げて来るんじゃないよ。

 いや、真面目に言ってるんだとは思うんだけども……。


「最後に視たのは、鬼でした。伝承に語られる鬼の姿そのまま……恐らく、東堂さんが見たのはそれでしょう。恐らく私は鬼に……魔人に憑りつかれた」


「それは……意識と体を奪われていた、ということですか?」


「だと思います。魔人に憑りつかれた者がどうなるのか、魔人が妖怪と霊能力者を狙う理由が何なのか、申し訳ありませんが、私にも分かりません。ただ私は涼音を守るために出来ることを、と……」


 爆散したのは神主さんの体を乗っ取っていた鬼。

 そして神主さんは全裸で藪の中から出てきた……。


 どういうことだろう。

 神主さんの体だけ、爆散の直前で分離した……とかなのかな。そんな感じはしなかったけど……。


 ただ一つ分かったことがある。

 雅さんの立場が結局どういうものなのか分からないままってことだ。


 オレは雅さんの方を向いてこう聞いた。


「雅さん。鬼と天狗はさっきの奴だと思うんですけど、大ムカデとか他の大妖怪とか……心当たりあります?」


 雅さんは静かに頷いた。


「『狭間』にて襲って来た者達の中に、それらの姿もおりましたゆえ……。狭間であればわたくしにも対抗手段はございましたが……数に押され、落ち延びた以上……もはや……」


 雅さんが切なげに目を逸らす。

 もはや、オレに頼るほかない、ってことか……。


「雅さんの話では、魔人は何らかの理由で現世への侵攻を目論んでいるようです。その結果、この現世がどうなるかは分かりませんが……」


 ちら、と雅さんを見る。


「……。魔人共の侵攻を許せば……恐らく、人間は魔人共の餌として喰われ、滅びるでしょう」


 雅さんの言葉に、涼音さんと神主さんが絶句する。


「そんな……」


「なんと……」


 オレは思った。


 ―――ホントかぁ?


 ちょっと間があった。考えてたよね。

 オレが断り辛いように、それっぽい理由を考えてたんじゃないのか……?

 でも本当だとしたらもう断ることは出来ない。オレも他人事じゃない。全人類に関わる規模の話だし、しかも雅さんを助けられたかもしれない妖怪仲間は既に滅び、霊能力者も涼音さんが最高峰となると……。


「では、妖狐……雅さんを守ることが我らの使命となるわけですか……」


「妖怪退治屋が妖怪を守る……改めて考えると、普通じゃないわね……」


 神主さんと涼音さんが言った。

 神主さんが続ける。


「この神社であれば、と言いたいところですが……魔人の侵入を許していますからね……。何故異形の存在が入り込めたのかは疑問ですが……それだけ強力ということでしょうか」


 ……。

 何とも言えない嫌な予感がオレの中に……。


「しかし、手はあります」


「なにか秘策のようなものが?」


「ええ。鈴院家には先祖代々伝わる家宝の札というものがあるのです。一族の霊能力が衰退した祖母の代まで、およそ1000年。私たちの一族は先祖代々、たった一枚の札に強力な霊力を詰め込んできました。それがあれば、大妖怪や魔人にも対抗できるかと思います」


「あっ……」


 思わず漏れ出たオレの呟きに、神主さんは若干訝し気な表情をしたが、それ以上は気にすることなく、涼音さんの方を見た。


「涼音。世を守るためだ。私も何も言うまい……。アレをお前に託す。頼んだぞ」


「あっ……」


 優しい表情で言った神主さんだったが、言われた方の涼音さんは汗だくになり青ざめた。


「ん? どうした?」


 神主さんは不思議そうにしている。

 涼音さんが助けを求めるようにオレを見る。

 オレは顔を背けた。多分、腹痛を耐えるような様子に見えていると思う。


「あの、神主さん。謝らなければならないことがあります」


「謝らないといけないこと、ですか……? それは一体……?」


「家宝のお札、燃えました。燃えカスです」


「は?」


「さっきお伝えしたオレの体質で、ですね……。オレが雅さんに憑りつかれていると誤解した涼音さんが、オレを助けるために使おうとしてくれまして……。そのときに、燃えました……」


 ちら、と涼音さんを見る。

 涼音さんは懐から折りたたまれたハンカチを取り出した。

 そしてゆっくりと開く。

 僅かに燃え残ったカスが、ハンカチの上に乗っていた。


「お父さん……家宝の札です。日頃から勝手に持ち歩いてました。ごめんなさい……」


「オレからも……申し訳ありません……」


 FXで全財産溶かしたような顔をして、神主さんは天を仰いだ。

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