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巫女・妖狐4

「わたくしは住処を追われたのです……」


 ぽつりぽつりと話し出した雅さんは悲痛な表情を浮かべている。

 それも演技なのかは分からないけど、ひとまず信じてみようとは思ってる。違ったらもう義理は果たしたということで、後のことは関与しないけど。


「住処というと、以前お会いしたあまり栄えてはいない……趣のある神社ですか?」


「はい……」


「狐が神社に住んでいた……? まさか、お稲荷様ということでは……」


「涼音さん。今は雅さんの話を聞かせてください。お願いします」


「あ、すみません……つい……」


「そうじゃ、おのれは黙っとれ小娘」


「雅さん」


「も、申し訳ございませぬ……」


 未だかつてないくらい面倒な二人が同時に出会った上に犬猿の仲なんて辛いよ。間にいるオレが。


 ……。

 今日、オレがここに来なかったらどうなってたんだろう。この二人。

 涼音さんが来るまで雅さんが無事だったか分からないし、父親っぽい魔人を相手に涼音さんがどう対応したのかも分からない。思えばオレが勝手にあの神主さんが涼音さんの父親だろうと推測してるだけだから、実際は違う可能性もある。さすがにそこは合ってると思うけど……。


 雅さんの危機に涼音さんが間に合ったとして、そのとき、涼音さんはどう対応しただろう。一緒に雅さんを退治するのか、それとも雅さんを庇って魔人を相手に戦うか……。

 考えてもしょうがないけどね。

 

「ああ、そうだ。忘れていました。涼音さんにオレと雅さんの関係を伝えておきます。といっても、以前、山で迷子になった際に助けて貰った以上のことはないんですけど……」


「それは狐が東堂さんを迷わせたのでは?」


「しとらん!」


「分かってますよ」


「東堂様……っ!」


「はい。では続きを聞かせてください」


「……」


 雅さんは口を開き喋ろうとしたが、思い留まったように口を閉じた。

 なんだ……?

 

「雅さん?」


「も、申し訳ありませぬ……。あのときのことを思うと涙が……」


 辛そうに掌で顔を覆った雅さんを見て、オレも胸が苦しくなる。

 そうだよな……。

 どういう事情かは分からないけど、家を追い出されたってことなら哀しく無いわけがない。それに、ここでは酷い暴行を受けていたわけだから、もしかしたら家から追い出されたときも暴行を受けたのかもしれない。

 気丈に振舞っているだけで、雅さんもつらいのかもな。


 ……演技かもしれないけど。

 オレのせいで、みたいなこと言ってたし。オレを刺激しないような伝え方を考える時間稼ぎかもしれない。

 いや、一度しっかり話を聞くと決めた以上はしっかり受け止めよう。


「辛いことを思い出させてしまったようで、申し訳ありません。ゆっくりでいいですよ」


「狐……」


 涼音さんが同情しているようだ。しかもなんかそわそわしている。

 トイレに行きたくなったのかな?

 日が傾き始めてるからオレもなぁ……。上着がなくなったからな……。


「……。話は随分と遡りますが……」


 雅さんが話し始めた。


「あれは300年以上も前のこと……」


 めちゃくちゃ遡りますやん……。

 想像以上だった。


「妖怪が次々に姿を消し始めたのでございます。当時名の通っておりました大妖怪から、弱小妖怪まで、問わず。当時、わたくしは生じたばかりの子狐同然でございましたゆえ、詳細は御柱よりお聞きしたことでございますが……」


 御柱って何者なんだろう。

 気になるけど、話を聞いていればいずれ分かるかな。


「妖怪とは多くが群れることのない個の者ゆえ、多くの妖怪が姿を消してようやっと、残された妖怪たちはその事実に気づき始めましてございます。初め、残りし妖怪は人の仕業と考えておりました。古き時代、わたくしの先達である『九尾』を封じたような輩が、再びあらわれいでたのだと……。しかし人の世にそのような噂は無く……詳細を掴めぬまま、妖怪は次々に姿を消してゆきました」


 それが涼音さんも言っていた、江戸末期から妖怪が消えていったっていう話か……。


「名のあるあやかしの悉くが姿を消したころ、それは現れました。あのときのことは忘れもしませぬ……。わたくしはそのとき、兄弟と共に故郷の山で木の実を()んでおりました。食い飽きた味……そう思っておりましたが……。今となってはもはや食むことの出来ぬ……忘れがたき味でございます……」


「雅さん……」


「狐……」


「わたくしは驚きましてございます。わたくし共の前に現れたそれは、九つの尾をもつ化生の姿……わたくし達妖狐がおしなべて憧れる大妖怪の似姿でございました。わたくし達は眷属にしていただきたく近づき……瞬きの間に、兄弟妖狐が滅されましてございます。運よく生き残ったわたくしは命からがら逃げ惑い……。わけの分からぬうちに故郷の山を飛び出した折、故郷の山を支配しておりました大妖が……滅されたことを悟りました」


 気配が消えた、みたいな話なのかな……。

 九尾の姿をしたモノっていうのが魔人なら、妖怪が数を減らしたのは魔人の仕業だったってことなのか……。


「山の主の庇護を失ったわたくしは、人里に野狐として紛れ……幸いにも、わたくしを哀れんだのか、物好きな人間より施しを受け、生き延びることができましてございます。ですがあるとき、旅の祓い屋に目を付けられ……」


 当時を思い出しているのか、雅さんが悲し気に目を伏せた。


「わたくしは度々住処を変え土地を移し……故郷の在処すら忘れるほどの時を経たころ、人化の術を修め、男を喰らう妖狐へと至りました」


 それは性的にってことだよね?

 殺してないんだよね?


「殺したのか……!」


 涼音さんが突っ込んだ。

 だろうね。


「殺しておらぬ! ようやっと一人前になったばかりのころじゃ! 下手に騒ぎを起こせば祓われるじゃろう!! もうおのれは黙っておれ!」


「まあ、落ち着いて。どうぞ、雅さん。続けてください」


 しかしさっきまでしんみりと話していたのに切り替えが早い。

 妖怪だからこその切り替えの早さなのか、こういう態度が人間の心を打つと知っているからこその演技なのか……。分からないな。


「わたくしのこの身は男からたいそう好まれ、以後は名のある家の主の妾や妻として過ごしましてございます。しかしながら、決して好んでのことではありませぬ……っ。わたくしのようなあやかしが生き残るすべは他になく……。まこと、苦しゅうございました……っ!! 東堂様……っ! わたくしが恋い慕う殿方は長き時の中、東堂様ただお一人でございます……っ! ようやっと出会えた、まことの……っ!」


 胸に手を当て、切なそうにしなを作りながら身を乗り出し、オレに訴えかけてくる雅さんにオレはこう言った。


「分かりました。続けてください」


 さすがにそれは嘘だよ……。

 初対面のとき、ノリノリで誘って来てたし、さっきも合意でヤッたって言ってたもの。あの言い方は他の男の人相手でも、間違いなく雅さんから誘ってる。


「やはり妖狐……伝承と同じか……」


 涼音さんが答え合わせをしている。


「慰み者として苦しき日々を過ごしていたある日、再び『九尾の似姿』がわたくしの前に現れましてございます。わたくしはあまりの恐怖に我を忘れ、必死に逃げ惑い……気づけばとある寺の前におりました」


 寺。

 神社じゃなく?


「異変を察したのか、老いさらばえた坊主が姿を見せましたが……坊主は口が利けぬのか、何も言わずわたくしを追って来た『九尾の似姿』の前に……。わたくしはあまりの恐怖にその場を離れましてございます。坊主のその後は、分かりませぬが……。今なお、あの坊主には深く感謝しておりまする」


 ホントかな……?

 これ幸いと逃げただけじゃないのかな……。


「江戸時代末期に妖狐と戦ったお坊さん……。それって伝承の……」


 ちら、と涼音さんを見る。雅さんも少し鬱陶しそうに涼音さんを見た。

 オレと雅さんから視線を受けた涼音さんは、慌てたように口元を隠す。

 雅さんへと視線を戻した。

 雅さんが悲し気に目を伏せる。


「わたくしは再びすべてを失い、傷だらけのまま放浪し……やがてある土地に辿り着きましてございます。東堂様と巡り合った狭間の地……」


 雅さんがオレに熱い視線を送って来る。


「そこにおわしたお方こそ、『御柱』でございました。『御柱』はかつて『古き獣の神』と畏れられし、あらゆるあやかしの祖とでも言うべきお方であらせられましたが……この国の始まりのとき、人の手により討たれ……現世と常世の狭間にて長き眠りにつかれていらしたようでございます」


 ……。

 スケールがでかくなって来たぞ……。

 口を挟む気は無いんだけど、そのくだりっているのかな?

 何で魔人に狙われてるのか、魔人はどういう存在なのか……。それを教えてくれればそれでいいんだけど……。


「波長が合ったのでございましょうか……。『御柱』はわたくしが『御柱』の下に身を寄せることを許してくださり、こう申されました」


 ―――『魔の世の人』があやかしを滅ぼし、現世への侵食を始めておる。あやかしを集め、迎え討たねばならぬ、と。


「『あやかし』とは『魔の世』と『現世・常世』を別つ壁。人の世でいうなれば、おぞん層のようなものでございましょう」


 おお……。

 横文字が出てきた……。


「しかし『御柱』は封じられ動けず、微睡の中を揺蕩う身。わたくしは『御柱』に代わり、現世に残るあやかしを召集するという(めい)を賜りましたが……。時折、狭間へと流れ着くモノや迷い込む人の子より、人の世の変遷と……あやかしが滅びたことを知りましてございます」


 ……。

 なるほど、分かんない。


 合ってるか分からないけど……。

 妖怪って言うのは人の体で言うと垢みたいなもので、あり過ぎると困るけど、無いとそれはそれで困るって感じなのかな。


 ただちょっと引っかかるんだよな、今の話。

 雅さんがその狭間の地っていうところに来たのが徳川の時代。江戸時代の末期。涼音さんの話だと、妖怪が絶滅したのがだいたい第一次大戦の頃。


 その間、雅さんは何をしてたんだ?


 時間の流れが違う……にしても、長すぎる。

 もしかして『御柱』からの勅命、サボってたんじゃ……。


「魔人共に妖怪が滅ぼされ、現世より『壁』は消え、もはや世に残る妖怪はわたくしのみとなって久しく……しかしわたくしと『御柱』が在る限り、最後の一線は越えられませぬ。ゆえにわたくしと『御柱』は、時折『狭間』に迷い込む魔人共を確実に討ち取り帰さぬことで『狭間』の存在を隠し通しておりました。『狭間』であればわたくしの力は飛躍的に強くなりましたゆえ……。しかしあるとき『御柱』は前触れなくそのお姿を隠され、『狭間』の結界が破れましてございます。なにゆえかは……」

 

 雅さんが目を逸らし、言い淀む。


「『狭間』が浮き彫りとなったことで、魔人共は群れとなり、次々と攻め込んで参りました。わたくしも応戦いたしましたものの、多勢に無勢……。もはや生き延びるには『狭間』を捨てる他なく……。狐として身を隠しておりましたが見つかり、『御柱』の居場所を探るために捕らえられ……今に至ります」


 なるほど……。

 理由は不明だけど、雅さん達を隠していた結界がある日壊れたことで場所が特定されてしまい、攻め込まれたのか。

 そして雅さんが狙われているのは、本当の意味で最後の妖怪である『御柱』という存在を探すため……。

 世界の壁とか『御柱』だとか、そもそも魔人がどういう存在なのかとか、魔人を放置したら人間の方はどうなるのかとか、分からないことが新しく増えたり、分かったようで分からないままだったり、色々と情報過多だけど、雅さんが危険な状況に置かれているって事だけは理解した。


 ……。

 スケールがでかい。

 明らかにオレとは住む世界が違い過ぎる。

 この一年というか、直近の半年間に色々あったけど、一番スケールが大きいんじゃないかな。

 なんでそんなにスケールが大きいくせに、これまでの異変の中では影も形も見せなかったのか……これが分からない。

 茶々ちゃんと瑠璃ちゃんなら知ってても良さそうなもんだけど、そんな素振りは一切なかった。

 涼音さんは魔法なんて知らないと言う。


 これ、ホントに同じ世界……同じ星の問題なのか?

 まあ、飽食を嘆かれているこの国から少し離れた国で飢餓に苦しんでいる人がいるっていうのが、この現代社会の現状だ。自分の周りでは見えないことが、別の場所では当たり前にあるっていうことだろう。それは異変も社会問題も同じってことなのかな。

 たとえるなら……魔法少女がこの国の少子高齢化問題で、今回の件が地球温暖化問題、みたいな。


 分からないことだらけだけど、雅さんが一気に態度を翻した理由には納得がいった。

 どこまで本当かなのかは結局のところ分からないけど……オレは信じることにする。

 その上で……、雅さんの頼みを聞くかどうかはまた話が別だ。もちろん無下にはしたくないけど……。


「東堂様……。ご無理を承知でお願いいたしたく……! どうかわたくしをお傍に……っ! どうか……っ!」


 雅さんは額を地面に擦りつけている。


 そう言われても……。


 オレにあるのは、正体不明の体質だけ。オレ自身でさえ詳細を把握できていない上に、能動的に使える気配は全く無く、どこまで通用するかも定かじゃない、不可解な体質があるだけだ。

 雅さんはオレのそんな体質を当てにしているんだろうけど……。


 これが反社会勢力が相手とかなら警察とか弁護士を呼ぶけどさ。

 どうしようもなくないか?


「少し考えさせて……いえ、多分考えても答えは変わらないと思うので、今お伝えします。心苦しくは思いますが」


「う……ぁ……。と、東堂様……っ!」


 雅さんが顔をくしゃくしゃにして、駄々っ子のように突っ伏した。

 く、苦しい……。

 これはたぶん、結構マジな奴だ。


 重いよぉ……。


 雅さんがどれほど苦しんでいるか、どれほどの苦境に立たされているのか、多少は理解したつもりだ。

 彼女は本当に苦しい状況にいる。

 住み慣れた住処を追われ、長く一緒にいた存在を失い、彼女が生きた時代から比べてあまりに変わり果てた現代に、たった一人放り出された。そして、自分ではどうしようもない相手から命を狙われている。


 本当に苦しいと思う。

 雅さんは今、物凄く不安で心細くて、どうしようもないほどに恐ろしい思いを抱えてると思う。

 

 だから藁にもすがる思いで、オレに取り入ろうとしているんだろうな。

 自分では歯が立たなかった相手を問答無用で爆散させたオレの体質に最後の希望を見出して……。必死に。


 御柱さんから言われた仲間探しの命令を聞かなかったっぽいのも、単純に外に出るのが怖かっただけなのかもしれない。外に出るとまた狙われるかも……そう考えて動けなかったのかも。


 理解した。

 理解したからこそ、雅さんの願いは受け入れられない。


 雅さんの願いを引き受けると、オレは支援者じゃなく、当事者になってしまう。今までの異変とは全然違う状況だ。

 たとえるなら……知人にお金を貸すなんてレベルを超えて、借金の保証人になるみたいなものか。さすがにそれには頷けない。

 オレにもオレの生活がある。

 それはオレの『出来る範囲』を越えている。


 それほどまでに……自分の生活をかなぐり捨てられるまでに他人に肩入れするには、損得では計れない強い感情が必要だ。


 なにかって言えば、愛だよ愛。

 それか、えぐいぐらいの精神的依存でも良いけど。

 雅さんはオレにそれを抱かせるために、徹底した演技を続けていたんだろう。だけどオレが痺れを切らして帰ると言ったから、泣き落としをするしかなくなった。そんなところか。


 いやぁ、可哀そうだな、ホント。不憫すぎる。

 妖怪だからとは言い難いレベルだ。


 ……。

 オレが好んだ物語の主人公なら二つ返事で了承したんだろうけど、さすがにオレにそれは無理だ。


「雅さん。オレにはあなたを守ることはできません。それはお伝えしておきます」


 恐る恐るといったふうに顔をあげた雅さんの表情が絶望に染まる。


「一緒に対策を考えましょう。いなくなった御柱さんを探すとか……心当たりはありませんか?」

 

「と、東堂様……っ!」


 雅さんが表情を明るくするけど、オレは相談に乗るってだけだからね。マジで。

 

「……?」


 オレの横から涼音さんが前に出た。涼音さんは雅さんの傍に寄るとしゃがみ、雅さんのむき出しの方に手を乗せる。そして優しい声音でこう言った。


「妖怪退治を生業とするわたしと、妖狐であるお前。わたし達は決して相容れぬ立場だけど……わたしも協力する。なんか……見てられないよ」


 涼音さん、優しい。

 さっきまで狐狐って雅さんのことを目の敵にして罵ってた人と同一人物だとは思えない。


「いや……おのれに同情されても別に……」


 おい、狐。

 聞こえてんぞ、止めろ。


 それはそれとして、やっぱり演技は入ってたのかぁ……。まさに狐というべきか。ひとまず、ちゃんと断っておいて良かった。

 

「ん……?」


 少し離れた藪から何か音がした。聞こえたのはオレだけじゃなかったようで、雅さんと涼音さんも同じように反応し、オレ達はほとんど同時に藪を見る。


 がさがさ、と葉擦れの音が大きくなる。


 雅さんの尻尾の毛が逆立ち、藪を睨む。

 涼音さんは懐に手を入れて何かを探すように動かし、探し物が無いことに気づき、泣きそうな表情を浮かべた。すみません。

 

「あー? なんだぁ……?」 


 男の声だった。

 どこかで聞いたことのある……。


 藪の中からのっそりと人影が立ちあがった。

 

 ……。


 全裸だ。

 全裸の男が藪の中から……。


「お父さん!? ちょ、やだ! なにしてるの!」


「涼音? あ、なんでオレ全裸なんだ!?」


 良かったぁ。生きてたよお父さん。

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