表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/46

MS

 顔を見合わせている二人の少女を前に、オレはオレで結構頭を抱えている。

 多分だけど、今回の騒動に関して……特に魔獣については監視カメラに映っていないんじゃないかと思う。三人の魔法少女……魔女?についてもだ。


 結局カメラがこの異変をどんなふうに記録しているのかは見てみないことには分からないけど、もしも。もしもオレが何もないところにいきなり叫び出して商品を投げまくっているような映像が残っていたとしたら、まず間違いなくオレは警察のお世話になることになるだろう。あるいは過去の既病歴を探られ、『そういうもの』として扱われかねない。結果としてそうなるのは……致し方ないとしても、そのせいで他の方に迷惑を掛けるのは断固として避けたいところだ。


 とりあえず破損した商品はすべて回収して代金を払うとして……。


 社員さんの方を見る。 

 まだ気を失っているようだ。証拠隠滅のつもりはないけど、掃除はしておこう。当然、残業代なんて請求するつもりはない。

 内心で頭を抱えながらも携帯を取り出して、社員さんのために救急車を呼ぼうと思う。見たところ特に異変も無く、眠っているだけのようだけど……。念のためだ。

 そのとき、瑠璃ちゃんが声を掛けてきた。


「なにをしてるの? 本当に電話を掛ける気?」


「ああ、今は違うよ。社員さんのために救急車を呼ぼうと思って」


「その必要はないわ」


「そうは思えないけど」


「……。今のあの人はただ眠っているだけ。放って置いてもそのうち目覚めるわよ。しかも、すごくスッキリしてね」


「その言葉を「はいそうですか」と信じるには、ちょっとオレは除け者すぎるかな……。情報が無さすぎるよ。納得できる要素が無い。君たちのことも、あの魔獣についても」


 レスキュー番号だけを入力した携帯を手にしたまま瑠璃ちゃんを見る。

 瑠璃ちゃんはしっかりオレを見て言った。


「それこそ、「信じてもらうしかない」わ」


「それは違うね。君にはまだ話せることがある。違う?」


「だから、話せないのよ……。これ以上は」


「本当にそうなのかな? オレは今回、君たちが秘匿しておきたい現場に居合わせてしまった。君はそういった人の記憶を消すことがルールだと言っていたけど、多分、オレの記憶は君たちの手じゃ消えないし、消そうとしたときに君たちの身に何が起きるかも保証できない。オレはもう他人じゃないんだ」


 オレは瑠璃ちゃんに微笑みかけてこう言った。


「そうだな……。こう考えたことはない? 君たちは社会的にはまだ子供で、制約もたくさんある身だ。こういうことをするにあたって、不自由なことも多いと思う。今回のことはまさにそれだと思う。オレのような魔法が効かないって人が他にいないとも限らないし」


「いるわけないでしょ!」


「いないとも限らないし」


 瑠璃ちゃんの勢いの良いツッコミを無視して続ける。


「そんなとき、話の分かる外部の協力者が一人くらいいたらな……って」


「それは……。あなたがそうなるって言うの?」


「成れるかもしれないってことだよ。そして誓って言うけど、オレはこの件に興味本位で首を突っ込もうとしているわけじゃない。さっきも言ったように、オレはここに散らばった商品の弁償をする義務がある。この件が表沙汰になったとき、もしかしたら……いや、高確率でオレはここを首になるだろうし、最悪の場合、社会的地位を失う可能性だってある。分かりやすく言うと、前科が付くってことだね。大学を辞めなければならなくなるかもしれないし、この地域に居られなくなる可能性だってある。オレは今、君たちが思っている以上に危うい立場にいるんだよ。普通に考えて、かなり深刻な状況だ。そして、もしも君たちがオレの記憶を消したとすれば、オレは身に覚えのない罪を、何故自分がこんなことをしたかも分からないまま、金銭的にも社会的にも償うことになる。それはとても恐ろしいことだよ、瑠璃ちゃん。賢い君なら分かるよね? オレには知る権利があるはずだ」


 マジで。

 何の事情も分からないままこれだけの商品の弁償をするとか、いくらなんでも、さすがにやってられんて……。

 それに、信乃ちゃんの件がある。オレの身に何かあれば、火の粉はオレを越えてあの子にも降りかかるだろう。弁護士先生に後を託すにしても、彼女はきっと哀しむ。特に信乃ちゃんの件はオレが自分の意思で踏み込んだことだ。ここで無責任に消えることは許されないだろう。

 それはそれとして、瑠璃ちゃんには言わないけど、図らずも巻き込んでしまった側にも、相応の責任は生じるはずだ。本当なら葵さんにその役割を果たして欲しいところだけど、消えてしまったので仕方がない。

 瑠璃ちゃんの様子を見るにオレが巻き込まれたのは本当に偶然のようなので、吊るし上げるようなことはしないし、必要以上に責めるようなことを言うつもりもないけど、不運にも巻き込まれた人間がどういう状況に陥っているのかは理解して貰いたいところだ。


「……」


「君が事情を話すことで生じる責任はオレが取るよ。もしも『魔法少女』としての上司とか、所属している機関、組織があるなら、直接オレがそこと話をしてもいい。それくらいはなんとか……。ただ、もしも……事情を話すことで君たちに大きな不利益を生じるなら無理強いはしないよ」


「不利益って?」


「君たちが……そうだな。例えば死んでしまうとか、手足を失うとか、記憶を失うとか、さっき言った所属機関から厳しい罰を受けるとかそういうの」


「は? そんなのないわよ、別に」


「無いんだ……。じゃあなんで言えないの?」


「それは……」


 瑠璃ちゃんが口籠る。


「茶々ちゃん?」


「えっと……えっと……」


 なんで二人して口籠るのか。

 ここまで話をしてなお茶々ちゃんでさえ何も言えないとなると……。


「もしかしてだけど、それって君たちじゃなくて……聞いた人の方に不利益が生じるのかな?」


「瑠璃ちゃん。もうはなそーよ……」


「茶々!」


「なるほどね。今の反応である程度は理解したよ。君たちはずっとオレを案じて情報を伏せてくれていたわけだね。ありがとう」


「……」


「おにーさん……」


 二人は申し訳なさそうに、微笑んでいるオレを見上げている。


「茶々ちゃんはおしとやかだけど人を想いやれる強い芯を持っているようだし、瑠璃ちゃんのそれも突き放すことで危険から遠ざける……厳しさを孕んだ優しさなんだってことは伝わった。君たちは優しい子だ。でもね、今回に関してだけ言えば、その優しさは発揮するべきじゃない。子供二人で抱えきれる許容量を明らかに超えている。オレはそう思うよ」


「瑠璃ちゃん……」 


「……。分かったわよ。良いのね? 警告はしたわよ? どうなっても知らないからね?」


「大丈夫。オレもそれなりに大人だ。自分のケツは自分で拭くよ」


「け!?」


「お尻……」


 瑠璃ちゃんがぴゃ、と驚いた様子を見せ、茶々ちゃんはほんのりと気まずそうにする。

 なるほど。なんとなく二人の性癖というか、在り方は感じ取れた。何がとは言わないけど、ストレートかむっつりか、みたいなところ。


「そうね……なにから話せばいいかしら」

 

「とりあえず魔獣についてだけで良いよ。そこから気になることを質問させて貰うから。それと……」


「なに?」


 オレは片手を顔の前に持ってきて「ごめん」というハンドシグナルを作り、こう言った。


「掃除道具持って来ていい? 時間もあまり無いし、話は掃除しながらで……」


「……」


 瑠璃ちゃんは白い目でオレを見てこう言った。


「KY」


「……。よく言われるなあ、最近……」


「やっぱりホントに変な人なんじゃない」


 変な人って言うな。クソガキって言うぞ。そして哀しいから止めて欲しい。


 ちょっと苛立ちを感じながらもそれを表には出さずに掃除道具を取りに行くオレの後ろから誰かが駆け寄って来る音がした。振り向くと茶々ちゃんが居て、おずおずとこう言った。


「あの、おてつだいします」


「君はほんとにいい子だね……。ありがとう。助かるよ。ホントに」


 その優しさにしみじみと感じ入るものがある。

 茶々ちゃんに箒と塵取りを任せ、オレはモップを取りに行った。


 その後、掃除を始めたオレと茶々ちゃんの近くで座っている瑠璃ちゃんが話を始めてくれる。


「手伝うわよ」


「いいよ。背中、まだ痛むんでしょ? 無理しないで」


「……」


 瑠璃ちゃんは不満そうだ。

 オレを手伝ってくれるという瑠璃ちゃんの『気持ち』を受け取ることを拒否しているわけだから気持ちは分かるけど、今は大事にして貰いたい。


「気持ちは嬉しいよ。でも、今は自分を大事にして」


「すぐ治るわよ」


「うん。だから治ってからね」


「なおってからね!」


「茶々ぁ、あんた覚えときなさいよ」


 楽しそうに掃除をしている茶々ちゃんにヤジを飛ばす瑠璃ちゃん。

 さっきまでのオレへの態度とか、魔獣の件もあるけど、なんとか色々と丸く収まりそうで感無量だ。


「じゃあ、魔獣について説明するわよ」


「うん」


 茶々ちゃんが箒で綺麗にしてくれたところをせっせとモップで水拭きをしながら話を聞く。


「あれはね。人の『夢』を食らう魔法獣なの。人の心の中に寄生して、人の心の中の『夢』を食べて成長し、やがて現実の世界に孵る。そして孵った魔獣は宿主を食べるのよ。その存在ごとね」


「存在ごと……? もしかしてそれが……初めから世界に居なかったことになる、あれなのかな?」


「そう」


「じゃあ、茶々ちゃんと瑠璃ちゃんがしばらく『世界から消えていた』のは、魔獣に食べられてたからってことか」


「……そういうことになるわね。情けないけど……あたしたちはあの日、茶々のご両親から孵った二体の魔獣の対処に失敗したの」


「なるほど……。茶都山家と瑠璃ちゃんの存在が消えていたのはそれで……ってことは、茶々ちゃんが葵さんに助けて貰ったって言うのは」


「ええ。あたしたちを魔獣の腹から解放してくれたのが、葵さんだったの。あたしは会うのはそのときが二回目だけど、茶々は初めてのはずよ」


「うん。はじめてだった」


「そうなんだ。そんなことがあったんだ……」


 はー……。なるほどなぁ。

 それは確かに、二人も葵さんに対して強い恩義を感じるわな……。ある意味で殺されるより悲惨な状況を食い止めてくれたわけだし。


「じゃあ社員さんはそれに寄生されてたってこと? 君たちがこの時間にここに来たのはそれで?」


「そう。魔獣が孵るときには魔力の乱れというか、予兆があって……あたしたちはそれを感じ取って孵る前にそれを駆除するのが役目なの。逆に、予兆が出るまで人の中にいる魔獣を感知することはあたしたちにも出来ない。しかも予兆が現れるのって、数日前だったり孵る直前だったり個体差があって……。予兆が出てから孵るまでの期間が短い魔獣に限って、滅茶苦茶強いのよ。このお店の人もそうだった。茶々のご両親も……。だから今回は孵る前にあの人を強制的に眠らせて、その間に記憶を消すことで対処しようとしたの。魔獣に寄生されてる人は多かれ少なかれ自覚があって、それを消せば魔獣は封印……眠りに就いて孵らなくなるから。茶々は気に入らなかったみたいだけどね?」


「そうなんだ……。あのとき「仕方ない」って言っていたのはそれで……。じゃあ、葵さんが記憶を消すことに固執している様子なのも?」


「だと思うわ。少なくともあたしはそう。そもそも魔獣っていうのは、自分たちの存在を『認識している』人間を好んで宿主にする傾向があるの。何も知らなければリスクは下がる。だから記憶を消すのよ」


 なるほど。

 確かに筋は通っている。

 今日の魔獣とこの子たちの戦いも壮絶だったし、魔獣退治に関する彼女たちの労力を考えると……魔獣が増えかねない危険因子の排除に動くのは当然だろう。


「問答無用で記憶を消すのは……どうせ話しても忘れるからってことなのかな?」


「そうね。それと、記憶消去の魔法も完全じゃないから、もしかしたらほんのりと覚えてるかもしれない。魔獣はその『ほんのり』を嗅ぎつけて来る」


「なるほどね……。じゃあ魔法についても教えられないって言うのは?」


「似たような理由よ。魔法と魔獣は切っても切れない関係なの。魔法を知っていれば、魔獣はそれを嗅ぎつけて来る。狙われるリスクが上がるのよ。それなのにこの子は……」


 瑠璃ちゃんは呆れたように茶々ちゃんの方を見た。茶々ちゃんは知らんぷりをして掃除を続けている。


「あの日の朝、あたしが茶々と一緒にあなたに会いに行ったのは、あなたの記憶を消すため。茶々から「変身したところを見られた」って聞いたから」


「そういうことか……。それで最初に茶々ちゃんの変身シーンを見たとき、必死に魔法じゃないって誤魔化して……。そう考えると……うん。確かにちょっとアレだね」


 迂闊と言うか意識が低いというか。

 茶々ちゃん、相当怒られちゃったんじゃないかな、瑠璃ちゃんに。あのとき、いやに茶々ちゃんが恐縮していたのはそれでかぁ……。納得した。


 でも、そっか……。

 誤解が解けた後も瑠璃ちゃんが頑なに「事情の説明はできない」って言っていたのも、記憶を消すって譲らなかったのも、本当に他意無くオレを守るためだったのか。オレを危険から遠ざけるために……。


 ごめん。

 分からんよそれは。

 世の中って難しい……。


「分かった。あと、これが個人的には一番気になっているんだけど、瑠璃ちゃんがオレを警戒していた理由って何なの? 葵さんが警告したって話だったけど、オレ、葵さんに特に何かをした覚えは無いんだよね。会ったのも一回だけだし」


「えっと……それは、その」


 瑠璃ちゃんが口籠る。

 おや……?


「それはですね」


 ここぞとばかりにとことこと近寄って来た茶々ちゃんが声を上げる。


「おねーさんは、おにーさんのことはなにも言っていないのです」


「というと?」


「……」


 自信満々に胸を張って嬉しそうに言う茶々ちゃんと、とても気まずそうに顔を逸らす瑠璃ちゃん。

 ちょっと面白いな。

 茶々ちゃんが箒でとんとんと床を叩く。調子に乗っているようだ。可愛いけど、箒の先が痛むからそれやめて。


「おねーさんが言ったのは、えっと……なんだっけ? 瑠璃ちゃん」


「あ、あんた、こ、こここここであたしに振るわけ!? 鬼!?」


「瑠璃ちゃん、葵さんはなんて言ったの?」


「あ、アン……東堂さんに気を付けろって」


「本当はなんて言ったのかな?」


「……あたしたちが居なくなっていたことを認識してる奴に気を付けろって」


 なるほど。

 確かにオレがピンポイントで当てはまってしまうわけだけど、だからといってオレ個人のことを言っているわけじゃない。

 あのとき瑠璃ちゃんが言ったことは事実じゃなかったわけだ。茶々ちゃんも訂正しようとしてたしな……。

 これはこの子の視野の狭さが招いた思い込みだな……。

 それでずっとあの態度か……。それは確かに、茶々ちゃんも謝れって圧も掛ける。


「なるほどね。じゃあもしかしてだけど、『敵』っていうのは、その条件に当てはまる人のことを言うのかな?」


「え? ええ……。魔獣は自然に発生するもの……のはずなんだけど、魔獣を操れる奴がいるらしくって……葵さんの話だと、そいつが『そう』らしいの」


「つまり、魔獣が倒されることで無かったことになったはずの被害を認識している人間ってことか。それが君たちの敵」


「そうね」


「なるほどね。そういうことか。それでオレを……。実際には違ったわけだけど。でも、確かにそれは勘違いしても……」


 ちら、と瑠璃ちゃんを見る。気まずそうだが、オレが理解を示すような態度を見せていることにどこか安堵しているようだ。

 でもケジメはちゃんとつけておこうか。


「ところで瑠璃ちゃん。オレに何か言いたいことはあるかな? ちなみに、オレは『改めて言っておいた方が良いことがある』んじゃないかって思っているよ」


「うっ……」


 気持ちは分からないでもないけどね。

 危機的状況を救われたことで盲信したんだろう。オレはそうなって欲しくないから信乃ちゃんや律ちゃんとなるべく距離を取るようにしていたわけだけど、あの感じじゃ葵さんがそこまで考えてるとは思えないし。

 そんなときに瑠璃ちゃんにとって神にも匹敵するような人の『警告』に合致する人間が現れたとなれば、あの態度も理解できる。

 でもそれとこれとは別だよね。


 にこにこと瑠璃ちゃんを見ていると、瑠璃ちゃんはしばらく悩んだあと、ぽつりと言った。


「ご、ごめんなさい……勘違いでした……」


「許します。オレも紛らわしかったよね。でも……今度からは気を付けて。オレだから良かったけど、他の人にするにはちょっと褒められた態度じゃなかったから」


「あん……東堂さんみたいな人が他に居てたまるもんですか」


「今回のことだけじゃないよ。それに……もし本当にオレが『敵』なら、警戒してることがバレた時点で状況は最悪だと思うんだけど。瑠璃ちゃんはどう思う?」


「……。はい……そう思います……」


「ふふ」


 小言を食らい意気消沈している瑠璃ちゃんを見て、茶々ちゃんが笑っている。

 瑠璃ちゃんは恨めしそうに茶々ちゃんを睨み、茶々ちゃんはひょいとそっぽを向いた。


「瑠璃ちゃん。八つ当たりはダメだよ。茶々ちゃんはずっと瑠璃ちゃんを止めてたんだから」


「……はい」


「よろしい。これはお節介だけど、瑠璃ちゃんはもう少し茶々ちゃんの話に耳を傾けると良いかもね。相手が何を考えているのか一度ちゃんと聞いてみてさ」


 どうも瑠璃ちゃんには猪突猛進なところがあるようだ。

 そして茶々ちゃんは瑠璃ちゃんよりも視野は広そうだけど、引っ込み思案だからか強く自分の意思を伝えきれないところがある。見ていてそう思った。


 でも、二人がもっと分かり合うことが出来れば、良い影響を互いに与えそうだなとも思う。

 互いの長所を活かし、互いの弱点を補い合う関係になれそう。

 そのためには色々な意味で強そうな瑠璃ちゃんの方が自覚しないといけないとも思うけど。


「……」


 瑠璃ちゃんが不貞腐れてる。気が強そうだしそうだよなって。

 オレは苦笑して、瑠璃ちゃんの頭をぽんぽんと叩いた。


「な、なにすんの! 子ども扱いしないでよね」


「はは。ごめんね。ところで……君たちが魔法少女になった理由はなにかあるの? これは完全に興味本位だから無理して言わなくても良いけど」


「別に、たいした理由じゃないわ。あたしたちにも合ってるか分かんないし」


「そうなの?」


「そーなんです」


「そうなんだ……」


 そうらしい。


「ただ、夢を見たの。魔獣に襲われる夢。夢の中で魔獣と戦って、倒して、目が覚めたらこの石を握ってて、なんとなく事情を知っていた。それだけ。これは茶々も一緒よ」


「うん。いっしょだよ」


「二人一緒に魔法少女になったってわけじゃないんだ?」


 大いなる意思とか、変な小動物に諭されて二人一緒に魔法少女になったってわけじゃないんだな。


「違うわよ。あたしの方が早いの。先輩ってわけ」


 ふふん、と胸を張る瑠璃ちゃんだけど、もうそんな威厳は崩壊していると思うよ。


「瑠璃ちゃんとはまじゅー退治のときにぐーぜん会ったんです」


「ちょっと手強い魔獣を一緒に倒したのが最初の出会いかな……。後からおんなじ学校だったって知ってびっくりしたけどね」


「えへへ」


「なんでそこで照れてるのよ」


 茶々ちゃんが照れ臭そうに笑っている。かわいい。

 さながら新婚夫婦が馴れ初めを語られて恥ずかしがっている、みたいな感じかな。


 色々と話を聞けて、納得できることも多かった。

 結構すっきりしたと思う。

 ただ茶々ちゃんも瑠璃ちゃんも無敵の魔法少女じゃなかった。普通に負けてるみたいだし、葵さんが助けてくれなかったらそのまま消えてなくなってたらしいのがハードだよね。

 現実的と言えばそうなのかもしれないけど、もうちょっとライトな感じでも良かったんじゃ……と思わないでもない。

 今回のことはオレとのいざこざでミスって大事になったようだけど、『空白の数日』のときは真っ当に敗北しているわけだし。この子たちがやってることって、かなりリスク高いよね。

 しかもボランティアなわけだし……。


「話をしていて思ったんだけど、他に魔法少女はいないの? 聞いてるだけでもかなり危険だし、もし葵さんみたいに大人の魔女?がいるなら、任せた方が良いんじゃないかなって思うんだけど」


「いないと思う」


「うん……。会ったことないよ」


 瑠璃ちゃんと茶々ちゃんはそう言うが、本当にそうなんだろうか。

 魔法少女になる条件が夢の中で魔獣に打ち勝つことなら、他にも居そうだけどなぁ、魔法少女。


 ただ、一つ思ったことがあって……。

 魔獣に負けると最初から存在しなかったことになるわけだから……。

 他に魔法少女が居たとして、その子たちが魔獣と戦って敗北していたとしたら……。

 二人が他の魔法少女を認識していないのも当然というか……。

 二人の件からして、魔獣のルールが魔法少女にも適用されるのは確認できているわけだし。でもそれだと魔法少女側が魔獣に食べられた人は消える、っているルールを認識しているのはおかしいか。だったらやっぱり他にはいないのかな?


 どうなんだろう。なんか急にホラーみたいな展開になって来たな、これ。


「ちなみになんだけど、魔獣を放って置くとどうなるの?」


「宿主だった人は存在ごと消されて……その被害は広がっていくと思う。そして、『消化』されてしまえば、たとえ魔獣を倒しても食べられた人は戻らない」


「そうか……被害者は世界から忘れられるから、そもそも被害が認知されない。だからそうなる前に食いとめないといけない。結構厄介だね……」


「そうなの。分かった? だから魔獣が孵る前に、宿主を見つけ次第その記憶を消した方が楽だし安全なのよ。誰にとってもね。事前防止策ってわけ。事前防止策」


 なんか偉そうだな。

 でも正論だとも思う。


 ということは、オレはともかく、信乃ちゃんが魔獣に寄生されていたのか?

 だから葵さんはオレ達の記憶を消した?

 可能性はあるけど、どうかなぁ。

 これは完全に偏見なんだけど、彼女の場合は違う気がする。


 しかしこれはどうしたものかな。

 事情は分かったけど、オレに出来ることは無さそうだ。

 彼女たちを危険だからと止めるのは簡単だけど、代替案が無い。もしも信乃ちゃんや田辺が急に消えて、しかもオレ以外それを認識していないなんてことがあればとても哀しい。

 代わりに戦うよなんて言えるはずも無いし……。

 最初に言ったように、外部の協力者として彼女たちのサポートを出来る範囲でするのが良いのかな。オレには関係ない好きにやっててと距離を取って日常に戻るには、茶都山家との付き合いがね……。それで茶々ちゃんになにかあれば……急に隣の家から娘さんが消えたりしたら、事情を知っている身としてはさすがに心苦しい。だから出来る範囲でのサポートが適切かなと思う。懸念点は、また彼女たちが敗北して消えてしまうようなことがあったとき、オレにはそれを解決する手段がないってことだ。葵さんがまたなんとかしてくれるならいいけど……。葵さんだって多分無敵の人じゃないだろう。少なくとも人間性にちょっと……弱点が多いのは分かったし。

 二人には頭が下がる思いだ。自分達には関係ないと魔獣関連から距離を取ることも出来るだろうに、世のため人の為に率先してボランティア活動を続けている。


「そうだね。話を聞いて……オレとしても二人には頭が下がる思いだよ。自分の命の危険を自覚した上でそんな危険なボランティアを続けるなんて」


 自分たちが『食われた』経験がある以上、魔獣退治がどれだけ危険なことかを二人は自覚しているはずだ。そのうえでまだ続けているのだから、その善良な精神性には頭が下がる。


「その危険を承知で、君たちはまだそれを続けるの?」


「ええ。もちろんよ」


「う、うん……」


 瑠璃ちゃんは胸を張って、茶々ちゃんは瑠璃ちゃんの方をちらちらと伺いながら言った。

 それぞれの反応にこの件に対する向き合い方や在り方のようなものを感じ取れる。


「そっか。分かった。確認だけど、きっと君たちは自分の両親や友達にも本当のことを言えず、ずっと二人で頑張って来たんだよね? もしかしたら『伝えた』からこそ、『空白の数日』が生まれてしまった可能性もあるけど……。きっと、茶々ちゃんのご両親は二人がやっていることを知らないんじゃないかな。少なくとも今は」


「うん……」


「そうね」


 茶々ちゃんは神妙に頷き、瑠璃ちゃんはふいとそっぽを向いた。

 茶々ちゃんは多分『空白の数日』の件だろうけど、瑠璃ちゃん一家もまた何か一波乱あったっぽいな。瑠璃ちゃんは葵さんに会うのは二回目だって言ってたから、もしかしたらそういうことなのかもしれない。だとすれば、それはやっぱり……うん……。

 葵さんに心酔もすると思う。

 むしろさっきはよく葵さんからオレを庇おうとしてくれたよ。


 なんとなく分かったかもしれない。

 瑠璃ちゃんはきっと葵さんみたいになりたいんじゃないかな。

 オレが『かつて現れなかった大人』に成ると誓ったように、瑠璃ちゃんは『現れてくれた大人』のようになりたいと……。

 それは決して悪いことじゃないけど、出来ればもっと多くの人を手本に育って欲しいなぁと思う。

 それと、オレとしてもちょっとだけ葵さんへの認識も変わったひと時だった。

 

 彼女たちへの認識もそうだ。大きく変わった。

 だから頑張っている健気な女の子二人に、オレなりに言葉を送りたいと思う。


「二人のご両親の代わりにはなれないしなるつもりもないけど……今、たぶん君たちの状況を一番知っている身近な大人として『お願い』をしたい。聞いてくれる?」


 モップを持ったまま二人の前でしゃがみ、目線を合わせて言う。笑顔はなく、真剣に。


「他の人を助けようとする姿勢は尊いものだと思う。オレは君たちを尊敬しているし、知人として誇らしくも思う。だけどそれで君たちになにかあれば、一番傷つくのは君たちの一番大切な人だ。さっき使命と言う言葉を使っていたけど、君たちのやっていることは義務じゃない。どうかいざというときには自分を大切にする選択をして欲しい。お願いできるかな?」


「……見捨てろってこと?」


「瑠璃ちゃん……」


 瑠璃ちゃんが強い瞳でオレを見つめ返してくる。

 茶々ちゃんはオレの言葉の意味が分かっているんだろう。だから瑠璃ちゃんを窘めたい、けど出来ない。そんな葛藤を感じる。

 でも安心して欲しい。オレはここで言葉を濁すつもりはない。


「そうだよ。知らない誰かより、君たちの方が大切だから」


「……っ」


 瑠璃ちゃんが怯んだ。


「君たちにはそう思ってくれている人が居て、君たちにもきっとそういう人がいると思う。それが誰かは言わなくても分かるよね? きっと今、君たちはその人のことを考えていると思うから。だからどうか無茶はしないで欲しい。何かあれば相談して? 出来る範囲で協力するから。それが『変な』お兄さんからのお願いだ」


「……変なって、自覚あるんじゃない」


「あのねぇ……。そういうのって本人が強調したら触れないものなんだよ、瑠璃ちゃん」


 ちょうど、掃除も終わったところだ。

 茶々ちゃんから箒と塵取りを預かり、モップと一緒に片付けに行く。水バケツはそのあとで。


「片づけたら送って行くよ。社員さんは……病院に連れて行かなくて本当に大丈夫なんだよね?」


「ええ。それは間違いないわ。いつもそうだから」


「いつも、か。やっぱり、それなりの場数を踏んでるんだね。片付けて来るから待っててね」


 掃除道具を片付け終わり、一度締めたレジを開き、かき集めたバーコードを打ち込みまくって会計をする。

 く、苦しい……。


 あとは……。

 さすがに床で寝っ放しは社員さんが可愛そうなので、なんとかスタッフルームの椅子へ連れて行ってあげよう。

 社員さんの傍に行き、抱えようとしたけど、重い。やっぱり引きずるのがやっとだな……。


「どうしたものかな……」


「どうしたんですか?」


 眠っている社員さんの前で腕を組んで悩んでいるオレに、茶々ちゃんが近づいてきた。


「ん。社員さんを裏まで連れて行ってあげたいんだけど抱えられなくてね。引きずっていくのはさすがに気が引けるから。うーん。台車とか使おうかな……」 


「そうなんですね。分かりました!」


 茶々ちゃんが変身し、社員さんを両手で掴んだ。万歳の格好で、社員さんを横に持ち上げてこう言った。


「いきましょう!」


「……そうだね」


 正直に言うと、さすがに反応に困る。

 パワーあるね、というのは女の子には褒め言葉じゃないだろう。褒め言葉と受け取ってくれる人もいるかもしれないけど、この子は多分そのタイプじゃない。


 シュールだな……。

 後ろをついて来てくれる両手を挙げた茶々ちゃんと、持ち上げられて力なく反っている社員さんをちらちらと見ながら、スタッフルームへと向かう。

 途中、茶々ちゃんがふいにこう言った。


「あの、おにーさん。さっきはありがとうございました」


「ん? なにがかな?」


「その、うれしかったです。いっしょーけんめい、わたしたちを助けようとしてくれて」


「ああ、魔獣に体当たりしたこと? 気にしないで。結局、なんの意味も無かったしさ。君たちを助けてくれたのは葵さんだよ」


「そうですけど、そうじゃないんです」


 茶々ちゃんが真剣な様子で言う。


「たくさん物を投げてくれてました。お金……たくさんかかるんですよね?」


「……」


 思ったより真剣な話しだったので改めて茶々ちゃんの方を向く。

 茶々ちゃんはこう続けた。


「わたし、勇気がもらえました。おにーさんは魔法が使えないのに、一生懸命で……。魔獣に体当たりもそうですけど……。その、おねーさんのことは尊敬してますけど、でも。瑠璃ちゃんのこともあったし……。だからおにーさんがおねーさんに、瑠璃ちゃんに謝ってって言ってくれたこと……、わたし、うれしかったです。それにお金のことも、何も言わないし……」


 うーん……。

 泣き落としで一回言ったけど、茶々ちゃんの中ではカウントされていないらしい。

 しかしえらくしどろもどろだな。もうちょっとはっきり喋ってた気がするけど……緊張してるのかな?

 まあ、人に気持ちを伝えるのが恥ずかしいって人もいるからね。


「あの、わたしもお小遣いで……お年玉があるので……」


「それはダメ。だめだよ? 子供がそんな気を遣わなくていいの。オレはその覚悟があってああしたんだから。茶々ちゃんは真似しちゃダメだよ? いいね?」


「ふふ……」


 茶々ちゃんが小さく笑った。

 そして少し口をもごもごと動かしてから、照れ臭そうに笑い、こう続けた。


「あの……。わ、わたし。その、お、おにーさんみたいな人に……なりたい、です……。な、なんて……。えへへ……」


「……」


 恥ずかしそうに茶々ちゃんはそう言ってくれた。

 なにこの子、可愛い。いじらしい。


「ふふ……」


 思わず微笑みが零れた。

 それをどう受け取ったのか、茶々ちゃんが恥ずかしそうにこう言った。


「あ、む、無理ですよね。わたし、おにーさんみたいにはっきり言えないし……。瑠璃ちゃんを止められなかったし……。ごめんなさい、変なこと言っちゃって」


「そんなことないよ。オレは茶々ちゃんの気持ちがとっても嬉しいよ」


 胸に染み入る感情を言葉に乗せて、しんみりとオレはこう言った。


「ありがとう」


「え、えへへ……」


 茶々ちゃんは嬉し恥ずかしそうに笑った。

 オレは思った。


 ―――社員さん、邪魔だなぁ……。


 いや、考えてもしょうがないんだけども。彼は完全に被害者なわけだから。

 でも今のやり取りの間、社員さんずっと茶々ちゃんの上で浮いてたからね……。


 そうこうしているうちにスタッフルームに着く。

 パソコン前の椅子に……いや、落ちたら大変か。茶々ちゃんには申し訳ないけど、和室仕様の休憩室まで移動し直すことにする。

 休憩室に着いたら、茶々ちゃんには社員さんを畳の上に横たえて貰った。そして社員さんの傍に凹んだ缶コーヒーを置いて……。


「おつかれさまです」


 一筆書いた紙を、缶の下に挟んでおいた。


 その後、瑠璃ちゃんを先に、オレ自身も帰宅と同時に送迎できる茶々ちゃんを次に自宅へと送り届ける。瑠璃ちゃんには「飛んで帰れる」から良いと拒否られたが、そこはオレも折れずに押し通した。飛んでいるところを見られたら、それこそ本末転倒だろう。


 魔獣の性質を考えれば、あまり力に溺れない方が良い。


 そう伝えると瑠璃ちゃんはバツが悪そうな表情を浮かべた。

 そのことを考えつかなかったのはやっぱり子供だなとちょっと安心する。


 久しぶりに波乱な一日を終え、オレも帰宅し寝ようかなと……。

 その前に郵便ポストを覗いた。

 中には差出人の分からない封筒が一つ入っている。

 あて名は間違いなくオレだ。

 封を開けて中を見る。


 中には意味不明な図が描かれた紙が一枚だけ。

 魔法陣のようにも見えるけど……。


 ちょっと今日は疲れたし気も滅入っているから止めて欲しいなと、またなんか始まりそうな気配を感じて辟易する。

 

 魔法陣が光り出した。

 光はオレを呑み込み、オレの手の中で魔法陣が描かれた紙が燃え始める。

 

「……」


 魔法陣が燃え、光が収まる。

 燃えカスが風に乗って散らばった。


 なんだったんだろう……。


 オレは指先に残った魔法陣が描かれていた紙の燃えカスと封筒を持って家の中に入り、それをゴミ箱にぽいと投げ入れ、風呂に入った。


 布団に潜り込み、眠る前にふと考える。


 出費が凄い。もしかしたらバイトも首になるかもしれない。この地域にもいられなくなるかもしれないし、大学ももしかしたら……。変なことにも色々巻き込まれるし。不幸が色々と続いている。


 オレは思った。


 ―――そうだ。御祓い行こう。


 それがいい。

 そうしよう。

 オレは安心して眠りに就いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ