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MS8

「大丈夫ですか? しっかりしてください」


 茶々ちゃんたちから社員さんを引きずって離れ、頬をぺちぺちと叩いた。反応はないが、胸元に耳を当てると脈の確認は出来たし、呼吸もしているようなので気を失っているだけだろう。

 社員さんから体を離して立ち上がり、茶々ちゃんたちの方を見る。今まさに戦いが始まろうとしていた。


 茶々ちゃんと瑠璃ちゃん、そして葵さんがそれぞれのステッキを魔獣へと向ける。

 魔獣は三人からの敵意を感じ取ったのか体を反らし、大きく遠吠えをした。そこに怯えた様子は見られない。闘争本能をむき出しにしたその姿からは、狩人、捕食者としての矜持のようなものを感じ取れる。


 律ちゃんの件のときに見た化け物はともかくとして、初めて見る魔法少女と言う正統派な非日常。心のどこかで期待していたのは、茶々ちゃんの変身シーンを目撃してしまったときから変わらない。


 たとえば、空中に描かれる輝く魔法陣、放たれる極光の帯、敵を追尾する小さな光球。三人のステッキがそれぞれの名を冠した色の輝きを放ったとき、オレはついにそういう魔法を目の当たりにするときが来たと期待した。でも、なんかちょっと地味だった。


 まず、茶々ちゃんは光を放つステッキを手の中でくるくると回しながら両手を前へと突き出した。ステッキは茶々ちゃんの手を離れ、茶々ちゃんの少し前を浮遊しながら回転速度を急激に上げ続け、光の円を空中に描き出す。やがて激しい輝きが収まったとき、茶々ちゃんの前には神々しい光の盾が浮遊していた。


「やー!」


 茶々ちゃんは盾に身を隠しながら魔獣へと突進していく。


 瑠璃ちゃんは輝きを放つステッキを刀を持つように握り、足を前後に大きく開くと、頭上を越えて体が反るほどに腕を大きく振りかぶり、ステッキを一気に振り下ろした。そのひと振りは瑠璃色の光の残像を残し、へそ辺りでぴたりと止まる。光の残像が瑠璃ちゃんの持つステッキを追いかけ、光とステッキが重なったとき、光はステッキ全体を包み込んだ。光はステッキの先端からさらに伸びていき、薄く広がると、刃を形作り安定する。瑠璃色の光で作られた西洋剣だ。


「はーっ!」


 瑠璃ちゃんは西洋剣を腰だめに構え、魔獣へと突撃していく。


 そして葵さん。葵さんはステッキを握った手を横に広げると、肘を僅かに曲げ、手首をぐるんぐるんと回し始める。ステッキの先から放たれる光が線状に渦を巻き、固定される。

 リボンか?

 いや、鞭か?


 そう思ったとき、渦を巻いていた線上の光がガラスが割れるように飛び散った。


 光が形作ったのは鞭でもリボンでもない。現れたのは光の鎖だった。しかも光で作られた長い鎖の先端には、無数の鋭い突起のある球体が繋がっている。フレイル型のモーニングスターだ。一人だけやけに武器が凶悪だった。


「おぉ……! 魔法だ……! いや、魔法か……? 魔法か……」


 夢を破壊された少年のような気持ちで三人を見る。

 結構、現実的だなって……。


 葵さんが腕を大きく振るった。

 魔獣へと突っ込む茶々ちゃんと瑠璃ちゃんの隙間を縫うように、モーニングスターが魔獣へ向かい通り過ぎていく。瑠璃ちゃんと茶々ちゃんはかなり驚いた様子で、自分たちの間を通り過ぎて行ったモーニングスターを目で追っている。


 二人に先んじて到着したモーニングスターを、魔獣は体を回転させ、装甲を纏った尾で弾き飛ばした。弾かれたモーニングスターが瑠璃ちゃんの方へと飛んでいく。


「「あぶない!」」

 

 オレと茶々ちゃんの声が重なる。

 瑠璃ちゃんは咄嗟に光の剣の後ろに体を隠した。


「……っ!」


 葵さんが腕を大きく引くが間に合わず、光の剣にモーニングスターが激突し、瑠璃ちゃんが僅かに押し戻される。瑠璃ちゃんは困惑と苛立ちが混ざったような瞳を背中越しに一瞬だけ葵さんに向けた。

 そして茶々ちゃんが心配そうに叫ぶ。


「瑠璃ちゃん!」


 瑠璃ちゃんを心配して叫んだ茶々ちゃん。一方、茶々ちゃんが叫ぶ原因を作った葵さんは苛立たし気に瑠璃ちゃんの背中を一瞥し、魔獣へと視線を戻す。そして葵さんは大きく腕を振った。光の鎖が大きくしなり、その先に繋がった光のモーニングスターが鎖に追従。魔獣の上方向から落ちて来る。魔獣はそのとき茶々ちゃんに襲い掛かろうとしていた。しかし茶々ちゃんの意識は完全に瑠璃ちゃんに向いている。


「茶々!」


 瑠璃ちゃんが叫ぶ。


「前!!」


 瑠璃ちゃんに名前を呼ばれたことで「えっ」と驚いた様子を見せた茶々ちゃんは、次の言葉でようやく魔獣の接近に気がついた。茶々ちゃんが咄嗟に構えた盾は間に合い、主の身を守る。だが不意打ちをされて踏ん張りが利かなかった茶々ちゃんの小さな体は魔獣の体当たりに耐え切れず、大きく弾かれて後退させられる。

 そのとき、魔獣の胴体に葵さんのモーニングスターが激突する。

 魔獣は衝撃で飛ばされたが、空中で回転すると何事も無かったかのように着地し、再び茶々ちゃんへと飛び掛かる。


 葵さんが再び腕を大きく動かし、光の鎖をしならせモーニングスターを振るう。

 瑠璃ちゃんが地面を強く蹴り、魔獣に押し込まれた茶々ちゃんのカバーに入ろうと駆けだした。


 魔獣は茶々ちゃんの持つ盾の側面を狙うように、横殴りに大きな前足と鋭い爪を振るったが、茶々ちゃんはすぐさま盾の向きを変えると、盾の正面を魔獣の攻撃に合わせ、それを防いだ。


「……っ! 重っ……!」

 

 今度はしっかりと迎え撃てたからか、茶々ちゃんが先ほどのように吹っ飛ばされるようなことは無かった。しかし衝撃は大きかったようで、茶々ちゃんは体勢はそのままに、滑るように後退させられる。

 そのとき、光の剣を腰だめに構え、魔獣の脇腹を突く位置に瑠璃ちゃんが駆けつける。


「そのまま!」


 瑠璃ちゃんが茶々ちゃんの脇から飛び出し、魔獣に飛び掛かった。握った光の剣で魔獣の前足の脇から逆袈裟斬りに刃を振るう。

 しかし瑠璃ちゃんの刃は魔獣の硬い毛皮に阻まれ、その肉まで到達することは無かった。


「かっ……た……っ!! ぎゃっ!」


 瑠璃ちゃんの攻撃をものともしない魔獣はしなやかな動きで体を捻り、もう一方の腕を邪魔なものを薙ぎ払うように振るうと、勢いよく瑠璃ちゃんを殴りつけた。瑠璃ちゃんが宙に浮かされたとき、タイミング悪く到達した葵さんのモーニングスターが瑠璃ちゃんの背中を強打する。


「か……っ!!」


「「瑠璃ちゃん!?」」


 オレと茶々ちゃんの声がまた重なる。


 大丈夫か……?

 茶々ちゃんと瑠璃ちゃんは声かけあってるけど……。

 葵さん……?


 ちらと葵さんの方を見れば、罪悪感を抱いているのか、無表情なりに申し訳なさそうに表情を歪めている感じはするけど、どこか不満げのようにも見える。

 葵さんがモーニングスターを引き戻す。

 そのとき、茶々ちゃんが叫んだ。


「瑠璃ちゃん!」


 瑠璃ちゃんは空中でモーニングスターに押され、魔獣の方へと近づいている。

 魔獣はその太い腕を乱暴に振るい、空中で身動きが取れない状態の瑠璃ちゃんを殴り飛ばした。瑠璃ちゃんの体が壁に激突し、ぼとり、と地面へと落ちる。

 

 茶々ちゃんが瑠璃ちゃんの方へと走る。

 魔獣は瑠璃ちゃんへの追撃に動く。地面に倒れ動かない瑠璃ちゃんに飛び掛かり、首を僅かに傾げて口を大きく開く。覗かせた鋭利な牙が、瑠璃ちゃんを頭部を噛み砕こうと迫っている。

 咄嗟に、オレは叫んだ。


「こっちだ! こっちだ!!」


 オレは近くにあった商品を手当たり次第に魔獣へと投げつける。魔獣の意識を少しでも瑠璃ちゃんから逸らそうと思ったからだ。

 もうやけくそというか、損傷した商品は後で全部買い取る覚悟だ。初任給はすべて補填に消えるだろう。

 ソースのボトルとか、肉みその瓶とか、魚の身を解したものを詰めた瓶とか、社員さんに買って来た缶コーヒーとか、とにかく手当たり次第に投げた。だけど全く効果は無い。

 オレの行動は多分全く意味は無かったけど、茶々ちゃんは間に合った。いや、正確には茶々ちゃんの盾が。


「やー!」


 茶々ちゃんは走りながら気合いの雄たけびを上げ、盾を投擲した。盾はブーメランのように半月の軌道を描き、魔獣の横っ面に激突する。

 魔獣が僅かに顔を仰け反らせた。僅かに遅れ、葵さんが再度放っていたらしいモーニングスターが魔獣の横腹に激突する。魔獣の体が大きく仰け反り、奥へと押し込まれる。しかし魔獣はすぐに両足を地面につき、瞬く間に体勢を立て直すと、倒れたままの瑠璃ちゃんへと再び襲い掛かった。


 引き戻されていく葵さんのモーニングスターと入れ替わるように、茶々ちゃんが瑠璃ちゃんと魔獣の間に滑り込んだ。茶々ちゃんは魔獣の横面に当たった後、その場にとどまりながら、まるで羽のようにゆっくりと落ちて来ていた盾の裏側に手を当てて、魔獣へ向けて突き出した。

 そのとき、盾の中央に位置する宝玉が黄金色の輝きを放ち出す。光は瞬く間に収束し、宝玉の中央から上下に伸びる一本の光の線になる。伸びる光の線はもともとの盾の長さを越えてから停止し、上からは下へ向けて、下から上へ向かって、盾の縁をなぞるように半透明の光が光の線から時計回りに流れ出し、光の盾はさらに大きく変化する。

 そのとき、僅かに身じろぎした瑠璃ちゃんが、苦し気に言葉を絞り出した。


「ご、めん……」


「っ……! るりちゃ、あ……っ!!」


 瑠璃ちゃんの声に反応した茶々ちゃんの表情が悲痛に歪み、僅かに振り向いてしまった。

 その一瞬にタイミングを合わせたかのように、魔獣が茶々ちゃんの盾に体当たりをぶちかます。

 不意を突かれたからか、茶々ちゃんは衝撃を受け止めることができない。盾は跳ね上がり、体は僅かに仰け反った。


 それだけじゃ終わらない。

 追撃だ。

 魔獣は片前足を大きく振り上げ、一気に盾へと振り下ろす。


「く、う……っ」


 魔獣の巨体と凄まじい力で上から盾を殴りつけられた茶々ちゃんの膝が、僅かに曲がる。

 魔獣がさらに盾を叩く。

 盾を支える小さな体が上下に揺れた。


 葵さんが放ったモーニングスターが魔獣の横っ面目掛けて接近する。しかし魔獣はまるでもう見切ったと言わんばかりに尾を一振りし、モーニングスターを弾き飛ばした。

 葵さんが不快気に眉をしかめる。


 その間も、魔獣の前足は何度も茶々ちゃんの盾を強く叩きつける。

 その度に茶々ちゃんの膝が少しずつ曲がっていく。盾を支える細い腕と足はがくがくと大きく震えている。

 まだ動けない様子の瑠璃ちゃんが絞り出すように言った。


「っ……逃げ、て……っ!」


「いや!! 今度は、わたしが……っ!!」


 瑠璃ちゃんの懇願を茶々ちゃんは跳ね除ける。


 「今度は」ということは、似たような状況が立場を変えて起きたことがあるのだろうか。

 もう投げる商品が無くなってしまった。被害総額は5桁は下らないだろう。

 

 ……しゃあない。


 オレは信乃ちゃんの件があってから地道に続けていたジョギングの成果を見せるときが来たと、化け物に体当たりをかまそうと駆けだした。


「おわ……っ!」


 化け物の後ろ脚に体当たりをかましたが、オレが吹っ飛ばされた。化け物はびくともしていない。というか、オレを気にしてもいない。そして肩がとても痛い……!


「おにーさん……! 瑠璃ちゃんを……!」


 自損事故さながら、魔獣に何をされるでもなく一人で吹っ飛ばされ、近くで転んだみっともないオレに、茶々ちゃんは苦し気な声で言った。


 もはや茶々ちゃんは膝が完全に曲がりきり、膝でなんとか立っていられているような状態だ。そう遠からず、魔獣によって押しつぶされるだろう。

 葵さんはさっきからずっとモーニングスターを魔獣にぶつけようとしているが、魔獣はそれを器用に弾いている。


「……。強い……」


 葵さんの忌々し気な呟きが聞こえて来る。魔獣に対する怒りや憎しみ、あるいは茶々ちゃんたちを助けられないことに対する自責のためか、歯ぎしりまで聞こえて来るほどだ。


「も……う……!!」


 茶々ちゃんの苦しげな声。その顔は真っ赤に染まっていて、脂汗が滲んでいる。


 どうする?

 オレの力じゃ魔獣に対抗できない。

 何故か今はオレが仮定した「異変に対するかなり強い抵抗力」も効果を発揮していないようだ。


 はっと、瑠璃ちゃんの方を見る。

 瑠璃ちゃんが握ったまま、その形を保っている光の剣。

 オレは這いつくばったままそれに手を伸ばし、瑠璃ちゃんの手から取り上げた。


 これでなんとかならないか!?


 ……。

 ボケがよ。


 光の剣は瑠璃ちゃんの手から離れた瞬間、しゅん、と纏っていた光を失い、ただのステッキに戻った。

 瑠璃ちゃんの手から離れたからか、オレが触ったからかは分からないけど……オレが触ったからだというなら、変なところで効果発揮すんなよオレの体質よぉ!


「だ……っ!」


 茶々ちゃんの手足が滅茶苦茶震えている。

 もう限界を迎えているようだ。


 ……。

 瑠璃ちゃんだけでも。

 

 そう思い、瑠璃ちゃんを引き寄せようと両手を伸ばしたとき、再度モーニングスターが飛来した。

 モーニングスターは魔獣の背中を越えたあと、くるりと方向を変え、化け物の腹の下を通り、また背中を越えて腹の下を通る。光の鎖が魔獣の体にくるくると巻き付いていき、ある瞬間で、ぴん、と張る。

 次の瞬間、魔獣の体が勢いよく宙に浮き、オレ達から離れていく。魔獣を連れ去ってくれた鎖の先を見れば、葵さんが砲丸投げの事前動作のように、ステッキを横向きに振り抜いていた。


 うわぁ……。

 長い鎖に絡め取られて引っ張られていく魔獣の体が、立ち並ぶ商品棚のことごとくをなぎ倒していた。途中、鎖が解かれ、魔獣の体は遠心力のまま壁に激突する。


 もうめちゃくちゃだよ。スーパーが。

 どうすんのこれ。さすがにこれはオレ責任取れないよ。


 とはいえ、今はそれどころじゃない。


「二人とも大丈夫?」


 発光が終息し元の大きさに戻った盾を地面に付けて四つん這いで荒い息をする茶々ちゃんと、横たわったままの瑠璃ちゃんに声を掛ける。

 瑠璃ちゃんが肘を支えに僅かに体を起こした。しかし背中の痛みが強いのか、一瞬体を強張らせ、すぐに倒れてしまう。

 茶々ちゃんはそんな瑠璃ちゃんを横目に哀し気な表情を浮かべているが、四つん這いの体勢から動こうとしない。腕がかたかたと震えていることから考えるに、腕と足に疲労が溜まり過ぎていて動けないようだ。


「あいつ……強い……」


「うん……」


 痛みをこらえているからか強張った声で言った瑠璃ちゃんに、茶々ちゃんが小さく同意する。


 強いんだ、アレ……。

 他が分からないから何とも言えないけど、二人からするとかなり強い部類らしい。


 オレは痛む肩を押さえながら二人から目を離し、店の奥を見た。

 葵さんがモーニングスターを好き勝手に振り回し、店の壁や天井を破壊しまくりながら魔獣と戦っている。


 これじゃあオレのバイト先が無くなっちゃうよ……。

 

「おねーさん……やっぱりすごいね……」


「……」


 茶々ちゃんは感心するように言ったが、どこか複雑そうだ。瑠璃ちゃんをやったのが葵さんだから無理はない。葵さんも故意では無いだろうけど、酷い……よな。謝りもしてないし。後で謝るのかもしれないけど……。


「行か……ないと……」


 瑠璃ちゃんは一生懸命に起き上がろうとしたが叶わず、ぱたり、とまた力なく床に伏せた。悔しそうに俯く。


 どうやら葵さんは二人より強いらしい。

 二人が一方的にやられた魔獣相手に葵さんは今、大立ち回りを見せている。

 互角のように見えるが、二人の反応を見るに間違いでは無いらしい。


 頬を地面につけ悔し気に眉を寄せている瑠璃ちゃんの頭を、オレは労わりを込めてそっと撫でた。


「……?」


「無理しないで」


 茶々ちゃんの方を見る。

 小さな体だ。瑠璃ちゃんもそうだ。小さな女の子。


「素人目だけど、葵さんって凄く強いみたいだし……彼女に任せられないのかな? 君たちが戦う必要はあるの?」


「……」


「そもそも……あの魔獣ってなに? 普通の生き物では無いよね」


「……。あん……。東堂さんは……知らない方が良いわ」


 瑠璃ちゃんはオレの質問に答えることを嫌がった。

 茶々ちゃんの方を見ると、困った様子ではあるけど何も言う様子はない。


「知らない方が良いって、どうして?」


「……」


「……」


 二人は申し訳なさそうな表情で黙ってしまった。


「それも言えないの?」


「その……」


「茶々……。ダメ」


 何かを言おうとした茶々ちゃんを瑠璃ちゃんが制止する。

 魔獣については何も言えない。言えない理由も話せない。何か事情はあるんだろうけど、さすがに店の惨状も踏まえると納得は難しい。でも怪我をして喋るのも辛そうな瑠璃ちゃんに無理やり話させるわけにもいかないしな……。


「茶々ちゃんも?」


「……」


「それは……オレだから言えないってことなのかな?」


「ち、違うよ!」


「誰に対してもってこと?」


「う、うん……」


 なるほど……。

 オレだけじゃなくて、誰に対しても魔獣に対して説明できないし、説明できない理由も明かせないと。

 彼女たちが魔法少女になった経緯が分からないから何とも言えないけど、たとえばそういう制約や縛りみたいなものがあって、誰かに話したらペナルティが生じる、とかなのかもしれない。それがどういうものかは分からないけど、もし死ぬとか命の危機に直結するようなことなら無理強いも出来ないし……。


「それはそういう話をすると君たちに何か不利益があるからってこと?」


 オレの質問に答えてくれたのは、のっそりと体を起こした瑠璃ちゃんだった。


「違うわ……」


「瑠璃ちゃん、大丈夫なの? 動かない方がいいよ」


「大丈夫……。今……魔法で治してるから。ちょっと背中の治りが遅いけど……。それより……茶々に聞くのはやめて」


 体を起こした瑠璃ちゃんは気怠そうに力なく壁に寄りかかった。


「それはどうして?」


「この子……うっかり言っちゃいけないことを言っちゃいそうだから……。本当に、あの魔獣のことは知らない方が良いの。それは東堂さんだけじゃない。『魔女』じゃない人はみんなそう……。でも……もしかしたら……あなたは違うのかもね……」


「オレは違うってどういうこと?」


「さっき、あなた……自分で言ってたじゃない。魔法を弾く体質……みたいなこと。でもそう考えれば辻褄は合う……のかもね……」


 思わせぶりに言うなぁ……。

 言えるところだけで良いから全部言って欲しいところだ。


「出来るだけで良いから教えては貰えないかな? このままだとオレ、理由も分からないままアルバイト先を無くすことになるんだけど……」


「それは、大丈夫。今ここであの魔獣を倒せれば、全部『無かったこと』になるから。だから行かないと……葵さんの手伝いを……」


 瑠璃ちゃんは立ち上がろうとするけど、まだ背中が痛むようで壁をずり落ちて尻餅をつく。

 なんて言えば良いのか……。

 瑠璃ちゃんの言葉が事実なら、あの魔獣は何が何でも退治して貰わないと困るわけだけど。


「倒せば無かったことになるって言うのはどういうことなんだろう? それも教えて貰えないのかな」

 

「そうね……。あたし達が言えるのは、誰に対しても魔獣や魔法についての情報を明かせないってことと、知ってしまった人の記憶を消さなければならない……ってこと。これは……絶対なのよ」


「記憶を消す? それはあまり穏やかじゃないね」


 葵さんがあのとき信乃ちゃんとオレの記憶を消したのは瑠璃ちゃんの言う『絶対』のルールに触れたから……?

 でもあのとき、魔獣なんてワードは一度も出なかった。もしかしたら実はオレもちゃんと記憶を消されていて、単に信乃ちゃんより消された範囲が狭いだけ、なんて真実が隠されていたりしてるんだろうか。分からないな。

 ただそうなると、オレも今回の件に関しては記憶を消されることになるわけだよな。がっつり知っちゃったし。多分、消えないと思うけど。


「言っておくけど……後であなたの記憶も消させて貰うわよ」


「いや、それは止めて欲しいかな。良い気はしないし……。さっきも言ったけど何が起きるか分からないし。そもそもオレの記憶を消すって無理だと思うんだよ。前に友人と一緒にいたとき、記憶を消す魔法を葵さんに掛けられたみたいなんだけど、友人の記憶は消えてたけど、オレのは消えてなかったし」


「……。覚えてるの……?」


「あれ? 葵さん?」


 気づいたら葵さんが傍に立っていた。

 服が最初の黒いパンツスーツに変わっている。

 

「魔獣は?」


 葵さんはオレの質問には答えず、視線を動かした。

 オレも倣って視線を追うと、八つ裂きになっている魔獣の死体が転がっている。


 えぐ……。

 何をどうしたのかは分からないけど、口とか肛門から爆弾を突っ込んで爆破した、みたいな惨状だ。

 さっきまで大立ち回りをしていたのに、ちょっと目を離したら倒してるなんて葵さんって強いんだな。さすがに二人よりも年上なだけはある。


 それだけに残念だ。


 葵さんの胸元のブローチに拵えられた宝玉が輝きだしたのを見てそう思う。

 

「何をする気なの? 何かオレに危害を加える気なら止めた方が良い。怪我じゃ済まない。本当に」


 きっと信乃ちゃんが記憶を消されたときと同じだ。あのときは特に何ともなかったけど、今回がどうなるか分からない。オレじゃなくて葵さんが。


「本当に止めておいた方が良い」


 あーあ、知らんぞ、勝手にしろ。

 そう言って放置するには、放置した際に生じる被害がでかすぎる。人一人吹っ飛ぶ可能性があって、それを知っている以上はさすがに見て見ぬふりは出来ない。拳銃が暴発して手が吹っ飛んだ半グレの男くらいの被害で留まるならまだいいけど、律ちゃんのときの化け物たちみたいに肉片にまでなられると、この子たちのトラウマになってしまう。


 オレは助力を求めて茶々ちゃんと瑠璃ちゃんへと視線を向ける。

 魔獣が倒されたことで安堵したのか、茶々ちゃんはぺたんと、外側に広げた自分の足の間に座り込んでいた。

 茶々ちゃんは葵さんを見上げてこう言った。


「あの、おねーさん。おにーさんに魔法を掛けないでください」


 茶々ぁ!

 君は良い子だよ……。

 オレ自身半信半疑な体質を信じてくれるなんて。


「……。何故……? 意味が分からない……」


「あの、おにーさん、魔法が効かない人みたいで。えっと……ばくはつするらしいです」


「……。……?」


 葵さんが小首を傾げる。

 確かに今の説明だとね。

 

「……。危険……。あなたも知っているはず……」


「そ、それは……でも……」


 茶々ちゃんがオレに助けを求めるように視線を向けて来た。

 いや、助けを求めてるのはオレなんだけど……。

 

「葵さん。補足をするよ。聞いて欲しい。オレはちょっと特殊な体質で……魔法とかそういうのが効かなくて、たまに爆発するんだ。オレにそういうことをした相手が」


「……。聞いたことない……そんなの……」


 葵さんは奇妙な生物を見るような目でオレを見て来る。


「信じて欲しい。オレにもどうしようもないことなんだ。脅迫のようになってしまうけど……死にたくないなら止めておいた方が良いと思う。過去に魔獣……とはだいぶ違ったけど、異形の化け物に襲われたことがあって、そのときは化け物が爆散したんだ。拳銃で撃たれたこともあったけど、そのときは撃った人の手が爆発した」


「……。……? 意味が分からない……」


 それはそう。

 オレも改めて口にして意味不明だと思ったよ。


「意味が分からなくてもそうなんだ。それにさっきの葵さんの質問だけど、答えはYesだと思う。以前会ったとき、オレは友人の女の子……信乃ちゃんと一緒にあなたが何故ここにいるのかを迂遠に問いかけた。少し話したあと、あなたのブローチが輝いて、光がなくなったとき、あなたは消えていて、信乃ちゃんの記憶だけが消えていた。もしこの話に誤りや抜けている部分が無いのなら、オレの記憶が消えていない証明になると思う。ただオレが覚えているのはこれだけだから、他に何かエピソードがあるなら、それは逆にオレの記憶が部分的に消えているってことの証明になると思う。どう?」


「……。信じられない……」


 オレの体質が摩訶不思議すぎてということなのか、自負のありそうな自分の魔法が通じなかったことに対しての悔しさから出た言葉なのかは分からない。けど、驚いた様子を見るに、ある程度は信じてくれているんだと思う。多分これは……葵さんからしてもオレの記憶は消えてない確認が出来たってことなんだろう。信乃ちゃんがそうだったように、オレからも葵さんに関する記憶を綺麗さっぱり消したつもりだったということかな。


「それと……」


 ちら、と瑠璃ちゃんを見る。

 瑠璃ちゃんはまだ苦しそうに壁にもたれかかっていて、オレと葵さんの話を黙って聞いていた。

 大丈夫そうじゃないな……。

 もしかして、どこか骨にひびとか入ってるんじゃないか?


「瑠璃ちゃんに償いを。あなたの武器でこの子は怪我をした」


「……。忠告した……。関わるなと……」


「それは関係ありません。小学生の女の子が負傷し、これだけ苦しそうにしている。その原因の一つはあなたの武器だ。オレは今回のことに関して事情を全く理解できていないけど、これだけは分かる。あなたは大人として、取るべき責任があるはずだ。それと、信乃ちゃんの記憶をもとに戻すんだ。人の記憶を消せるほどの力があるとしても、本人の了承も無くそんなことをするのは許されるわけが無い」


 つらい記憶消して、とかなら良いと思うけども。


「……。忠告した……」


「忠告したからなんだ? 自業自得だとでも? そんなバカな話があってたまるか。……失礼。警察と救急車を……まだ圏外か」


 話にならない。

 携帯を取り出して電波を見るとまだ圏外になっている。

 オレは医療知識が無いので、瑠璃ちゃんをどうしてあげれば良いのか分からない。応急手当も目に見える傷とかが見当たらないし、体の内部が傷ついているならオレにはどうしようもない。下手に触れず、救急車を待つのが一番だと思うんだけど、それも出来ない。

 社員さんの方を見る。起きてくれたら車をお借りして病院へ向かいたいところだけど、まだ気を失ったままだ。

 僅かな望みを掛けて葵さんと茶々ちゃんを見る。


「さっき瑠璃ちゃんは魔法で自分の体を癒していると言っていた。二人は瑠璃ちゃんを治すことはできないの? 癒しの魔法みたいなのは……」


「……。自分にだけ」


「はい。葵さんの言う通りです。でも……」


 癒しの魔法自体はあるけど、それは自分にしか使えないらしい。意外と不便なんだな。

 茶々ちゃんが何か続けて言いたそうにしている。オレは黙って聞くことにした。

 茶々ちゃんは葵さんを見上げてこう言った。


「おねーさん。この前たすけてくれてありがとうございました。おねーさんのこと、そんけーしてます。でも……瑠璃ちゃんに……。謝ってください」


「茶々、いいの。あたしが葵さんの邪魔をしちゃっただけだから」


「よくないよ! 瑠璃ちゃんつらそうだもん!」


 茶々ちゃんが立ち上がった。

 睨みつけているとかではないけど、強く葵さんを見据えている。


 二人が葵さんと会うのは久しぶりなのかな。

 さっきのまるで連携が取れていない感じからすると、そもそも共闘の経験も無さそうだったけど。


「あ、あやまってください……っ!」


「……」


 茶々ちゃんの真っすぐな目を少し見返してから、葵さんが目を逸らした。


 大人の女が小学生女児に目力で負けてる……。


 ということは瑠璃ちゃんへの罪悪感自体はやっぱり葵さんの中にはちゃんとあるんだな。

 なのに何で謝らないんだろう。プライドが邪魔をして謝れないとか? 子供相手だから? さっきも言っていたように、事前に忠告をしていたら何が起きても自己責任だとでも言うつもりか? それとも他に何かあるんだろうか。

 いずれにしても、しょうもない。


「……。ごめん……」


 あれ?

 意外とあっさり謝ったな。

 さっき瑠璃ちゃんにオレへの謝罪を促したときもそうだし、魔獣相手から瑠璃ちゃんを守ってたときもそうだけど、この子、いざというときは肝据わってるな……。最終的に押しに弱そうな瑠璃ちゃんとは逆な感じがする。


 しかしアレだな。

 やっぱり茶々ちゃんは葵さんに助けられたことがあるらしいね。それが多分、この間の『空白の数日』のときのことなんだろうけど。

 瑠璃ちゃんはさっき魔獣が倒されたらその被害は無かったことになるって言っていた。『空白の数日』が『無かったことになった』ことを考えると……あれは魔獣によって引き起こされたことなのかな。

 この空気感で質問と言うのも気が引けるけど、聞いてみたいと思う。


「茶々ちゃんが助けられたっていうのは、二人の存在がこの世界から消えていたこと?」


「え、あ、はい。そうです」


「茶々! ダメだって!」


「あっ」


「……。何故知っているの……」


 葵さんが急に警戒心むき出しでオレを見て来た。

 やっぱり何か事情があるらしい。瑠璃ちゃんがオレに警戒心をむき出しにしてた理由を、葵さんも知っていそうだ。瑠璃ちゃんの話を聞く限りだと、むしろ葵さんが何か吹き込んだようだけど。

 

「茶都山家のことを近所の人が認知すらしていなかったことと、小学校でこの子たちの在籍確認をしたときに、そんな子はいないと言われたから」


「……。違う……。何故覚えているの……。あなた……まさか……」


「何故覚えているのかって言うのはやっぱり、二人が消えていたっていうことをオレが他の人達と同じように忘れて居なければおかしいってことかな? だとすればさっき言った通りだよ。オレは魔法とかそういうのが効かない体質らしいから。ところで……「まさか」っていうのは、オレがさっき瑠璃ちゃんの言っていた『敵』なんじゃないか、ってことで良いのかな?」


「……。違うの……?」


 葵さんは胸元のブローチに拵えられた宝玉に手を触れる。

 いつでも襲い掛かって来ます、といわんばかりの雰囲気だ。


「あの! 葵さん……。っ」


 瑠璃ちゃんが大声を出し、その際に生じた痛みで身じろぐ。

 茶々ちゃんが慌てて瑠璃ちゃんの傍に駆け寄った。


「瑠璃ちゃんだめだよ……」


「大丈夫よ茶々……。葵さん、その人は違うと思います……。『敵』じゃなくて。ただの……えーっと、変な人です……」


 変な人って言うな。


「……。信じられない……」


「信じられなくてもそうなんだ。葵さん。世の中は君が見ているものだけが全てじゃない。世界には、自分の常識を崩すようなことがたくさんある。井の中の蛙大海を知らずってことわざ知らない?」


「……。知らない……」


「知らないんだ」


「……。聞いたことはある……」


「そう……。まあ、そのままの意味だよ。井戸の中に居る蛙は井戸から見えるものだけがすべてで、外にどんなものがあるのか、どんなことが起きているのか知らない。要は視野が狭いってこと」


「……。そう……。でも……記憶は消す……」                


「あなたも人の話を聞かないなぁ……。それこそ『忠告』だ。止めておいた方が良い」


 オレは立ち上がって葵さんの前に立つ。

 180を超えるオレの身長で葵さんを見下ろした。

 葵さんは怯んだ様子で数歩後ずさりする。

 信乃ちゃんのときもそうだったし、茶々ちゃんにすぐ根負けしたところもそうだし、この人、ヘタレだよな基本。


 葵さんの胸元の宝玉が光り出す。

 やるかぁ……。


「やめなって!」


 さすがに目の前で人間が爆散するのは見たくない。

 オレは光の中に突っ込み、がむしゃらに手を伸ばし、触れたものを握った。

 葵さんの手かな、これは。


「……。うそ……っ!?」


 光の中から葵さんの慌てたような声が聞こえた。

 葵さんの手を握っていたオレの手が急に空を掴んだ。

 なんだ?

 すり抜けた?


「いない……」


 光が消えたとき、既に葵さんの姿は無かった。ついでに魔獣の肉片も無くなっていて、魔獣と葵さんの戦いで破壊されたスーパーの内装が綺麗に元に戻っている。

 魔獣が倒されれば無かったことになるという瑠璃ちゃんの言葉は本当だったようだ。


 傍にはまだ瑠璃ちゃんと茶々ちゃんがいる。

 社員さんもだ。


 瑠璃ちゃんは魔獣に負わされた怪我は治っているようで、すくっと立ち上がった。ただ背中はまだ痛むのか、立ち上がったときに前かがみで少し呻いていた。

 オレは二人の方を向いて言った。


「さすがに説明して貰えるよね? もししてくれないなら、オレは君たちの親御さんを呼ばなければならない。このまま帰っても良い。だけどオレは社員さんや君たちの両親、それに学校にも今夜のことを……君たちがここに入り込んでいたことは伝える。だけどもしも事情を説明してくれて、情状酌量の余地が……仕方ないと判断できることがあれば、出来る限り黙っておく」


「でも……」


「……」


 この期に及んで渋る二人に、オレは肩を落とし、周囲を見渡した。

 さっきの戦いでオレが魔獣に向かって投げ、破損してしまった商品が散乱している。

 

「これ、全部弁償しないといけないんだよ、オレ。何も知らずにそれって、さすがに可哀そうだと思わない?」


 瑠璃ちゃんと茶々ちゃんが困ったように顔を見合わせた。

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