表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/46

MS6

 人生で一番と言って良いほどに激動の二日間をオレは乗り越えた。

 律ちゃんと共に……ではないけど、化け物が徘徊する異界を出た直後にかかって来た電話は、律ちゃんのお母さんからだった。

 電車の音がうるさくて後から電話を掛けなおす旨を伝えたが、あの場でだいたいのことは教えて貰えたと思う。


 藤砂律。

 オレが出会ったあの女の子はおよそ一年前、前兆も無く突然原因不明の意識不明となり、ずっと眠り続けていたらしい。そんな子が突然目覚めたと思ったら、眠り続けていたせいで擦れた声で、聞いたことのない人名と電話番号を連呼し始め、その番号に電話を掛けてくれと連呼し始めたらしい。たまたま律ちゃんが目覚めた瞬間に傍にいたお母さんは初め、律ちゃんが錯乱しているのかと思ったらしい。それはそう。普通ならそう思うだろう。だけど律ちゃんがあまりに必死に懇願するため仕方なく掛けたところ、律ちゃんが言った聞いたことのない人名と同じ名前のオレが電話を受け取った、ということらしかった。

 そして一度電話を打ち切り、家に帰ってから再び通話をすることになった。律ちゃんはまだ電話が出来る状態ではないらしく声を聞くことは出来なかったが、律ちゃんのお母さんの話によると、こう言っているらしい。


「東堂さんが助けてくれた」と。

 

 律ちゃんのお母さんは、電話の最中に律ちゃんが目覚めたという実感が湧いて来たらしく、電話口の向こうで感極まったように泣いていた。律ちゃんがお母さんのことを大好きだと言っていたように、お母さんも律ちゃんのことが大好きな、温かい家庭のようだった。

 律ちゃんのお母さんは電話の最中であっても嗚咽が混ざることを堪えられない様子で、たびたび言葉を詰まらせていた。


「ご、ごめんなさい」


「いえ……。あなたがそれだけ律さんのことを大切に想い、愛していらっしゃるという証だと、オレは思います。その涙に胸を張ってください。オレとしても律ちゃんが目覚められたことは喜ばしく思いますし、そのことを言葉に詰まるほどに喜べるお母さんの想いには、とても好ましさを感じています。それに律さんのご家族方はこのおよそ一年、とても不安でお辛い思いをされたかと思います。今、ご家族方が抱かれている喜びと安堵は一入でしょうから。オレと律さんがどういう関係か……気になられているかと思います。言うまでもないことかとは思いますが、今はオレのことはお気になさらないでください。律さんの目覚めを嬉しく思い、そして律さんの一日でも早い回復をオレも願っています」


 と、こんな感じで電話を終えた。

 気にしないでくれとは言ったけど、それは「東堂さんが助けてくれた」という律ちゃんの言葉をご家族が信じてくれているという前提の話であって、「この東堂とかいう奴が意識不明になった原因なのでは?」と思われていればちょっと話は変わって来る。そうでないこともオレは祈る。

 でも娘さん思いの優しそうなお母さんだった。きっと律ちゃんの言葉に疑問を抱きつつも、そのまま受け入れてくれると思う。電話の内容も、「よく分かってないけど娘を助けてくれてありがとう」みたいな感じで、律ちゃんの「東堂さんが助けてくれた」って言葉を全面的に信じているようだったし。


 律ちゃんがどうしてあんなことに巻き込まれたのか興味はあるけど、今は律ちゃんのお母さんに伝えたように、律ちゃんの回復を祈るだけに留めておこうと思う。


 そうして、突発的に発生した律ちゃんを巡る異変になんとか終止符を打つことが出来たオレは、日常生活へと戻ろうと頑張っている。

 戻った、のではなく頑張っている、というのは、大学へ行った帰りに信乃ちゃんたちのところに寄って少し話したり、弁護士先生への根回しだったり、警察の事情聴取を受けたり……。うん。全然日常に戻れてないからだ。


 それでも徐々に落ち着いてきているんじゃないかと思っていた矢先、再び事件は起きた。

 いや、事件が解決した……というべきかもしれない。

 というのも、存在が無かったことになっていたはずの茶々ちゃんが突然目の前に現れたからだ。


「あ、お兄さん。おはよーございます!」


 大学へ行くために東堂家を出て門の鍵を掛けていたらいきなり声を掛けられた。

 あれからずっと……それこそ昨日の夜まで、茶都山家の表札は無く、家は無人だったはずだ。それが何故今になって現れたのか理解が及ばない。

 もちろん心配はしていたし、気にもなっていたけど、いざ目の前に、何事も無かったかのように現れられるとこっちが困惑する。

 さすがにすぐに反応することは出来なかった。

 少し間を置いてから茶々ちゃんの傍に移動し、しゃがみ込んで目線を合わせ、問いかける。


「おはよう、茶々ちゃん。久しぶり……だよね?」


「えっ……!?」


 なにその反応。

 びくん、と分かりやすく跳ねた茶々ちゃんの表情は、やはり分かりやすく吃驚仰天といった様子だ。

 きょろきょろと目を動かしている。

 茶々ちゃんは言った。


「え、えーと……。き、きのーも会いましたよ!」


「いや……? 昨日は会ってないね」


 怖がらせないように微笑みは浮かべているものの、嘘は見逃さないよとばかりにじっと茶々ちゃんの瞳を見つめる。


「え、あの、あ、会いました……」


「そうだったかな? 茶々ちゃんはとても可愛らしいから、会っていたらそのことを忘れるわけないんだけど……」


「あわわわわ……」


 じっと茶々ちゃんを見る。

 茶々ちゃんはきょろきょろと目を動かし、オレと目を合わせようとしない。


「うーん。オレの気のせいだったかな? 茶々ちゃんに会えない一夜が凄く長く感じちゃってたみたい。ごめんね?」


「あ、あわわわわ……」


 言いたくないということは分かった。茶々ちゃんを含めて一家全員が消滅していたことについては気にはなるけど関係があることでもないのでこれ以上は触れないことにする。

 なのでもともとしたかった質問を茶々ちゃんへと投げかける。


「ところで、茶々ちゃん。聞きたいことがあるんだ。葵さんって名前の女性、知ってるかな?」


「えっ!?」


 オレの質問を聞いた茶々ちゃんが凄く驚いた様子を見せる。眼は真ん丸に開き、口は半開きだ。


「知ってるんだね……? 実は」


「お兄さん、葵お姉さんのこと知ってるんですか!?」


 ……?

 なんか思っていた反応と違うな……。

 てっきり、さっきみたいに知ってる雰囲気全開で知りませんって言い張るのかと思っていたんだけど……。

 普通に知ってること認めたな……。少し拍子抜けしてしまうけど、好都合だ。


「茶々ちゃんの質問に答えるなら、はい、だね。茶々ちゃんは」


「どこにいるんですか!?」


 ……。

 やっぱり思ってた反応と違うな。

 またなんかどうしようどうしよう、みたいな反応をするのかと思ったけど……。

 なんだろう、この反応は。

 これじゃまるで……。


「実はオレも葵さんのことを探してるんだ。だから葵さんがどこにいるかをオレは知らない。茶々ちゃんなら知ってるかなと思って聞いたんだけど、茶々ちゃんも知らないの?」


「わ、わたしも知りません……」


「そうなんだ……」


 じっと茶々ちゃんの瞳を覗き込む。目を見たからって心が読めるなんてことはないが、この子に関しては嘘が顔に出るので多分本当だと思う。


「あの、らいるお兄さんはどうして葵お姉さんをさがしてるんですか?」


「前にちょっと……友人が世話になってね。そのお礼をしたくって」


 物は言いようである。

 信乃ちゃんの言い回しが移ってしまったかもしれないと内心で苦笑する。

 まあ友人が記憶を消されたかもしれないなんて直接的に言うのは憚られたということもある。怒りを滲ませるつもりは毛頭ないけど、オレと葵さんの仲が良好ではないと伝わると、茶々ちゃんもどう反応すれば困るだろうし、あまり良い気もしないだろう。子供というのは人の悪意や敵意に敏感なことが多いから気を遣わせてしまうかもしれないし。険悪とまでは言わずとも、他人の敵対的な人間関係を悟らせるのは可哀そうだと思った。

 そんな考えを持って問いかけ、茶々ちゃんの反応を待とうと思っていたが、間髪入れず茶々ちゃんはこう言った。


「えっ……。お兄さんもですか!?」


 ……。

 また思ってた反応と違うな……。

 オレ「も」、ってことは茶々ちゃんも葵さんに何か世話になってお礼をしたいと考えているということだろう。そして茶々ちゃんの場合に関しては、オレが言葉に含ませた裏の意味はなく、純粋に言葉通りの意味だと思う。


 ……。

 葵さんと茶々ちゃんはいったいどういう関係なんだ?

 てっきりそれなりに深い関係なんだとばかり思っていたけど、そうでもないようだ。


「茶々ちゃんも葵さんの世話になったの?」


「はい! 昨日、すっごく危ないところを助けてもらったんです! わたしは寝ちゃってて覚えてないんですけど……。えへへ」


 昨日。寝ちゃってた。危ないところを助けて貰った。

 薄っすらとした恐怖と強い尊敬が入り混じったような表情で、茶々ちゃんは葵さんのことを語った。

 

「そうなんだ? 葵さんって凄く良い人なんだねぇ」


「はい!」


 茶々ちゃんが満面の笑みを浮かべる。

 了解も無く人の記憶を消すような人間が良い人……?

 まあ、その二つは矛盾しないこともあるかもしれないけど、違和感はある。


「茶々ちゃんはどんな危ないところを助けて貰ったのかな?」


「えっと、それはですね!」


「茶々!」


 ゆっくりと茶々ちゃんから情報を引き出そうとしていたとき、声が聞こえた。


「あ、瑠璃ちゃん! おはよー!」


 瑠璃川瑠璃ちゃん。茶々ちゃんの小学校の友人で、茶々ちゃんと共に存在が無かったことになっていた女の子だ。

 この子もいる、とは……。

 この子の場合、この間小学校で聞き込みをしたとき以来情報の更新がされてなかったので、もっと早くに戻っていた可能性はあるけど……。

 そもそもなんでこんな時間にこんなところに……?

 それを言ったら茶々ちゃんもなんだけど、大学生の登校時間と小学生の登校時間には結構な差異がある。オレが少し早めに家を出るようにしているとはいえ、それでも小学生の登校時間にしては遅すぎるんだよね。

 そうは思えどとりあえず挨拶をと思い、瑠璃ちゃんにも声を掛ける。


「瑠璃ちゃんおはよう。久しぶりだね」


「……いいえ。わたしたち、昨日会ってるわ」


「へえ……」


 微笑みを浮かべたまま、すっとオレの瞳が細くなった。

 茶々ちゃんが「昨日も会った」と言い張るのは何となくわかる。家も隣だし、恐らくだけど「不在にしていた」という事実そのものを無かったことにしようとしているんだろう。

 だけど瑠璃ちゃんの場合は違う。瑠璃ちゃんはオレとの接点が茶々ちゃんを経由する以外にない。わざわざ「昨日も会った」なんて嘘を吐く理由がないんだ。なのに瑠璃ちゃんは嘘を吐いた。きっと何か理由がある。

 まあ、別に良いんだけど。興味はあるけど、無いと言えば無いし。


「る、るりちゃん……?」


 にっこりと見つめるオレと、睨みつけると言ったほどでもないけど警戒心を露わにしてオレを見て来る瑠璃ちゃんを交互に見つめ、「あわわわ」と宣っている茶々ちゃんの三つ巴が生じる。さすがに小学生相手に強く出るつもりはないし、話を合わせて欲しいというならオレとしてはそれはそれで構わないので、オレは改めて微笑みを浮かべ直し、こう言った。


「そうだったね。忘れていたよ。ごめんね」


「……」


 瑠璃ちゃんはより一層警戒した様子でオレを見る。

 なんでぇ?

 話合わせてあげたじゃない……。


 いや、そうか。

 わざとらしかったかな。茶々ちゃんと違って……というと失礼だけど、この子は人の言葉の裏や機微を読み取る力が年齢の割に育まれているようだ。


「そうだ。瑠璃ちゃんにも聞きたいことがあったんだ。葵さんって女性、知っているかな?」


 ひゅ、と瑠璃ちゃんが息を呑んだ。

 これは知ってるな……?

 オレは続ける。


「実はね。オレの友人が葵さんにお世話になってね。お礼をしたくて探しているんだ」


「……。知らないわ。そんな人」


「えっ……。もごもが」


 オレの質問に、瑠璃ちゃんは白を切るという選択をした。

 それに驚いた様子の茶々ちゃんが何かを言おうとして、瑠璃ちゃんに口を塞がれる。

 変わらないね、そこは。


 とはいえ、オレも葵さんに関しては「はいそうですか」と受け入れるわけにはいかない。

 威圧的にならないように気を付けながら話を続ける。


「どうしても会いたいんだ、葵さんに。……本当に知らないのかな? 葵さんのこと」


「知らないわ」


 微笑みを絶やさず続けたオレに、瑠璃ちゃんは凛々しい表情で言い切った。

 前も思ったことだけど、この子は本当に肝が据わっているなぁ。

 でもなぁ……。困るんだよね。


 とは言っても……。


 なんで嘘つくの?

 なんて聞くのもちょっとな……。オレとしてものっぴきならない事情があるわけだけど、それは瑠璃ちゃんからすれば関係ないことだし、瑠璃ちゃんにも何か事情があるんだろうということは分かるし……。

 とはいえ今更事情を全部説明するのも……いや、そうするべきか。

 そう思い直す。

 少なくとも茶々ちゃんに関しては葵さんに恩義があるようだし、少し穿った捉え方ではあるけど要は「恩人を売れ」って言っているわけだから、こちらとしても誠意を見せるべきだと思った。

 

「実はね、瑠璃ちゃん。オレの」


「知らないって言ってるでしょう? 行こう、茶々!」


「えっ!? るりちゃん!? え、え……っ!? あ、えっと……らいるお兄さんさようならー!」


 瑠璃ちゃんが茶々ちゃんの手を引いてスタスタと歩き出してしまった。


「言……てた……しょ! ……さん……ら! 昨日……って……人……気を……ろって」


「そ……。で……。お……ちが……」


 なんか言ってるな……。

 聞こえないけど……。


 しかし困ったな……。取り付く島もない。

 今追いかけても話は聞いて貰えないだろう。とても頑なな感じがしたし、今追いかけてしつこく食い下がると今後の関係に軋轢が生じかねない。瑠璃ちゃんはともかく、茶々ちゃんはお隣さんだしな……。オレと瑠璃ちゃんの間に挟まれると茶々ちゃんも困ってしまうだろう。

 なら茶々ちゃんが一人の時にまた話を聞いて……。いや、でも茶々ちゃん葵さんのことあんまり詳しくなさそうだったし、そもそも居場所知らないんだよな……。もしかしたら居場所を推理できるような情報を持っているかもしれないけど……。


 なんとなくだけど、茶々ちゃんを含めた茶都山家と瑠璃ちゃんが居なくなっていたことに、葵さんが関係しているんじゃないかとオレは思う訳で。もし何らかのトラブルに巻き込まれていたところを茶々ちゃんが言うように瑠璃ちゃんも助けて貰ったのだとしたなら、その義理も重いものだろう。

 しかもなんか警戒されていたし。不信感みたいなものも抱かれてそうだった。


 ちょっと気落ちしながら歩き出し、ふと思った。


 ―――オレもしかしてめちゃくちゃ怪しいムーブしてたのでは……?


 魔法少女(仮)たちの隠しておきたいらしい秘密を、妙に知ってそうな雰囲気で詮索して来たと思ったら、急に話を合わせて来る年上の男性……。

 しかも魔法少女(仮)たちの共通知人で、魔法少女(仮)たちも行方を捜している恩人をどうやら探している様子で、魔法少女(仮)たちに探りを入れて来る年上男性……。

 うーん……。

 敵幹部とかに居そう……?

 詳しくないから分からないけど……。


 いや……参ったな……。

 そんなつもりは無かったんだけど……。


 ぽりぽりと頭を掻く。

 とりあえず……大学行こう……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ