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SH6 / MS5

 石碑が輝きを放つ。

 抱き着いて来る律ちゃんに対しオレも片腕で抱き寄せて、成り行きを見守った。


 溢れんばかりの光が収束し、空へと一直線に駆け昇って行く。この場所にだけアーケードが無いため遮るものの無い光が、夜の闇を貫いた。周囲の闇が光によって掻き消され、景観が照らし出される。見えるもの自体は変わらないが、中々幻想的な光景だ。ゲームとかで良く見る。


 オレは思った。


 ―――エンディングかな?


 急展開ではあるけど、オレもなんというかセオリーみたいなものをすっ飛ばしてしまったんじゃないかという自覚はあるので良しとする。

 それに、これで帰れるならそれで……。


「あ……。わたし、どうして忘れてたんだろう……」


 律ちゃんが呟いた。

 

 流れ変わったな……。

 不穏な感じなのか、それともスッキリ出来る感じなのかは今のところ分からないけど。


 そう思ったとき、大きく体が揺れた。

 地震のようだ。商店街も石碑も、全てが揺れている。

 ふらついて力が弱まった隙間を縫うように、律ちゃんがオレから離れた。

 

「りっちゃん? どうしたの?」

 

 律ちゃんはオレの声が聞こえていない様子で、ゆっくりと石碑の方……光の柱の方へと歩み寄って行く。石碑は既に膨大な光の帯に呑み込まれていて、その姿を確認することはできないけど。


 異常事態だ。


 瞬時にそう思った。

 怖がりな律ちゃんがこんな異常事態に取り乱すことなく一人で歩いていけるはずがない。実際、足取りもたどたどしく、まるで何かに操られているようだった。


「りっちゃん?」


 なにこれ……。どういう状況なの……?


 とりあえず律ちゃんだ。

 光の奔流に近づいている律ちゃんの近くに駆け寄り、その手を引く。


「りっちゃん戻って! 何があるか分からないんだから!」


「……あれ、わたし?」


 引き戻された律ちゃんが我に返ったように呟いた。

 やっぱり精神干渉的な何かの影響を受けていたようだ。


 律ちゃんの様子を見て思う。

 もしかしたらあの光に入れば元の場所に戻れるんじゃないかと思ってたんだけど、なんかこの感じはむしろ……逆なような……。


「東堂さん。わたし……」


 律ちゃんは泣きそうな表情でオレを見て言った。


「あっ……。あっ、あっ……。あああああああああ」


「どうしたのりっちゃん、落ち着いて?」


 律ちゃんが突然頭を抱えて蹲り、錯乱した様子で頭を大きく振り始めてしまった。

 オレは律ちゃんの傍にしゃがみ、その背中をさすりながら言葉を掛けた。


「落ち着いて。急にどうしたの?」


「わ、わたし、思い出したんです……」


 律ちゃんはカタカタと歯を鳴らしていて、言葉も震えている。その顔色は気の毒なほど青ざめていて、律ちゃんが感じている恐怖や不安、絶望の大きさを物語っている。

 カタカタと歯を鳴らしながら、震える声で律ちゃんは続けた。


「あの首輪のことも、この縫いぐるみのことも……。それにわたし、初めてじゃなかった……」


 そして律ちゃんは見ていて胸が苦しくなるほどに悲痛に表情を浮かべてオレを見上げ、言った。


「たすけて……! たすけて……っ!」


「りっちゃん、落ち着いて。大丈夫だから。オレが……」


「大丈夫じゃない! 大丈夫なんかじゃない!! やめてよ! 何も知らないくせに!」


 律ちゃんが頭を大きく振った。まるで駄々をこねる子供のような所作だけど、悲鳴から滲み出る悲痛さはその比ではない。


「もうやだぁ……っ! やだよぉ……」


 そして律ちゃんは嘆きの言葉を吐き、俯いてしまった。

 やだ、やだ、やだ、と壊れたラジオのように小さく繰り返すその姿は余りに憐れで、その悲痛さにオレも表情が歪むのを抑えられなかった。


「りっちゃん。帰ろう。もしかしたらあの光に入れば……」

 

「……っ!! いやっ」


 律ちゃんは肩に触れたオレの手を振りほどく。

 

 えぇ……?

 凄い困惑する。

 マジでどうしたの急に。


「どうしたの? あの光の柱に何かあるの?」


「……」


 律ちゃんは黙したまま項垂れ動かない。

 今の感じからすると、やっぱりあの光は良くないものみたいだ。少なくとも律ちゃんにとっては。

 そして律ちゃんの言葉から推測するに……もしかしたらこの子、この世界を繰り返していたりするのか……?


「りっちゃん。今からオレは変なことを聞くけど、答えてくれる?」


「……」


「りっちゃんはさ、この世界……。この商店街やあの廃病院の探索を……何度も繰り返してたりする?」


「……」


 返事はない。

 だけどオレが質問をした瞬間に見せた僅かな身じろぎこそがその答えだと思う。


 なるほど……。


 それは……確かにきついか。

 さっき律ちゃんは思い出したと言っていた。きっと今、何かをきっかけにして、律ちゃんはループしてきたこれまでのすべての記憶を取り戻した……。

オレには律ちゃんがどういう道のりを経て来たのかも、そのループがどういう条件で発生するのかも知り得ない。もしかしたらあの光に入ると全てがリセットされてニューゲームになるのかもしれないし、道中で起きる何かをトリガーにして振出しに戻るということもあるのかもしれない。

 そして律ちゃんがそれを何度繰り返して来たのかも分からない……。このすべてに絶望したかのような様子を見るに、1度や2度じゃないんだろうってことは察するけど……。


 ただでさえ怖がりな律ちゃんだ。アニソンと、友達や家族が大好きな普通の怖がりな女の子。そんな子がたった一人で、何度もこの世界を繰り返していたのだとしたら……。

 確かに、それはあまりにも……。


 でも、帰るならたぶん、この光だろうとも思うわけで。でも律ちゃんの様子からするとこの光はあまり良くないもののようだし……。色々確認したいことはあるけど、まず最初に聞いておきたいことが一つあった。


「これまで、オレみたいな同行者っていたのかな?」


「……」


 律ちゃんは何も語らない。身じろぎもしない。

 どちらかは分からないけど、でもなんとなく、いなかったんだろうなと思った。


「もし居なかったなら……。今度こそ違うかもしれないよ」


 そう言って、自分の無責任さに呆れてしまう。繰り返すことに絶望してしまっている様子の律ちゃんに少しでも前向きな考えを持って貰いたくて言ったんだけど……。


 違わなかったらどうするつもりだ?


 またこの子が振り出しに戻るだけだったら?


 しかも次は今の記憶を持ったままのリスタートになったらどうする?

 その絶望がどれ程のモノかを考えてみれば良い。


 そのとき、オレは責任を取れるのか?


 この子に偽りの希望を見せて、それを奪う罪深さが分からないわけじゃないだろう。もしも、オレがかつて苦しんでいた時期に「転生」を信じ、受け入れてくれる人がいたとして、もしその人が裏ではオレのことを異常者だと扱っていて、信じ縋った瞬間にその現実を突きつけられる、なんてことがあったとしたら、そのときオレがどうなったかを考えてみろ。

 そう考えれば、ここでずっと座り込んでいた方が遥かに楽なはずだ。


 重い……。

 信乃ちゃんに会う前のオレならきっと、「ループなんて有り得ない」と、律ちゃんに言いはしないまでも、内心では思っていたはずだ。だけどオレはループありきで律ちゃんの今後を考えている。

 だから重い。

 オレにどうしろと……。

 いや、深く悩み過ぎるのは止めよう。考えるべきことではあるんだけど、伝えたいことはいつも同じ。素直な気持ちだ。


「りっちゃん。オレの考えが正しいなら、君はずっと、想像を絶する苦しみを何度も味わってきたことになる。ここで動けなくなるのも当然だ。それだけの経験を君はさせられてきた。オレは君の言うように何もわからない。けど、君のことを少しでも分かりたいと思ってる」


「東堂さんは……やっぱり優しいですね……」


 律ちゃんがゆっくりと顔をあげてオレを見た。


「わたしを哀れんでくれるなら……どこにも行かないでください。一緒にここで……」


 律ちゃんが這うようにしてオレの体に縋りついてくる。

 オレは律ちゃんの手をしっかりと握り……首を振った。


「君がここに残るとしても、オレは……残れない。オレにもオレの生活があって、帰らないといけない理由もある」


 律ちゃんの表情が強張り、瞳が揺らぐ。


「確かにあの光に入っても何も変わらないかもしれない。もしかしたら君が危惧するようなことがまた起こるだけかもしれない。オレが居ようと居まいと、何も変わらないかもしれない」


 そうならない保証なんて全くない。オレにそれを阻止することも出来ないし、その方法も分からない。

 だからきっと律ちゃんの危惧が実現する可能性の方が高いんだろうと思う。

 オレとしても律ちゃんを放っておくのは忍びなくて、でも一人で帰る罪悪感が大きすぎるから言っているだけで、根本的な解決策を提示してるわけでもない。酷く無責任なことだと思う。


 身代わりアイテムと思しきあの熊の縫いぐるみが、律ちゃんから離れた場所に有ったのは……。もしかしたら、律ちゃんが自らそこに置いたのかもしれないと思った。身代わりになるモノを手放し、終わりを迎えるために。きっと、効果は無かったんだろうけど。

  

「でも、変わるかもしれない」


 オレは力強く言った。


「本当に苦しかったと思う。辛かったと思う。怖かったと思う。君は本当に頑張ってきたと思う。たとえそのたびに記憶を失っていたとしても……いや、だからこそ、無知の恐怖を何度も味わわされて来たことになる。もう何もかも諦めてしまいたくなる気持ちは……君が今抱えているだろう思いは、きっとオレの想像を絶するものなんだと思うよ。そうなってしまっても当たり前で、そうならざるを得なかったんだって……本当にそう思う。でもね、りっちゃん。好きでそうしてるわけじゃないでしょ?」


 さっきまでと同じだ。

 他にもう道がないからそうするしかない。

 だったら、他の道を一緒に探してあげればいい。

 それはとても難しいことだけど、二人で考えれば何か新しい答えが出てくるかもしれない。


 オレは律ちゃんへ穏やかに語り掛ける。


「教えてくれないかな? 君が頑張って来たことを。もしかしたら何か力になれるかもしれない」


 律ちゃんの目を見つめる。

 闇に沈みそうなその瞳の中に、僅かに縋る希望の色が見えた気がした。


 そして……律ちゃんはゆっくりと語り出す。

 

 一番最初は、あの廃病院に居たこと。オレと出会った場所とは少し違うとのことだから、多分、オレが一番最初に居た場所だと思う。

 そして、何度も化け物に襲われたこと。襲って来た化け物の話の中には、オレの前で爆散した奴らの話もあった。

 そして化け物に殺されて、殺されると最初の場所に戻されていたこと。殺され方は多岐に渡り……律ちゃんは苦しそうにすべてを吐き出した。オレはそれを黙って聞くことしか出来なかった。言いたくないけど、言わずにはいられない。誰にも知られたくないが、でも誰かに知って貰いたい。そんな気持ちが伝わってきた。


 化け物と相対したとき、やはりあの熊の縫いぐるみは何度かその光を放ち、化け物を退け律ちゃんを守ったらしい。だけどその度に熊の縫いぐるみは手、足、頭、そして最後には胴体を失っていき、最後には消滅してしまうそうだ。そしてそうなってしまえば、律ちゃんには化け物に対して為すすべはなく……襲われたら最後、殺されるしかなく。そして最初に居た場所に戻っていて、再び進んで行けば、熊の縫いぐるみが退けてくれた化け物が復活していて不意に襲われ殺される。


 何度も殺されて、でも帰りたい一心で「覚えて」いき、遂にここに辿り着いた。そして帰れると思って光の中に入れば……その周回の記憶をすべて失い、元の場所に戻された。それを何度も繰り返してきて、そして今……何らかの理由で全ての周回の記憶を取り戻した。


 そして律ちゃんは続けた。

 すべてを思い出した今だから分かる、と。

 周回を重ねるたびに化け物の危険度が明らかに上がっている、と。


 最初は亀のような歩みだった化け物たちの動きが、周回を経るごとに機敏になっていたらしい。

 オレと律ちゃんの前で爆散したあの女の化け物の動きについて聞かれたので答えたところ、律ちゃんはこう言った。


「そんな一瞬で距離を詰めてきたり、直接的に襲い掛かって来るなんてこと、最初の頃はしてこなかった」と。


 ……。

 おっも。

 面倒くさいを通り越して、あまりに重い。

 周回するごとに敵が強くなる、何故か人気のドが付くマゾゲーはオレも知っている。だけど、それを戦う力もない状態で、リアルで強制的に何度もやらされるなんて、とてもじゃないけど苦しすぎるだろ。

 せめてもの救いが周回ごとに記憶がまっさらになることなのがさらに救えない。そしてその救いも今吹っ飛んだ。


 それは確かに……心が折れても……。


「本当は……。もっと……集めないといけないものもあったし、通らないといけない道もあったんですけど……」


 律ちゃんはそう言ってオレを見つめる。揺れる瞳の中に、儚い光が灯っては揺らめき消える。


「東堂さん……。わたしをたすけて(殺して)くれますか……?」


 律ちゃんは諦念が滲む笑みを浮かべた。律ちゃんの目尻から一筋の雫が零れ落ち、頬を伝う。それはあまりに儚く悲痛な微笑みだった。


 ……。

 目を瞑る。


 オレに律ちゃんを助けられるか?

 分からない。今の話を聞いても、この状況を打破できる画期的な案は浮かばなかった。コネも使えないし、国家権力にも頼れない。

 自分の無力を恨めしく思う。


「……」


 言葉を失ったオレを見て、律ちゃんは小さく笑った。

 やっぱり希望なんてなかったね、とすべてを諦めた終わりの笑みだった。

 律ちゃんの手がオレの掌からすり抜ける。

 律ちゃんは静かに俯いて、項垂れた。もはや考えるのを止め、ここで朽ち果てるときを待つつもりなのかもしれない。餓死か、あるいは別の要因か……。

 でももしもその先で、また始まりの場所に戻ってしまったらどうなる?

 それすらも何度も繰り返すのだとすれば、この子は永遠に……。永劫の時を、苦しみと絶望の中で繰り返し、囚われ続けることになる。


 それは嫌だな。オレが嫌だ。

 これからのオレの人生を思う。

 楽しい時にふと、律ちゃんがここで孤独に項垂れている姿を想起するような、鬱屈した人生になるだろう。


「ねえ、りっちゃん。もう一度だけでいい。試してみない?」


「……」


 これまでの周回全ての記憶……絶望、痛み、恐怖、そういったものが一気に叩きつけられて動けないのは分かる。なんかここは安全そうだし、もうここから動きたくないって気持ちも分かる。


 でも、今度こそ違うかもしれない。大きな問題、基盤は変わらなくても、少しだけ好転するかもしれない。

 かつてオレが「転生者だと認めて貰えない」という現実そのものが変わらなくても、退院し、日常を送れるようになったように。

 もしかしたら何かが変わるかもしれない。

 だからオレは相応の覚悟を持って、こう言った。


「オレが君を迎えに行くから」


 両手を地に着いて項垂れたままの律ちゃんの傍にしゃがんだまま、オレは言う。


「例え君が全てを忘れても、必ず君を見つけ出すから」


 律ちゃんの体がぴくりと震えた。


「帰ろう、りっちゃん」


 律ちゃんがゆっくりと頭をあげた。

 戸惑いに揺れているその瞳を、しっかりと見つめる。

 ゆっくりと、律ちゃんの顔が感極まったように歪んでいく。


「はい……っ」


 絞り出すように言った律ちゃんの肩をぽんぽんと叩きながら、内心でため息を吐く。良かった。少なくとも一度くらいなら縋ってみても良いと律ちゃんに思って貰えていたらしい。

 しかしとんでもない約束をしてしまった。言ったからには反故にするつもりもないけど……。うん……。万が一律ちゃんが同じようなことになったなら、どんな手を使っても探し出す。見つかるまで探偵でも何でも使って探そうと思います。なのでオレが元の場所に戻れたら、やっぱり律ちゃんを探しに他県に行かないと……。

 ただ、その後に今と同じような展開になったとしたら……今度こそオレもお手上げというか、あまり気持ちの良いことではないけど、オレだけ帰ることになると思う。そこはもう割り切るしかないな。そうなって欲しくはないけど、オレの人生すべてを犠牲にすることは難しい。あくまでできる範囲で……ということだ。


 そして律ちゃんの手を引き、オレ達は立ち上がった。

 二人で光の柱へと近づいて行く。


「そうだ。オレの連絡先、教えておくよ。良かったら連絡貰えるかな? オレも安心するし……。それと、律ちゃんの連絡先を教えて貰ってもいい? 君が現実世界でどうなってるか……探しに行くよ」


「……ふふ。ホントに変な人ですね、東堂さんは」


「うーん……。なんか最近よくそういうことを言われるんだけど、オレそう言われるのあんまり好きじゃないんだよね……」


 オレの連絡先を記したメモを律ちゃんに渡すと、律ちゃんが少し呆気に取られたように止まり、そしてほんのりと泣き笑いを見せる。そして口頭で言ってくれた律ちゃんの家の住所と携帯の電話番号を携帯に登録する。

 オレが苦笑すると、律ちゃんはふんわりと笑った。目元は真っ赤になってるけど可愛い。


「よかったら、なんて。わたし、絶対に連絡しますから。無視しないでくださいね? 出てくれるまで、ずっと掛け続けますから。電話」


 どこか吹っ切れたように笑う律ちゃんからは、初めて会った時のようなか弱い印象は消えていた。

 まあ、話を聞いてる限りオレとは別方向で恐怖が欠落してもおかしくはないというか、慣れちゃってそうな感じはする。逆にPTSDみたいになっててもおかしくないと思うけど。


「東堂さん」


「なに?」


「手を繋いでも良いですか?」


「良いよ」


 手を差し伸べる。

 律ちゃんはゆっくりと、オレの手に手を重ねた。恋人繋ぎではない。だけどしっかりと手を握る。


「離さないでくださいね……? どうか強く……」


 繋いだ手は少し震えていた。


「何も言わなくて良い。分かってる」


 二人で並び、目を瞑り、手を繋ぎ……オレたちはゆっくりと光の中に入って行く。


 そして、オレの手から律ちゃんの温もりが消えた。

 ゆっくりと瞼を開く。


 オレは思った。


 ―――よし、探しに行くか。


 オレは光の帯を通り過ぎただけだった。変わらない景観が目の前に広がっている。

 しかし、隣に律ちゃんはいない。


 オレは急いで振り返り、進んできた商店街の道の逆走を始めた。

 広場を一歩出た。その瞬間、突然の轟音。地面が揺れる。


「うぁ……なんだ……?」


 たたらを踏む。後ろから轟音がするので振り返ると、広場の地面が崩れ始めていた。舗装された地面がひび割れ、奈落へと落ちていく。ひび割れが近づいて来る。オレは走り出した。


 商店街の道を逆走する。

 途中、さっき見かけたアシダカグモのような化け物が居た。それは気色の悪い動きでオレの方へ走って来る。

 

 どうする……?

 でも止まる選択肢はさすがに無い。何故なら後ろの大崩落が近づいてきているからだ。なんとかアシダカグモのような化け物を避けて……そう思ったのもつかの間、やはりすさまじい速さで化け物は迫って来て、その足が全部爆散し、胴体部分は磁石に弾かれるようにオレの頭上を越えていき、奈落の底へと落ちていった。


 ……よし。走り続ける。

 律ちゃんが隠れていた家が見える。その中から巨頭の化け物が現れた。

 やっぱりあいつ、あの家に向かってたのか……。何故か遠回りして。


 そんなことを考えるが、止まることは出来ない。崩落が近づいている。

 巨頭の化け物がオレに気づき、気持ちの悪い動きで素早く襲い掛かって来る。

 

 が、化け物はその頭が何か滑りやすい物にぶつかったかのようにオレの傍で急速に方向を変えると転倒し、迫ってきた崩落に滑り落ちていった。


 ……。

 OK。ラッキーと考えよう。


 さらに走る。最初にオレが入った横道が見えてくる。そこからまた化け物が出て来て、また襲い掛かってきたけど、爆散した。


 そして商店街を抜ける。

 後ろを振り返ったところ、崩落は丁度商店街の入り口だったところで止まっていた。

 崩落の傍に近づく。左右に大きく広がる崩落だ。もはや商店街どころか、商店街の左右に広がっていた住宅街すらも消えている。どれくらいの大きさか……一キロ以上あることは間違いないだろう。

 そんな大穴のギリギリに立ち、底を覗き込む。深い深淵が覗いている。


「おー……?」


 声が漏れる。

 突然、深淵の中に巨大な一対の目が浮かび上がった。かと思ったら消えたからだ。


 ……。

 なんだろう。

 なんで今になってこんな……。

 律ちゃんがいなくなったことと関係があるんだろうか?


 いや、そんなことより律ちゃんを探そう。そう思い、オレは大穴を覗き込むことを止めて歩き出す。さすがにここから落ちたら死にそうなので降りようとは思わない。

 もう行ける場所は一つしかなくなってしまったので、オレは最初に立っていた場所を通り過ぎ、暗い靄の中へと進んで行った。


 ……。


 感じたのは、人の喧騒。

 ちょうど到着したらしい電車の騒音が耳につく。


「……」


 バイブ音が聞こえ、振動が伝わって来る。携帯だ。

 取り出して画面を見るが、知らない番号通知。

 オレは通話アイコンを押して、耳に当てた。


「もしもし」


「―――」


 オレの名前を確認する声がスピーカから聞こえて来る。

 その声を聞いて、オレは思った。


 ―――誰?


「え? お母さんですか? はい、東堂雷留です。ああ、なるほど……。ええ、そうですね。約束……してましたから。いえ、すみません。はい。今、駅に居て。はい。はい。ではまた……。はい」


 電話を切る。

 思わず頬が緩むのを感じた。


 良かった。

 

 そして携帯を仕舞ったオレは改札口を通り過ぎ財布を取り出して、駅員さんに切符の返金を願い出た。


 そして、これは数日後のことだ。


「あ、お兄さん。おはよーございます!」


 大学に行こうとしたら、ちょうど学校に行こうとしているらしい茶々ちゃんに会った。


 あのさぁ……。

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