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SH5

 律ちゃん曰く、何故か開かなかったという扉は、オレが開けるといともたやすく開いた。

 扉を動かす方向を間違えていたとか、律ちゃんがパニックになっていたせいでドアが開かないと思い込んでいただけという可能性もあるけど……律ちゃんの言葉を疑う気はない。


 無いからこそ、気分的には「オレ、またなんかやっちゃいましたぁ? (クソでかため息を添えて)」って感じだ。


 オレがなにかをやったのか、やってないのかが本当に分からない。

 なんならいっそ、もっと分かりやすく音やエフェクトを出して教えて欲しいと思う。

 本当に何の抵抗もなく開いたから、律ちゃんから「この扉が開かない」と事前に聞いていなかったら気にもしなかっただろう。


 まあでも道が開けたのは良しとしよう。

 この家の反対側に伸びていた暗い十字路の先に何があったのか、化け物の姿が見えた道の先には何があったのか、それは気になるところだけど、今のところ行く必要は感じないかな。

 とりあえずは商店街の探索を優先して、何も分からなければ戻って来ようと思う。


「りっちゃん、オレ達はまた化け物から身を隠しながら、元の場所に戻る方法を探すことになるわけだけど……」


 こくこく、と律ちゃんが素早く首肯する。


「りっちゃんはどうしたい? オレに付いて来るか、ここで待ってるか……」


「え……っ? そんな、つ、連れて行ってください! お願いします……! お願いしますぅ……!」


 律ちゃんは軽いパニック状態だ。焦燥感を押し出しながら、泣きそうな顔で縋りついて来る。


「落ち着いて落ち着いて。大丈夫。もちろん、りっちゃんを置いて行くつもりはないよ。ただ……きっとこの先にも化け物は出てくると思うんだ。もしかしたら……今朝みたいに襲われることもあるかもしれない。そう考えると、この家に居た方が安全なんじゃないかと思ってね……。実際、オレが来るまで隠れられていたわけだからね。もちろん、脱出の手掛かりが手に入れば必ず迎えに来る。決してりっちゃんを置いて行ったりはしないよ。その上でここに残るかオレと一緒に行くかを考えて欲しいんだ」


「……」


 律ちゃんは苦しそうに眉を寄せている。酷く悩んでいるようだ。

 彼女にとってはどっちも地獄だろうな、とは思う。


 確かにオレと一緒に行くよりはここに残った方が安全かもしれないけど、いつまでもここが安全という保証もないし。

 そもそもオレが無事にここに戻れる保証もない。

 化け物に襲われて殺されてしまったり、身動きが取れない状況になったり。意図してそんなことをするつもりは毛頭ないけど、律ちゃんを置いて一人で帰るような事態が発生する可能性だってある。実際、今朝は図らずもそうなってしまったわけだし。

 そうなると律ちゃんは二度と戻らないオレを一人待ち続けることになるわけだし。いなくなるならせめて目の前の方が良いかなとは思う。そしたら諦めもつくだろう。可哀そうだけど、それに関してはオレにもどうしようもないから許して欲しい。


 律ちゃんの答えを待つ。


「ひとりはいやです……」


 消え入りそうな声で言った律ちゃんの苦悩は察して余りある。どっちも嫌なんだろうな。それはそうだ。今この瞬間に、すぐにでも暖かい我が家に帰りたいに決まってる。それでもどっちかと言えばオレに付いて来る方が良いという判断を下したようだ。

 オレは律ちゃんの肩を優しく叩く。


「分かった。一緒に行こう。大丈夫。オレが必ず守ってみせるから」


 自分でも気障なことを言ったと思う。


 必ずだとか守るだとか、そういう言葉をオレはあまり好まない。

 必ず、なんてことを言ったところで責任は取れないし、人一人を守るということは本当に難しいことだ。

 だから本当は使いたくなかったんだけど、そんなことを言っている状況では無い。今は多少の信条を曲げ、演じてでも、律ちゃんを安心させてあげたいと思った。

 言ったからには可能な限り努力はするつもりだけどね。


「と、東堂さん……」


 オレを見上げている律ちゃんの瞳が恍惚に潤み出す。

 ほお、とその艶やかな唇から漏れる吐息には艶めかしい熱が混じっているように感じた。


 いわゆるメス顔だった。


 いや、失礼。非常に失礼な思考だった。それはオレも重々承知している。

 だけど、サブカルチャーに汚染されたオレの思考は反射的にそんな単語をはじき出してしまった。

 オレが今そんなことを考えているだなんて律ちゃんは思いもしていないだろう。そして悟らせるつもりもない。


 オレは律ちゃんに安心して貰えるように、努めて笑顔を絶やさないように努力している。律ちゃんの瞳の中には、そんなオレの顔がしっかりと映っている。

 目と目が合う。見つめ合うオレと律ちゃん。やがて律ちゃんはゆっくりと瞼を閉じるとオレの胸板に頬を当て、腕を体の内側に寄せるようにして小さく纏まり、身を寄せてきた。


 オレは肩に手を置いて、そんな律ちゃんをゆっくりと引き離す。

 目を開いた律ちゃんは哀し気にオレを見つめて来るが、オレは困ったように笑うことで律ちゃんの無言の訴えを有耶無耶にすることにした。

 


 気持ちは分かるし、オレも律ちゃんは魅力的な女の子だと思う。好きなことに対する熱い語り口とか、友達のことを話すときの友達大好きオーラとか、オレとしても律ちゃんへの好感度は高い。

 だけど残念ながらそれとこれとは話が別だ。この異変を乗り越えればもう会うこともないだろう。今は吊り橋効果で高揚しているんだろうけど、そこに付け込んでしまえば、いずれそれが冷めたときに傷つくのはこの子だ。それこそ責任が取れない。関係ないと放って置いてもいいんだろうけど、それはオレの心情的にちょっとね。


「りっちゃん、一度家に戻ろうか? 少し話でもしよう」


「……え? はい……。分かりました……」


 律ちゃんは不思議そうに小首を傾げた。

 オレは意味ありげに微笑んで律ちゃんの手を引き、家の中へ戻る。

 勢いで探索に進んでも良かったんだけど、半日以上もの間一人で恐怖に晒されていたから、心構えをして貰うという意味でも、もう少し心を落ち着かせる時間があった方が良いと思ったからだ。


 そしてどこかに腰を落ち着かせようかと家の中に戻った訳だけど……居間も和室も床板や畳が腐敗していてまともに座れそうもない。というか、座りたくもない。なので仕方なく浴室に戻り、浴槽の縁に腰を下ろそうと考えたんだけど……。


「え、あの、あそこはその……止めておいた方が……」


 いやに真剣な様子の律ちゃんに、浴室に戻ることは拒否されてしまった。さっきまでいたのに? 妙だな……。


「どうして? たぶん、あそこが一番安全だと思うんだけど……」


「そ、そうかもしれませんけど……。でも、ダメなんです……。だ、だめなんですぅ……」


 要領を得ない律ちゃんの答えに疑問を抱くが、そこまで拒否されてはオレとしてもどうしようもない。


「……?」


「その、もう行きましょう? やっぱりわたし、あんまりここに長居したくないというか……。わたしはもう大丈夫なので。はい……」


 律ちゃんが言った。目が泳いでいるのは気になるけど、言い分には納得する。

 一人で半日以上もの長い間こんなところにいたんだ。早く家に帰りたいと思うのは当然だ。律ちゃんの為と思っての提案だったけど、本人に意欲があるなら……。


 ……。


 半日以上も同じ場所に……?


 あっ……。


 オレは律ちゃんが浴室に戻りたくない理由を察し、しかし察していないふりをして律ちゃんの願いを聞き入れることにした。


「分かった。じゃあ行こうか」


「はい」


 きゅ、と律ちゃんの表情が恐怖と緊張で強張る。

 

「じゃあ、確認だ。化け物には気づいていないふりをする。怖かったら目を閉じて、オレだけに意識を向けて。目を閉じることがあればそのときは教えて欲しい。言葉にするのが難しければ……そうだな、裾を三度引っ張って欲しい。そしたらオレもそれに合わせるから。いいかな? 他に気になったことがあったら言ってね。何か見つけたとか、そういうの。もしかしたら脱出の手掛かりになるかもしれないし、オレが気づけていない化け物だったりするかもしれないから」


「はい。分かりました。お願いします……!」


「お願いされました。じゃあ、二人で家に帰ろうね」


「はい……!」


 そしてオレは身を潜めながら、巨頭の化け物の動きを見るために再び物陰から顔を出す。少し離れた場所に律ちゃんを居させているのは、今朝のような状況が起きたとき、オレだけが囮になれるようにという配慮だ。


 顔のパーツが無いのでアレがどちら側を認識しているのか分かりづらいけど、骨格の感じや肩の向きから推測するに、近くの店舗の中を見ているようだ。


 何かありそうだな。


 そう思っていると、巨頭の化け物が急に動き始めた。ゆっくりと向かう先は……オレが巨頭の化け物を見たときに入って行った横道だ。つまり、この家へも続いている裏道ということになる。


 こっちに来るつもりなのか……?

 いや、だとしたら直接この家に来るだろう。わざわざ横道から遠回りしてここまで来る意味は無い。

 分からないが好都合だ。巨頭の化け物の姿が見えなくなってから少し待ち、再度周囲を見渡してオレは律ちゃんを呼ぶ。


「い、いきますか……?」


「うん。だけど少し待っててもらって良い? もしかしたらなんだけど、すぐそこの店舗に何かあるかもしれない。そこだけ見て来るよ」


「えっ、でも、あの変なのは……?」


「横道に入っていなくなったんだ。オレと、多分りっちゃんもこの家に来るときに通った道だよ」


「そ、それってここに来るってことなんじゃ……?」


「それはどうかな……。ここに来るなら直接来るんじゃないかと思うんだけど……。心配なんだね?」


「はい……」


「分かった。一緒に行こうか。もしかしたらさっきの化け物が戻ってくるかもしれないし、気になる店舗はすぐそこだから、あそこだけささっと見てこようと思ったんだけど……」


 ふるふる、と律ちゃんが首を横に振る。もう一人は絶対にごめんだと言わんばかりの様子だ。それだけ怖い思いをしたんだろう。ここから出られてもしばらく一人でトイレに行くことも出来ないんじゃないだろうか。心配になる。


「じゃあ、行こうか」

 

「……あの、東堂さん」


「どうしたの?」


「その……。手を……」


「手?」


「握ってもいいですか……?」


 その質問、今更じゃない?

 何度も抱き着いたりしがみ付いたりして来てるのにやけに神妙だし。手を握っても良いかという質問自体も2回目だよね。改まってどうしたんだろう。


「怖いの?」


「はい……」


「そっか。いいよ」


 リレーのバトンを受け取る様にして、律ちゃんへ手を差し出した。しかし律ちゃんは伸ばしたオレの手を越えてオレに近づいてきて、腕を抱きしめた。

 手を繋ぐのでは?

 そう思った矢先、オレの掌を律ちゃんの掌がなぞるようにして覆い、掌は閉ざされる。


 オレは思った。


 ―――恋人繋ぎ、だと……?


 体をすり寄せるようにしてしなだれかかって来る律ちゃんの指がオレの指と絡み合う。


 卑しいとは思わない。それだけ怯えているってことなんだと思うから。


 でもやっぱり動くのはもうちょっと話をしてからというか、落ち着いてからの方が良かったんじゃないかな……。

 というのも、やっぱり律ちゃんの精神状態が平常時とはズレていると感じるからだ。

 律ちゃんはきっとこの異常事態に対する認識を「恋人、好きな人と一緒にいる」と変換することで自分を保とうとしている。オレに依存し縋りつくことで「誰かの庇護下にある」と安心しようとしているんだろうな。

 とは言っても、オレ自身律ちゃんとは会ったばかりだし、律ちゃんのことを詳しく知っているというわけでもないので、もしかしたら普段からこれくらい積極的に異性に関わる人だという可能性はあるけど。そうは見えないし。


 オレとしてもそのような態度を一貫して見せられると保護欲は湧く。

 しかも素敵な子だ。好きなことに対する熱い語り口や、友人や家族を語る時に滲み出ていた愛情はオレとしても好ましいものだった。

 ああ、良い子なんだなこの子。そんな好感を抱かされた。素朴な優しさ、善良さ。そういったものがこの子にはあって、そしてオレはそういうものを愛でるというか、重視するタイプの人間だった。


 それだけに……律ちゃんのような異性から身体的な密着を繰り返し続けられると思うところはある。

 そして今は信乃ちゃんのときのように距離を保てる状況でもない。拒絶することで今朝のように動けなくなられても困るし。

 律ちゃんの体温、柔らかな質感が伝わって来る。シャンプーの香りが鼻を擽る。


 ―――男ってほんと愚かだよね……。


 そんな歪んだ悟りに、釘とトンカチで叩きつけるヴィジョンを繰り返す。そうすることで、心の奥底から顔を出そうとするもう一人の自分を……持て余しがちな本能を律する。


 オレも男だ。それもまだ無垢な。


 普通に好感を抱いている異性にこれだけ身体的に密着されれば……東堂さんの雷留君も「お? オレの出番か?」って目覚めようとする。男ってそういうところあると思うんだよね。オレだけかな……。


 ……。

 オレと絡み合う律ちゃんの手は、やはり僅かに震えていた。


 ……。

 この子を無事に帰してあげたい。色々と思うところはあっても、それがオレの偽りのない本心だ。


 律ちゃんを連れ、巨頭の化け物が見ていた……あるいは守っていた?店舗へと侵入する。

 奥には生活空間に続く扉があって、オレはその扉に触れた。やはり特に何もなく開く。消していた懐中電灯を点灯させた。

 パッと見では、さっきの家と似たような間取りだ。軋む床板の音をなるべく抑えるために忍び足で進む。

 和室を照らし、覗き込む。

 そこそこの大きさの、年代物のような壺が目に入った。


 気になるな……。


「りっちゃん、ちょっとごめんね」


 和室に入り、壺に近づく。律ちゃんをやんわりと引き離し、壺の中をライトで照らし、覗き込んだ。


「これは……首輪?」


 中に入っていたのは首輪だった。当たり前だが人間に使うようなものではない。ペット用だと思う。

 首輪を手に取り、ライトで照らす。


「あ、それ……?」


 ライトで照らし出された首輪を見て、律ちゃんが何かに気づいたように呟いた。

 オレは律ちゃんに首輪を渡す。そのとき、「LIN」という文字が目に入る。

 律ちゃんは首輪をじっと見つめている。


「もしかして知ってるのかな? その首輪のこと」


「はい。知ってると思います。でも……思い出せない……」


「そっか……」


 首輪を見つめたまま苦し気に眉を寄せて俯いてしまった律ちゃんの肩に手を乗せる。


「あまり思いつめないようにね。ただでさえこんなところにいるんだ。無理して思い出そうとしても苦しくなっちゃうよ」


「はい……ありがとうございます」


 律ちゃんは首輪から目を離し、オレを見上げてそう言った。 


 そのとき、何か重いものが落ちるような音が聞こえた。天井からだ。


「ひっ……!」


 律ちゃんは飛び跳ねる程に驚いて、オレの体に抱き着いて来る。煩く感じる程の静寂の中での、いきなりの轟音だ。そらそうなるだろうと思いつつ、少しの可愛らしさも感じてしまう。


「大丈夫?」


「ひゃ、ひゃ……」


 囁きかけると、律ちゃんは泣きそうな半笑いを浮かべて見てくる。まともに言葉も発せられないくらい驚いたようだけど、呼吸が暴走する様子はない。少し耐性が付いて来たみたいだ。

 律ちゃんはオレにしがみ付いて、胸の所にその顔を埋めている。オレはそんな律ちゃんを宥めるために背中を優しく叩きながら、上を見上げた。


 二階……。

 何かいるのか……?


 律ちゃんを怯えさせたくないため口には出さないが、そんなことを思う。


 どうすべきか悩むな。

 見に行くか、立ち去るか……。


「ふ……ふ……」


 律ちゃんの足は生まれたての小鹿のように震えていて、オレを支えにもたれかかるようにして何とか立っている感じだ。

 止めておこう。

 律ちゃんもいるし、何が起きるか分からない。

 とりあえずだけど、今は商店街の先、道の終わりまで先に行きたい。そこに何もなければ、さっきの十字路もそうだけど、またここにも戻って来ようと思う。


 幸いにも、天井からの物音は続かなかった。

 律ちゃんが落ち着くのを待って、店先へと戻る。

 商店街の道に出て歩く。特に異変も無い。巨頭の化け物も戻って来てはいないようだ。


 しばらく道なりに進む。

 思ったよりも長い。どれほど続いているのか、先は暗くまだ終わりは見えない。

 

「あの……」


 律ちゃんがぽつりと言った。


「どうしたの?」


「こんな状況じゃなければ……。その、わたしたち……」


「うん? オレ達?」


 律ちゃんは言い切ることなく口を噤んでしまう。気になったオレの問いかけにも答えず、ぎゅ、とオレの腕に抱き着く力をただ強めた。


「いえ……あの、東堂さんって……その……」


 話題が変わった。言い辛いのか言いたくないのかは分からないけど、話題を変えることにしたらしい。

 律ちゃんは言った。


「お、お付き合いされている方とか、いらっしゃるんでしょうか……?」


「いないよ」


「そ、そうですか……」


 どこかほっとしたような律ちゃんの様子にすべてを察するが、言及は避けることにする。

 しかし律ちゃんにも少し余裕が出てきたようだ。ただ、その余裕に比例してオレへの矢印が分厚くなってきているのは感じる。良し悪しだよなぁ……。


「あの、東堂さん。わたし……あの……」


「りっちゃん、何かいるみたいだ。こっち、隠れよう」


 なんとなく内容が察せられる律ちゃんの言葉を遮り、切り替えてこくこくと素早く首肯している律ちゃんを連れ、近くの脇道へと移動する。 

 家屋の壁を背にし、首だけを僅かに出して商店街の道を覗き込む。


 薄暗い闇の中、赤い月の光に微かに照らし出されたのは、異形のモンスターだった。体毛の無い腐敗した肉体の側面から6本の足が伸びていて、まるで蜘蛛のように体を支えている。しかも6本足は正確には足では無くて、腕だ。人間の腕。それも異様に長い。まるでアシダカグモのような、グロテスクな化け物だった。さらに背中からは用途を失った人間の足のようなものがまるで昆虫の触角のように不揃いに生えている。そして胴体部の先端には、例えばフィギアの後頭部に接着剤を塗って張り付けたような歪さで、生首が拵えられていた。その目は空洞で、深い闇が覗いている。


 ……うわぁ。

 あまりに不快な見た目に思わず顔を顰めた。


 広げられた掌で地面をペタペタとならしながらゆっくりと動いている。

 律ちゃんは化け物の姿を見る気もないようで、ずっとオレにしがみ付いて腕に顔を埋めている。

 それで良いよ。あんなの見ても良いことは無い。


 しかし困ったな。

 また道を塞がれてる。

 この脇道を進むしか無いようだ。

 

 仕方なく脇道を進む。


 とはいえ、めんどくさいなぁ……。 

 いっそ突っ切れればどれだけ楽か……。律ちゃんのことも含めて、試すにはリスクがあり過ぎるけど。

 T字路に出た。まっすぐと、左。どちらに進むか……。左かなぁ。まっすぐ行くと商店街から離れてしまう。


 左に曲がり、道なりに進む。

 途中、人一人くらいなら通れそうなくらいの隙間が左の道沿いにあることに気づく。家と家の間の僅かな隙間だ。ここを通れば商店街の方に戻れるんじゃないかと思い、覗き込む。

 

 すぐそこに人が立っていた。

 ちょっとびっくりした。

 化け物の類かと思ったが、違うようだ。腕の無い、薄汚れたマネキンだ。外された腕は地面に転がっている。

 なんでこんなところにマネキンが?

 そう思ったが、もしかしたら服を売る店がこの近くにあったのかもしれない、と勝手に納得する。


 邪魔だな……。 

 このマネキンが無ければ通れそうだけど……。


 手の届く場所に置かれていることもあって、オレはマネキンをどけようと思い、隙間に体を入れ込むようにしてマネキンへと手を伸ばす。

 すると、マネキンののっぺらぼうのような顔に突然眼球が出現した。生き物の眼球がむき出しのままマネキンの顔に張り付いているような感じだ。しかもその眼球は人間であれば鼻のある位置、両頬の真ん中くらいのところに現れた。歪だ。そしてその眼球の間が縦に裂ける。

 口だ。額から顎のあたりまで、縦に長く裂けた口が出現した。


 そしてマネキンの首がろくろ首のようにぎゅい、と伸び、大きく開かれた口がオレの頭部に向かって突っ込んで来る。


 爆散。


 マネキンの顔が粉みじんに吹っ飛んだ。


 まあ、うん……。

 マネキン本体が仰向けに乾いた音を立てて倒れた。

 オレの後ろに居て状況が何もわかっていない律ちゃんは、びくり、とその体を震わせた。


「大丈夫だよ。そこにあったマネキンが倒れただけ。多分、衣服店かなにかが近くにあって、ここに投棄されたんじゃないかな。ごめんね、ちょっと離れて貰える?」


 こくこく、と頷く律ちゃんを離したオレは、しゃがみ込むと倒れたマネキンの足を掴み、隙間から引きずり出した。

 そして地面に転がっている一対のマネキンの腕を持ち上げる。


 マネキンの手首が動く。

 直後に爆散した。


 ……。

 なるほど……。


 ま、これで通れるね。


「りっちゃん。ここ、通れそうだよ」  


 律ちゃんはオレが引きずり出したマネキンを怯えたように見ていて、マネキンの腕が爆散したことには気づかなかったようだ。

 オレは律ちゃんの手を引き、微笑みかけてこう言った。


「行こうか」


 こくこく、と律ちゃんが頷く。

 僅かに体を斜めに逸らして隙間に体を入れ込み、衣服を壁に擦りながら細道というか隙間を進んで行く。

 そしてその終わりを前に一度止まり、再び首だけを出して周囲を見渡した。特に何もなさそうなので体を出し、隙間の方を見る。律ちゃんが隙間から出て来たとき、気づく。オレ達が来た道、つまり隙間の向こう側から何かがこちらを覗き込んでいた。しかしその何かがこちらに来る様子は見られない。ただ覗き込んでいるだけだ。なら気にしなくても良いだろう。律ちゃんを怖がらせるだけになりそうなのでスルーし、律ちゃんが振り返らないように気を引きながら先へと進む。


 少し歩くと、広い場所に出た。大きな道が左右に伸びていて、その道と商店街の区切りとなる位置に、一対の鳥居が設けられた広場だった。


 そしてその広場の中央に、そこそこの大きさの石碑のようなものが立てられている。

 二人で近づいてみる。石碑で間違いないようだ。特に何か碑文が記されているということもなかったが、代わりに何かを嵌めこむ窪みのようなものがいくつかあることが分かった。

 あることに気づき、オレは律ちゃんに言った。


「りっちゃん、これ……。さっきの首輪じゃない?」


 石碑の窪みの一つに見覚えのある形があった。

 その窪みを指さして律ちゃんに伝えば、律ちゃんも驚いたように目を丸くした。


「あ、ホントだ……」


「入れてみる?」


「そうですね。じゃあ……」


 律ちゃんはポケットからさっきの首輪を取り出すと両手で持って横に伸ばし、首輪を嵌めこんだ。

 だが、特に何も起きない。


「……特に何も起きないね」


「そう……ですね」


「ただ、他にも窪みがあるから……もしかしたら他にも何か、ここに嵌め込むものがあるのかも。それを全部集めて嵌め込めば……」


「帰れる……?」


「かもね。いや、きっとそうだよ。やったね、りっちゃん。希望が見えたよ」


 オレは周囲を見渡したが特に異変は無い。律ちゃんも体を竦めながら辺りを見渡しているが特に変化を見つけられなかったようだ。

 だけど帰れそうな気配がして来た。律ちゃんも少し安心したようで、若干表情が柔らかくなっている。

 良かった。


「でもこの石碑、一体なんなんだろうね?」


 何気なく石碑に触る。

 すると、突然石碑が輝きだした。

 首輪を嵌め込んだ窪みは勿論、何もはめ込んでいない窪みからも光が溢れ出し、オレ達を差すように照らした。


「と、東堂さん……っ!」


 律ちゃんが慌ててオレに抱き着いて来る。

 オレは思った。


 ―――なんかの封印解けた?


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[一言] 設計者:え……こんなのないよ…… で言いそう。
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