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SH4


 乗り込んだタクシーの後部座席の背もたれに体を預け、車の天井を見上げた。年季を感じるものの不潔な感じはしない、何の変哲もないタクシーの内装だ。


「お客さん、いそがしいね~」


「はは、そうですね。オレもそう思います」


 運転席からタクシーの運転手さんが話しかけてきた。当たり障りのない返事をして、オレは肘で太ももを支えるような態勢で前屈みに座り直す。


 また何かが起きている。

 分かっているのは、茶々ちゃんと瑠璃ちゃんの……消失?

 茶々ちゃんのご両親がどうなっているかは分からないけど、多分、巻き込まれてそうな気はする。

 

 しかも小学校の事務員さんの言葉が正しいなら、学校の書類やデータベースからもその痕跡が消えているわけだから、かなり質が悪い案件だろう。人の記憶を消すなんてレベルじゃねーぞ。現実改変とか過去の改ざんとか、物語のクライマックスなレベル。


 何か大きいことが起きている。

 それは分かる。

 

 でも見方を変えれば、そこそこの付き合いがあったお隣さんが蒸発しただけとも言えるのが難しいところだ。周囲は認識すらしていないみたいだけど。


 それはそれで確かに大事件なのは間違いないんだが、明日香さんのときと同じと言えば同じにも思う。


 「同級生が突然引っ越した」とか「会社の同僚がある日突然退社した」とか、フラットに見ればそれくらいの話ということだ。


 家庭の事情かな? どんな事情だろう?


 そんな疑念を抱いたとしても、そこからわざわざ相手の住所を調べて訪問したり、探偵を使って調べたりはしない。

 深く踏み込んだとしても、担任の先生や上司、他の同僚に話を聞くくらいだろう。もしそれで疑問が解決しなかったとしても、自分が送るべき日常の中に居続ければ、やがてはその人のことや急に会えなくなった寂寥感なんかは薄れ、忘れていく。それが普通だ。人には人の暮らしがあって、身内とか余程親しい間柄でもなければ、わざわざ藪をつつきにはいかない。


 これで誘拐されているところを見たとか、事前に相談されてたとか、そういうのがあればオレも動きようはあるんだけど……。

 葵さんが何か知ってそうだが、そもそも葵さんとコンタクトを取るために茶々ちゃんを探していたわけだし、八方塞がりだ。


 だから迷いを抱きつつも、オレは茶都山家の異変の究明を保留し、駅へ向かう選択をした。


 律ちゃんに関しても、オレが出来ることは多くない。それは分かってる。

 律ちゃんが言っていた病院に着いたところで個人情報なんて教えて貰えるわけもないし、出来ることと言えばさっき小学校でオレがやったくらいのことだろう。それでもわざわざ現地へ向かうのは電話だと悪戯と思われて取り合って貰えないと思ったから。そして助けを求められた大人としての義理だ。

 その後のことは任せるしかない。

 多分病院の方から律ちゃんの保護者に連絡が入ればそれでいい。律ちゃんの安否によっては警察も介入してくるだろうから、そのときは目撃者として事情聴取を求められるかもしれないけど、それ以上オレが関与する余地はない。その辺りがオレが関われる限界だろう。

 

 ……。

 駅に着いたオレは膨れ上がったタクシー代を払い、軽くなった財布に哀愁を感じながら、今日一日を長く共にした車両に別れを告げた。

 改札口に近づき、その傍に在る販売機で切符を購入する。大学に行くときも使っている駅なので特に困りもしなかった。

 そして切符を改札機に通し、改札口を潜る。


 ……。

 またか。


 帳が降りる。

 突然訪れた静寂、人の気配と人工の光が消え失せ、赤みがかった月光だけが照らす夜を、どんよりと湿った空気が満たしている。


 オレはまた明らかに普通からズレた世界に踏み込んでいた。

 ここは多分、今朝の病院と類似した場所だと思う。

 だけど病院ではない。そして駅でもない。


 街だ。

 見慣れない街。だけど周囲にはビルやショッピングモール、広い公道など、都会的な要素は見当たらない。

 目の前にはアーケードと呼ばれる、アーチ形の屋根を仰ぐ一本道が続いている。

 アーケードは放置されて久しいらしく、金属の枠組みだけが残る有様で、屋根としての機能の大半を失っていた。目の前に伸びる一本道には屋根の素材だったと思われるガラス片やプラスチックが散乱している。一本道の左右には錆びたシャッターが降りた個人店跡地が隙間なく並んでいて、この場所に長い間、人の手が入っていないことを如実に表していた。


 捨てられ、朽ちた商店街。

 それが、今オレのいる場所だった。


「本当に……こんなの普通なら頭がおかしくなるところだよ」


 一つため息を吐く。

 一日のうちに三度も、「気が付いたら知らない場所にいた」なんて意味不明な事象を体験した。さすがに、自分の記憶の連続性を疑ってしまいそうになる。例えば、オレが若年性の認知症を発症していて、実は自分でここまで来たけどその記憶が飛んでいるだけ、なんて可能性だ。だけどオレの中ではもうその説よりも、「また異変に巻き込まれた」という説の方が信ぴょう性が高い。

 

 最近までこんな非現実的なことが起こるなんて思ってもおらず、「異変」が生じてもなんとかそれをオレの信じる一般常識に当てはめようと頑張っていた数日前に比べたらとてつもない変化だと自分でも笑ってしまう。

 だけどそれはもう良い。

 オレももう納得していることだ。

  

 ただそれはそれとして、気になることがある。


 実感は全くないが、これまでの体験から推測するに、どうやらオレには「異変に対してかなり強力な抵抗力」が備わっているらしい。

 それは襲って来た化け物が吹っ飛んだり、皆して忘れていることを覚えていたり、張ってあったらしい結界をすり抜けちゃったりと、オレ自身の経験や周囲の証言からして間違いないだろう。


 だから混乱する。

 歩いてるときに無意識に結界をぶち破って入り、変なところに入り込んでしまうまでは分かる。それはそれでぶっ飛んでるとは思うけど……。

 

 世の中には、学校のクラスメイトや先生、同居している家族が全員インフルエンザに感染してるのに一人だけ全く感染する気配が無いというような人間もいる。オレが異変に対してそういう人間なのだと考えれば納得は出来る。

 だけど今回の件はそれだと説明がつかないというか……。律ちゃんと出会った場所がどういう場所なのかは分からないけど、律ちゃんの言葉が正しいなら、オレと律ちゃんは全く別の場所からあの場所に迷い込んでいることになる。

 それが引っかかるんだよね。

 まあ、今朝の廃病院もこの場所も、オレが直前までいた場所にもともとあったもので、オレは例の如く結界みたいなものを無意識にぶち破って侵入し、律ちゃんは超常現象の力で遠くから引き寄せられたと考えたら筋は通っているか……。


「とりあえず行くかなぁ……」


 考えていても仕方がない。

 思考の終わりを口に出し、気持ちを切り替えて周囲を見渡した。

 正面には潰れた個人店が立ち並ぶ、終わりを迎えた商店街の道が真っすぐに伸び、後ろを振り向けば暗い濃霧が行く手を阻んでいる。

 帰るならば、濃霧に突っ込むのが良いと思う。多分帰れるんじゃないかな。


 でもここがもし今朝の病院と似た場所なら、もしかすると律ちゃんがいるかもしれない。もともと他県にまで行こうと思っていたところだから、ここで律ちゃんに会えるなら有難い。

 オレは周囲を警戒しながら、打ち捨てられた商店街へと足を踏み入れた。

 

 歩きながら周囲を見渡すと、シャッターの降りていない店舗をいくつか見掛ける。

 とはいえ営業などしているわけもない。かつては食べ物を販売していたと思われる店の品物台に乗っているのは、どこから飛来したのかも分からない落ち葉くらいなもの。かつては賑わい、所狭しと食品が並んでいただろう品物台は埃を被り、眠りに就いている。


 少し上を向けば、辛うじて文字を読み取れるような状態のぼろ布と化した横断幕が掲げられている。笑顔、という文字は分かるけど、こんなところで笑顔なんて浮かべられるわけもない。恥を知れ。

 捨てられた古い自転車が転がり、目につく看板は錆び果て本来の色を失い、変色した発泡スチロールが散乱している。


 趣があるな……。


 ふと、暗い道の先に人影が見えた。

 オレは静かに建物の影に身を寄せ、覗き込むようにそれを見つめた。

 人影だ、ということは分かった。だけど人ではないということも分かった。

 その人影は確かに人に近い形をしていたが、明らかに頭部が大きすぎた。まるで中身がパンパンに詰まったゴミ袋のような大きさの頭部をふらふらと揺らし、佇んでいる。


「どうしたものかなぁ……」


 小さく呟いた。

 本当に、はっきりさせて欲しい。確証が欲しかった。オレがあらゆる異変に対して強い抵抗力を持つ、という確証が。なら意気揚々と無人の野を行くが如く進むのに。

 普段あらゆるネコ科の動物からやけに好かれるからと言って、サバンナのライオンにも同じように抱き着くなんてことはしないだろう。一頭二頭は例に漏れず懐いてくれるかもしれないけど、普通に噛みついて来る個体もいるかもしれないし。確証さえあれば……。


 身を潜めて待ってはいるが、どうにもあれは動く様子がない。


 ……。

 もしかして迂回しろってことか?

 ふと思いつき、辺りを見渡した。少し歩いた先に横道がある。そこを通れば進めるかもしれない。

 足に圧し掛かる負担を感じながら、コサックダンスの様な動きで身を屈めて横道へと向かう。足元の障害物に気を付けながら横道へと辿り着いた。

 商店街の廃道よりもさらに細く、そして不衛生な裏道だった。恐らくかつては海産物を運ぶ際に使われていたのだろう。道の端に打ち捨てられている汚れの付いた発泡スチロールには生臭い匂いが残っていた。


 暗い細道を歩く。

 道なりに進む。途中の曲がり角を曲がる。

 十字路に辿り着く。


 正面の道の先に、薄っすらと何かの影が動くのが見える。

 右の方は暗くて何も居ない。

 商店街がある左方向の道の先には家屋があって、裏口と思しき扉が半開きになっていることに気づいた。

 人が居るとは思えないけど、とりあえず入ってみることにする。


「お邪魔しますね」


 年季の入った扉は錆びついているのか重かった。ドアノブを回すと嫌な音がする。

 足元を見る。

 当然靴なんて置かれていない。

 式台に足を乗せる。土台が腐っているのか、大きく軋む。

 忍び足をしてもそれは変わらなかった。


 携帯を取り出し、ライト機能をONにする。

 周囲を照らした。

 勝手口だったようで、入ってすぐに台所があった。蛇口は錆びきっていて、シンクには水気はもはや残っていない。すぐ傍に置かれた水切り箱の中には湯呑が二つ逆さまに置かれている。その向こう側のコンロは油でぎとぎとだ。コンロの奥にある窓ガラスも張り付いた油で濁り切っている。

 背の高い四角いテーブルと、足の長い三つの椅子が目に付いた。老朽化しているようで、座ったら壊れてしまいそうだ。テーブルの上には筒状の箸入れと急須、半球状の小さな虫よけネットがある。虫よけネットの中に置かれているお盆の上に何かが置いてある。


 カギだ。

 ネットを避けて鍵を手に取る。鍵は錆びついている。


 ……。

 なんか……。

 なんかだよね……。


 ここで誰かが生活していたというのは間違いなさそうだが、それももうずっと前のことのようだ。

 シンクの引き出しを開ける。菜箸やお玉などの生活用品が入っている。少し離れた食器棚に近づいて木製の扉を開いた。


 ……。

 懐中電灯か……。


 オレは棚の上に置かれていた懐中電灯を手に取った。

 スイッチを入れるとちゃんと点灯する。携帯を仕舞い、懐中電灯で部屋を照らした。

 開いたままの扉が目に入る。奥に廊下が続いているようだ。

 床の軋む音が気になるが、奥に入り込む。

 

 廊下に面する部屋の扉はだいたい開いている。だけど一つだけ、ぴったりとしまった引き戸が目に付いた。なにかあるのかもしれない。

 近づいて引き戸を開く。いちいち音が鳴るのは気に入らないが、仕方がない。


 引き戸の中は脱衣所だった。ガラスが割れた洗面台の横には古い型の洗濯機。洗濯機の中を覗いた。服が入っている。臭そうだと思った。


 隣には曇りガラスの扉。

 浴室だろう。

 

 取手に手を掛けて、捻る。

 固い。


 ……錆びて動かないのか?

 

 それとも鍵が掛かっている?


 さっき拾った鍵を取り出し、ドアノブの近くに持っていく。

 違った。そもそも鍵穴が無い。


 それはそうだ。普通、浴室の鍵を外から掛けることは無い。


 がちゃがちゃとドアノブを動かす。

 中から鍵が掛かっているのは間違いないと思うんだけど……。


 そう思っているとドアノブが外れた。老朽化したドアノブはオレの圧に耐えられなかったらしい。

 きい、と小さく音を立てて扉が開く。


 浴室をライトで照らした。


 ……何かいる。浴槽の中だ。

 オレは浴室の中に入り、ライトで照らした。


 浴槽の中で何かが小さく丸まって揺れている。いや、震えている?

 人だ。

 頭を抱えるようにして、小さく丸まっている人の背中が懐中電灯の光によって暗闇の中に浮かび上がった。


 カタカタと震えている背中、髪。

 オレの位置からはそれくらいしか分からないが、あの制服は多分そう。


「……りっちゃん?」


 オレの呼びかけにびくりと体を震わせた背中は、震えたまま起き上がり、ゆっくりとぎこちない動きでオレの方に顔を向けた。

 間違いない。

 藤砂律ちゃんだ。

 恐怖で蒼褪めた顔色はすこぶる悪く、限界まで開かれた瞳は小刻みに揺らぎながらオレを凝視している。

 オレは律ちゃんを見て安堵し、同じように安心して貰いたくて、微笑んでこう言った。


「助けに来たよ」


 別に助けに来たわけではないけど。いや、助けには来たか。会えたのは偶然だけど。 

 オレの言葉を聞いた律ちゃんの表情は最初こそ理解できないのか変化はなかったが、急にへにゃりと眉が歪んだ。

 

「ふ、ふふ……ふふ……ふふふ……」


 律ちゃんが急に笑い出す。

 これもしかして律ちゃんじゃなくて化け物の擬態か……?


 そう思ったオレだったが次の瞬間ぽろぽろと泣きだしたので察した。

 どうやら安心と恐怖の大怪獣バトルが律ちゃんの中で起きたせいで情緒がぶっ壊れたらしい。


「えへ、えへ、えへええええ」


 喉を鳴らすように笑いながら、涙は止めどなく流れ落ちている。

 

 余程怖かったようだ。可哀そうに。

 律ちゃんの笑いはやがて収まり、嗚咽だけを漏らすようになった。

 オレはそれを見守る。


 ……。

 しかし暗い浴槽の中で号泣する女の子と、それを懐中電灯で照らすオレという構図ってどうなんだろうなと思いながら、律ちゃんが泣き止むのを待つ。


「大丈夫? 落ち着いてきたかな?」


「はい……。すみませんでした……」


「いいよ、謝らなくて。仕方ない仕方ない。それだけ怖い思いをしたってことだからね。それに、泣きたいなら泣けばいい。むしろ泣いた方が良いかも。なんと言っても、泣くとスッキリするからね」


「……ふふ。優しいですね、東堂さんは」


「そうかな? そう言って貰えるのは嬉しいよ」


 律ちゃんは浴槽の中で小さく微笑んだ。

 オレは律ちゃんに背を向けて浴槽の縁に座っている。

 オレは端的に事情を説明した。

 あの後元の場所に戻っていて、用事があって駅に居たらいつのまにかここに居た、と。

 

「律ちゃんはどうしてここに? あの後、何があったの? 聞かせて貰える?」


「……。わたし、東堂さんと別れた後、変な商店街にいたんです。怖くってしばらく動けなくて……」


「うん」


「黒い靄みたいな方に行こうとしても、気づいたら元の場所に居て……。気づいたら靄がどんどん近づいて来てて、それで……」


「商店街の方に行かざるを得なくなったんだ?」


「はい。そしたら変なのがいて……。でも、東堂さんのことを思い出してすぐに隠れたんです」


 オレの言ってたことを、ってことだと思う。

 良かった。

 役に立ててたみたい。


「でもまた発作が来て……こわくって……動けなくて……」


 薄っすらと律ちゃんの声が震えて来る。

 あえて見てはいないけど、多分また涙ぐんでいるんだと思う。


「うん……。大丈夫だよりっちゃん。今はオレがいるからね。懐中電灯もあるよ」


 懐中電灯があるからなんだという話だけど、意味不明なことを言うことで律ちゃんの気が紛れれば良いなと思ってのことだ。恐怖で支配されそうな律ちゃんの心の中に「なぜに懐中電灯……?」となんてしょうもない疑念を少しでも混ぜられればいいなって。

 

「……ぅ。ふ……っ。そ、それで……その、動けるようになって、進もうと思ったんですけど……変なのがやっぱりいて、それで脇道に入って……。そしたらまた奥に……っ、変なのが……っ」


「大丈夫だよ。だーいじょうぶ。落ち着いて落ち着いて。ゆっくりゆっくり。無理して言わなくて良いからね」


 あっけらかんとした口調を意識して語り掛ける。

 律ちゃんは荒い息を一生懸命深呼吸に変えながら言う。


「だ、大丈夫です。それで……近くの家に……ここに逃げ込んだんです。でも変な音が近づいてきて、奥の扉の方に行ったんですけど、開かなくて……。それで、ずっとここに……」


「なるほどね……。ありがとう。大変だったね」


 律ちゃんの状況や持っている情報はオレとそれほど変わらないようだ。

 ただ律ちゃんはオレと離れてすぐにここに来ていたようなので、もう半日以上こんなところに一人でいたということになる。辛かったろうね。

 オレももっと早くに来られれば良かったんだけど、どうしても用事があったからな……。申し訳なく思う。

 ふと思い出した。


「あ、そうだ。これ……返すよ」


「あ、この子……」


 オレは両腕の無い熊の縫いぐるみを取り出して、律ちゃんの掌の上に置いた。

 律ちゃんは大切そうに縫いぐるみを掌で包み込み、縫いぐるみを見つめた。


「もしかしたらこの子はりっちゃんを守ってくれるかもしれない」


「その、さっき東堂さんを守ったみたいにですか?」


「うん。だから肌身離さず持っていた方がいいかも」 


「……分かりました。そうします」


「縫いぐるみに関してはやっぱり……?」


「はい。まだなにも……ごめんなさい……」


「そっか。仕方ないね」


 新しい情報は無し。

 しかしどうしたものか。

 困っているんだけど、律ちゃんを不安にさせたくないから困っていることは隠しておきたいし。


「りっちゃん。しつこくて申し訳ないんだけど、ここのことで他に何か気になることってないかな? この家のことでも、他の建物のことでも、道の途中に何かがあったとかでも良いんだけど」


「えっと……。そういえば、台所になにかの鍵がありました。網の籠? の中に……」


「ああ、虫よけネットのこと? 確かにあったね」


 持って来てるし。

 オレがポケットから鍵を取り出そうとしている間に、律ちゃんが続けた。


「ただ、その虫よけネットが動かせなくて……。ぴったりテーブルにくっついてるというか、変な感じで……。不思議な力で動かなくなってるみたいな……。あ、それ……!」


 律ちゃんの話を遮るように取り出した鍵を見せると、律ちゃんは驚いた様子で目を丸くした。


「ど、どうやって……?」


「いや、普通に取って来ただけなんだけど……」


「そうなんですか……」


 律ちゃんはよく分かっていない様子でそう呟いた。 

 オレもよく分かっていない。


 ……。

 もしかして……。


「りっちゃん、さっきこの家の奥の扉が開かないって言ってたけど、それって鍵が掛かってるってこと?」


「いえ、鍵は開けたと思ったんですけど……。ごめんなさい。よく覚えてないです……」


「そっか。ちょっと行ってみるよ」


「あっ……わ、わたしも、じゃあ……」


 立ち上がったオレにそそくさと律ちゃんが付いて来る。

 ぴったりとくっついてくる律ちゃんの分も合わせて、二人分の足音が暗い家に響く。


 問題の扉の前に来た。

 鍵は確かに開いているようだ。

 オレはドアノブを回す。

 

 普通に開いた。


「お、開いたよ?」


 扉の外をライトで照らす。小さな板間があって、奥には商店街の通りが見える。どうやら小売店の店先のようだ。


「少し待っててもらえる?」


 店先に出て、物陰に隠れて商店街の道を覗き込む。

 さっき見た頭の大きい化け物がゆらゆらと佇んでいるのが見えた。

 律ちゃんの元に戻り、こう言った。


「りっちゃん、頭が大きいかぼちゃみたいな化け物って分かるかな?」


「はい。分かります」


「それの裏手に出たみたい」


「そうなんですか……?」


 律ちゃんはオレの言葉の意味をよく分かっていない様子だ。


 だけどオレは何となく察していた。


 オレは思った。


 ―――これショートカット開通しただろ。

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