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GBF3

 自分でも短慮なことをしたと反省しつつ、そして命の危機に晒された割には思ったよりも落ち着いている自分自身にも驚きながら、ぴくりとも動かないUMAを見る。


 死んだ?

 いやぁ、さすがにそれはちょっと都合が良すぎるか?

 実際これどうなんだろう?

 オレの『能力』、と言って良いのか微妙なところだけど、オレに何かあるのは多分そう。ただこれ、どうなんだ? 

 確実に言えるのは、オレは自分の意思では何もしていないということだけ。死に瀕してなにかがオレの中で起きた、なんて感覚も一切ない。さっきあったのは死の受容と信乃ちゃんへの謝罪の気持ちだけだった。

 いやぁ、なんなんだろう。オレに何か守護霊的なのがいたり……する?

 だとすれば東堂家の人……なのかな?

 でも、オレの記憶が本当に『真実』なのだとすれば、今のオレと元々の東堂雷留の中身は違うってことだから、東堂家の人がオレを守る理由はあんまりないというか……。むしろ今のオレが東堂家のとこの体に居座っていることに不快感を感じて呪ってきてもおかしくないとも思うし……。


 ストレスで熱が出そうだ。 

   

 とりあえず、今は目の前のことに集中しよう。

 とはいっても、オレは彩乃さんを庇った格好で背中越しにちらと見てただけだから、何が起きたのかを視覚的にも詳細に把握できているわけじゃない。

 見ていた感じでは、UMAが勝手に転んだって感じだった。


 アレ、普通に生きてそうなんだよねぇ……。

 うーん。

 馬の転倒は命に関わるってことは聞いたことがあるし、人間だって打ちどころが悪ければ転倒しただけで命を落とすことはある。だから無いとは言えないけど、でもそんな即死する? しかもアレ明らかに化け物だしなぁ。確かに自爆してもおかしくない速度と転び方だったけども。

 分からない。

 彩乃さんの方が詳しそうだし、彼女の見解を聞きたいところだ。

 そう思ってオレの腕の中の彩乃さんを見てみる。


「……」


 ぽかーんって感じ。

 半開きの口と真ん丸くした瞳はUMAを凝視していてまるで動かない。


「大丈夫?」


 オレは彩乃さんから少し離れ、立ち上がった。あんまり触れているのも良くないだろうと思った。信乃ちゃんみたいに自分から来るならある程度は受け入れるけど、今回は違うし。


 すると彩乃さんは離れたオレを、ぎこちない動きでゆっくりと見上げた。その際、汚れてはいるがそれでもなお黒く艶やかなストレートの長髪がさらりと肩から流れ落ちる。

 垂れた長い前髪から覗く彩乃さんの表情は直前の危機を乗り越えたという安堵よりも、何が起きたか理解できないという困惑の色が強いように思う。彩乃さんはオレを、得体の知れないものを見るように見つめていた。


「立てそうかな?」


 腰が抜けているかの様に動かない彩乃さんに手を差し伸べる。

 彩乃さんはオレの顔と差し伸べた手を交互に見てから、おずおずとした様子でオレの手を掴んだ。小さな柔らかい手だった。剣ダコとかもないんだな、と内心で思った。


 オレの手を掴んで立ち上がった彩乃さんは、特に痛がる様子は見せなかった。立ち上がり方もスムーズ。血塗れで服装もボロボロだが、肉体的な損壊はもう見られない。あまりまじまじ見るのも失礼なので一瞥で留めたが、大丈夫そうである。不思議なものだが一応、聞いておくことにする。


「怪我は大丈夫?」


「え、ええ……」


「そう? なら良かった」


 戸惑い気味の彩乃さんから視線を外し、オレはUMAの方を見て続ける。


「あれももう大丈夫そうだけど、君の見解を聞かせて貰えるかな?」


 オレの言葉を聞いた彩乃さんは、何故かオレの方を信じられないものを見るような表情で見て来る。


「あなた……一体……」


 そんな変なこと言った?

 あーそう言えばさっき彩乃さん、なんか言ってたな。

 あんまり見ない方が良いとかなんとか。

 アレ……なんだっけ。そうだ、SAN値。なんかそういうのあるのかもしれない。

 でもごめん。マジで分かんないの。何も感じないの。


 オレを見る彩乃さんからは困惑と若干の……恐怖、かな……を感じる。でも嫌悪はなく、どちらかというと畏怖のような。


 オレは今、彩乃さんからどういう風に見えているんだろう。

 結界がどうのというのは前も言っていた気がするけど……。結界と言えば現代ファンタジーとか、伝奇的なやつでは定番の概念だ。オレが前世……で良いよね。その前世で読んでいたネット小説でもよく採用されていた能力というか技というか設定というか。一般人を遠ざけるとか、異空間を作り出して対象を隔離するとかそういうのだ。

 彩乃さんの視点では、オレはそれをものともせずに現れた正体不明の年上男性。一回目は偶然で片付けられるけど、二回目は……はい。怪しいね。さすがに何か感じちゃうよね。それはそう。

 ただ、オレは本当に何もわからない。彩乃さん側の事情も、オレ自身のことも。ほんとに分からない。だからオレとしても何をどう言えば良いのか、どう対応すれば良いのか凄く困っている。信乃ちゃんとは別方向に凄く困るし話をするにも時間もかかりそう。ただオレはちょっと急ぎなので、なる早で帰りたいと言うのが本音ではある。


「オレは……そうだね。通りすがりの大学生、なんだ。ただのね。ちなみに夕飯を買いに向かってる最中なんだ。あとアイス」


「それを信じるとでも? あまり馬鹿にしないでほしいわねぇ……」


 喋り方そのものは割と柔らかいんだけど、棘を感じる物言いだった。疑念、困惑、警戒心。彩乃さんの中では様々な感情が渦巻いていることだろう。


「信じて貰うしかない。ただ、オレもこの後用事があるから早めに……」


「……ねぇ?」


 彩乃さんの口調が変わる。媚びるような湿り気のある口調だ。その吐息に甘い色が乗る。しなを作り、長し目上目遣いにオレを見て、こう言った。


「教えて? あなたのこと……」


 彩乃さんがゆっくりとオレに手を伸ばした。オレの首に手を回し、オレを抱こうとしてくる。オレは数歩下がって避ける。

 彩乃さんの瞳がすっと細まる。


「やっぱり、ね。以前もそう。私の妖力を跳ね除けておいてただの大学生だなんて……。ちょっと私のこと舐め過ぎじゃないかしら?」


「気に障ったのなら謝るよ。ごめんね。ただオレも一つ聞かせて貰いたいんだけど、どうしてそんなに苛ついてるのかな?」


 オレの問いを聞いて今、彩乃さんの口がひくひくした。 

 オレが嘘を吐いている、と彩乃さんが思っていることは分かる。彩乃さんはオレが『何か隠し事をしている』と思っていて、その『オレの隠し事』の内容に、彩乃さんは心当たりがあるような感じもする。苛立つ理由としては充分かもしれない。

 でもオレはそこに違和感がある。

 彩乃さんってその程度で苛立つような人なのかな、と。会って二回目な上でちゃんと話せたわけでもない。本当に単なる第一印象でしかないけど、彩乃さんには割と余裕がある女性と言うか、優雅な印象を持っていた。実はハプニングに弱くて取り乱しているから、という可能性はある。だけど、この間も今もオレを担いで逃げ回ったり、オレを逃がそうとして色々アドバイスしてくれたりと、ハプニングにも冷静に対応している彩乃さんをオレは見ている。


 オレの勝手な印象だけど、彩乃さんならまたすぐにオレに「逃げなさい」って促したり、有無を言わさずオレを担ぎ、彼女なりの安全圏に連れて行ってくれたりしそうだな、と。


 だから彩乃さんが苛立っている理由が他に何か、ちゃんとありそうな気がするんだけど、残念ながらそれが何かが分からない。

 だからその理由、オレに対して彩乃さんが抱いているだろう蟠りを解消して、気持ちよく話が出来るようにしたかった。

 だけど逆効果だったようで、彩乃さんはさらに苛立ってしまったのが今の結果だ。

 彩乃さんは疲れた様に額を抑えた。さらにため息もつく。オレもそうしたいけど失礼かなと思ってしなかった。されてもやり返すのはちょっとね。


「……」


 彩乃さんは不機嫌そうに黙ってしまっている。

 なんだろう。オレの何が彼女の癪に障るんだろう。

 というか、妖力って何?

 あー……。彼女はその妖力というのに絶対の自負があって、それが効かないオレが気に入らないとかか?

 だとしたらもうどうしようもないよ……。オレだって訳が分からないんだから。許して欲しい。

 何と言えば良いのか……。

 長くなりそうだけど、だからこそ困る。信乃ちゃんを待たせてるわけだからね、オレは。

 ただオレが思うのは、この件は信乃ちゃんのときとは違ってオレが能動的に関わる意味を感じないということ。彩乃さんの感じからするとひと段落したようだし、もともと彩乃さんはオレに逃げるように言ってくれていたわけだから、帰ってもいいだろう。どうしてもと言うのなら連絡先を伝えて後日と言うことで了承して貰おう。


「悪いんだけど―――」


 オレが話し始めた瞬間、彩乃さんが弾かれたように視線を動かした。彩乃さんは空を見ている。


「これはまた……最高のシナリオねぇ……? うふふ……楽しくなってきちゃった」


 彩乃さんはそう言った。努めて楽しそうに言おうとしているのだろうが、声に抑揚は無い。絶望、諦念、疲労、そういうものが滲んでいた。無理に笑おうとしているのが分かる、歪な横顔だった。


 倣ってオレも彩乃さんの視線を追った。空だ。

 空が割れていた。雷雲のように渦巻く雲の海の中に横たわる裂け目は、まるで雪山に横たわるクレバスのようだった。その裂け目は徐々に広がっている。そしてその裂けめの向こう側には、夜の闇よりもなお深い深淵が覗いていた。

 見た感じからそうなんだけど、彩乃さんの反応的にも、不吉の予兆であることは間違いなさそうだ。


 隣にいる彩乃さんが手を動かした。彩乃さんは自分の下腹部に手を当てて目を閉じて、力ない溜息を一つ小さく吐いた。

 さっきのオレのように腹が痛い? というわけじゃないと思う。さすがに。

 そして彩乃さんはこう言った。

 

「そう……。そういうこと……」


 オレは思った。


 ―――どゆこと?


 彩乃さんの様子からするとなんか相当悪いことが起きているらしい。これはオレの予想でしかないけど、雰囲気的には異世界からラスボスが来ようとしているとか、封印されてた何かが解き放たれようとしているとか、その類だろう。そう考えるとヤバそうなんだけど、現実感が……無いと言うか、慌ててもどうしようもないと言うか。


「動じないのね……」


 オレのことだろう。何か含みがあるような言い方だった。彩乃さんは一体オレに何を見ているのだろうか。オレをどういう存在だと思ってるんだろう。一般人だとは絶対思われていないんだろうなって。凄く歯がゆい。


 彩乃さんが静かに目を伏せた。その姿は弱弱しい。まるですべてを受け入れた……いや、諦めてしまったかのような、哀しみを宿した姿だった。妖艶さと言う生の力も、オレを気遣ってくれていた優しさもない。何もかも、魂さえもが抜け出てしまった抜け殻のようなか弱い姿だった。


 例えるなら、長年連れ添った飼い猫が亡くなり、流す涙も枯れ果ててしまった人、みたいな……。そんな彩乃さんの姿がオレの胸を切なく締め付けた。

 もうつらい。彩乃さんの雰囲気が見ててつらい。何が起きているのか、なにがあったのか分からないけど、ただつらい。


「彩乃さん……? 凄く辛そうだけど、大丈夫? オレで良ければ話を聞くよ」


「あなた……」


 彩乃さんは目を丸くして、ゆっくりとオレの方を見た。そしてその表情が何とも言えないものに変わる。本当に得体の知れないものをみるような、そんな目をしていた。


「どういうこと……? 『違う』とでも言うの……?」


 いや、それはオレが知りたい。頼む。お願い。君の設定開示して。 

 

「まさか、本当に偶然……? それにしてはあまりにも……」


 彩乃さんの言葉の節々に困惑と迷いが見て取れる。文脈的には、オレが敵か味方か測りかねているといった感じだ。どうやらオレの気遣いをちゃんと受け入れてくれているらしい。それは嬉しかった。気持ちが伝わると嬉しいものだ。

 空の裂け目は徐々に広がっている。オレにはどうすることも出来ない。オレが出来るのは……。うん。しないよりはいいだろう。次の瞬間には何が起きるか分からないからこそ、自分の気持ちは伝えておきたい。悔いの無いように。


「彩乃さん、オレには何が起きているのか分からないけど……。もしかして君はこれまで凄く頑張って来たんじゃないかな?」


「なにを……?」


「あの空の裂け目が何なのか、オレには分からない。彩乃さんがオレに何を見ているのかも分からない。ただ、あの裂け目が良くないもので、君がアレを見て何か……絶望を感じたってことはなんとなく分かる」


「以前会った時もそうだし、今もそうだ。君は傷だらけになりながら、何か得体の知れないものと戦っていた。きっと以前のモノや今の馬みたいなUMAだけじゃないんじゃないかな? 君は多分、ずっとああいうのと人知れず戦い続けてきた。……違う?」


「……そうね」


「違ったらごめんだけど、君はきっと何かを守るために戦ってる」


「……」


 彩乃さんは少しの間を置いて、覇気のない声でこう言った。


「いいえ、そんな高尚な理由じゃないわ。……復讐。それだけよ……」


「そっか……」


 ……。

 違ったらしい。含みのある言い方だったから、違わない可能性もあるけど、そこまでは分からないな。しかも別方向に重めの答えだった。だがオレはあまり間を置かず続けた。

 

「教えて欲しいんだけど、あのUMAや以前君が戦っていた黒い竜を放置していたらどうなっていたの?」


 というか、あのUMAホントに死んだの?

 とは内心で終える。


「放置なんて有り得ないわ。アレは私を狙っているのだもの。ただ……そうね。もしも私がアレらに殺されるようなことがあったなら、多くの人間が死んでいたでしょうね。無慈悲に、惨たらしく」


 ……。なるほど……。


「ということは、君は自分の命を守るため、そして復讐のために得体の知れない怪物たちと戦っていた、ってこと?」


「……そういうことになるかしらね。それで……? 得体の知れないあなたはいったい何者で、何が言いたいのかしら?」


 そう言って彩乃さんはオレの方を向いた。

 最後の謎解き、みたいな雰囲気の彩乃さんには申し訳ないんだけど、残念ながらなんとなくしか分わかってない。


「彼らの仲間―――」


「ありがとう」


「えっ」


「えっ」


 やべえ。彩乃さんの言葉に被せる形になってしまった。だがとりあえずそのことは後でまた聞くとして、努めて穏やかに続けた。


「なんとなくだけど分かったよ。君は……自分の命の危険に晒されているにも関わらず、何の関係もないオレを守ろうとしてくれた。やっぱり君は優しい人だ」


 実際には分からないけど、オレはそう受け取った。

 彼女はあの怪獣に命を狙われていながら、この間と今、彼女からすれば得体の知れない他人であるオレを守ろうとしてくれていたのだと。しかも結構細かい気遣いまでしてくれていたし。彼女にとってあの怪獣たちがどれくらいの脅威なのかは分からないけど、例えばオレが熊とかライオンに襲われていたとして、果たして他者にそこまで気を配れるかどうかは分からない。出来る人もいれば出来ない人もいる。ただ出来ない人に優しさが無いとは言わないし言いたくもないけど、それが出来る人はきっと凄く優しい人なんだろうなと思った。

 そして、そんな優しさをオレにくれたことが有難く、嬉しく思う。他人からの優しさって当たり前に貰えるものじゃないからねぇ……。

 だからオレはこう続けた。


「変な女だなんて言って申し訳なかったです。案じてくれてありがとう。改めて凄く嬉しいと、そう思ってます。それを伝えたくって」


 彩乃さんはぽかんとオレを見ている。

 が、次の瞬間。


「あはは」


 彩乃さんは失笑した。すぐに口元を押さえてしまったが、目元は綻んでいる。一瞬見えた彩乃さんの笑みはとても美しいものだった。

 彩乃さんの雰囲気が戻る。諦念に支配されたものではなく、さっきまでの艶やかな自信に満ちた魅力的なモノに。


「あなたはやっぱり変な人ねぇ……」


 彩乃さんは目を細めてオレを見る。


「これから何が起きるか分かっていてその余裕なのかしら?」


「いや、逆かも。なにが起こるか分からないから、かな。これは経験談なんだけど、パニックになっても碌なことにはならない。あと、言いたいことはちゃんと言っておいた方が気持ちが良い。もちろんオレから言うだけじゃなくて、相手の考えていることも知りたい」


「ふふ。そうね。それが正解なのかも。言われてみれば私にもそういう経験はあったわ」


「話が早くて助かるよ」


「……。あなたみたいな男性もいるのね」


「そりゃぁいっぱいいると思うけど……どういう意味なのかな?」


「ふふ。なんでもないの。そうね……私の方こそごめんなさい。どうやら私の勘違いだったみたいだから」


「それは……変な人っていうオレへの印象がってことかな?」


 オレの問いかけに彩乃さんは楽し気に目を細めて言った。


「いいえ。あなたはとっても変な人よ」


 彩乃さんは楽し気に笑っている。

 ただ一度、彩乃さんはUMAの死体を一瞥して


アレ(・・)のことは気になるけど……」


 と呟いた。

 だが彩乃さんは吹っ切れたような雰囲気で再び空を見上げた。

 広がり続けている裂け目を、力強く見据えている。やはり先程空を見ていたときのような諦念はもう彩乃さんには見られなかった。精神的に持ち直してくれたようだけど、どうなんだろう。何が起きてるのかはやっぱりわからないけど、なんとかなるんだろうか?


「さあ、もうお行きなさいな。さっきと同じように、同じ方へ。今日のことは忘れて……日常に戻りなさい。さっき言ってたものね。用事とやらもあるんでしょうし……。あなたにも家族がいるでしょう? 大丈夫。アレは……私がなんとかするから」


 ……用事はあるけど家族はいないんだよね。

 しかし凄く含みのある言葉だ。今の彼女からはなにか悲壮とは違うかもしれないけど、覚悟のようなものを感じる。彼女の様子からすぐに思いついたのは「オレを置いて先に行け」に似た何かである。相打ち覚悟的な。

 復讐とか言ってたし、彩乃さんの命を狙ってるとかも言ってたし。あの怪物に家族を殺されたとかそういうのかもしれない。

 で、今、オレの言葉を聞いて彼女の中で何か変化が起きた。

 そんな感じかなぁ……。

 

「何か……オレに手伝えることはあるかな? まだよくわかってないけど、大変なことが起きているってことは何となくわかるから」


「あら意外。それくらいはあなたにも分かるのね。鈍感そうなのに」


「彩乃さん? オレは真面目に聞いてるんだ―――」


 オレの言葉は途切れた。

 何故ならば、オレの唇を柔らかい何かが塞いだからだ。

 オレの目の前には長いまつげが揺れていた。


「どうしたの急に」


「ふふ。やっぱり変わらないのね、あなたは」


 数歩下がってオレから離れた彩乃さんは楽し気に微笑んでいた。まるで悪戯に成功した無邪気な子供のような笑み。それは初めて見る表情だった。大人びていた彩乃さんの、セーラー服に似合う年相応の笑みだ。血塗れで破れまくってるけど……。

 思えば今日って休日だけど……。高校ってやってるのか?

 部活とかならあるのかな。

 なんか……もしかしてだけど……。この子、平日から今までずっと……。


「ほら、あなたは生きなさい(・・・・・)。用事、あるんでしょう? 待たせちゃダメよ」


「……本当に大丈夫なんだね?」


 どうすればいいだろう。いても何か出来るとは思えないけど、でもさっきのUMAの展開がもしオレ在りきのモノなら居た方がいいんじゃないかなぁとも思う訳で。


「大丈夫よ。あなたにはきっと分からないでしょうけど、私今、とっても熱いの。今までもずっと熱かったけど……この熱はきっとこれまでとは少し違う……」


 彼女は優しく微笑んだ。

 覚悟ガンギマリな感じがする。一人で盛り上がっている、と言うと語弊があるけど、最終決戦のノリだよなこれ。こう言うと気まずいけど、今の彩乃さんはちょっと冷静じゃないと思う。取り乱しているわけではないけど、平常心を保てているわけでもない。酷い言い方になるけど、ちょっと自分に酔ってる感じするよね。


 そんなことを考えているオレを他所に、彩乃さんはオレにも聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で続けた。


「長く戦って来たけど……。人からお礼を言われるのって……こんなに暖かいものなのね……」


 彩乃さんの髪が風もないのに揺れる。そして、彩乃さんは力強く叫んだ。


「白夜!!」


 遠くの倒壊したビルが間欠泉のようにはじけ飛び、中から何かが飛び出したのが見える。人影だ。さっきの成人男性だろうか?


 オレはそのまま空を見上げた。

 空の裂け目が縮んでいる。

 あれ? 縮んでいる……?


「……あ、あら?」


 彩乃さんも気づいたらしい。

 さっきまでの雰囲気が霧散し、その空を見上げる背中に戸惑いが溢れだしているのが分かる。


 ―――ああああああああああああああああ。


 やがてオレ達が見守る中、深淵が覗くクレバスは消滅し、ただの夜空がそこにあるだけとなった。

 クレバスが閉じ切ろうとした瞬間、何か断末魔のような声を聞いた気がする。


「……」


「……」


 気まずい沈黙を破り、オレは言った。


「大丈夫そう?」


「そ、そうね……。大丈夫そう……」


 物音がした。

 石の転がる様な音と、馬の嘶きのような泣き声。


 音の方を見れば、UMAが立ち上がっている。脚を振り、首を振り、鼻息荒く鬣を揺らしている。

 非常に元気そうだ。


「んー……?」


 UMAはオレと彩乃さんの方に奇妙な動きで、まるで何かに引っ張られるように、オレ達の方を向いた状態で近づいてきた。彩乃さんは身構えるが、UMAはまた磁石で反発するように、やはりオレ達の方を向いたまま上空へと後退していく。まるで逆再生のような動きだった。

 オレは思った。


 ―――これなんか時間巻き戻ってね?


 やがて上空で止まったUMAは助走をつけるように前足を振ると、大きな嘶きを上げて空を蹴りつけ、オレ達の方へと駆け出した。

 

 困惑していた彩乃さんだったが、そこはなんというか歴戦の猛者みたいな様子で瞬時に切り替えたようで、構えを取った。その構えを取るまでの間に、ぱっと刀が彩乃さんの手の中に出現したのには驚いた。彩乃さんは力強く刀を握ると地面を蹴りつけて跳躍し、UMAと激突。その首を横一文字に薙ぎ払い、切り飛ばした。


「おー……」


 オレは見事な腕前に感嘆した。

 が、グロい。


 彩乃さんがオレに背を向けたまま地面に降り立った。長い髪を振り乱すその後ろ姿は美しかった。彩乃さんはオレに背を向けたまま残心し、そして刀を大きく振るい、その刀身に着いた血を飛ばす。そしてゆっくりとオレの方を振り返ってる最中に消えた。


「えぇ……?」


 喧騒が戻って来る。車の音もそうだ。


 これは夢か……?

 そんなわけない。

 

 だけどとりあえず、今は現実逃避をして考えるのをやめよう。


「信乃ちゃんの弁当買わなきゃ。アイスも……」


 少し歩き、オレは最寄りのコンビニに足早に駆けこんだ。






 ―――からんからん。からん。


 どこかにいる誰かの手が力なく垂れさがり、刀が地面に転がった。誰かは膝から崩れ落ち、ぽろぽろと泣いた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 多分、主人公の能力……というか、異能?は『無干渉』とかそんな感じか? ほかから干渉されない、異変に入り込んでも、死なないとか。
感想一覧
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