ヤンキー?6
パトロールの時間まであまり無い。込み入った話はとりあえず後にしよう。取り急ぎ、町内会の皆さんからされている信乃ちゃんの指名手配を解除してあげなければならない。
集会所へと向かうため、信乃ちゃんと共に玄関を出て、カギを掛ける。腰ほどの高さの鉄柵の門を抜け、敷地外に出る。信乃ちゃんが門を抜けたところで鉄柵を締め直した。軋むような錆びた音がする。簡単な留め金を掛けたオレは信乃ちゃんへと振り返り言った。
「お待たせ。行こうか」
オレの言葉に頷いた信乃ちゃんの表情は見えない。信乃ちゃんは今、フードの付きのパーカーを着ていて、フードを深くかぶって貰っている。パーカーはオレのお古だ。追われる立場にある信乃ちゃんに配慮してのことだが、タンスに長い間仕舞っていた古着を着せることになってしまって申し訳なく思う。
「ごめんね。臭くない?」
歩き出してしばらく、並んで歩く信乃ちゃんにオレは言った。
「え? いや全然。むしろ……」
フードの奥に信乃ちゃんの瞳が覗き見えた。
言い淀んだ信乃ちゃんに、オレは小首を傾げて続きを促した。文脈からすると肯定的な返答が続くと思われるが、さすがに「良い匂い」と続くとは思えず、何と言うのか気になる。
信乃ちゃんは少し間を空けて言った。
「その……」
「うん」
「ライルさんの匂いがすんだよな」
……なるほど。
非常に反応に困る返答だ。
文脈からすると、信乃ちゃんはオレのお古のパーカーからオレの匂いを嗅ぎ取り、そのうえで好感を抱いているらしい。体臭に好感を抱く相手とは遺伝子的に相性が良いとかなんとか聞いたことはあるけど、言及すべきでは無いだろう。そして当然ながら衣服は洗濯してから片付けている。パーカーからするのはオレの体臭ではない。タンスの中で家の匂いが染みこんでしまったか、カビの匂いであることは断っておきたい。
そして実のところ……家を出てから今まで、なにやら信乃ちゃんがやけに静かだなと思っていた。同時に呼吸音が規則正しいとも感じていた。その答えが分かったかもしれない。もしかしてだが、信乃ちゃんは深呼吸をしていたのでは……?
何のために?
というのは今しがた答えが出たわけで……。
「……」
これ以上、話を掘り下げたくはない。嫌悪感を感じているわけではないということは断言しておくが、それはそれとして、どうか少し沈黙させて欲しい。
数瞬悩む。だが、素晴らしいと思える答えを出せなかった。観念したオレは静かに微笑みを浮かべ、こう言った。
「そっか!」
これこそが全てを曖昧にし直前の話題をどこぞへと流すという大人の必殺技、愛想笑いである。
その後、隣から妙に視線を感じながら集合場所に着いたオレはパトロールに参加する人たちが集まるのを待って、謝罪と事情の説明をすることとなった。
金髪の女不審者とは恐らくこの信乃ちゃんのことであり、オレを尋ねてきたは良いものの中々会えず、結果として不審者に見られてしまったこと。
そこまで話をして、一人、訝しげな様子で前に進み出て来た男性がいた。
「雷留君の言うことは分かったが……」
男性はそう言いながら、フードを取って素顔を晒している信乃ちゃんを値踏みするように凝視する。不躾だとは思うが、いかんせん事情が事情だ。この男性にも確か小さな子供がいたはずだし。オレが言ったことを鵜呑みにすることは難しいと言ったところか。そこはオレの徳不足だし仕方がない。
だが横目に見た信乃ちゃんは不愉快そうに眉を寄せている。今にも舌打ちをしたり悪態を吐いたり唸り声を出したりしそうな様子だ。オレは信乃ちゃんを根は良い子だと思っているが、基本的には触るモノ皆傷つけるナイフのようなスケバンである。年齢よりも未熟だからこそ、これから関わる大人次第でどうにでも転ぶだろうが、今は人の家で人生相談中に膝を立てるような、ちょっと世間を知らなさすぎる女の子である。きっとこのまま放置すれば、オレの懸念は取り越し苦労では終わらないだろう。
オレは信乃ちゃんの肩に手を置きながら、男性へと言った。
「もしかして、信乃ちゃんのことをご存じなんですか?」
「いや……ご存じって言うか……」
男性は小さい声で反応したものの、その視線が信乃ちゃんから動くことは無かった。一方で、横目に見える信乃ちゃんは驚いた様子でオレを見上げていて、その表情からは剣呑さが消えている。オレに気を取られ、男性の視線のことはすぐに意識から外れたようだ。
オレは男性へと続けてこう言った。
「なにか気になることでも?」
「いや……この子というか、不審者の方なんだが……」
男性はようやく信乃ちゃんから視線を外すとオレの方を向いた。困惑が滲んだ表情だ。
歯切れの悪い男性の返答内容に、オレは少し安堵する。信乃ちゃんを探る様な様子から、無いとは思うがこの男性が信乃ちゃんを追う半グレの関係者である可能性を考慮したからだ。結果から言えばやはりそれは取り越し苦労だったようだが、別の意味で聞き捨てならない言葉を聞いた。
「それではまるで信乃ちゃんと例の不審者が別人かのようなおっしゃり方ですが……」
オレの問いかけに男性は困ったように眉根を寄せて小首を傾げ、腕を組むと俯きながらこう言った。
「いやぁ、うーん……。どうなんだろう……。いや、遠目だったからなぁ。オレもなぁ……でもなぁ」
唸る様に自問自答をしながら悩んでいる男性の様子に、今度はオレが困って眉を寄せてしまう。
どうやらこの男性は不審者を遠目ながら目撃したことがあるらしく、そのときの不審者の外見とここにいる信乃ちゃんの外見になにやら相違が見られるようだ。
一人で悩んでいても埒が明かないだろうと、オレは男性へと声を掛けた。
「なにか引っかかることが?」
「いや、髪がな。オレが見たときはもっと短かった気がして……うちの嫁さんと同じくらいのさ。ああ、うちの嫁さんの髪、これくらいなんだけど……」
そう言って男性が持ち上げた指先は顎のラインで振られている。
それを見て、オレは思った。
―――くっそややこしいことになってきたやんけ。
不審者と信乃ちゃんが別人の可能性なんて一切考慮していなかった。
え、なに? 信乃ちゃん君もしかしてサスペンスとかミステリーとかそっち系も兼ねてたりする?
なんて考えを微塵も表に出さず、オレは信乃ちゃんの方を見ながら努めて穏やかに訊ねた。
「信乃ちゃん。その髪ってウィッグじゃないよね?」
「地毛だけど、なんで?」
信乃ちゃんは状況を理解していない様子で、不思議そうに小首を傾げながら長いポニーテールの髪先を指先で挟み持ち上げてオレに見せてくれる。少なくとも髪を解いたとき、その長さは顎先では留まらないだろう。
男性の見間違いだと言えばそうかもしれないけど、最近オレの周りで起こっている妙な事の連発を考えると、これもちょっと警戒心を抱かざるを得ない。
どうしたもんか、と悩むオレに、男性がこう続けた。
「それに……。その子、未成年だろう? もうちょっとトシ行ってた気がするんだよな……」
不審者の年齢が、ということだろう。
つまり金髪の女不審者は遠めに見て成人していると判断できる容姿をしていて、髪は短い。
それは初耳の情報だ。
いや、そうか。考えてみれば分かることだったかもしれない。
もしも件の女不審者が信乃ちゃんのような見るからに未成年のヤンキー系だったなら、町内会の人達はパトロールでの現状維持ではなく、さっさと警察に相談していたはずだ。しかも最近は暴走族が暴れていたから関連付けて考えるのが自然。危険は身近にあると考えざるを得ないし、生活安全課に任せた方が話が早い。
オレの家の近所に出没するという話や目撃情報が出始めた時期から、オレは信乃ちゃんがそうなんだと単純に考えてしまったけど……実はそうじゃない?
「なるほど……」
とりあえずオレは信乃ちゃんに向き直った。
「ごめん信乃ちゃん。君のことを不審者呼ばわりしてしまったけど、目撃された不審者が君じゃない可能性が出てきた」
「え、まじ? アタシ不審者じゃねーの? やったじゃん」
あんまり気にした様子も無く、「なんかよく分かんねーけどラッキー」くらいの軽い感じの反応を見せる信乃ちゃんを見ていると、逆に申し訳なくなってくる。
「本当に申し訳ない」
オレが深く頭を下げると、信乃ちゃんは慌てた様子で言った。
「別に良いって! ライルさんちの近所ウロウロしてたのはマジなんだし……。それに、もしかしたらなんだろ? アタシだって別にいつもこの髪型ってわけじゃねぇしさ」
信乃ちゃんは謝るオレをフォローしようと、何故か自ら不審者である可能性をアピールし始める。根はいい子なんだよな。未熟なだけで気遣いだってちゃんとできる子だし。だからこそ罪悪感が湧いて来る。
確かに信乃ちゃんの言うようにまだ薄い可能性の話でしかないんだけど、実際に信乃ちゃんと不審者が別人だった場合、オレは信乃ちゃんにとんでもなく失礼なことをしたことになる。とはいえ、あまり食い下がって謝罪するのもかえって鬱陶しいだろう。冤罪を掛けてしまったかもしれない立場にあるオレが信乃ちゃんのために出来ることは、この事件の真相を解明することか。
そんなに大袈裟なことでもないかもしれないけど、こうなった以上、信乃ちゃんの面倒は最後まで見ることを改めて決意する。
それから少し話をした結果、町内会でのパトロールはまだ続けることになった。
また、信乃ちゃんには不便を掛けることになるが、この辺りを出歩く際は帽子を被って貰うことにした。そのうえで尚も金髪の女不審者が目撃されるようなら、信乃ちゃんは不審者ではないという証明になる。もともと信乃ちゃんは追われる身にあるから丁度いいだろう。
信乃ちゃんが追われているという件に関しては、本当は警察に行った方が良いんだけど、本人がどうしても行きたくないと聞かないんだよな。まあ、なんとなくその辺はセオリーっぽいなと予想は出来ていたけど。
そうして町内会の集まりは一端解散となり、オレ達は帰路に就いた。
信乃ちゃんを伴って曲がり角を折れ、オレの家のある一本道に入ったとき、オレは思わず足を止めた。
いる。
東堂家を越えて少し先にある電柱の影に、確かに東堂家の方を見ているらしい金髪の女不審者。遠目だから分かりづらいが、確かに女性的なシルエットで、かつ成人していそうだ。何故ならパンツスーツ姿である。確かに未成年には見えない。
「……あいつか?」
低い声がオレの耳に届く。信乃ちゃんだ。
「どうだろう……」
ぶっちゃけあいつだろ、と本当は思ってはいる。だが信乃ちゃんへの冤罪疑惑もあって、ちょっと断定する勇気が無いオレである。
「ライルさんの知り合いじゃねーんだよな?」
「まあ、そうだね。多分知らない人だと思う。遠くてまだ分からないけど」
「だったらあいつから直接話聞いてやろーぜ」
「そうだね……。その方が話も早……え? ちょっ」
オレが言い終わらぬうちに、信乃ちゃんが駆け出してしまった。
やりかねないというか、確かにそうするだろうな、という納得があった。
信乃ちゃんを呼び止めたいところだが、あまり大きく名を呼んでしまうのは彼女の立場上憚られる。
だが相手は不審者(仮)だ。何を持っているか、何をしでかすか分からない。いくら男相手に大立ち回りをしてきたらしい信乃ちゃんでも、危険なことに変わりはない。
オレは少し遅れて駆けだした。
が、追いつけない。
しかし信乃ちゃんは足が速い。健脚だ。
オレが信乃ちゃんに追いついたときには、既に信乃ちゃんは不審者(仮)の行く手を阻むように立ち、睨みつけていた。走ったからか、パーカーのフードは外れている。
不審者(仮)は信乃ちゃんに危害を加える様子も、敵意や不信感を向ける様子も無く、強く困惑しているようだった。というよりは、怯えている……?
そりゃ、いきなり見ず知らずの人間が全力疾走で走って来て睨みつけてくればその反応も普通のことだと思うけど。怯え方がなんか……。
乱れた息を落ち着けて、オレは無言で向き合っている二人の傍で立ち止まった。
不審者(仮)は、パンツスーツ姿のキャリアウーマンといった外見の女性だった。その胸元に薄い黄色の宝石のようなものを飾ったブローチのようなものをつけており、ふんわりと遊ばせた薄い金色の毛先は顎先で纏まり整っている。切れ長の瞳は意志の強さを感じさせるが、どこか優し気な雰囲気を滲ませていて、きつい印象は感じない。同じような切れ長の瞳の信乃ちゃんとは異なる印象を受ける。パンツスーツ姿と相まって、出来る女という感じだ。劇団のメインとかにいそうな感じ。
「……。な、なに……」
金髪の女性は僅かに声を震わせながら、オレと信乃ちゃんの間で視線を彷徨わせている。小動物のような所作と見た目にギャップが生まれて少し混乱するが、オレは落ち着いた声音を意識して言った。
「オレはこの子の友人で、東堂雷留です。この子は―――」
「信乃だ」
信乃ちゃんの立場上あまり情報を広めたくなくて偽名ないし名を伏せようと思っていたが、オレが言い終わらぬうちに信乃ちゃんが名乗り、一歩強気に前に出た。オレは内心の溜息を隠し、意識を切り替えて続ける。
「信乃ちゃんです。突然すみません。少しお話を聞かせて頂きたくて。不躾だったのは謝ります」
「てめーなにもんだ? あ?」
下手に出ているオレを他所に、信乃ちゃんはヤンキーモロ出しで女性に詰め寄り始める。話がこじれるからやめてほしい。
「ひぃ」
小さな悲鳴が金髪の女性の口から零れた。いや、これもう無罪だろ。そう思いつつ、オレは信乃ちゃんの肩に手を置いた。
「信乃ちゃん、ちょっとオレに任せて貰ってもいい? 話を聞いてみたいんだ」
「わかった。……おいてめぇ、あんま舐めたこと―――」
「信乃ちゃん待って待って」
「えっ、でも」
信乃ちゃんがちょっと失礼すぎるので止めに入る。信乃ちゃんは驚いたようにオレを見るが、オレは信乃ちゃんへ哀しみの表情を見せてから、金髪の女性に頭を下げた。
「重ね重ね申し訳ないです。この子が失礼を……」
「えっ……。ま、まあ……?」
恐る恐る答える金髪の女性は、まだ怯えている様子だ。申し訳なさが積もる。
一方で、信乃ちゃんは不満そうな表情を浮かべてオレを見ている。オレを睨みつけてきているわけではないが、まあ納得は出来ていない様子だ。というか泣きそうである。信乃ちゃんからすれば正義感からの行動を、よりによってオレからケチを付けられた形になるわけだから気持ちはわかる。
「信乃ちゃん。この人がもし全然関係ない人だったら信乃ちゃんが悪者になっちゃうからちょっと抑えよう? 信乃ちゃんがオレや近所の人達を守るためにやってくれてるのは分かってるからさ。ありがとうね」
「……」
信乃ちゃんの耳元で、小声でそう伝えれば、信乃ちゃんの雰囲気がちょっと柔らかくなった。というか、頬が緩んでいる。守るとかそう言う言葉好きそうだなと思ったんだけど正解だったみたいだ。ちゃんとこの子の想いは汲み取れたらしい。
改めて金髪の女性に向き直る。
「改めて謝罪を。それと、少し話を聞かせて頂きたいんですがよろしいですか?」
「……。少しなら……」
金髪の女性は信乃ちゃんの方をちらちらと怯えを滲ませて見つつ、オレにはしっかりと目線を合わせてくる。
「まず……お名前をお聞きしても?」
「……。名前……」
おや?
とオレは内心で疑問を抱く。
名乗ることに消極的だ。
まあ今の世の中個人情報の秘匿が推奨されているから、おかしな話ではないかもしれないけど……。まさか自分の名前が分からないなんてオチはないだろう。さすがに。
「何とお呼びすればいいかなと思いまして。オレ達は不審者ではありません。先ほども名乗りましたがオレは東堂雷留と言いまして、そこの家の人間です」
「……。そこ……?」
おや?
とオレは内心で再び違和感を抱くが、話を続ける。
「ええ。そこの家です」
東堂家を指先で示す。金髪女性は東堂家を一瞥し、オレを見た。
「……。そう……」
そういって金髪の女性は黙ってしまった。無口な人だな。
表札が見えたのか、「……。東堂……」と納得したように呟いている。信じて貰えたらしい。
だが、オレや東堂家に対する反応があまりに乏しい。やっぱり、オレの家を見ていたわけではないのか?
何なんだろうこの人。
「改めて、お名前をお聞きしてもいいですか? 何とお呼びすれば?」
「……。葵……」
「葵さん、ですね」
「……。用件を言って……」
葵さんがぽそりと呟く。
落ち着いたようだ。怯えた様子ももうない。
さて、なんて聞こうか。
「葵さんって、もしかして最近この辺に越して来た方ですか?」
「……。どうして……?」
「いえ、綺麗な方だなと思いまして。オレはずっとこの家で暮らしているんですが、きっとお見かけしていれば忘れることは無いかな、と」
「ナンパ……?」
信乃ちゃん、もうちょっと黙ってようか。
「……。違うわ……」
「そうなんですね。では、ご友人がこの辺に住んでいる、とか?」
「……。ご友人……」
考え込むように呟いた葵さんの表情からは何を考えているか読み取れない。
「ライルさん?」
ちょっと静かにしてて信乃ちゃん。
「ええ。それとも、ご親戚とか?」
「……。親戚……」
親戚。そう呟いてから少し間を置いて、葵さんの表情が劇的に変わった。
何かを耐えるような、辛そうな表情だ。
「……。いない……」
そう絞り出したように呟いた葵さんの様子には、色々と察するところがある。
オレは申し訳なさそうに言った。
「すみません。気を悪くされたなら謝ります」
「……」
何も言わない葵さんの様子からすると、オレが彼女の気を悪くしてしまったことは明白だった。
「ではやはりご友人が? それとも、お仕事かなにか……」
まずいな。
というのも、信乃ちゃんがそわそわとし始めているのが横目に見えたからだ。オレの質問というか尋問というか、迂遠に情報を引き出そうとする姿勢は、どうにも信乃ちゃんとそりが合わないらしい。今にも核心に迫りそうな様子だ。
うーん。もっと直接的に聞いた方が良いのかな。この辺で不審者の目撃情報が頻発しているんですが、何かご存じではありませんか、と。
でもこの人が不審者じゃない場合、要らない不快感を与えてしまうことになるからなぁ。
「……。何なの……」
葵さんが苛立たし気に呟いた。
どうやら先ほどの質問で害した気分が大きかったらしい。失敗してしまった。こうなっては仕方がないか……。
「いえ……この辺でちょっと見慣れない人がいるとどうしても気になってしまう質でして。ほら、田舎だとそういう話、聞きませんか? よそ者だとか、そういうの。まあ、そこまで言うつもりはないんですが、なんというか……癖、みたいなものですかね」
横目に見える信乃ちゃんがソワソワソワソワしている。
もうなんかめんどくせーよライルさん! なあ、アンタ、葵っつったっけ? どういう了見でこの辺うろついてんだ?
と今にも言い出しそうだ。だがオレのために耐えてくれているようだ。オレは嬉しいよ。後で伝えよう、この素直な思い。
「……。面倒……。消えて……」
「えっ?」
葵さんがため息と共に呟いた。
思わずつぶやいたオレの横から、信乃ちゃんが一歩踏み出した。
「なんだぁ、その態度! ライルさんが下手に出てりゃつけ上げりやがって!」
信乃ちゃん、ちょっと三下ムーブやめて。気持ちはわかるけど。
信乃ちゃんが怒鳴ると、びくり、と葵さんの体が跳ねる。ビビりか? でもオレにはそうでもないし、悪態も吐くしな……。やっぱり見た目とかの問題なのか。
そんなことを考えていると、突如、葵さんの胸元のブローチ、その薄い黄色の宝石が輝きだした。
オレはそこで既視感を覚える。
そう言えば、あの宝石の形……。
「うお、まぶし!?」
信乃ちゃんの声。
同時に、目を眩ませるほどの光がオレ達を呑み込んだ。
光が収まったとき、葵さんの姿はどこにもなく、妙な既視感と嫌な予感がオレの中にむくむくと沸き上がり出す。
隣を見ると、少し安心した。信乃ちゃんがそこにいたからだ。
「……あれ?」
信乃ちゃんが言った。
「なにしてたんだっけ、アタシ……? アレ……?」
信乃ちゃんはオレを見て小首を傾げている。
「なあ、ライルさん。アタシ達なにしてたっけ?」
信乃ちゃんは本当に困惑した様子でオレを見つめている。
「あれー?」
信乃ちゃんは可愛らしく小首を傾げ、ポニーテールが揺れている。
振り返ったオレは肩を落としながら東堂家からゆっくりと視線を流し、明かりの無い隣の家を見つめた。
オレは思った。
―――そっちかぁ……。