ヤンキー?5
浅い眠りの中、部屋の扉が開く音がした。
意識が僅かに覚醒する。
ベッドで眠るオレの近くで、衣擦れの音がする。うっすらと瞳を開き、音のする方へと視線を向けた。するとそこには、半裸の信乃ちゃんが立っている。今まさに全裸になろうとしている彼女の存在に驚きながらも、オレはむくりと起き上がった。
信乃ちゃんはブラジャーを外そうとしている格好のままびくりと体を跳ねさせて停止する。
そんな信乃ちゃんを見てオレは言った。
「どうしたの?」
「……」
信乃ちゃんは無言で停止したまま、視線だけをきょろきょろと動かしている。そして意を決したように言った。
「だ、抱けよ」
その一言を皮切りに抑えが利かなくなったのか、信乃ちゃんは今よりも大きな声で言った。
「抱けよ! アタシを!!」
途中だったブラジャーの脱衣をやり遂げ、信乃ちゃんが上半身を曝け出す。何処とは言わないが綺麗な色をしているし形も良い。
ふう、とため息を吐く。混乱している思考を整えるためだ。
信乃ちゃんがびくりと跳ねる。
特に他意は無い溜息だったが、信乃ちゃんはそうは受け取らなかったらしい。
「服を着て貰って良いかな?」
オレの言葉は聞こえているだろうが、信乃ちゃんは構わずオレの方へ近づいてきて、オレの頭を抱きしめて来た。柔らかいものがオレの顔にあたる。押し付けられているようだ。
オレは信乃ちゃんの背中に手を回し、数回タップし、離れるように示す。だが信乃ちゃんはオレを抱きしめる力を強めただけだった。
そんな信乃ちゃんに、オレは静かに問いかけた。
「急にどうしたの?」
「いいから抱けよ! 嬉しいだろ!?」
信乃ちゃんは必死の声色だ。
うーん。今の言葉から考えると、信乃ちゃんは自分と性交をすることが男性にとっての喜びであると認識しているようだ。まあ、境遇を考えると当然の思考だろう。この行動に至った理由は、弁護士と繋げたお礼とかそういうのだろうか。
軽い女と捉えるべきか。はたまた「この人ならば」、と心と股(ド直球下ネタ)を開いてくれているのか。後者だろうとは思う。雅さんがそうだったが、そういうことへの価値観は人によって違うのでそういう人もいるだろうし、それが悪いとは思わないが、オレにとってはちょっと展開が早い。
だからオレは信乃ちゃんの背中に回した手でタップを続けながらこう言った。
「気持ちは嬉しいけど、疲れてるから寝かせて欲しいかな」
「あ、アンタなぁ!?」
信乃ちゃんは怒ったような呆れたような、そしてどこか嬉しそうな声音で吠えた。オレを抱きしめる腕の力が強くなる。
そして少し間を置いて、信乃ちゃんは小さく言った。
「……なあ」
信乃ちゃんは穏やかな声色で続けた。
「アタシのこと、抱いてくんねーかな。アンタになら良い。ううん。アンタに……抱かれてぇんだよ」
それは安らかな声だった。
信乃ちゃんは続ける。
「初めてなんだ。初めてのことばっかなんだ。アンタは違うんだ。アンタみたいなやつにアタシ、初めて会ったんだ。アンタが欲しい。アンタが欲しいんだ」
一つになりたい、信乃ちゃんはそう言った。
オレは思った。
―――18禁のSF昭和ヤンキーモノなの……?
うーん。めちゃくちゃ求愛されてますね……。
距離の詰め方間違えたか……。どこを間違えちゃったかな。正直、心当たりが無い。
いや、荒んだ境遇に在って突如として現れたまともな大人の異性だ。そういうふうに想ってしまうのも無理はないかもしれない。これまで彼女が周囲の男性から性的にしか求められてこなかったということを鑑みてもそうだ。自分の体に価値があって、それを捧げることが最高の感謝の示し方と捉えているんだろう。とはいえ、信乃ちゃんがオレにちゃんとした好意を持っていて、純粋にオレと性交をしたいと思ってくれているという可能性は否定しない。
今のは熱心な口説き文句だった。求めてくれるのは純粋に嬉しく思う。まあ、断るんだけども。
問題は、どのように断るかと言うことだ。雅さんのときとは状況が違う。言葉は選ぶ必要があるだろう。
オレを抱きしめている信乃ちゃんの腕が震えている。緊張しているんだろう。一生懸命、必死に思いを伝えてくれているのは分かる。だからこそオレも真摯に対応すべきだろう。傷つけないように。
「嬉しいよ、信乃ちゃん。オレをそんなに思ってくれるなんて。でも……」
びくり、と信乃ちゃんの体が震える。
オレの言葉から、誘いを断られることを察したのだろう。信乃ちゃんの腕に力が籠る。絶対に離さないという意志が伝わって来る。
「なんで……いいだろ! 減るもんじゃねーんだから!」
信乃ちゃんが言った。
それって本来は男側が言う安いセリフだよなぁ、と内心で思う。
「男なんてアタシとヤルことしか考えてねーんだから……っ!!」
そう言いながら、信乃ちゃんがオレをこれ以上無いほどに強く抱きしめて来る。正直苦しいしちょっと痛い。
オレは喋れるように頭を動かして言った。
「信乃ちゃん、君、言ったじゃないか。オレは違うって」
「だ、だけど……!」
信乃ちゃんの声は震えていた。
顔は見れないが、なんとなく今の信乃ちゃんの表情は分かる気がする。
「か、彼女にしてくれなんて言わねーからさ! セフレでいいから! 抱かせてやるってアタシを! な? ヤリ捨てても良いからさ!」
信乃ちゃんが縋る様に続けた。
よくない兆候だ。依存傾向が見える。こうならないように気を付けていたつもりだったけど、信乃ちゃんの愛への飢えを見誤っていた。
信乃ちゃんのそれを、敬愛と性欲の区別がついていない、と諭すのは簡単だけど……これじゃあ多分、引かないだろうな。彼女も必死なんだ。ここまでやったからには、引っ込みもつかなくなってるだろうし。一般的な断りの言葉じゃこの場は収まらない。
そう考えていると、信乃ちゃんがオレから手を放した。
そして強く両肩を押される。オレはベッドに仰向けに倒れ、その上に信乃ちゃんが馬乗りになる。
信乃ちゃんの目は狂っていた。いや、狂気的な愛欲に染まっていたというべきか。漫画的な表現だとぐるぐるしてるアレだろう。オレを見降ろす信乃ちゃんの頬は紅潮しており、息も荒かった。
だからこそ、オレは冷静になった。
そして焦りと哀しみを抱く。
表情に出ていたのだろう。信乃ちゃんがオレの表情を見て僅かに固まった。半裸の女体を前にオレがまったく性的な興奮を抱いていないどころか、場違いな表情を浮かべていることに困惑したようだ。
それはそうだ。オレは今、哀しみを強く感じているんだから。
だからオレは静かにこう言った。
「ダメだよ、信乃ちゃん」
そして信乃ちゃんは言った。
「だ、ダメじゃねーよ。なあ、ライルさん。JKを抱けんだぞ? もったいねーって。ヤんねーとさ! な? シようぜ? な?」
信乃ちゃんの声に欲情が戻って来る。完全におっさんの発言だ。強引に迫られたときの世の女性の気持ちが少しわかった気がするが、今は置いておこう。
オレは再び言った。
「信乃ちゃん、ダメだよ」
信乃ちゃんが何かを言う前に、オレは静かに続けた。哀しみを抱いたその理由を告げる。
「君は、君のお母さんと同じ道を進んじゃいけない」
信乃ちゃんが息を呑んだ。その瞳が揺れている。
「オレはそういう人間関係を否定するつもりはない。だけどね、信乃ちゃん。君が君のお母さんとの関係性に少しでも不満を抱いているなら……。君は君のお母さんと同じ道を進むべきじゃないと思う。絶対」
信乃ちゃんの顔から血の気が引いていく。
オレは信乃ちゃんの下から信乃ちゃんを見つめる。どいて欲しいが今は言うまい。
オレは穏やかに、優しく微笑んで続けた。
「オレの言ってることは分かる?」
オレの問いかけに答えない信乃ちゃんの表情がくしゃくしゃに歪んでいく。
泣くのか。いや、泣いても良いけども。泣いたらスッキリするからね。
どうすればいいか、分からないんだろうなぁ。人の繋ぎ止め方とか、距離の詰め方とか。
信乃ちゃんを安心させるという意味で受け入れるのは簡単だけど、それじゃあ信乃ちゃんは信乃ちゃんのお母さんと同じ道を辿ることになる。オレ以外にそういう対象を見つけたときとか、オレと何らかの理由で距離が生じたときとかに、その穴埋めのために肉体的に男を求めるようになる。
今は見様見真似、母親と同じやり方しか知らないからこその行動だ。しかしオレが今これを受け入れてしまえば、それはもう見様見真似ではなく、信乃ちゃん自身の成功体験になってしまう。性交だけに。それはまあよろしくは無いだろう。そこまで考えることもないかもしれないが、いつか子供が出来た時、信乃ちゃんが信乃ちゃんの母親のような行動に出ないとは限らない。虐待は親から子へ継承されてしまうという報告もある。
信乃ちゃんのことを考えるならここは受け入れるべきではない。というか、普通に常識的に考えても受け入れるべきではない。断り文句としてはかなり卑怯な物言いかもしれないけど、オレはこれが一番響くと思ったので是非もないと思う。
信乃ちゃんは泣きそうな表情のまま固まっている。
オレは体を起こし、信乃ちゃんの肩をぽんぽんと打った。
「困ってる?」
「え……?」
信乃ちゃんがオレを凝視する。またハトが豆鉄砲をくらったみたいな表情だ。
信乃ちゃんは続けてこう言った。
「は?」
意味不明、と表情全体で表している信乃ちゃんに、オレはこう問いかける。
「いや、困ってそうだなって思って」
オレの言葉を聞いて、信乃ちゃんがとんでもないものを見るような目でオレを見る。眉を寄せた、しかめっ面だ。
「このあとどうすればいいか分からなくなってるんじゃないかと思ったんだけど」
「……」
信乃ちゃんは答えない。だが右往左往する眼球の動きが、信乃ちゃんの内心を如実に物語っている。現状の理解が追い付いていないんだろう。
拒絶されるわけでもなく、受け入れられるわけでもない。信乃ちゃんからすれば、とんでもない方向から窘められて受け入れられた、という状況になるんだろうか。
「とりあえず、どいてくれる?」
ぽかんとした表情を浮かべる信乃ちゃんは未だに固まっている。
オレは信乃ちゃんの股の下から這い出るように移動する。そしてベッドの縁に腰かけた。信乃ちゃんの肩に布を掛けてあげると、信乃ちゃんはようやく、ゆっくりと動き出した。体の前を隠すようにして布を持ち、オレの手招きに従って隣に座った。
「どうしてこんな……って言うと語弊があるかもだけど、こんなことしたのかな?」
「……」
信乃ちゃんは俯いて答えなかった。
オレから言うのは嫌だったが、仕方なくこう言った。
「オレのこと異性として好きになったの?」
「あぅ……」
信乃ちゃんが頬を真っ赤に染める。
だろうな、とは思っていた。行動が極端というか。これしか好意の表し方を知らないんだろう。
「一目ぼれとかワンナイトラブって言葉もあるし、それ自体を錯覚だとか気の迷いだとか一時的なモノだとか、そういうふうに言うつもりはないけど……寝込みを襲うのはちょっと、ね?」
「……」
黙って俯く信乃ちゃんにオレは語り掛けるように優しく告げる。
「よくないよね?」
「……はい」
信乃ちゃんの声はしょぼくれていた。
どうしてしたのか、という問いかけはしない。さっき聞いたし。オレのこと好きになった、というのが理由だろう。いわば衝動的、本能的なものだ。
「オレは性急なのは好まないけど、情熱的なのは良いことだと思う」
信乃ちゃんがまた弾かれたようにオレを見た。顔に困惑が溢れ出てる。
お前は何が言いたいんだ、とでも言いたげだが、さきほどの狂気的、倒錯的な色はその瞳からは消えている。良かった。
「ありがとうね」
「……なにが?」
信乃ちゃんが疲れた様に言った。
オレは笑って言う。
「オレの言葉を聞いてくれたから」
「……」
信乃ちゃんが黙る。
さっきオレが言った「関係」の話を思い出しているだろうか。
今回は意欲的な信乃ちゃんからその気の無いオレに、という状況だったが、逆なら刑事事件不可避である。今回のでもその気になれば刑事事件に出来るが、オレにその気はない。言ってしまえば子供のしたことだし、未然に防がれていることでもある。
「どうして止まってくれたの?」
信乃ちゃんはオレの意図を掴みかねているようだが、流れに任せることにしたらしく、こう答えてくれた。
「婆のこと……思い出したから……」
信乃ちゃんは俯いて、か細い声で続けた。
「アンタの言葉……聞いて……。アタシ……あんな風になりたくない……って……」
信乃ちゃんの声は震えていた。本当にか細い声だった。
オレは体を後ろに軽く逸らし、天井を見上げてこう言った。
「そうだよね。なりたくない自分って……あるよねぇ」
オレもそうだ。
必死に何かを訴える相手を頭から否定し、拒絶する。
そういうふうにはなりたくない。もしもそうなりそうなら、誰かに止めて欲しい。そう思うから。
信乃ちゃんがそう言ってくれるなら、良かった。オレはそれが出来たらしい。
「偉いよ、信乃ちゃんは。ちゃんと踏みとどまれたじゃないか。自分の意思で。信乃ちゃんは、信乃ちゃん自身がなりたくないと思うような人間じゃなかった。それを確認できたのって、結構ラッキーなことだと思うよ」
そう言って笑いかけたオレを、信乃ちゃんはやはり信じられないものを見るように見た。
信乃ちゃんは言った。
「アンタ……。ホントおかしい……いや、すげー人だよな……」
べつにすごくないよ、と否定はしない。オレは凄くないと思っているが、信乃ちゃんがオレをそう思うのは自由だし。ただ、頭のおかしい人というニュアンスはちょっと頑張って否定するけど。そうじゃないようだし。
「そうかな?」
「そうだろ。アタシとは違う。なんか、すげぇ人だ。わけわかんねー」
そう言って信乃ちゃんは俯いたが、そのあとすぐにまた「わけわかんねー」と言って、小さく笑った。そして再びオレを見て、こう言った。
「怒んねーの?」
「叱ったよ」
オレの返答に、信乃ちゃんは小さく噴き出した。
そして穏やかな声で、甘えるようにこう言った。
「ね、肩かして貰って良い?」
「良いよ」
なんか口調がまた変わったな、と思いつつ、オレは了承の返事をした。
オレがそう答え終わると、信乃ちゃんはゆっくりとオレの肩にしな垂れかかる。
信乃ちゃんはオレにもたれかかり、目を閉じて小さくこう呟いた。
「アタシとヤんない?」
「ヤんない」
オレが即答すると、信乃ちゃんは続けてこう言った。
「もう少しこうしてても良い?」
「良いよ。でももう少しね。オレももう少し寝たいんだ。ごめんね」
信乃ちゃんが小さく噴き出して、こう言った。
「なんでアンタが謝んだよ。でも、そっか……。……そっか」
信乃ちゃんは何かを納得したらしい。そっか、と小さく繰り返している。
正直すぐにでも離れて欲しい、というか服を着て欲しいんだけど、たぶん今信乃ちゃんの情緒が大変なことになっていると思うので、そこは目を瞑る。もう少し落ち着いてから言えばいいだろう。
少しして、信乃ちゃんがオレから体を離す。
オレに言われる前に、信乃ちゃんは自分から脱ぎ捨てた衣服を拾い、着始めた。
オレの性癖だろうか。目の前で着替えられると裸体を見せられるよりも刺激が強く感じる。
着衣を終えた信乃ちゃんはオレの前に立って、こう言った。
「アタシの男になってよ」
「それは男女の交際って意味で受け取って良いのかな? ごめん。応えられない」
すう、と信乃ちゃんは息を吸った。答えは分かっていたが踏ん切りをつけるために腹を決めて告白した、といった男らしい様子である。が、脚は震えている。相当ショックだったようだ。罪悪感が凄い。
信乃ちゃんはにっこりと笑い、言った。
「アタシ、アンタに会えて良かった」
「ありがとう。すごく嬉しいよ。本当に」
会えて良かった、なんて今まで言って貰ったことは無い。普通にめちゃくちゃ嬉しい言葉である。
信乃ちゃんはオレに背中を向けて、部屋を出る。その際、こう言い残した。
「おやすみ」
「おやすみ」
信乃ちゃんの挨拶に同じ言葉を返して、オレは再び仮眠に戻った。
その後、仮眠を終えたオレは階段を降りてリビングへ向かう。
その際、どたどたと騒がしい音がリビングの中から聞こえてきた。
信乃ちゃんなのは間違いないだろうけど、なにをしてるんだろう。
そう思いつつ扉を開けると、信乃ちゃんは凄く綺麗な姿勢でソファに座っていた。オレが降りてきた気配を察知して礼儀正しく待っていたようだ。素直か。
信乃ちゃんを見て思わず笑ってしまったオレに、信乃ちゃんは恥ずかしそうに頬を染めた。
「な、なんだよ……っ。アンタが言うからだろぉ!」
羞恥で泣きそうな様子でか細く吠える信乃ちゃん。仮眠前に言ったことを気にしていたらしい。だがその表情や声音にぎこちなさや気まずさは感じられない。さっきのことも含めて、信乃ちゃんの中でも区切りがついているようだ。
オレは「ごめんごめん」と手をあげながら彼女の前に座り、笑ってしまった理由を伝える。
「素直な良い子だなと思ってね。微笑ましくて、つい」
オレの言葉に、信乃ちゃんは急に困ったような表情を浮かべて言った。
「良い子じゃねーよ、アタシはよ」
……なるほど。
信乃ちゃんの反応を見て、オレはすぐにこう告げた。
「そうだね。悪い子だ」
信乃ちゃんは弾かれたようにオレを見る。
ショックを受けた様に見える。しかしその瞳には奇妙な期待のようなものを抱いているように見えた。というか、オレの罵倒に嬉しそうにしてるまである。被虐趣味でもあるのかと疑いを持ちそうになるが、そうじゃないだろう。
オレはこう続けた。
「どっちでも構わないよ。信乃ちゃんが良い子でも悪い子でも」
「……? どういう意味だよソレ」
信乃ちゃんが怪訝な表情を浮かべて問いかけてくる。だがやはり、どこか期待の滲んでいる表情と声色だった。
信乃ちゃんの問いにオレはこう答えた。
「信乃ちゃんは信乃ちゃんってことだよ。良い子なところも悪い子なところもあるってだけ」
信乃ちゃんが気色ばむ。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。溢れそうな笑みを抑えるのに必死だが抑えきれない、という奇妙な顔になっている。
信乃ちゃんは言った。
「ンだよソレ」
そう言いつつ、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
信乃ちゃんは嬉しそうな表情のまま俯いた。そして顔をあげたとき、信乃ちゃんは神妙な表情を浮かべていた。その表情のまま、信乃ちゃんは言った。
「さっきはゴメン」
「うん」
オレは柔らかい笑みを浮かべて聴く姿勢に正して信乃ちゃんを見つめる。
「アンタの気持ちを、その……なんつーか……確認しなかった」
「そうだね」
「それと……止めてくれたから。アリガトな」
「うん」
「アタシ、アンタに惚れた」
「うん」
「気の迷いとか、なんかこう、年上に淡いなんたらみてぇのじゃねーから!」
「うん」
そこまで話して、信乃ちゃんは困惑したように首を捻った。
「そんだけ?」
「そんだけ?って?」
「いや、だから……。困るとか、さっきみたいに、応えられないとか、そういうの……。それに、イヤじゃねーのかよ。これからアタシ、アンタにゃイロイロと世話んなるわけだし……。こんなオンナがずっと傍に居んだぞ?」
「嫌じゃないよ。信乃ちゃんはオレが止めてって言ったらちゃんと止めてくれるから」
それ不快だからやめて、って言っても止めない人も多くいる。オレはそういう人とは距離を置くことにしているが、信乃ちゃんはちゃんと止めてくれるので距離を置く理由はない。
「気にしなくて良いのに」
「気にするだろ、フツー! やっぱアンタおかしいって!」
立ち上がって吠えた信乃ちゃんだが、すぐに肩の力を抜いて座り込んだ。
オレは言った。
「実はおかしいって言葉はオレ、少し不愉快なんだよね」
「すみません! もう言わねえ! 二度と言わねえ!」
信乃ちゃんがヤケクソの様に吠えて、そして呆れたような笑みを浮かべて、言った。
「なんつーのかな……。アンタって、アタシとは……なんつーか住む世界?ってのがちげぇ……っ」
瞬間、信乃ちゃんが雷に打たれたように跳ねて硬直する。
「ええ……?」
オレは何かの発作かな、と思った。
信乃ちゃんも不思議そうに首を捻っている。
「大丈夫?」
「変な感じした……。あのさ、ライルさん」
「うん?」
信乃ちゃんはすぐに話を切り替えて来たので、特に問題ないとオレも判断し、続きを促す。
「アタシ、アンタに惚れた」
「うん」
さっきも聞いた。
「ぜってぇアタシに惚れさせるからな!」
「……」
そう来るとは思わなかったが、そういうのもあるだろう。
信乃ちゃんは顔を真っ赤にして可愛らしくオレを睨んでいる。それが今までで見た信乃ちゃんの表情で一番自然なものに見えて、オレは小さく笑った。
なんか凄いことになったな。
なんて考えつつ、オレは思った。
―――未来予知の話は……?