01 話してもいいけど
太陽の下で、黒い肌の青年は顔をしかめた。
「よくも思い切り、やってくれたな」
「当たり前だ。馬鹿なこと言いやがって」
エイルは憤慨した顔のまま言った。
「だが、俺が魔術師協会の裏を知っていたという無茶苦茶を信じさせただろう。女はああいう、愛だの恋だのって類が好きなんだ」
エイルが伴侶であるなどと戯けたことを言い出した既婚者の王子殿下に青年魔術師は目眩を覚えたが、奇妙な効果があった。
シーヴが言うように、友情よりも愛情の方が強く深いものだと考えたのか。それとも、彼ら自身が散々重要なものとして扱った「誓い」の力を警戒したとも取れる。
実際のところは判らないが、巧く行ったのであれば文句はない。いや、大いにあるが、それはシーヴに対するものだ。
「約束通りに誓約書もいただいたし」
シーヴの出鱈目が本当だと考えたダナラーンには、エイルが言った出鱈目――例の首飾りは協会で保護をする――まで信憑性が高く見えたようだ。女は「東国地域の街町とは取り引きは行わない」という内容の誓約書を書き、それに〈紫檀〉の長として署名をした。
「お前がまたも呪いをかけてくれた、と」
「最後のあれには、力はないけどな」
禁を破ればダナラーン自身に災いが降りかかるとしたその「呪文」は、貧乏少年時代にアーレイドで盗み見た芝居を思い出して適当にやったものだ。
「充分だ。あの女が本物だと思えばいい」
「お前の小細工が効いたんだよ」
エイルは唇を歪めた。
「よくもまあ、あんなことを思いついたな」
「何がだ? 誓約書のことか?」
「血の署名のことさ」
指を切り、自らの血で署名する。それはどうにも黒魔術めいていた。
「そういう芝居を見たことがある」
平然と王子殿下は言った。
「なかなか、らしいだろう」
「そうだな。あの女、手を震わせまいと懸命だった」
あれがただの演出であるなど、向こうには判らない。本当に怖ろしい魔術だと思ったはずだ。なのに、怖ろしがっていることを見せまいと頑張っていた、その気丈さだけは褒めてやってもいいかもしれない、とエイルは思った。
そうしてエイルは、首飾りは協会から出ないと「確約」し、〈紫檀〉の長はそれをして彼女の成果とすることにして、全く中身のない「取り引き」は終了と相成った。
彼らは悠然と部屋をあとにし、「警護兵」らの目からも無事に離れて偽の教会の外に出ると、エイルはにっこりと友人に対峙して、それから、その腹を殴りつけてやったのである。
「こりゃ、痣になるな」
砂漠の王子は少しうなりながら殴られた場所をさすった。
「治してなんかやらないからな」
「期待してない」
シーヴは謝罪の仕草をした。
「ちなみにいまのは」
砂漠の王子はちらりとエイルを見る。
「ゼレット閣下に向けての謝罪だ。彼の領分を侵害した」
「てめえっ」
もう一発殴ってやろうか、とエイルが拳を握ると、笑い声が聞こえた。エイルは拳をとめて振り返る。
「あまり長引くようなら救出してやろうと思ったんだが、無事に出てきたみたいだな、坊ずども」
エイルは唇を歪めた。
「どの面下げてそんなこと言うんだい、お頭」
「人聞きの悪い呼び方をするなと言ってるだろう」
ハレサ・ファンデルはにやにやとふたりの青年を見る。昨夜の薄汚い姿は変装か何かではなく、普段通りであるようだ。
「誤解があるなら言っておくが、お前たちの情報を流したのは俺じゃない、鳩くんだ」
「やっぱ、そういうことだったのか。あの、クソ鳩め」
エイルが罵るとハレサはまた笑った。シーヴは胡乱そうに盗賊を見る。
「どうかね。俺は鳩とやらは知らないが、あんたが俺を売ったと考える方が自然に思える」
「疑り深いな」
ハレサは肩をすくめた。
「俺たちは確かに奴らと合意には達したが、お前たちをこれ以上巻き込む気はなかった。だがグラカの野郎は〈紫檀〉とつながりがあってな」
「つながり、だって?」
偽物屋と情報屋など、敵対しそうなものである。情報屋はいつでも情報を探るが、偽物屋としては探られたくないことだらけなのだから。エイルがそう言えば、ハレサは簡単に説明を寄越した。
「〈黒鳩〉グラカくんは〈紫檀〉からポージル商人について調べるよう依頼を受けてたんだが、前金を使い込んじまってなあ。そうこうするうちに、ポージルは死んだ。となれば依頼は取り下げ、グラカには借金が残ったという訳で、あいつは奴らのために目下ただ働き中だ」
「東の品を扱う商人」を探していたエイルはそれでグラカに目をつけられた。シーヴとティルドが取り引き場所の〈落陽〉に入ったこと、続いてエイルが盗賊たちと入り、ティルドが単独で出て行って、最後にエイルとシーヴが出てきたことを鳩はしっかり見ており、推測を立てて〈紫檀〉に情報を売ったということらしい。
「シーヴ、ダナラーンにお前のことを洩らしたのは悪かったよ。何者なのかと言われてつい、俺の推測をね」
「『東の権力者に近しい』ってやつか」
シーヴは笑った。
「かまわないさ。あの女は、俺が偽王子であっても、何らかの力を持つと思ったらしいからな。実際、俺が誘いに乗らなかった時点で東は拙いと思ったはずだ」
それに、と東の青年は続けた。
「首飾りをばらまくことに成功すれば、組合に金を払ったって、東国のちゃちな品を売るよりも儲けが出るだろうな。そうなれば『呪い』がなくても当分、危険な橋は渡らないだろう」
「呪い?」
ハレサは首を傾げた。
「何の話だ」
「知りたいなら、話してもいいけど」
エイルはちろりと盗賊を見た。
「俺、腹が減ったなあ、ジェレン」
「そう呼ぶな。……仕方ない、奢ってやる」




