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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第1章

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02 こんな時間に

 そんなやり取りをして、エイルはスライとの連絡を絶った。

 聞きたいことはいろいろとあったが、いまスライの時間を取る訳にはいかない。「一日か二日」を「一日」にしてもらうためにも、導師には業火の件に集中してもらわなければならないからだ。

 その代わり、と言うのでもなかったがせっかく知らぬ協会にきたのだからと、少し調べものをした。余所の協会なればアーレイドにはない書物もあるはずだ。

 彼が東と西の友人たちの次に気になっていることと言えば、例の首飾りだ。

 北の王子は、エイルが首飾りを持っていると知ってもそれを見せろの寄越せのと言ってこなかった。と言うことは、首飾りを追った経緯はあるにしても、いまではヴェルフレスト王子はそれを必要としていない。

 それはエイルには有難いことだった。あれを塔から出すためには呪いを解かねばならず、急いでそれを解くためには「命を賭ける覚悟」をしなければならないらしいのだから。

 エイルが考えた、それとも期待したのは「急がなければ命を賭けなくても解くことができるのではないか」というようなことだった。だが文献を当たってみても、目につくのは魔術師がかける魔術の呪いに関することばかり。それ以外には魔術師ではない人間でもかけ得る呪い――呪いの人形(ひとがた)だの、呪詛符だの――の正しい(・・・)かけ方(・・・)などが載っている雑書がある程度だった。

 呪い。

 どんな原因があったとしても、他者を害したいと思う心が織りなすもの。

 恨み辛みの類が積み重なり、怨念と言われるようなものに育った呪いは、神官が解くとされる。

 一方で魔術師の呪術は必ずしも暗い情念に端を発するのではなく、ひとつの技術と解釈されていた。呪いをかける者は、それを解くことも同時に学ぶ。戦士が応急手当を覚えるようなものだ。それとも、毒使いが必ず解毒薬を持っていること、の方が直接的に似ているだろうか。

 だが、誰かに病の精霊(フォイル)を憑かせたり、術で傷つけるのではなく怪我を負うようにさせる術は、どちらかというならばやはり闇に近い技だ。好奇心旺盛な魔術師たちが知識として学ぶことはともかく、積極的に行使して技術を高めていくとなると、あまり褒められた話ではない。

 もっとも、その程度とも言える。嬉々として他人を呪うような者がいれば、さすがに魔術師たちの間でも「やばい奴」という認識になるが、では排除しようだとか罰しようだとかいう話にはならない。研鑽は自由だからだ。

 だからこそ、対獄界神官に協会が動き、魔術師たちが協力するというのは異例の事態だ。相手が魔術師ではないから、というのはあるだろうが、基本的に彼らは――非魔術師が思うのと異なり――排他的なところはあまりないのである。

 ともあれ、たいていの術師は他者に呪いをかけることができる。エイルとてできる。だが、やらないだけだ。オルエンに対してはやることもあるが、それはオルエンなら確実に防ぐと判っているからやるのだ。たとえばシーヴにどんなに腹が立ったところで、呪って(・・・)やろうか(・・・・)とは思っても、本気で魔術の呪いをかけたりはしない。

 友人なのだから当たり前と言えば当たり前だが、魔術師である彼は、本来ならばそれをできるのだ。だが、やらない。もっとも、それはただそれだけのことで、よいとか悪いとかではないと考えるのが魔術師たちだ。

 何か恨みを持つ相手、恥をかかされた相手を呪うこと。

 呪術に抵抗のない魔術師であれば、たとえば恋人を奪った相手や、自分から離れた恋人をも、躊躇いなく呪いの餌食にするだろう。

 もちろんエイルはそのようなことを考えたことすらない。レイジュと別れたことは寂しく思うが、彼女や相手の男を恨むつもりはない。幸せになってくれればよいと思っている。

 だが、彼にはできるのだ。見知らぬ貴族の息子に不幸の呪いをかけること。ささやかな魔力を持つエイルにできる呪いなどはささやかなものにすぎないが、それでも、できる。

 呪いを解くための調べものをしていたはずなのに、却って呪術に詳しくなってしまった自分に、エイルは少し気が重くなった。

 そんな事情で精神的にめっきり疲れながら、エイルは魔術師協会をあとにした。

 シーヴと約束をした宿に戻れば夜半を過ぎている。

 高級な宿であれば深夜であろうと戻らぬ客を待つし、或いは逆にもっと質の低い宿であれば誰が出入りしようと気にもとめないが、たいていの真っ当な宿は真夜中を過ぎると戸締まりをする。

 客があらかじめ話を通し、手数料を払っておけば帰還まで待ってくれることもあるが、もちろんエイルはそんな連絡はしていなかった。さてどうしょうかと迷っていれば、ピイ――と口笛のような音が聞こえた。

 シーヴが気を利かせて窓でも開け、友人を呼んだのだろうかとエイルが階上を見上げれば、しかし目に入ったのは砂漠の友人の顔ではなく、暗い色をした小鳥である。

「サラニタ」

 エイルは驚いてその名を呼んだ。小鳥はまっすぐに彼の肩をめがけて降りてくる。

「何だよ、こんな時間にこんなとこまで……っと、そうか。このところ、『こんな時間』にばっかり起こしてたもんな」

 「こんなとこ」の方は〈塔〉の仕業だろう。幾らこれが魔物でも、大砂漠(ロン・ディバルン)のただ中かから中心部(クェンナル)付近まで半日かそこらで飛んでこられるはずもない。――だろう。

 そんなことを考えながら苦笑すると、ピィ、と返ってくる。それが「夜に使役してもかまわない」なのか「こき使わないでほしい」なのかは判らなかった。

「明日んなったら母さんとこ帰してやっからな。……お前が母さんの罵詈雑言ばっか覚えないといいけど」

 そう言うとサラニタは首を捻った。それが小首を傾げ(・・・・・)て笑った(・・・・)ように見え、エイルは思わず目をしばたたいた。

「ええい、お前と話してるより、こっちだ」

 エイルは宿を指した。だいたい、話すと言ったところでエイルの独り言のようなものである。真夜中の街路にはほかに誰もいないとは言え、珍妙だ。

「シーヴのいる部屋、判るか」

 ピィ。

「声出すと目立つ」

 こくん。

「上等。んじゃ、くちばしで窓でもつついてきてくれ」

 そう言うとサラニタはエイルの肩を蹴って飛び上がった。二階を通り越し、三階の一室に目標を見つけると、その前でぱたぱたと羽ばたき続ける。「くちばしでつついてきてくれ」はちょっと難しいらしい。

 だがシーヴの方でも外を気にしていたと見えて、鳥が何もしないうちに小窓が開けられた。せいぜい顔が出せるくらいの大きさのそれは少しの間そのままだったが、シーヴがそこから顔を出すかと思えば、サラニタがそのなかに飛び込む。

「……おいおい」

 エイルは頭を抱えた。砂漠の王子様は神秘もお得意だが、いきなり飛び込んできた小鳥が子供に変わったりすれば、さすがに悲鳴を上げるのではなかろうか。

「おーい……大丈夫かー……」

 大声を出す訳にもいかず、エイルは独り言状態で呼びかける。この場合、相手はサラニタよりもシーヴだ。

「まさか驚いて気ぃ失ったりしてないだろうな」

 いくら何でもそこまで気が小さくはないはずだが――それくらいであってほしいと思うときもあるが――シーヴは男が女に(・・・・)変わった(・・・・)りする(・・・)のを見たことがある訳ではない。ましてや、鳥が人間に変わるなど!

 やきもきしながらしばらく待った。開けられた窓からは悲鳴も聞こえないが、何の変化もない。サラニタを呼び戻そうか、とエイルが考えたそのとき、頭上ではなく目前で変化があった。何とも単純に、入り口の戸が開けられたのである。

「……困りますよ、お客さん。こんな時間に」

 叩き起こされて不機嫌な顔をしているのは宿の主人である。

「ああ、ええと、悪い。どうしても外せない用があってさ」

「先に言っといてもらえれば対応もしますがね」

「悪かった。ちゃんと料金は払うよ」

 エイルはそう言うと、相場の倍の銀貨(ラル)を取り出して主人に掴ませた。主人は何度か瞬きをしてそれを見ると、寝ぼけ眼ながらも愛想笑いを取り戻す。

「いえいえ、お客さんの都合を聞くのも仕事ですからね。どうぞ、お帰りなさい。但し次は、あらかじめ言ってもらいますよ」

「判った判った」

 エイルは主人の肩を叩いて、すいと屋内に入った。たぶん「次」もいまと同じだけの銀貨を要求する気でいるだろう。ここに何日も滞在する予定はないから、どういう目論見でもかまわないが。


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