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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第4章

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11 おとなしくしてろよ

「そんな金をどっから」

「だから貸してもらえないかと」

「金もないのに取り引きとは豪気でけっこうだが、払えないじゃ済まさないからな、坊やたち」

 この件に自分が含まれたのは気に入らなかったが、シーヴまでまとめて坊や扱いは珍しい経験で少し笑えた。

「おかしいか? 余裕だな?」

 エイルの笑いを見て盗賊は唇を歪めた。シーヴは片手を上げる。

「払える。手持ちがいささか足りないだけだ」

「よくある言い訳だ」

 ハレサが胡乱そうに言えば、シーヴは少し息を吐いて腰の小袋に手をやった。

「十ルイエくらいは価値がある。うまくさばけば十二、三にはなるだろ」

 口を開いて中身を卓にばらまけば、ハレサは口笛を吹いてその五、六粒の宝玉をひとつずつ手にした。

「紅石、白輝石、緑柱石に蒼玉か。ふん……偽物じゃないようだな」

 じろり、と盗賊は睨む。

「どこのぼんぼんだって?」

「東国の王子だと言ったろ」

 シーヴは悪びれないで真実を言うが、とぼけているようにしか聞こえない。事実ハレサはにやにやする青年を睨み続ける。

「まあ、いいだろう」

 盗賊はそう言うと小さな輝く石たちをもと通りに布にくるんだ。

「足りない分は協力費(・・・)ということで勘弁してやる」

「太っ腹だな、半長」

「普段はこうは甘くない。本日は〈紫檀〉壊滅記念さ」

「それだ」

 エイルはようやく口を挟む話題を見つけた。

「偽物屋。それに首飾りが何だって? いったいどうして、首飾りが関わった」

 ハレサはエイルの疑問に付き合ってくれるようだった。シーヴも全容を把握している訳ではないらしく、熱心に聞く気だ。

 話は、タニアレスとポージルという商人間の争いの端を発すると言う。

「ポージル商人は〈風読みの冠〉ってもんを持っててな」

 エイルはまたも乾いた笑いが浮かぶ自分に気づいた。ここでもつながるのか。

「十年に一度、北の王城都市エディスンに貸し出すという不思議な仕事をしていた」

「〈風神祭(イルセンデル)〉だったか」

 エイルが言うとハレサは驚いた顔をする。

「知ってるのか」

「ティルドがここにきたってんだろ? 俺はあいつと顔見知り。兄貴と友人なんでね」

「兄貴。ユファスだな」

「そっちも知ってるのか」

 今度はエイルが驚いた。

「じゃあ話は早いな。そう、ティルド少年がエディスン王の使者として〈風読みの冠〉を受け取りにこのレギスへやってきたとき、ポージルは冠と命を失ったところだった」

 ハレサはそう話をはじめた。

「〈紫檀〉とつながりを持つタニアレスは、ポージルの財産、とは言わんがその顧客を奪い取りたかった。〈紫檀〉はその協力手段としてひとりの魔術師を用意し――」

「ポージル邸は灰となった」

そうだ(アレイス)

 その半分はエイルがティルド少年から聞いていたことだった。ポージル商家が魔術師の火による火事に遭い、一家は全員焼死、冠は――。

「待てよ、冠は魔術師が持ってったんだろ」

 ティルドはそれを追ったのである。レギスの偽物屋の手にはないはずだ。

「そこは〈紫檀〉と魔術師一派の取り引きだろう。タニアレスはポージルの上を行くつもりで商売敵の足を引っ張ろうとして……偽物屋にポージルを殺させるいい口実を与えちまったんだ」

 タニアレスは、ポージルの信用を失墜させ、なおかつ冠を自身が見つけたことにしてエディスンに恩を売る、くらいのことは考えていたかもしれない、とハレサは言った。死に至らしめるつもりまではなかった、と。

 だが偽物屋〈紫檀〉とポージルの間にも確執があった。ポージルは幾度か、〈紫檀〉の品を流通に乗せることを阻止しており、彼らの恨みを買っていた。

「これらは最近判ってきたことでな。ポージルを味方につけられりゃ、〈紫檀〉の壊滅なんぞたやすかったろう。惜しい男を亡くしたってとこだ」

 商人にしてみれば盗賊に頼りにされても困るのではないかとエイルは思ったが、何にしてもその商人はもう死んでいる。皮肉も抗議も口にできない。

「そして〈紫檀〉はポージル商人を厄介払い、魔術師は冠を手に入れた」

「それと耳飾りだな」

 エイルが言えば、ハレサは眉をひそめた。

「ずいぶんと詳しいな」

「まあ、黙っててもいいんだけど」

 エイルは肩をすくめた。「自分はここまで知っている」と宣伝してやる必要はないのだが、特に隠す必要もない。

「あんたと裏の読み合いをする気は、俺はないんだ。ユファスとティルドが心配なだけだよ。あんたもムール兄弟を知ってるんなら、ちょっとばかしこの気持ちは判ってもらえるんじゃないかな」

「――まあな」

 つまりエイルは、ティルドから話を聞いたと言い、何か含むつもりはないのだと言った。通じたらしく、ハレサは少し笑った。

「〈紫檀〉は冠と耳飾りを魔術師が持っていくままにしたが、それは価値を計った結果だ。奴らの価値基準は言うまでもない」

「偽造して、売れるかどうか」

そうだ(アレイス)

 盗賊はうなずいた。

「冠に関しちゃ、否だ。あれはエディスンの大事なお宝で、模造品が見付かりでもすりゃエディスン王は黙ってないだろう。うまくない」

「耳飾りは」

「もちろん、考えたろう。〈風聞きの耳飾り〉なんて不思議な名前を持つ装飾品だ。だが真珠(ソヴェール)白詰草(アイリエル)なる組み合わせは若娘の好みで、真珠の値打ち以上に価値を持たせることは難しい」

 ハレサは白詰草と口にするときに「幸を呼ぶ」(まじな)いの仕草をした。それは失われたものへの親愛を表す仕草でもあり、思い当たるところのあったエイルはハレサに倣うと、礼めいた視線を受けた。

「さっきにも言ったように、もともとは東の品を真似て神秘を安売り――というか不当な高値と言うべきかは判らないが、とにかく口先だけの詐欺商売から実在する神秘を偽造することを思い付いた。それが」

「砂漠の魔物と風謡い」

そうだ(アレイス)

 ハレサはまた言うと指を鳴らした。

「発端はポージルなんじゃないかと俺は思ってる。『風』と名の付く装飾品を探っていたようだからな」

 真偽はもはや判らないが、と盗賊は言った。

「とにかく奴らは得た噂をばらまいておいて、神秘に金を出す物好きに首飾りを売りつけるつもりでいる。もちろん、唯一のものでなければならないから、みだりには売らないだろう」

「だがたとえば東国と西端の街に売ってしまえば、まずばれない」

「そこまで離れてなくたっていい。スタラスにひとつ、ウェレスにひとつ、そんなんで充分だ」

「――成程ね」

 装飾品を金貨三十枚で売るなど、余程に宝石を飾り立てるか、さもなくば付加価値がなくては無理だ。伝説に言うコランバールの職人の手にでもよれば、それ以上にもなるかもしれないが。

「組織としては放っておけない」

「具体的には」

 シーヴがにやりと言った。

「上納金を献上させなければ気が済まない、だろ?」

正解(レグル)

 ハレサは平然と言った。

「ここで裏商売やるからには、裏の掟に従ってもらう。小金稼ぎの情報屋(ラーター)だって、組合には納めるべきもんを納めてるんだ。〈紫檀〉は闇組織(ダースルス)としてちょろちょろするのをやめて組合の傘下に入るか、さもなくば壊滅。まあ、うちの(ディラス)は金が欲しいだろうが、俺としちゃどっちでもいい」

「俺としちゃ」

 エイルははたとなった。

「そうだ、ティルド! ハレサ、あんたティルドの行き先は判ってるのか」

「尾けさせたから、あとで報告があるとは思うが」

「教えてくれ。偽物だろうと本物だろうと、首飾りを持って敵陣に乗り込むなんて馬鹿な真似、やめさせなくちゃならない」

「敵陣? 何やってんだ、あの坊やは」

「だから、馬鹿な真似さ」

 エイルは天を仰いだ。

「ああ、誰だかの報告を待ってるより先に協会(ディル)だ。ハレサ、魔術師協会の場所を教えてくれ」

「魔術師協会だと?」

 驚いたようにハレサは言った。

「どうしてそんなところに用がある」

「ここの協会には、ないよ。でも、余所の導師に至急、連絡を取りたいんだ。協会の力を借りずにできれば最上だけど、生憎と俺は駆け出しでね」

 魔術師でございと喧伝するのは嫌いだが、この場合は仕方がなかった。

 エイルの「正体」を知ったハレサはずいぶんと驚いたようだが、厄除けの仕草などはしないでくれた。

「ここを出て左に行けば大通りがある。それを右に折れて、三本目の〈歪み滝〉通りを左に曲がれ。そこから一、二……四区画進んだら、右の角に帽子屋がある。そこの小道の奥だ」

「大通りを右で、三本目を左、そいで四区画、右の帽子屋だな。助かる」

 言うとエイルは飛び出しかけて、きゅっと足をとめた。

「シーヴ」

「何だ」

「――短剣、手放すなよ」

 釘を刺すと砂漠の若者は笑った。

「判ってる。もうやらないさ。目印がなくて魔除けがあれば、誰かさんの説教から逃れられると判ったことだけは、心にとめておくがな」

「あのなっ。俺は魔物じゃないし、だいたい、あれ(・・)とは相性がいいん」

 シーヴに反論するためにそんなことを認めかけたエイルは、半端に言葉をとめると自身を呪った。

「ええい、もう勝手な計画なんざ立てないでおとなしくしてろよっ」

 言い捨てて踵を返す。背後で、王子殿下と盗賊が肩を並べて面白そうな顔をしていることは想像がついたが、振り返って確認してやる気にはなれなかった。

 どうにも、シーヴに振り回されている。腹立たしいと言おうか悔しいと言おうか、面白くないと言おうか。

(まあ、とりあえず会えたってことでここは一段落かな)

(「ここ」だけだけどさ)

 ややこしいことはまだ山積みである。

 青年魔術師は豪奢な空間を抜けて夜の街に出ると、あとは脇目もふらずに教えられた場所へ向かって全速力で駆けた。


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