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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第4章

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10 演技をしただけ

「奴らとしちゃ、買い手が出てくるのが予定より早かったんだろう。首飾りを俺に売るかどうか少々迷っていたようだが、めでたく商談は成立。ハレサたちは奴らが動く経路を掴んだ。あとはどうにでも潰しようがあるとさ」

「潰れてくれてお前が無事に帰る気になるってんなら有難いが」

 エイルはシーヴを睨みつけた。

「ティルドが、どう関わる」

「言ったろ。あいつには首飾りが必要で、お前は首飾りを手放せない。手元にちょうどいいのがあった」

「……偽もん、渡したのか」

「話を早くすればそうだ」

 ゆっくり言ったところで同じである。エイルは額を押さえた。

「あれは俺がお前から聞いた形状通りだったし、ご丁寧に〈砂漠の花〉と思われる意匠までついてた。本物もそうなんじゃないかと思うね。お前に見てもらわなけりゃ、正確なところは言えないが、よく似てはいるだろうと感じた」

 そう言ってからシーヴは片眉を上げた。

「言っとくが、あの少年を騙そうとしたんじゃないぞ。俺は巧く説明するつもりだった。だがどうしてか、あいつはすぐに首飾りが偽物だと気づいたな」

「それはたぶん」

 エイルは嘆息した。

誰かさん(・・・・)が翡翠を見誤らなかったみたいなもんだ」

「成程」

 シーヴは面白そうに言った。

「とにかく、ティルドは迷ったようだった。俺の目的が判らなかったんだな」

「俺にもお前の目的はよく判らないけど」

「そうか?」

 砂漠の青年は肩をすくめた。

「業火の神官どもが首飾りを手に入れる。つまり、奴らはもう首飾りなんか探さない」

 その言葉にエイルは目をしばたたいた。シーヴは、「首飾りを持っているらしい、とある魔術師」――エイルを探させまいとしたのだ。

「ちょうどよかっただろ。ティルドは納得したとは言い難いようだったが、少なくともこうすれば憎き神官どもに本物を手渡さなくて済み、なおかつ兄貴を救えると判断したようだった。首飾りを手にして帰ったよ」

「どこへ」

「ピラータかな。いや、コルストか」

「おい」

 平然と言うシーヴにエイルは眉をひそめた。エイルをかばってくれたと礼を言うべきなのかもしれないが、ティルドを放置したことは褒められない。

「そうだろう? 兄貴がそこにいるんだから」

「奴らの根城じゃないか。ちょっとばかり剣を使えたって、あいつには魔力も何にもないんだ。まずいな、スライ師に急いでもらわないと」

「魔力も何にもない、ねえ」

「何だよ。あったとでも言うのか。お前には判らないだろうが」

「魔力の有無なんか判るもんか。魔術師サマ(・・)じゃないんだからな」

 いちいち、嫌味である。

「それでもあいつは不思議な目を持ってるよ。お前が言ったんじゃないか、エイル。お前が翡翠を見誤らなかったようにティルドは首飾りを見誤らなかった。つまり、何らかの力があるのさ」

 シーヴは当然のように言い、エイルは訝しんだ。少なくともアーレイドで出会い、その旅立ちを見送ったティルド・ムール少年には危なっかしいところしかなかったのだ。

「で、ティルドはどこにいるんだ。とんぼ返りか。それともどっか宿でも」

「知らんよ、残念だが」

「知っとけよっ」

 エイルは噛みつくように言ったが、シーヴは平然としたものだ。

「彼は彼の道にいて、自分でどうにかするさ。俺は俺の道を行く訳だ。お前の道は、お前次第だが」

 エイルは沈黙した。クラーナにも言われたことだ。レギスか、タジャスか。シーヴか、ムール兄弟か。助けるならどちらかしかできないと。

「クソ、ピラータでちゃんと会って、コルストはやばいってちゃんと話してりゃ」

 エイルは悔やんだが、それが実際に影響を与えたものかは判らない。むしろ乗り込もうとしたかもしれない。だいたい、起きなかったことを考えるのはやはり意味がない。

「お前を放ってはおかないけど、スライ師には連絡取らないと」

「アーレイドの導師か。向こうまで行くのか」

「いや、連絡ならここの協会からできる」

「そうか」

 シーヴが難しい顔をするのでエイルは首をひねった。

「アーレイドがどうかしたのか」

「いや、お前に金を借りようかと思って」

「何だって?」

 どうつながるのか判らない。だいたい、いくら何でも王子にして伯爵様の方が金持ちのはずだ。

「手持ちがないんだよ」

「俺だってないよ」

「だろうから取ってきてもらおうかと」

「だから何で」

「そりゃ」

 シーヴは肩をすくめた。

「砂漠の魔物が身につけていた神秘的な首飾りなんて馬鹿高いからに決まってるだろう」

「何言ってんだ、偽物だろうが」

「そうだと判る奴は少ない。本物の在処を知る俺とお前はもちろん偽物と知っている。偽物屋が作るんだから偽物だとハレサたちも知っている。だがもちろん、奴らは本物だとして売る」

 シーヴは肩をすくめた。

「取り引き用の金貨(ルイエ)組織(ディル)が用意した。だが俺は、それで買ったもんをティルドにやっちまった訳だ」

「……おい」

「ティルドには俺は少しばかり金持ちだから気にするなと嘯いたが、ランティムならともかく、いまは手持ちがない」

 どうだ、話がつながっただろう、とばかりにシーヴは胸を張った。威張るところではないとエイルは思う。

「金のいざこざなんかでお前が刺されちゃたまらん。必要なら持ってくるけど、それにしたって」

 エイルはちらりと窓を見た。窓には布が掛けられていて外は見えないが、夜であることは間違いない。アーレイドも同じだろう。

「城の窓口なんか、いまは開いてないよ。明日の朝だな」

「それでジェレンが納得してくれればな」

 シーヴがそう言ったタイミングで扉がかちゃりと開けられた。

「俺の話か?」

 にやりとして姿を見せたのは、〈ジェレン〉ハレサだ。

「首尾はどうだ、お頭(ジェレン)

「そんなふうに呼ぶなよ、まるで盗賊じゃないか」

 盗賊はさらりと言った。

「尻尾は掴んだというところだな。あとは化け狐(アナローダ)を引っ張り出すばかり、とね。助かったよ、シーヴ。大した王子様だ」

 ハレサが言うのは「王族を騙る」シーヴの度胸に感心するということだろう。エイルは乾いた笑いを浮かべる。

「さっきも言ったが、奴らは俺に首飾りを売るかどうか、最初は迷ってた。だがいい実験台だと思ったんだろうな」

「どういう意味だよ」

 また判らなくなってエイルは問うた。

「東国の王子殿下のふりをして、首飾りを奴らから買って、それが何になるんだ?」

 そこが判らない。エイルが言えば、どう説明しようかというようにシーヴは顎に手を当てた。

「エイル、お前も判ってるように、俺は奴らを追ってきた。今後、東国に手を出そうなんて思わないようにとっちめてやるためにな。聞けば、ハレサたちここの某組合も奴らが邪魔だ。利害は一致したんだ」

「つまり、思いがけぬ王子様の気紛れのために、偽物屋〈紫檀〉どもは急いで動いた。おかげで奴らの輸送経路が明確になったんだ。〈紫檀〉は慎重だが、たまたまレギスを訪れた王子を逃す手はないと慌てたんだろう」

 ハレサは続けたが、やはりエイルにはぴんとこない。

「〈紫檀〉はな」

 盗賊は両腕を組んで解説するように言った。

「庶民相手から、金持ち相手に標的を移してきた。それにも飽き足らなくなったら、どの辺りを狙うと思う?」

 今度は、ぴんときた。

「王侯貴族」

その通り(アレイス)

 王子殿下は片目をつむった。

「奴らはこれまでやってきたように庶民を相手にするのはもうやめたのさ。ちょっとした品を露店で売るのとは違う。立派な装飾品に神秘のおまけを付けて騙す先は、王家」

 いや、と言ったのはハレサだ。

「王家までいかなくてもいい。高位の貴族でも。人が持っていないものを持つことに満足する輩。自分が何を買おうとしているのか判らないまま、馬鹿げた伝説に大枚をはたく、阿呆どもだ」

「奴らは試したかったんだろう。高級な装身具に伝説の付加がある品が、どの程度高値で売れるもんか。つまり、俺の『任務』は商人を引っ張り出す囮、客寄せ人形という訳だ」

「ちなみに、幾ら出した」

 何となく不安を覚えながらエイルは聞いた。

「装飾品としての価値だけなら、板金は滑らかだし黄玉は本物だ。イフルもまあ、上手とは言わないが下手でない程度にあしらわれてる。十ってとこだな」

 エイルは天を仰ぐ。もちろん銀貨ではなく、金貨の話だろう。

「神秘を加味して、そうだな、多く出しても十五」

 どうだ、というようにシーヴはハレサを見た。そんなところだろうと盗賊はうなずく。

「それをだな、物好きな砂漠の王子殿下は、三十出すと仰った」

 エイルは吹き出した。

「食いつかせたかったからな」

「誰が用意したと思ってる」

 ハレサが眉をひそめ、シーヴは肩をすくめ、エイルは引きつった。

「そんな顔するな。俺は『王子殿下』の演技をしただけ。おかげで仲介者や物品の足取りを追えた某組合は、〈紫檀〉根絶やしへ向けて最後の詰めだ。金貨(ルイエ)なんて取り戻せるだろう」

「ああ、金貨は(・・・)、な」

 ハレサはそう言うと、シーヴを睨んだ。

「お?」

 砂漠の青年は片眉を上げた。

「もうご存知で? 早いな、ジェレン」

「ティルドが何やら大事そうに抱えてここを出てったことは判ってる。そして俺には目があるから、そこの卓の上に空箱が置かれているのも、見れば判る」

 言われてエイルはようやく卓を見た。成程、そこにはいかにも「高価なものを入れるためです」と言わんばかりの箱が中身なく放置されている。

「あんたはあれには用事なんかないだろ」

「確かに、ない。金貨を取り戻せば損もない。だが盗賊たるもの、得を見逃す訳にはいかん」

「判ってる。代価は支払う。まさかあんなもんに三十とは言わないな、十ばかりだ」

「ふざけるなよ王子様。幾つの宝石があしらわれてたと思ってるんだ? 二十は価値がある」

「そうかね、よく見れば黄玉には傷がついてた。十五だな」

「ふん、いいだろう」

「おい」

 エイルは――交渉にではなく、出た金額に――顔をしかめた。


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