09 ここで再会を
エイルが連れていけと騒ぐと、盗賊ハレサは仕方なく、エイルを噂の〈落陽〉まで案内した。勝手に飛び込まれて面倒を引き起こされるより、自分の手の内で動いてもらった方がいいと判断したようだ。
と言ってもハレサ当人が案内をしたのではなく、こぎれいでとても盗賊には見えないが盗賊に間違いない若者と、派手な化粧をしたやはり盗賊らしい女性ふたりが彼をその豪華な建物のなかに導いた。
彼らが本当に会員であるのか、はたまた裏道があるのかはエイルには知れなかったが、騒ぎを起こさずになかに入れたことは確かだ。
アーレイド城ですら地味だと言いたくなるような――実際、アーレイド城は余所の王城よりも地味、よく言えば堅実だったが――きらびやかさに、エイルは驚くよりも呆れながら歩を進めた。何気なく飾られている絵画や燭台ですら、ひとつでも売り払えば貧乏一家を一年近く養えるのではないか。
入り口で手渡された金属の板には、どうやら部屋の名称でも書かれているらしい。若者は手元のそれと扉につけられた札に書かれた〈燕の間〉という文字を見比べるかのようにして、ひとつうなずくと戸を奇妙なリズムで叩いた。
かちゃり、とそれを開けたのは――紛う方なく、シャムレイ第三王子その人である。
と言っても例の東国風の衣装などは身につけていないが、この青年はシーヴを演っているときとリャカラーダを演っているときと、微妙に異なる雰囲気を持つのだ。当人は意識していないかもしれないが。
だが、「リャカラーダ王子」の色はエイルを認めた瞬間に消え、エイルがよく知る「シーヴ青年」に戻る。
「てめえ!」
エイルはずかずかと部屋に入り込むと、面白そうな顔で彼を見る友人に指を突きつけた。
「勝手な真似しやがって。そりゃ、約束通りに連絡をしなかったのは俺が悪かったけどな、短剣放り出してこんなとこまできてんじゃねえ。俺がどれだけ心配したと思って」
「ふむ」
シーヴはじろじろとエイルを見た。
「まさかと思うが念のために訊く」
砂漠の青年はまず、そんなことを言った。
「お前は魔物か?」
「……何だそりゃ」
毒気を抜かれて、エイルは眉をひそめた。盗賊たちはあとでまたくると言い、ふたりを部屋に残した。どこで何をするのやら知りたいような、知りたくないような。
「で、何だよ、魔物かってのは」
唇を歪めてエイルが問えば、シーヴは肩をすくめた。
「あれがお前の魔術を妨げてるんじゃないかと思ったが、本当に翡翠を手放した途端に現れるとは。お前には魔除けが効くのかと思ったのさ」
もちろん、これが冗談であることは承知だ。エイルは呑気な王子様に天を仰ぐ。
「確かに俺はあれが嫌いだけどな。……手放しただって?」
シーヴが持っている翡翠と言えば、エイルが手渡した魔除けの円盤である。
「何でまた」
「どこから話すかね」
シーヴは顎をかいた。
「最初からだ。全部。ピラータで行方眩ましたとこからなっ」
エイルが噛みつくように言えば、シーヴは笑った。
「まずな。俺は件の商人の話を聞きかじった訳だ――」
シーヴはそうはじめた。
曰く、ピラータに「東の商人」がやってくるという話を掴んだ。街道の途中で商人を見かけた町びとがいる。途中にある小さな町に寄ってから、こちらにくるだろう。そういう話だったと言う。
「途中の町って、あれか?」
「あれだな」
コルスト。
〈業火神〉オブローンなどという物騒な神を崇める連中がのさばっている町である。
「どうにもつながりがあるみたいだな」
「気にはなるけど」
エイルは唇を歪めた。
「あっちの方はスライ師がどうにか巧いことやってくれるさ」
他人任せはいささか情けなかったが、エイルに手の出せる話ではない。
「もちろん、俺はお前を待つつもりではいたがな」
真顔で言うシーヴを見ながら、疑わしいものだとエイルは思った。
「現実にその商人が現れれば、黙って見送る訳にもいかん。俺は非常に穏やかに質問をしたんだが、逃げられた」
どれくらい「非常に穏やか」だったのか知りたいものだ。
「その際、ちょっと行き会ってな」
「クラーナにか?」
「ああ、会えたのか。そいつはよかった」
「よくない。大事な目印、手放しやがって」
エイルは唸り声を上げながら短剣を取り出し、シーヴに渡そうとして、引っ込めた。
「ぞんざいに扱うなら、返してもらうぞ」
「お前がクラーナを探してたからちょうどいいと思ったんじゃないか。見も知らぬ他人にやった訳じゃない」
心外だ、とばかりにシーヴは言った。
「まあ、やっぱりファドック様からもらったもんを手放したくなかったと言うのなら、お前が持ってればいい」
「その強調はよせ」
エイルはまた唸って、短剣を差し出した。
「これが俺の大事なもんだってのは変わらないけど、だからお前に持っててほしいってのも変わらないよ」
「そうか」
シーヴは謝罪と感謝の印を取り混ぜて切ると、神妙な様子で短剣を受け取った。
「クラーナからは何か聞けたのか?」
「それは……っと」
エイルは顔をしかめた。
「俺の話はあとだ。先にお前の話を聞く」
危うく乗せられるところだった。シーヴは面白そうに片眉を上げる。
「俺が言ったのはクラーナのことじゃない。商人の野郎を追いかけてたとこに行き会ったのはな」
シーヴは何ということはない、とばかりに肩をすくめて次の言葉を口にし、エイルに激しく罵倒されることになる。
「エディスン第三王子殿下だ」
「てめえっ」
エイルはこれでもかと罵り言葉を上げ連ね、シーヴは悠然と「種類が増えたな」と評した。
「何で俺に言わないんだっ」
「いなかったのさ」
シーヴの返答は至極もっともだった。エイルはうなる。
「だいたいそのときは知らなかった。ただ、育ちのよさそうなどこぞの坊ちゃんが東の商人について聞き回ってたんで気にした。そうすると『風謡い』がどうのなんて話をしてる。驚いてな。砂漠に神秘を求める冒険家にしちゃあまりにも軟弱そうな兄ちゃんだったもんで、砂漠に首飾りはもうないから行くなと親切に忠告をしてやった」
「成程な」
エイルはラスル集落で出会った金髪の若者を思い出しながら言った。
「お前の忠告はきれいに無視されたってことか」
呟くようなエイルの台詞にシーヴは首を傾げる。エイルは嘆息してから続けた。
「ヴェル殿下は、女を追って大砂漠までお出かけになった」
「何だと? 何の冗談だ。あれから馬をどれだけ飛ばしたってまだシャムレイにも――」
砂漠の若者はそこで言葉をとめると天を仰いだ。
「これだから、魔術なんざ」
正解、とエイルは言って嘆息した。その辺り、ものすごく、とても、たいそう、同感だ。
「ティルドはそんな話をしなかったな。知らなかったのかな」
「そっちにも会ったのか」
シーヴからティルドの名が出たことに少し驚いたが、クラーナによればユファスとティルドのムール兄弟もピラータにいたということだ。
「ああ、確かにピラータでも行き会ったが、ここで再会を」
「……待て」
エイルは片手を上げて友人の言葉をとめた。
「ここでだあ!?」
ここ。ということはレギスである。
レギスという街は彼らがあとにしてきたピラータより西方、アーレイドよりはずっと東方となる。つまり、ティルドがピラータを訪れたあとにレギスにいるというのは、逆戻りだ。
奇妙な気がした。
「ユファスも一緒だったのか?」
エイルが問うと、シーヴは困ったような顔をする。
「それがな。お前の友人は苦境に立たされてるらしい」
「何だって?」
「例の神官どもにとっ捕まってる」
「何だってえ!?」
エイルはばん、と卓を叩いた。
「冗談じゃない。洒落にならん!」
「もちろんティルドだってその洒落を面白く思っちゃいない。だが兄貴の命を盾に取られれば、弟としちゃ奴らの言うことを聞かざるを得なかったようだ」
「言うことって……何だ」
不安に思ってエイルが問えば、シーヴは皮肉げに口の端を上げた。
「〈風謡いの首飾り〉を手に入れること」
「な」
エイルはぱかっと口を開けた。
「何ぃっ!?」
「もちろん、お前が持ってるなんてことは誰も知らない。神官どもだか奴らと一緒にいる魔術師だかは、俺がエディスンの殿下に首飾りの話をしたことを知ってたんだ。それでティルドは事情を知っているらしい俺を追わされ、めでたくここで再会」
シーヴはひらひらと手を振った。
「初めは俺もこいつは何者だろうと疑ったが、お前が話していたエディスンだのティルドだのユファスだのって名前にゃ聞き覚えがあったし、どうにも昔の誰かさんを思い出させる雰囲気に、手を貸すことにしたんだ」
「誰かさんって何だ」
「思いがけぬ運命に巻き込まれ、翻弄される哀れな少年と言うやつだな。俺は、少年の方は知らんが」
そのほのめかしにエイルは呪い文句を吐く。クラーナも似たようなことを言っていたが、少なくともこうした言いようはなかった。
「手を貸すと言っても、首飾りの在処を教える訳にもいかんし、お前に持ってこさせる訳にもいかないだろう。呪いのこともあれば獄界神の神官なんぞのために何かしてやる気にはなれん」
「そりゃ同意見だけど」
エイルは目をしばたたいた。
「首飾りとユファスが引き替えだとでも言うんなら……」
「まさしく、奴らの言ってきたのはそれらしい。だから俺はティルド少年に提供したんだ。〈風謡いの首飾り〉をな」
「……意味が判らんぞ」
「おいおい」
シーヴはにやりとした。
「俺たちが追ってる商人は何者だ? 偽物屋、だろうが」
「まさか」
エイルはまた、口を開けた。
「そいつら、例の首飾りの偽もんを作ったって?」
「当たりだ」
シーヴは手を叩いた。
「これでつながるな。魔物と首飾りの話をばらまく偽物商人。噂で準備をしておいて、これがその首飾りでございます、とやる訳だ。物好きな金持ちなんかは大喜びだろう」
「ってことは、お前」
エイルはようやく話が見えたような気がした。
「不思議ないわくつきの首飾りを手に入れたがる物好きな王子を演じたってことか!?」
「大当たりだ」
シーヴはにっこりと言って、また手を叩いた。




