08 商談の真っ最中
「そいで、〈落陽〉に何の問題が?」
「早速本題か。気が早いな、坊ず」
「坊ず呼ばわりは久しぶりだな」
エイルは顔をしかめた。数年前までは子供扱いも珍しくなかったが、昨今はされない。薄暗いなかでは顔がよく見えないから、声で判定されたのだろう。「若い声」などと言われても別に嬉しくはないが。
「あんたが急いで俺を捕まえたかったのと同じように、俺にも用事がある訳。本題にさっさと入った方がお互いにいいだろ」
「その通り」
相手はうなずいた。
「話は簡単だ。今日はあの店に近づいてほしくない。何か企んでいるなら明日以降にしてくれ。それだけだ」
「……簡単だね、確かに」
エイルは同意した。
「何か捕り物でもあるのかい」
まるで町憲兵が犯罪人を捕まえるときのような言い方をしてエイルはにやりとした。
「そのようなところさ」
相手もまた同じような笑いを返してくる。
「まあ、別に俺はかまわないけど」
エイルは肩をすくめて答えた。あの場所をのぞいてきたのは、単なる様子見だ。こっそりでも腕ずくでも侵入は難しそうだが、少し探っておかなくてはならないと思っている、その程度で、今日中に何かしようと言うつもりはない。
その返答に相手が何か言おうとしたとき、奥にあった扉が開いた。
「ハレサ」
「何だ」
呼ばれた男は振り返り、現れたもうひとりに何やら耳打ちを受けた。その表情は暗くてよく見えないが、エイルはぎくりとする。相手の雰囲気が変わったのが――判るからだ。
「さて、坊ず」
「何だよ」
嬉しい呼ばれ方ではないが、業火の神官にも情報屋にも盗賊に「ジェレン」と呼ばれる相手にもあまり名乗りたくはない。
「お前さんは、あの偽物屋どもとどう関わりがあるって?」
きた。
当たりである。
「偽物屋だって?」
だがとりあえずは恍けるが常套手段だ。
「黒鳩くんと楽しい会話をしたそうじゃないか」
「ああ、あれ」
エイルは顔をしかめた。案の定、あちらこちらに情報をばらまくろくでもない情報屋だったということか。向こうに言わせれば生活の手段だと言うことになるだろうが。
「俺が聞いたのは『東の品を扱う商人』のことで、偽物屋なんかじゃないね」
「そうかな?」
ハレサと呼ばれた男は首を傾げた。
「近頃、奴らを探るお客人が増えてな。こちとら警戒してるんだ。なかには東からわざわざ追ってきた変わり種も」
エイルは吹き出した。
「東、だって?」
彼は嫌そうに繰り返す。
「それはまさか、黒い肌に黒髪黒目の、こんくらいの身長で、即断即決が格好いいもんだと思い込んでる無謀と勇気をごっちゃにした皮肉屋で大馬鹿な若いのか?」
「ご友人と見える」
ハレサは大いに笑った。警戒の雰囲気は、消える。
「あの野郎! 着いてんなら着いてると言えっ!」
「彼の方でも探している風情だった。あとで案内してやるよ」
ハレサは片目をつむり、エイルは盛大に呪い文句を吐いた。と言うのは、シーヴが既にレギスに着いているからだけではなく、この「首領」と関わり合っていることが判明したためである。
一も二もなくいますぐ案内しろと言えば、いまはまずいんだと返ってきた。何とも嫌な感じだ。砂漠の王子様は何をしていらっしゃると?
「取り引きだよ」
ハレサはにやりとした。
「砂漠の王子殿下は、例の商人と商談の真っ最中」
「お」
エイルは目をしばたたいた。
「王子?」
何で知ってるんだ、との言葉はかろうじて飲み込んだ。続く言葉の予測がついたためだ。
「度胸ある兄ちゃんだな。王侯貴族を騙るなんぞ、ばれたらただじゃすまないぞ」
「……常習犯なんだ」
エイルはそんな言い方をした。
「商談だって?」
「〈紫檀〉、ってのはあの偽物組織のことだがな、レギスではいま、なかなかに問題でね」
ハレサはそう言い、エイルは乾いた笑いを浮かべた。
「レギスではと言うより、某組織においては、の間違いだろ」
「昨今の若いのはどいつもこいつも生意気だ」
ハレサは顔をしかめたが、すぐににやりとしてみせた。
「そうだ。組合に上納金も差し出さず、裏の販売網をかき乱してくれてる。どうにか尻尾を掴んだが、決定打がほしい。そこに協力してくれた王子様がいたって訳だ」
「商談って何だ。あの馬鹿はどこで何をやってる」
「場所については、さっきから話題になってるじゃないか」
だから近づいてほしくないんだよ、と盗賊は肩をすくめた。




