04 俺は知ってるんだ
「探してるのはさ、こういう……きらきらしたもんじゃなくて、もうちょっと地味って言うか」
どう言ったらいいだろうか、とエイルは考えた末、ずばりと言うことにした。
「東方の品っての? 彼女がさ、友だちが持ってるのを見て自分も欲しいって言うんだ」
シーヴほど詳細に凝った作り話はできないが、これくらいなら彼にも可能である。
「東方、ねえ」
商人は肩をすくめた。
「生憎とうちじゃ、おいてないね」
口調はすげなくなる。自分の客にはならないと踏んだ訳だ。
「聞いたこと、ないか? 東の品を扱う商人がいるって噂だけど」
「さてな」
ほかの商人の儲けに荷担してやる必要はない、と言うのだろう。男はろくに考えもしないで答えた。
「ま、そうだよな。そうそう都合よく見つかるとも思ってない」
エイルは本音を言うと、邪魔したな、などと言って屋台をあとにする。
ほかにも飾り物を売っている場所で似たような会話を交わしてみたが、成果は芳しくなかった。
あとは風呂に行って、いやその前に湯冷めしない程度の距離にある宿を見つけて部屋をとっておくか、などと考えるとエイルは手近な住民を引きとめて近場の宿屋を訊いた。挙げられた数軒の名前と場所に礼を言ってそちらへと向かいながら、時折屋台に顔を突っ込む。
シーヴと合流することを考えたら彼の愛馬が世話を受けられる厩舎がついていた方がよいだろうかとも思ったが、そんなことは合流してから考えればいいことにした。エイルは最初に見つけた〈三羽の鶏〉亭の戸口をくぐろうとして――。
「そこの茶色い髪のお兄さん」
呼びかけられた。
夜の雑踏で見知らぬ相手などに声をかけられても無視をする。これは、強引な客引きや詐欺まがいの出来事から身を守るための常識だ。
田舎者や、都会育ちでも礼儀正しい人間ならばついつい足をとめてしまって、口先で金を騙し取られるか強引にふんだくられることになる。
だがエイルは王城都市アーレイドの、それも下町で鍛え抜かれた経歴を持つ青年である。その口調に真っ当でないものをすぐさま嗅ぎ取り、従って彼は無視をした。
「おい、聞こえなかったのか、あんただよ」
たいていそう言った小悪党は、無視されたことに気づいて次の獲物を探しに行く。だから、エイルはわざわざ肩まで掴まれたことに驚いた。
「何すんだ、放せよ」
「無視するからだ」
相手は鼻を鳴らした。
「小路に引き込んで襲って金を奪おうってんじゃない、まあ、金なら要求するがね」
にやりと言った男は、どこからどう見ても胡散臭かった。
エイル自身どちらかと言えば小柄だが、相手も同じような背丈だった。小さな目は冗談にも純真とは言えない類の輝きに満ち、唇はにやにや笑いに張り付いている。
「探しもんについて教えてやろうってんだから、兄さんは無視しちゃならんし、しかも金は必要だ。この理屈は判ってもらえるよな?」
「情報屋か」
エイルは唇を歪めた。
人の話に聞き耳を立て、噂話に「情報」などとご立派な名前をつけて売る。少し大きな町ならば珍しくない人種であり、エイルも利用したことはあるが、あまり親しくしたい相手ではない。ちょっとでも何か口を滑らせればそれは相手の飯の種。「明日は天気が悪そうだ」なんて世間話だって売りかねない連中である。
「お見事。嫌な顔するなよ、東の品を探してるって?」
「どうでもいいだろ」
「よくないね。恋人に贈りたい、それは別にかまわんが、宿を取るより先に恋人を作ったのかい、旅の人?」
「放っとけよ」
エイルは苛々と言った。
「それこそ、別にかまわないだろ」
「まあ、かまわない。確かにな」
情報屋はにやにやとした。
「でも俺は知ってるんだ、東の商品を扱う連中を」
「そんな口から出任せを」
信じると思うのか、と続けようとしてエイルははたとなった。
連中。
ひとりの商人ではなく、複数いると、言ったか。
「出任せなもんか。情報屋に必要なのは、信頼。嘘八百を売りつける鳩なんぞ、いつ舌を抜かれて食われるか判らん」
男は首をすくめてみせた。
「鳩?」
思わずエイルはそこを聞き返した。
「俺はここらじゃ〈黒鳩〉と呼ばれてるのさ。お疑いならどっかの酒場で訊いてみな、信頼ある情報売りだって返事が聞けるはずだぜ」
「……ふん?」
エイルはじろじろと〈黒鳩〉を見た。
小さな目をくるくるとさせて少し顔を突き出した様子は、成程、鳩である。だが黒、とつくのは――腹黒い、という辺りなのではなかろうか。
「んじゃ、その連中とやらについて、聞くだけ聞いてみようか。そいつらはどこにいる?」
「ただで聞こうなんて思ってないだろうね、兄さんよ」
「旅人の信頼まで重視するとは思えないな、ラーター」
いきなり「信頼ある情報売りです」と言われて「はいそうですか」もないものだ。
確かにこの鳩は「連中」と言い、エイルが「そいつら」と言ったことも受け入れているようだ。
だが、全くのひとりで仕入れから販売から何までやるのは小さな露店の旅商人くらいで、普通は、最低でも売り子のひとりやふたりを雇う。別に複数扱いしたからと言って、ずばり偽物を扱う商人たちの本拠地を知っているという話にはならない。つまり、通りすがりで何かを探しているらしい旅人の話を聞き、小金を稼いでやろうと作り話をされているかもしれない。
エイルはこうしたことに慎重である。以前ほど金に困ってはいないが、余って困るほどでもないし、舌先三寸に騙されてそれを笑い話にできるほど鷹揚でもない。
かと言って、びた一文も支払わずに運命などを読み取ってくれる予言なども――生涯に一度あれば、充分だが。
「おや、どうやら巧くないね。それじゃ、俺の情報がほしくなったら言いな。〈黒鳩〉グラカを探してると言えば、誰かが案内してくれるさ」
グラカと名乗った鳩はそう言うと踵を返した。エイルは数秒、相手が去るのに任せ、そのあとで舌打ちすると仕方なく呼びとめた。
「待てよ、鳩」
嘘八百の舌先三寸ならもっと早く退くか、それともしつこくし続けてどうにか売りつけようとしそうなものだ。このタイミングで退くのは気にかかった。
そうしたことまで計算している可能性もあるが、通りすがりの旅人相手にそこまで面倒なことをする芸人なら、その芸当に対する代金を支払ったと思えばいい。――ことにした。
「話を聞かせてもらうよ」
黒鳩のにやり笑いが大きくなった。
それはどうにも悪そうで、エイルは少しだけ、後悔をした。




