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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第4章

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03 情報収集

 レギスという町を訪れたのは初めてである。

 スタラス王の地所ということだが、領地の外れに近く、王の気配はほとんど感じられない。

 ここはスタラス王に納税しているが、直接支配する貴族はおらず、雰囲気は自由都市に近かった。法を作って裁きを行うのは町の長老会や青年会で、魔術師協会(リート・ディル)神殿(クラキル)も出しゃばりすぎない、田舎と都会の中間という辺りだ。

 雑然とした雰囲気は故郷たるアーレイドの下町を思わせて、エイルの気に入った。だがそぞろ歩きにやってきた訳でもない。目的があるのだ。

(やっぱりサラニタを連れりゃよかったかな)

 シーヴがここに着いていようがこれからだろうが、ふらふらとうろついてばったり会えるとも思えない。少なくとも効率はとても悪い。サラニタにシーヴを探させるなら、レギスへの途上よりもむしろ、この街のなかでやるべきだ。

 もちろんそれは考えたのだが、昨夜も働かせて疲れているだろうに叩き起こしては気の毒だ、などと思ってしまったのだ。あれが魔物であって人間の子供ではないことは重々承知の上なのだが――人間の子供を深夜に働かせるような真似はしたくない――それでも生身の生物とは言えるのだから、睡眠は必要だろう。

 何にせよ、悪いのはシーヴだ。エイルは嘆息した。

(レギスに行くなんて一言で、本当に短剣の代わりになると思ったんじゃないだろうな)

 充分、広い町なのである。

 王城都市や名のある自由都市ほどではない。だがそれでも、広いものは広い。レギスのどこへ行くか、どこで待ち合わせるかまで言ってもらわねば、合流のしようなどあるものか。

(まさか、あのときみたいに俺があいつの居場所を感じ取れるとか思ってないよな)

(いや、そうじゃないから短剣を渡したってことは判ってるはずだし)

(向こうだって、翡翠の娘(・・・・)との絆なんかなくなってるのは百も承知だ)

 思い出した一語に自らげんなりした。

 こうなったら、できることはひとつ。シーヴと同じことをするしかない。

 この場合、同じこととは、同じものを追うということである。もしシーヴが何か尋ねた相手に行き当たれば、手がかりになるはずだ。

 流しの商人が露店を開く夕市はもう終わっていたし、この時間帯に出てくる店と言えばたいてい、酒や食べ物を扱うものが多かった。だがそれだけでもない。冬至祭(フィロンド)はここでも終わったようだが、繁華街に出向いてみれば昼間以上に賑やかな空気に出会えることもある。

「ちょいと、兄さん。花、買ってかないかい」

「きれいな色の果実酒(キェラス)があるよ、ひとりで飲み歩いてないでたまには奥さんに買ってってやんな」

「上等のギーン瓏葉が入ったよ、さあ、煙好きは寄っといで」

風呂(ウォルス)に行くんなら、石鹸(ラワ)と擦り布が要るよ」

 思わずその声に足をとめた。そう言えば、風呂なんて久しぶりだ。

 城で寝起きをしていた頃は毎日の入浴を義務づけられていたが、旅路にあればそうはいかない。こう寒ければ夏場に比べて汗をかかないから、清潔不潔はさておいて、身体を洗いたいという欲求は減る。温まってから眠りたいと思うこともあるが、公衆浴場から帰るまでには身体が冷えてしまうし、帰宅をすれば塔の温度は快適だ。下町暮らしをしていた間は風呂に(ラル)を使うなどという贅沢は月に一度できれば立派なもので、どうにも自分が汚いと思えば――或いは、母に臭いの何のと罵られれば――冬でも水浴びで済ませていた。

 だが、久しぶりの風呂も悪くない。風呂場というのもなかなか、情報収集にはうってつけである。

 酒場で話を聞くのは、人が集まっているということもあるが、酒で口が回りやすくなった相手を捕まえやすいから、ということもある。だがそれは、つまりは相手が酔っ払いだということだ。泥酔まではしていなくても、素面ならば働く理性や常識に緩みが生じている人間は概して――悪意はなくとも――嘘をつきがちである。ましてや酒場でのほら話は受けるから、真剣に情報を求めている人間に対しても、話を大きくしたり、あまつさえ最初から作ったりすることにも罪悪感がない。

 なかには誠実な情報提供者もいるが、そういう理性ある相手はこちらの事情を知りたがるもので、それはそれで面倒くさいこともある。

(……ああ)

(面倒がったら、オルエン扱いされたんだっけ)

 それについては反省したものの、全員に事情を全て話していたらきりがないことは事実である。関係者であるエディスン王子にそっけない対応をしたことは反省の対象だが、好奇心旺盛な聞き手にいろいろと吹聴する趣味はエイルにはない。

 適当な話をでっち上げる手もあるが、そういうのはシーヴの得意技だ。エイルにその能力(・・)はあまりない。

 対して浴場というのは奇妙な連帯感が生まれる雰囲気を持つ。いわゆる「裸のつき合い」だ。隣の席で酒を飲んでいる時間ほど長くはないが、たまたま同じタイミングで浴槽に浸かった相手と話をすることは珍しくない。

 たいていは天気の話や、ちょっとした愚痴――どこそこの店が値上げをしただの、稼いだ金を母ちゃんが無駄遣いするだの、そういった類だ――で終わる。悪い評判ばかりでなく、あの店の商品はいいとか、何とか亭の給仕娘は美人だとか、そういった話も出る。

 見知らぬ相手と雑談するなら、酒場より向いている場合もある。加えて、長い話を要求されることもない。ちょっとした好奇心のために湯上せなどしては馬鹿らしいからだ。

 この考えはなかなかよさそうだ、とエイルは風呂屋の便乗商売に荷担してラル銀貨を支払い、浴場の場所を尋ねた。

 わざわざ遠くで風呂道具を売る商人もいないから、教えられた場所は徒歩で数(ティム)もかからない位置だ。エイルはそちらへと足を運びつつ、いくつかの屋台を冷やかした。

「兄さん兄さん」

 この手の商人たちは、全くの冷やかし、つまりかけらも買う気などない人間と、少しは興味を持っている人間を見分ける嗅覚は凄い。そんな訳で、エイルが粗末な木台の前で足をとめて並べられた商品をちらちらと眺めていると、三十前後の売り主から声がかかった。

「女の子への贈り物でも探してるなら、相談に乗るよ」

「そうだなあ」

 エイルは安物の装身具がきれいに配置されている台を眺めつつ、そのひとつを手に取ってみながら答えた。

「ちょっとね、探しもんがあって」

「どんな品をお好みで?」

 得たりとばかりに男はにっこりとする。

「可愛いあの子の腕を飾る赤玉も、胸元を輝かせる白輝玉も、きれいな髪を飾る碧玉もあるよ」

 おまけに、と商人はにこにこと言った。

「碧玉には不思議な力があるから、お気に入りの娘に贈っとけば悪い虫もつかない」

「あー、俺ぁ、魔除けの力がある緑色の石は嫌いなんだ」

 こういった場所で売られているのはもちろん高級な翡翠ではなく、屑石の類だ。混ざりものばかりで、魔術師の見地から言ってもあまり魔除けの力はない。だが、あろうがなかろうがお断りである。

「魔除けのヴィエルがお嫌い。兄さん、魔物かい?」

 それは冗談以上の何ものでもなかったのでエイルは問いには答えず、嫌な思い出があるんだよ、とだけ言った。

「へえ」

 男は少し同情めいた視線を寄越した。碧玉を贈った娘に振られたことがあるとでも思ったのだろうか。どうでもいいが。


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