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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第3章

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11 運命の絡まり

「拙い。それが本当なら、拙すぎる。いくら影響力が強いったって、そんな影響はお断りだぞ、俺は」

 クラーナの言った「影響」はそういう意味ではないのだろうが、それよりも現実的に「口調が伝染った」など、冗談ではない!

「何をぶつぶつと言っている」

 王子はどこか面白そうに言った。

「やはり、知り合いか」

「なりたくてなったんじゃない」

 エイルがげんなりとすると、ヴェルフレストはまたも衝撃的なことを言った。

「あれは、死んだと言われたレンの第一王子では、ないのか」

 嫌な名称を聞いた。それは、この世でいちばん思い出したくない相手だ。近頃はようやく、あれはオルエンであると再認識しきったところなのに、いまでは表情豊かなあの顔が氷のように冷たい顔しか見せなかった日々のことが蘇る。

「知ってるのか」

 ようよう、エイルは言った。〈魔術都市〉の王子はそんなあちこちには顔を出していなかったはずだが、エディスンならばいくらか関わりがあってもおかしくない。

「でもまあ、幸いにして、違う。それじゃあれは何だと言われると俺にもうまく答えられない。心から頼む。お願いだから、どうか、訊かないでくれ」

 懇願する気持ちを込めてエイルは言った。ヴェルフレストはしばらくエイルを見ていたが、追及することはやめてくれたようだ。助かった、とエイルは思う。だが同時に悪いような気持ちにもなり、そう言った。

「ちょっと俺、いま、余裕がなくて。ほんとはまだ、あんたに話さないといけないことがある。でもいま話してもお互いに混乱するだけなのは目に見えてるんだ。悪いけど、詳しくは宮廷魔術師殿とウェンズ術師に聞いてくれ」

「ローデンを知っているのか?」

 知らぬ名前だ。エイルは首を傾げた。宮廷魔術師のことだろうか。

「俺が会ったのはウェンズって若いの」

「その名は知らぬな」

「王子殿下の方じゃ知らなくても向こうは知ってるんだろ」

 ウェンズは王子を見知っているようなことを言っていたが、ヴェルフレストの方では認識してないということだろう、とエイルは判断した。

「なあ……ヴェル」

 どう言おうかと迷いながらエイルは声を出した。

「初対面で妙なことばかり言う俺を信じて、黙って助力を受けてくれなんて言っても怪しまれることは承知だけど」

「どうやらお前は、ここの民に信頼されているな?」

 王子はエイルの言葉を遮るようにした。エイルは首を傾げる。

「どうかな。まあ、受け入れてはもらってるけど」

「ならば、信じよう」

 エイルはまた、瞬きをした。

「そらまた、意外なご発言」

 エディスンという土地は、こうした気質でも生むのだろうか。ウェンズ術師と言い、人を簡単に信用しすぎではないか?――信じてもらえる方が有難いことはもちろんなのだが。

「俺はここの民に、恩があるのだ」

 王子殿下はにやりとして仰った。

「命を助けてもらった、って件か」

「それもある。だがそれだけではない」

 王子は遠くを見るようにした。それは、西方であった。

「彼らは俺に、よい守り手を送ってくれた」

守り手(・・・)

 エイルは乾いた笑いが浮かびそうになった。

「その言葉は、あんまりいい感じがしないぜ」

 何故かというように王子が首を傾げる。エイルは顔をしかめて続けた。

「誰かや何かを守ろうとする人は、その守備範囲を必要以上に広げちまう傾向がある。それは、やばいことを招くこともある」

 どこぞの近衛隊長にどこぞの伯爵に――どこぞの第三(・・)王子殿下。そんなのは彼らだけで充分だ。

「その守り手さんにはくれぐれも、余計なとこまで守らせすぎないようにな」

 思わずそんなことを言うと、ヴェルフレストは、心に留めておこう、などと答えた。

 エイルはそれから、ヴェルフレストを西へ戻す算段について話した。

 即ち、エイルが西から渡し舟を寄越すから――この付近では西のビナレスと東のファランシアを分ける大河を渡る方法は、それしかない――それに乗って戻れ、というような話だ。

 だがこの王子殿下はこうした状況下にあっても不自然な点を見逃してくれない。エイルがどうやって西へ渡るのか疑問に思ったのだ。

「まあ、その辺は、だいたい想像してくれ」

 エイルが曖昧に言うと、しかし見事に言い当ててくれる。

「魔術師か」

「想像だけでとめてほしかったな」

 エイルは嫌そうに言った。やっぱり、言われたくない。この王子様が魔術師嫌いでないといいが、などと考えていると、ヴェルフレストは思いがけない、或いは思って当然のことを口にした。

「魔術師。砂漠の――魔物。首飾り」

「……ええと」

 拙い。そうである。ヴェルフレストはタジャス男爵ギーセスからその話を聞いているのだ。

「では、お前が、首飾りを持っている魔術師か」

 ゆっくりと王子は言った。

「……何でそんな話、知ってんだ?」

 エイルは唇を歪めた。砂漠の魔物と首飾りはともかく、「魔術師がそれを持っている」という話は、王子は知らないはずだ。

「ピラータという町で、東国の男から噂を聞いた」

「はっ? ピラータ?」

 エイルは繰り返した。

「そこで、東国の?」

 はっとなる。

 ピラータ。あの小さな町に東国の男が何人も訪れるだろうか。そうは思えない。そもそも首飾りの話を知るとなれば間違いない。シーヴだ。東の王子殿下である。何故だかシーヴと話をしたそのあとで、この北の王子殿下は何らかの魔術でスラッセンへと跳んだのだ。

「あの野郎!」

 思わず、怒鳴る。

「人が目を離している隙に、何でまたそんな話をぺらぺらと」

「あれも、知り合いか」

 少し意外そうにヴェルフレストは言った。

「あの男は、魔術師とは知り合いではないと言ったようだが」

「あいつは大嘘つきなんだ」

 エイルは言ってやる。

「魔力はないが、口先の魔術師と言ってもいい。俺は何度、あいつに騙されたことか」

「大嘘つき、と」

 ヴェルフレストは首を傾げて繰り返した。

「だが彼は、砂の神にかけて誓ったぞ」

「どうせ、ごまかしだ」

 また、西の人間には判らないといい加減な誓いの仕草をしたに決まっている。

「〈砂漠の民〉がそれを認めてもか」

 エイルは、はてと思った。何故、ここで砂漠の民などが出てくるのだろう。考えて、気がついた。西へ行ったラスルの英雄の話を思い出したのだ。

 ではそれがヴェルフレストの言う〈守り手〉。ラスルを救った男が西へ恩を返しに行った先というのは、エディスンか。

 そう思って尋ねれば、ヴェルフレストはエイルの推測を認めた。奇妙な運命の絡まりに、エイルはうなる。

「そうか」

 そのあとで彼は嘆息した。砂漠の民が認めたのなら、シーヴの仕草は本物だったのだろう。では、やはり言葉尻でごまかしたに違いない。

 実際のところを言うのならば、シーヴはヴェルフレストに「魔術師と仲良くはしたくない」と言った。「知り合いではない」とは言っていないのだが、ヴェルフレストはそこまで詳細を覚えておらず、エイルはもちろん、詳細を知らない。

「まあ、認めるよ」

 渋々とエイルは言った。

「首飾りは俺が持ってる。そのあたりの話はウェンズ術師にしたから、彼から聞いてくれ」

「『面倒だ』と?」

 面白そうに言われ、エイルは力が抜けた。

「……誰かなら言いそうだが、俺はそうは言いたくない」

 オルエンに似ているなどと思われるのは二度とご免である。

「それじゃ、準備にかかろう」

 王子殿下の了承を得て、エイルは言った。

「俺もね、こう見えても忙しいんだ」

 わざわざ見知らぬ王子を――王子だとは知らなかったのに――助けるために砂漠の民の集落まで訪れて「忙しい」と言うのも奇妙だったろうか。ヴェルフレストは少し不思議な顔をしたが、何かを問うてくることはなかった。

 助かった、とまた思う。

 このややこしい絡まりを上手に説明できる自信などないし、やはり時間と心の余裕もない。

 だいたい、いい加減な説明をして万一にもまたオルエンに似ているなどと言われたら、二度と立ち直れないのではないだろうか。

 エイルはそんなことを考え、クラーナの言う形而上めいた「影響力」よりも直接的なそれを大いに怖れた。


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