09 魔術薬
そこからがまた、忙しい。
〈塔〉へ戻ってからサラニタに状況を説明して、〈塔〉にスラッセンの付近まで投げさせた。ひとり――と言って悪ければ、単体――で〈塔〉の魔力に晒すのは少し心配だったが、これまで一度もサラニタは魔術の移動のあとで調子の悪そうなところを見せなかったから〈塔〉と使い魔を信用することにした。
「うまくやってくれるかな」
エイルは苛々と塔の内部を行き来した。当然と言おうか、既にオルエンの姿はない。
「ピラータからレギスの街道上にいるはずのシーヴを見つけらんないのに、何の目印もない砂漠で俺も知らない男を捜せなんて無茶だったかな」
「落ち着け、主よ」
〈塔〉はのんびりと言った。
「あの小鳥はできることをする。それに、小さな姿であっても賢い。お前が気づかなかったことも気づいている」
「何だよ、それは」
生まれたばかりの魔物よりも賢くないと言われた青年は足をとめて片眉を上げた。
「そうであろう? 小鳥が誰かを見つけて、それでどうやって救う? ここまで飛んできてお前に報せるか? 時間がかかるな」
「――そ、そうか」
エイルははっとなった。慌てているにもほどがある。
「んじゃ、俺もその辺りに」
「落ち着けと言っている。あれは賢いともな。私に、いちばん近い集落を聞いてきた。ラスルの民に助けを求めるつもりだ」
「……聞いてきた?」
エイルは驚いて繰り返した。サラニタと〈塔〉は何も話などしていない。それ以前に、サラニタはまだ一言だって言葉を喋っていない。
「こうして口にするような言葉で、ではない。移動の最中に概念で尋ねてきた。これまではそのようなことはなかったが、お前に庇護されて行き来するよりも、単独で私の力に包まれる方が私と近しくなるのかもしれんな。それとも、アニーナ殿とともにいるうちに意思伝達の方法を学んできたのかもしれん」
「急速に成長中、か」
有難いことなのか、微妙である。
「また人間の一歳分くらい、育つかな」
「有り得る。人間がなだらかな坂道を上るように成長するのだとしたら、あれは段の高い階段を一段ずつ登って成長するのだ。魔物だからというのではなく、そういう種族なのだろうな。変化を繰り返す種族にとっては、姿というのは象徴のようなものなのかもしれない」
「成長の証、ね。判りやすくてけっこうだ。いや」
エイルは顔をしかめた。
「全然、けっこうじゃない。三歳が急に五歳になってみろ。母さんに預け直せるもんか」
「違う子供を拾ったとでも言えばよいのではないか」
「いいはずあるかっ」
「冗談だ」
悠然と言う〈塔〉にエイルは唸り声を上げた。
「犬の真似をしているより、やることがあるだろう」
「やることだって?」
「私と雑談をしていてもよいが、いまは時間の無駄だ。男が見つかったら、命は無事だとしてもどういう状態か、想像がつくだろう」
「――肌火傷」
エイルはまたはたとなった。砂漠の太陽に無防備に晒されれば、肌は焼け、火に触れたのと同じような火ぶくれを作る。
「判った。俺の三つ目だか四つ目だかの職業の出番だな」
エイルはそういうと階段を駆け上がった。
「有難なっ」
走りながら叫ぶ。しばらくやっていなかったが、材料ならば揃っている。いざ魔術薬の作成、だ。
エイルは以前、ヒースリーという名の薬草師から薬草作りの基礎を教わったことがある。魔術師たちが協会の仕事やちょっとした小金稼ぎのために作る魔法の薬にそれを応用させることを思いついたのはその頃だったが、勉強を進めてみるとなかなか使えることが判明した。
これは全くの独創で、オルエンですら興味深いと言ってくる方法である。薬草だけよりも効き目は早く、なおかつ魔術薬では為せない、自然治癒の手伝いもするのだ。
にわか師匠だったヒースリーとは一年以上連絡を取らないままだった。エイルとしてはもっと教わりたいこともあったが、事情があって会えない。
こうなるとあとは完全なる独学というやつであったが、協会に買ってもらえるような薬もいくつか完成した。肌火傷に対する薬もなかなか上手にできた自信はあるが、西の地ではそれほど需要がないので買ってもらえない。かと言って東国の人間や砂漠の民は、そのような火傷を負わない体質と知恵を持っている。エイル自身がうっかりと砂漠で日光浴でもしない限り、あまり役には立たない薬だと思っていたのだが。
(思わぬ活躍となるかな?)
(さて、作り方を思い出さないと)
役に立たないと言うことは作らないと言うことだから、配合などは頭に入っていない。どこかに覚え書きがあったはずだ、と引き出しのなかをひっくり返し、どうにか見つけて材料の有無を確認、制作に取りかかって完成させるまで、半刻以上かかってしまった。
「できた」
ふう、と息を吐いて額を拭い、瓶にふたをすると立ち上がる。
「行くぞ、〈塔〉!」
「忙しいことだ」
「仕方ないだろ」
「倒れぬか」
「何だよ、俺が音を上げれば情けないとか不甲斐ないとか言うくせに」
「仕方ないだろう」
〈塔〉は――どうやってか――ため息をつくようにして言った。
「お前は情けなくて不甲斐ないのだから」
「……全く、オルエンの制作物だよ」
嫌になるほど作り手に似た物言いをすることがある。エイルは悪態をつきながら見晴台へと駆け上った。




