08 黙ってて悪かったけど
エイルの言葉に対してオルエンは、絶妙の案は複数出ないが最悪の事態は切り抜けることもできる、などと言った。
エイルは嘆息して、最悪と戦うことにする。
つまり――母の疑わしい目付きと悪口雑言を覚悟して、朝の内からサラニタを引き取りにいくのである。
「何の真似だい?」
アニーナは両手を腰に当ててじろじろと息子を見る。
「あちらへこちらへとたらい回しなんて、いちばんよくないことだよ。ようやく笑うようになってきたこの子を父親でもない男に渡せないね」
彼の母はサラニタの母親然として二歳半くらいの子供を抱きかかえながら息子を睨んだ。
「ええと」
どうやら突然に成長したりはしていない子供の姿に安心しつつ――ここ数日見ていたのは鳥の姿だったから、成長度合いはよく判らなかった――母への言い訳を考える。
「母さん」
「何だい」
「やっぱり俺がひとりで育てることにしたってのと、実は親が引き取りにきたんだってのと、そいつの力が要るんだってのと、どれがいい?」
「ふざけてるんならおやめ」
アニーナは顔をしかめた。
「ふざけてるつもりはないけどさ、本当のことを言うと衝撃を受けるんじゃないかと」
「別に、本当にあんたの子供だって言われても驚きゃしないよ」
「違うって」
エイルは肩を落とす。いっそ、そうであった方が楽だ。いや、本当に娘であれば大変なことはいろいろとあるが、母にする話は面倒ではない。最悪でも、恋人が子供を残して逃げたというような情けない話で済むはずだ。
「やっぱ、俺が間違ってたよ。そいつを母さんに預けるなんて」
「何だって?」
アニーナの眉が不機嫌そうに細められた。
「母親が信用ならないって言うんだね。何て息子だろう」
「そうじゃなくて」
エイルは迷った。
「そいつ、ちょっと、普通のガキじゃないから」
「確かに少し変わってるよ」
「……何かやらかした?」
どきりとしてエイルは言った。
「やらかすくらいが当然さ、こんなちびっこならね。なのにちょこんと座ってじっとおとなしくしてる。動き回ってあたしを困らせるのが当たり前なのに、心配になるくらい眠ってる」
「それは……眠いんだろ」
夜に「仕事」をさせているのだから、当然と言えば当然だ。
「何言ってんだい。あんたがこれくらいのときは、散々いたずらして」
「俺の話はいいよ」
エイルは遮った。
「とにかく、あんまり詳しい話はできないんだけどさ、そいつは母さんが思ってるような子供じゃなくて」
「あたしが何を思っているか、お前に何が判るって?」
「ああ、もう、そうじゃなくて」
目前で鳥にさせてしまえば話は早いかもしれないが、母の心臓がさすがに心配だ。
「ええい」
エイルはばん、と小さな卓を叩いた。
「黙ってて悪かったけど、そいつにはその、魔力みたいなもんがあるんだ」
まさか魔物だとは言えず、エイルはそれでも彼に言える限り最大限の真実を口にした。
「魔力だって?」
予想通りアニーナは嫌そうな顔をする。
「それが魔術師だってんじゃないぜ。何つーか、似たようなものだけど違うもので」
サラニタが魔術師だというのと魔物だというのとどっちが母の感情を逆撫でるか判らなかったが、エイルはそう説明をした。
「その力が、要る。人を助けるためなんだ」
エイルは真剣に言った。その母は計るように息子を見る。
「あんたは?」
「はっ?」
「人を助けることばっかり考えてないで、あんたはどうなの。何だか知らないけど魔術的な」
その口調にはたいそう、蔑む調子が入った。
「ことに巻き込まれたり……するのは魔術師なんかなんだから仕方ないね。でも、人を助けるとか言って、あんたが危ない目に遭ったりはしないんだろうね」
「しない」
たぶん、とエイルはつけ加える。
「それから、サラニタもだよ。危ない目には」
「遭わせない」
「たぶん、かい?」
皮肉を込めてアニーナは言った。エイルは天を仰ぐ。
「頼むよ、母さん。どうか納得してくれ。いや、いまはしてくれなくてもいい。いまはとにかく、急ぐんだ。こいつが気に入ったってんなら、また連れてくるからさ」
アニーナの息子への評価が下がったような気はしたが、人の命が関わっているというのにあまりのんびりしていられない。エイルはほとんど奪うようにしてサラニタを母の手から引き離した。
本当の子供であれば泣き出しでもしそうなところだが、エイルを主とするサラニタはむしろ青年にひしっと抱きつき、それを見たアニーナは右肩をすくめて「好きにおし」と言った。




