05 少しは楽になるだろ
「判った」
クラーナはエイルが結論をすぐに出したことには口を挟まなかった。
「なら、僕も手伝える」
「何だって?」
「手伝うと言ってるの。そう言ってるのに文句なんか、言わせないよ」
「何だよ、それは」
エイルは目をしばたたいた。
「君がレギスと答えるのは判ってたさ。ティルドにはユファスが、ユファスにはティルドがいるけど、シーヴには誰もいないんだしね。なのに困らせ、なおかつムール兄弟に罪悪感を抱かせた、お詫び」
内心を言い当てられてエイルはうなった。
「あのなあ、そうやってぽんぽん人の表情を読むなよな。だから魔術師扱いされるんだろ」
「仕方ないよ。もうこれは癖だもの」
口をつぐんでいられないのは詩人の性分でね、と続く。
「ひとは影響しあって生きるもの。僕はそれを見るだけだ。いろいろなパターンを見てきたから言えることが多いだけで、魔術じゃないのにね」
言いながらクラーナは杖を振る仕草などしてみせた。
「ところで、ガルと僕にはいま目的地がないんだ。タジャスへ行ってみてもいいな」
「手伝うってそういうことか? 関わらないんじゃなかったのかよ」
エイルは驚いて言った。
「ムール兄弟や、シーヴにはね。でも首飾りとエイル、君には僕の手出しなんかたぶん、影響しないから」
果たしてそれはどういう意味なのだろうか、褒められてでもいるのか、はたまた何か皮肉だったりするのか、エイルにはよく判らなかった。
「それにギーセス坊やがどんな立派な男爵閣下になったのか、会ってみたい気もするし」
なかなか美少年だったんだよ、などと詩人は言った。
「そうだ、それがいい。決まりだ、そうしよう」
「おいおい、あんたひとりで勝手に」
「ガルをこの件に絡ませることについては心配要らないよ。彼は僕がこれまで見たなかでも五本の指に入る腕前の戦士だ」
「そりゃ凄い」
茶化したり皮肉のつもりではなく、純粋にエイルは言った。クラーナは長年旅しているのだから、相当数の戦士を目にしているはずであり、そのなかで上位だというのはかなりのことだ。
「オルエンが、君に命を賭けろと言うほど」
「賭ける覚悟があるかよく考えろ、だったな」
「とにかく、そういった危険が魔術に関することなら僕にも彼にも助けようがないけれど、少しでも剣が役立つなら」
「関わりたくないはどこに行ったんだよ」
エイルはクラーナの言を遮って繰り返した。
「エディスンと風具に関わる物語は僕の歌う話じゃない。けれどガルとの旅路はね。僕の選んだことって訳」
彼を「巻き込む」ことには抵抗がないよ、などと言ってクラーナは片目をつむる。
「魔術師が呪いについて尋ねまわれば人々は怖がるけど、詩人ならさもありなん、だろう。不可思議な伝承を聞き回るなら僕の方が向いてる」
「別に俺だって、魔術師ですと名乗る気なんかないぜ」
「じゃあ通りすがりの旅人? それよりも、詩人の方がいいよね」
それに、とクラーナは言った。
「君の話を聞いて考えてみると、話を複雑にしているのは僕のような気がしない?」
「何?」
「僕がかつてタジャスの地で首飾りの話を聞かなければ。ヴェルにそれを話さなければ。エイル、君が首飾りを見つけても、エディスンとは絡まなかったんじゃないかな。呪いを解こうと思わずに、砂漠に打ち捨ててしまって終わらせるかもね」
「そういうのはもう、いいよ」
エイルが顔をしかめる。「もし彼がそうしなかったら」。そんなたとえはオルエンに一度聞かされただけでもう充分である。クラーナは笑って続けた。
「そんなに深く考えなくてもいい。言うなれば、ちょっと思いついただけだよ。言ったろ、僕たちにはいま目的地がない。ガルはいま、目的としていたことを宙ぶらりんにさせちゃってね。僕が行き先を作ってやった方がいいのかなと思ってるんだ」
ちょうどいい、などと言って吟遊詩人は肩をすくめると、伝言はどうしようか、と続けた。
「例の塔宛てじゃ手紙だって届かないし」
偽のものでも魔力がないってのは不便なこともあるなあ、と呑気にくる。
「本当に手伝う気か?」
エイルが胡乱そうに言えばクラーナはまた笑った。
「〈他人の親切には警戒しろ〉〈災い神の水は甘い〉〈魔術師と詩人の舌先三寸〉」
その表情をどう見て取ったか、吟遊詩人はさらさらと――普通は「魔術師と詩人」ではなく「占い師と芸人」と言われるが――口にした。魔術師は首を振る。
「疑うんじゃないさ、ただ、もう……嫌なのかと」
「僕が避けたいのはオルエンとその影響で、厄介ごとじゃないんだよ。ティルドとユファスの道に祝福がありますように」
彼は真剣に幸運神の印を切った。エイルも倣う。幸運ならば彼だってほしいところであるが。
「首飾りに関して言えば、ヴェルにとって発祥は僕だろ。その責任は感じる。それから砂漠の商人。何かで『歌を謡う魔物』『風に謡う首飾り』なんて話を聞けば、きっと僕は酔狂にもそれを探る。もちろん、ギーセス少年のことも思い出してタジャスに向かうだろう。つまり、いまかあとかという程度の問題で、それがたまたまいま、運よく君の望みとも合致する訳だ」
以上、と詩人は長い歌物語の終了を知らせるときに使う仕草をした。
「決めたよ、僕はタジャスに行く。何か判ったら知らせたいけれど、エイル、君、何か飼ってないの」
「飼」
突然の言葉にエイルは目をしばたたく。
「うん。僕がオルエンと歩いた懐かしくも刺激的な日々、彼はときどき……」
クラーナは少し、思い出すようにした。
「雀やら鳩やら、そうしたものを僕に寄越した。使い魔、と言うのかな」
それはオルエンにクラーナの居どころを知らせるくらいの役には立ったが、伝言を託せるような賢い、或いは魔力を込められた存在ではなかったと言う。
「賢さなら猫が群を抜くけど馴らすのに厄介だとか。そもそも猫じゃ砂漠は横断できないし、〈塔〉の爺様の魔法に託す訳にも……いや、猫なら平気かな。魔力には強いことだし」
話がずれた、と詩人は手を振る。
「だから、何かそういうものを飼ってないのかなって」
言われたエイルの脳裏にはサラニタの姿が浮かぶ。
「ああ、まあ、いるようないないような。上手く使えるとは、思わないんだけどさ」
顔をしかめるエイルをクラーナは面白そうに見た。
「僕にもそういうのがいれば、話は簡単なんだろうけれど。よし、何か考えるよ」
「何かって、何だよ」
「そうだねえ、魔術師協会が現実的かな。こちらから伝えたいことができれば、アーレイド協会のエイル術師に伝言を託せばいい訳だ」
魔術師扱いに――事実だが――エイルは嫌そうな顔をし、クラーナは笑った。
「さて」
吟遊詩人は立ち上がった。決定、ということだ。エイルに異論は許さないつもりである。
「だいぶ時間がかかったようだね。ガルが苛ついてるといけない。僕は行くよ」
クラーナは肩をすくめた。
「先に行くなんて言ってたけど、何のことない。門の外で待ってると思うね」
その言葉をエイルは、へえ、と思いながら聞いた。
クラーナはかの戦士と旅を続けるつもりでいるようだが、向こうもそう思っていることを疑っていないようだ。
「彼は、いい歌を作らせてくれそうなんだ。そう思って僕は一緒にいる。向こうは、最初は戸惑ったけど、何故だか僕に神秘性を見てね」
エイルの視線に気づいた吟遊詩人は言った。
「予言みたいなものを欲しがったり……かと言って占いに頼るという性格でもないし、そうだなあ、お守りみたいに思ってるのかも」
クラーナは肩をすくめ、エイルも同様にした。この吟遊詩人はなかなかに特殊であるから、そこに何かを見るのならば戦士の目は鋭いのだろう。クラーナとしてはそれはお断りなのかもしれないが、この場合、それを決めるのはガルであってクラーナではない。
「君やシーヴの旅路も波瀾万丈だけど、ちょっと特殊だろ」
クラーナに対して思っていた「特殊」という単語を返されてエイルは苦笑した。
「それに比べるとガルは見事に、絵に描いたような……いや、歌に似合うような『冒険物語』が守備範囲でね」
勉強になるんだ、などと吟遊詩人は笑った。
「僕は彼と行って首飾りについて調べてくるよ。君はシーヴを追って、商人の話だね。こうすれば少しは楽になるだろ」
「だといいけどな」
エイルは曖昧に言った。
「ま、そう簡単にはいかないかもね。くれぐれもオルエンの動向には気をつけるように」
ぴしっと言うとクラーナはエイルに背を向け、エイルは慌てて、その後ろ姿に礼を言った。




