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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第3章

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04 その抵抗は無駄じゃない

 話を終えると、ピラータの町は朝のざわめきを見せ出していた。

 クラーナは途中で口を差し挟むことを避けるようにじっと聞いていたが、ついに口を開いた。

「個人的に気になるのは、やはりオルエンが発端だということかな」

「他意はない、と爺さんは言ったけど」

「かもしれない。それにしたって『彼の持ち込む話には影響力がある』証明にも、なる。それとも、そういう何かを感じ取って君に探らせたのかもしれないけれど」

「『もし俺が首飾りを手にしなかったら』何が起きたかは語られたよ」

 〈砂漠の民〉の間に起きたかもしれない争い、それに首を突っ込んだかもしれないシーヴ、そうなればエイルは関わっただろうという指摘。その話をするとクラーナは、成程ね、と言った。

「予言はしない、と彼は言うけど、似たようなものだ。予見と言われる力を持っていなくても魔術師には見えるものがある」

 君は?――とでも言うようにクラーナは首を傾げ、エイルは肩をすくめた。

「幸いにして、俺は未来なんて見えたことないよ」

「そりゃ、いい」

 見ない方がいい、とクラーナは言った。

「僕はかつて、オルエンの力を女神様に『複写』された。操れないものがほとんどだったけれど、時折ふっと見えるものはあって……けっこうしんどいもんだったよ」

 そう言ってからクラーナは苦笑した。

「僕がオルエンを避けるのは、そのためもあってさ」

「そのため?」

「あれだけの力を思うままに駆使している。まかり間違って彼を尊敬(・・)なんてしたくないもの」

 今度はエイルが苦笑した。

「それと、僕を探そうと思った君がシーヴの件に巻き込まれていることも気になる。それとも、君が彼を(・・・・)巻き込んで(・・・・・)いること」

「巻き込んだ覚えは、ない」

「そう?」

 エイルの控えめな抗議に、クラーナは平然と言った。

君が王子(・・・・)様を町から抜(・・・・・・)け出させた(・・・・・)んだろう? 君がいなければ、彼はいまごろレギスになんか向かってないよ」

「それを言われると痛い」

 エイルは謝罪の仕草を――遠くランティムで夫の身を案じているであろうレ=ザラと主の業務放棄に怒りただならぬであろうヴォイドに向けて――した。

「どうせ彼に押し切られたんだろ、っていうのは判ってるよ。君を責めるつもりはない。だいたい僕は彼に何の責任もないし」

 クラーナは気軽に言ってみせた。

「では僕から提案をひとつ」

 吟遊詩人は咳払いをした。

「呪いを解く方法を探すのなら、オルエンの口車に乗る前にやることがあると思う」

「何をしたらいい?」

 エイルは身を乗り出した。

「呪いのもとを探るべきだ。つまり、何故〈風謡いの首飾り〉がそのような呪いを受けるに至ったか。呪いを解くにしても、鍵はそこにあると思うね。タジャスに行ってご覧、エイル」

 青年はうなった。それは、考えなかった。

 だが、考えてみればクラーナの言う通りだ。エイルは所有欲を刺激するあの呪いを身に受けたことで「どのような呪いであるか知っている」と思っていたが、そうではない。何故呪われたか。誰が、何のために呪ったのか。解くならば、それを調べるべきだ。

 オルエンは、呪いをかけた者の霊がタジャスをさまよっているかも、などとは言ったが、呪いを受けた理由について考えろとは言ってこなかった。だがそれはエイルが尋ねなかったからだとか、それくらい考えつくと思ったとか何とか、言いそうである。

「レギス。タジャス。俺はひとりなんだけどなあ」

 彼は乾いた笑いを浮かべた。皮肉が混じるものではなかったが、ではそこにあるのは疲労か諦感といったところだろうか?

「僕が手伝ってあげられればいいんだけど」

 クラーナは気の毒そうに「後輩」を見た。

「シーヴに関わるのもムール兄弟同様、あまりいいことじゃない。かと言ってギーセス男爵に『お久しぶりです』とやる訳にも」

「知ってるのか?……ああ、紹介者(・・・)だったな」

そう(アレイス)。あの町を訪れたのは、そうだなあ、かれこれ三十年以上前に……」

「成程」

 エイルは曖昧な表情でうなずいた。二十代の半ばほどに見えるクラーナが、三十年以上前の知人を訪ねればどうなるか。この場合、「知り合いなら話が早い」ということにはならない訳である。

「ま、どうにかなるさ。助言もらえただけで充分だよ」

「策を弄するなら、ギーセス閣下には『クラーナの息子のリーンです』と名乗ることならできるけれど」

 考えるようにクラーナには言った。エイルは口の端を上げて手を振る。

「いいって、巻き込(・・・)まない(・・・)よ」

 そう言うとクラーナは苦笑した。

「レギス。タジャス。ああ」

 青年魔術師はまた言って嘆息した。

「協力してくれるなら、オルエンを呪う方法を一緒に考えてくれないか」

 どれだけ呪ったところで効果はなさそうだが。

「それは楽しそうだけれど」

 クラーナは笑った。

「君は選ばないとね、エイル」

 選ぶ(・・)

「嫌なこと、言ってくれるな」

「本当のことだもの」

 顔をしかめた魔術師に、吟遊詩人は肩をすくめた。

「君はどちらを選ぶ? レギス。タジャス。商人を追ったシーヴ。首飾りの呪いを解くことは、ティルドとユファスに関わるかな。君はいま、〈変異〉のときのように表舞台にはいない。けれど、君の選択が彼らの運命を変えるよ」

「……おい」

「本当なんだもの。意地悪やほのめかしじゃない。僕はね、シーヴには君が必要だと思う。あの王子様は馬鹿じゃないけど、妙案だと思えばすぐに突っ走るだろう。計画の穴をちゃんと指摘してやれる相棒が必要だよ」

「判ってる」

「同時に、首飾りの担い手になった君。エディスンの風具。ヴェルにティルド、ユファス。君と首飾りの去就は、大きな問題となる」

「それは」

 エイルは慎重に言った。

経験値(・・・)から出る言葉なのか、それとも、何か」

「何も見るもんか」

 クラーナはエイルの言葉を先取って否定した。

「ただ、僕はオルエンを多少ばかり知ってる。実際に顔をつき合わせていた年月は君より少ないけれど、それでも彼の力とともにあり、こうは言いたくないけど、彼のことを考えていた年月は長い」

「知ってる」

「彼が見るものをいまも見ることはできないけれど、予測はつく。彼は、彼なりの理屈で均衡を保とうとしているんだろう」

「均衡だって? 何の」

「僕は以前、僕らと君らの運命を狂った歯車だと表現した。君に出会わせるためにシーヴに予言を与え、目覚めた君が混乱しないよう、リック師を紹介した」

「シーヴの方は知らないけど、リック師のことは有難く思ってるよ」

「リック師とはもう一度、話したかったな」

 クラーナは目を閉じて哀悼の印を切った。エイルも同様にする。

「あの日々について言うならば、僕は君たちのふたりともに働きかけた。どちらも行きすぎないように、戻りすぎないように」

「それが均衡?」

「まあね。オルエンの場合は、想像しかできないけれど、近いところはあるんだと思う。君に働きかけすぎることで誰かが、或いはどこかが、何かが、偏ってしまわないように」

「誰とか、どことかってのは」

「知らないよ。想像だもの」

 詩人は肩をすくめた。

「それから、君は」

 クラーナはそこで、エイルの視線を捉えるようにまっすぐ彼をのぞき込む。

「意識的にどこかへ行かないと、ずっとそこに囚われたままになるよ」

「……どういう、意味だよ」

「魔術師とは似て非なる力を持った存在であったとき。ただの少年に戻りたいと願い、それでもその力を操った日々。あのとき、〈魔術都市〉なんてものが関わらなければ、君は運命と闘わなかったんじゃないかと思う」

「いまは俺が逃げてるって言うのか」

「そうは言わない。君は運命なんて真っ平だと大渦に逆らおうとする。本気でね。でも、逆らえないことも知ってる。君は、流される」

「悪かったな」

「非難してるんじゃないよ」

 クラーナは片手を上げた。

「誰だってそうなんだ。渦に翻弄されていることに気づかないままで、暮らしを送る。気づいてしまった者は、けれどそれを受け入れるしかない」

「俺は、受け入れ切れてないってことか? 無駄な抵抗をしてると」

「その抵抗は無駄じゃないって言ってるんだ」

 運命には逆らえない。そう知りながら、足掻く。まるで「往生際が悪い」と自分でもどこかでは思っている。

 だがそれでいいと、詩人は言った。

「君がもし大渦に逆らわないようになったら、なかなかに面倒な魔術師ができあがるんじゃないかなあ。他人への影響なんて考慮せずに、『あるべきこと』をがんがん進めていくような」

「想像しがたいけど、あんまり望ましくなさそうな未来だ」

 エイルは顔をしかめた。

「だから、君が選ばなくちゃいかないんだよ」

 クラーナは微かに笑ったが、その目は真剣なままだ。

「選ぶんだ。レギスか、タジャスか」

「――俺は」

「選べないと言うなら、それもまた選択肢ではあるね。ヒュラクスのように両方を失うかもしれないけれど、そんなこともないかもしれない」

 詩人は〈ヒュラクスの紐〉――大切なふたりの人間が溺れそうになっているときに、手にした一本の紐でどちらを救えばよいか迷った末に結局両方を死なせ、哀しみのあまりその紐で首を吊った男の物語――のことを口にした。

「でも、選ぶんだ。選ばないことも、含めて」

「選ばないことはできない。放ってはおけない」

 エイルはそう言った。

「シーヴのことはもちろん。でもユファスだってティルドだって、エディスンの件だって放っておけない。俺は関わっちまった。ユファスは友人だし、ティルドは、あのとき俺がいたみたいに……真ん中にいる。そんな気がする」

それだよ(レグル)

 クラーナは指を一本、立てた。

「実は、僕も同じように思う。こう言えば君は嫌がるかもしれないけれど、〈変異〉の終わりに君が下した決断は、結果としていまの僕らをこの位置においた」

「んなつもりは、なかった」

「でもそうなんだよ。同じように、ティルドの決めたことが彼らの位置を変える。君はそのティルドの決断を操る、と言うと聞こえが悪いけれど、そのようなこともできる」

「何でだよ」

 エイルは意外に感じて言った。

「俺はあいつに、何の影響力も持ってない。魔術的にはもちろん、実際にも」

「そんなことないよ。君は、運命の波を乗り切った先輩だもの」

「……渦に巻き込まれて翻弄されて流されてるってのが評価だったように思ったけど」

「流されたって、溺れないで泳ぎ切ったら勝ちさ」

 クラーナは判るような判らないようなことを言った。

「選ぶんだ。何もいますぐとは言わない――」

「シーヴだ」

 そこで、エイルは答えた。

「俺はレギスに行く」


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