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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第3章

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03 僕の役割じゃない

「その神官どもに関しては協会(ディル)が動いてる」

 冗談じゃない、とか、お断りだ、という台詞は省略して、エイルはそう告げた。

「どう関係してるのか知らないけど、あいつらにもうこれ以上は関わるなと言って――」

「僕は、駄目」

 クラーナはエイルを遮って片手を上げた。

「僕はもう、彼らの運命には関われない」

「……おいおい」

 エイルは曖昧な笑いを浮かべた。

「以前ならまだしも、いまのあんたはただの一詩人じゃないのか」

「そうありたい、とても」

 詩人は顔をしかめた。

「だから、関わりたくないと言ってるんだ」

 エイルは少し落胆したが、ここでクラーナに頼ろうなどとはお門違いであることは判っていた。

 彼はクラーナに会うなど思ってもいなかったのだ。もし短剣が詩人に渡らなければエイルはここを訪れぬままでシーヴを追っただろう。この再会がなければユファスとティルドの居場所など知らぬままでいたはずだ。

 だが、告げたからには責任を取れなどと言うつもりはなかった。

 この吟遊詩人には、「何の変哲もない日常の暮らし」を手にする権利があるのだ。

「……言っておくけど、面倒ごとは嫌だというような後ろ向きの理由じゃないよ」

 エイルの内によぎったものを見て取ったか、クラーナは片眉を上げて言った。

「それにもちろん、翡翠の女神様が僕にくれてた〈制約〉だってもうない。本当ならば行き会った彼らを手助けすることに異論はない。それどころか、僕にできることがあるのならば助けたい。けれど、駄目だ。これ以上関わると」

 クラーナは言いにくそうにした。

「まるで数年前と同じことを言っていると思われそうだ。でもそうとしか言えない。僕が関われば、彼らの運命を狂わすことになる、とね」

「どうしてなんだ。一詩人、だろ」

 不思議に思ってエイルが問うと、クラーナは顔をしかめる。

「君の師匠(キアン)に聞いてくれ」

「オルエンがどう関わってると思うんだ?」

「さっきも言ったように、直接関わってるとか、何か悪だくみをしているというのではないだろうけれど、彼の影響力は強いんだ」

 クラーナは嘆息した。

「君のように彼と関わる気でいるならばまだしも」

「俺が望んでるんじゃないけど」

「でも拒絶もしてないだろ」

 指摘されれば黙るしかない。

 確かにエイルはオルエンに対し、口では何度も、二度と顔を見せるなとか冥界に帰れとか言っている。だが怒り、憤りはしても、憎悪だとか嫌悪だとかいうものを抱いたことはない。

 もしオルエンが勝手なことを言い出さなくなれば、エイルはたぶん、こともあろうに、心配(・・)するだろう。

「とにかく、全く関わるつもりがなかったり、僕みたいにしっかりはっきりお断りしたところで、いいや、そうすれば却って悪影響を受ける」

()

 エイルは唇を歪めて繰り返した。

「彼の方で僕のことを忘れてくれれば、別だ。でも何とも有難いことに」

 皮肉たっぷりとクラーナは言った。

「彼はたぶん、僕に罪悪感を覚えてる。僕の定めが狂ったのは彼のためということでね。まあ、間違いじゃないけど」

 そう言って詩人は肩をすくめた。

「だいたい、存在からしておかしいんだよ、あの人は」

「まあ、なあ」

 考えようによってはかなり酷い言葉にエイルは苦笑して同意した。

「彼にはね、君の知らない、いいや、僕も知らない秘密がまだまだある。積極的に知りたいとはちっとも思わないけれど、ぼんやりとでもいい、彼が大きなものを抱えていることを知っておかないと――引きずられても、気づかない」

 クラーナは軽く拳を握って、首を振った。

「ともあれ、僕は気づいてなきゃいけなかった。ガルの背景を面白がってくっついてくのは、ガルのためにやめた方がいいのかも……しれないな」

「クラーナ?」

 その様子はいつになく頼りなさそうで、エイルは思わず声をかけた。

「ええと、俺が言うのもあれだけどさ。気にするこた、ないんじゃないか。クラーナが関わって何かが変わるんなら、それも運命ってやつなんじゃないの」

 青年がそう言うと詩人は笑った。

「まるで以前の僕が言いそうなことだ、エイル。そうだね、あの爺さんを気にして僕が行動を変えることはないか」

「そう、そう」

 彼は大いにうなずいた。

「でも、ムール兄弟には関わらないよ」

 クラーナは少し寂しそうに言った。

「彼らの運命はね、もう充分すぎるほどねじれ合って絡まってるんだ。エイル、君もそのなかに含まれるらしい。僕はこのまま……」

 詩人は首を振って、言い直すようにした。

「つい、考えてしまうんだ。この流れのなかで僕の役割は何なのだろうとね」

「役割って、別に……ここに、俺たちの女神様みたいなのはいないだろ」

「うん、いないね。まあこれは、六十年間の放浪で身についた性癖なのかもしれないな。不可思議な運命を読み解き、あるべき流れに戻そうとする」

「あるべき流れ」

 エイルはまた繰り返した。

「いまは、そうじゃないと?」

「さあね。判らないよ。それこそ、女神様の使者じゃないんだから」

 あのときだって判らないことだらけだったけど、と詩人は苦笑した。

「彼らの運命はとてもねじれていると思う。けれど、ねじれているのが正しい形なのかもしれない。そうではなく、やはりねじれを解くのが正しいことだとしても、それは僕の役割じゃない」

 詩人はじっとエイルを見た。エイルはこめかみのあたりをかく。

「あのさ」

 彼は言いたくないように言葉を切ったが、黙っていても仕方がないとばかりに続けた。

俺の役割(・・・・)だとか……言わないよな」

 クラーナは吹き出した。

「参ったね、エイル、君には!」

「何がだよ?」

 いったい何に笑われたのかと皆目見当がつかず、エイルは問うた。

「オルエンはたぶん、君に口を酸っぱくして言ってるはずだよ、言霊の力には気をつけろとね」

「おい」

 エイルは顔が引き攣るのを感じた。

「いまの一言で俺の役割だと決まったとか、言うなよ」

 頼むから、とつけ加えた。

「幸か不幸か、それを決めるのは僕じゃない。ただ、もう少し気をつけた方がいいよ。言霊の、それとも〈名なき運命の女神〉の悪戯好きはオルエンの比じゃないかもしれないから」

「悪戯好き、ね」

 本気だか冗談だか判らないようなことを言うクラーナにエイルは乾いた笑いを浮かべた。

「ただ、繰り返しになるけど、僕はやらない。面白そうだとガルにくっついてるのは僕の意思だけれど、ユファスとティルドに関しては違う。定めを歪めたくないと思う、これはもう僕の習性だね」

 詩人は静かに言った。

「〈風読みの冠〉に〈風謡いの首飾り〉。その伝承なんか知らないのに、僕はヴェルをタジャスへ(いざな)い、ガルとムール兄弟を会わせた。もう十二分だよ。僕の役割はここまでにしたいところだ」

 そう言うとクラーナはエイルを見た。

「君の役割は何だろうね、エイル」

「ユファスとティルド、それにエディスンの王子が風具とかの探し手で、クラーナ、あんたがまたも〈道標〉だとすれば」

 その言い方にクラーナは顔をしかめたが、青年は気にせず続けた。

「俺はどうやら運び手ってとこかな」

「……君が首飾りを持っているの」

お見事(アレイス)

 エイルは手を叩いた。

「以前にはあんたがいろいろ言えるのはいろいろ知ってたからだと思ったけど、そういう訳でもないんだな」

 鋭い、とエイルは言った。

「だから魔術師呼ばわりされるんだけど」

 七十年ほど旅暮らしをすれば誰だって判るようになるさ、などと詩人は言い、それはなかなか「誰だって」できることではないだろうとエイルは思った。

「僕が先に話してしまったけど、今度こそ君の番だ。どうぞ」

「複雑怪奇さでは上を行くかもしれないぜ」

 そう言ってからエイルは、砂漠の魔物にはじまった首飾りの話をはじめた。


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