02 絡まり合う図柄の一片
「確か、エディスンの王子殿下がそこを訪れたって話だ。ゼレット様がそこで出会ったって。タジャスの男爵がゼレット様の親友というか悪友というかでさ」
「へえ、それはまた面白い偶然ときたもんだ」
クラーナは少し皮肉めいた口調で言った。
「ゼレット閣下か。懐かしい名前を聞くね」
言いながら吟遊詩人は目を細めた。
「怪我をされたと聞いたけれど、もういいんだろう?」
「すっかりもと通り、いや、療養中だって同じ様子だったね。もちろんいまも相変わらずさ」
エイルは顔をしかめ、クラーナは笑う。
「……待てよ。さっき、ヴェルって言ったか?」
ふと青年は思い出した。
「確か、エディスンの王子殿下の名前って」
「そう。ヴェルフレスト殿下と仰る。僕の出会った若者は王子様だったって訳」
しかも三番目の、と言ってクラーナは肩をすくめた。
「さっきのガルなんかは〈吟遊詩人の人脈は下手な王様よりも上〉だと言ってからかうんだけど、砂漠の王子様にしても北海の王子様にしても、第三王子ふたりとは。微妙な人脈だね」
「それじゃ、その殿下はあんたの話を聞いてタジャスを訪れたのか。そこで〈風謡いの首飾り〉の話を聞いて、男爵を訪れてたゼレット様は俺の話とつき合わせてエディスンに報せた……のか」
「報せた? 何を?」
当然の問いにエイルは頭をかいた。
「あとで話す。そっちの続きは」
そのあとしばらく旅を続けていたら、フラスでやはり〈風謡いの首飾り〉について尋ねられた。クラーナはそう話した。
「フラスには二年前の旅の途中でも訪れたから『クラーナ』と名乗ってたんだけど」
「名前、変えてるのか?」
「十年とか二十年とか、或いはそれ以上前に訪れた詩人と顔も名前も同じじゃ、不自然だろ。大きな街ならともかく、小さな村なんかじゃ覚えられてることも有り得るからね。でも名前が違えば、似ているかな、で済む。そんな事情で、たとえばガルの前じゃ僕は『リーン』だよ」
クラーナは肩をすくめる。
「成程」
エイルはうなずいた。思いもよらぬ苦労があるようだ。
「ただ『クラーナ』の名のおかげで、首飾りについて尋ねてきた男がユファスという君の友人だったと判った訳」
「確かに、あんたなら何か知ってるかもしれないと助言をしたけど、まさか本当に会うとは思ってなかったよ」
「そうだろうね。普通は」
クラーナは苦々しく言ってから続けた。
ガルがユファスに奇妙なものを感じると言いだした。彼なりの感覚で見、話を聞けば、ふたりの男の間にひとりの魔女がいる。
「魔女」
「魔術を使う女性に対する偏見で言ってるんじゃないよ。本当に危険な技を使うのさ」
「そんなもんとユファスがどう関わるって?」
気のいい友人が「魔女」などとされる存在と関係がある――この場合、「関係がある」に深い意味は、ない――というのは考えづらかった。
「ちょっかい出されてんのか。……魔除け渡してよかったな」
「……効かなかったんじゃないの」
「何だって?」
「いや、いまのは余計なお喋り。僕が言う話じゃない。機会があったら、ユファス当人に聞いたらいいよ。答えるかは、判らないけど」
クラーナは沈黙を表す仕草をし、エイルはほのめかされたことからちょっとばかり想像をしてみたが、あまり楽しくない想像だったので突き詰めることをやめておいた。
「ともあれ問題の彼女は、ユファスの弟くん……それが以前に会ったティルド少年だったというのはまた驚きだったけど、まあ、ある意味では驚くにも当たらない。驚くべきというか、危惧すべきなのは」
何がどう「ある意味では当たらない」なのか、エイルは聞き損なった。続く言葉に息を呑んだからである。
「彼女は、ティルドが是が非でも追う仇であったということだね」
「……俺はその話、知ってるぞ」
エイルは呟いた。
「アーレイドで起きたことに関わるんだ。俺はそのあとでユファスとティルドの旅立ちを見送った」
「ほら」
クラーナは言った。エイルは眉をひそめる。
「何だよ」
「君もはめ絵の一片だと、言ったろ」
「楽しか、ないな」
エイルは厄除けの仕草をしたが、クラーナは笑って、もう遅いよ、と言った。
「厄除けってのは、厄をかぶる前にやらないとね」
言われた青年は呪いの言葉に替えた。
「僕はフラスからガルとユファスと一緒にやってきたんだけど、この町にくる直前でシーヴとすれ違った」
短剣と、レギス行きの伝言を受け取ったよ、とクラーナ。エイルは皮肉めいた笑みを浮かべて返された短剣をもてあそんだ。
「あの野郎。勝手な真似しやがって」
「いつものことだろ」
クラーナは軽くいなした。
「ティルドは悪い神官の口車に乗ってお兄さんと離れてたみたいだけど、めでたくここで合流。まあ、彼は彼でいろいろあったみたいだけど」
「悪い、神官?」
それは矛盾した言い様だったが、それを指摘するつもりはない。繰り返したのは、嫌な感覚を覚えたためだ。
「そう。世の中には、名前を言いたくない忌まわしい神様も……どうしたの、大丈夫かい?」
エイルは、先ほどクラーナがしたのと同じように、肩を落としてから天を仰いだ。
「獄界神!? まさかあいつら、業火を崇めるのと思いっきりことかまえてるんじゃないだろうな」
アーレイドのスライ導師が言っていた。業火の神官は、エディスンに属する冠を奪った、と。友人兄弟はその冠を探しているのだ。案じたことは確かだが、協会が動くと言うから安心していたのに――。
「どうして知ってる……ああ」
クラーナは驚いたように言ってから皮肉めいた笑いを浮かべた。
「僕がさっきから言ってるんだったね。君は絡まり合う図柄の一片を担うんだと」
エイルは再び天を仰いだ。




