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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第3章

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01 これは偶然かな?

 長くなるならば好きにやっていろ、と言ったのは戦士(キエス)ガルだった。エイルはそこに、この場に留まりたくないという意味合いを聞き取った。

 何もエイルがどうのと言うのではなく、この場、この話、或いはこの町から離れたがっていることが感じられた。

 クラーナは少し躊躇ったあとで、すぐに追いつくと言い、戦士を先に行かせた。

「彼が、あれか?」

 その後ろ姿を見送るようにしながらエイルは言った。

「……どれ?」

 クラーナは首を傾げる。

「ほら例の。女吟遊詩人を追って大砂漠(ロン・ディバルン)にまで足を踏み入れたって言う」

「どうして君がその話を知って……ああ、シーヴか」

 クラーナは顔をしかめた。

「幸いにして、違う。ランドヴァルンはとうに故郷に帰ってるよ、いまごろは次の恋を見つけてるんじゃないかな」

「次の、ねえ」

 エイルはにやにやした。

「大した情熱だったよなあ」

「少しばかり悪いとは思うけれど、目を覚ましてもらわなきゃ仕方ないだろ。彼女(・・)はもういないんだし」

「まあ、そうかもしれないけど」

 エイルはまだ笑ったままで言った。

「優しくしてやればいいだろうに。ちょっと可哀相じゃないか」

「あのね」

 クラーナはエイルをじろりと睨む。

「僕が、ゼレット閣下に対する君の態度についてそう言ったら君はどう思うの」

「……俺が悪かった」

 エイルは笑いを納め、素直に言った。敬意や友情という類の親愛を抱いている相手から、いわゆるロウィルの関係を望まれる類の愛情を向けられるのは、嫌っている相手からそうされるよりも困りものだ。

「ガルはガルで、不思議な運命を持っているんだ」

 クラーナは戦士の去った方を眺め、そんなことを言った。

「不幸な出来事がなければ、こんなふうに吟遊詩人(フィエテ)なんかとのんびり旅をしている戦士じゃないよ。僕や君が体験したのとはまた異なる、『物語のような』世界に生きてる。もっとも、彼の物語はいまでも平凡なものじゃないけれどね」

 詩人はそんな言い方をすると肩をすくめ、ガルの話を打ち切った。

「それでエイル。君の物語は?」

 立ち話もどうかと――と言ってもゆっくりできるような食事処が開くにはまだ早く、彼らは道の脇に備え付けられている長椅子に腰をかけて話をした。昼間は子供や老人が休憩に、夜は恋人たちが逢い引きに使うような類で、ふたりの余所者が奇妙な話をするのに適した場所とは言えなかったが、道の真ん中でよりはましだろう。

「物語、ねえ」

 青年は唇を歪めた。

「とりあえず訊いてみたかったのは〈風読みの冠〉のこと……って、おい、クラーナ?」

 クラーナががっくりと肩を落とすので、エイルは驚いて詩人の名を呼んだ。

「どうして誰も彼も、僕にそのことを聞くんだ?」

 ばっと顔を上げるとクラーナはそんなことを言う。

「誰も彼も?」

「次は〈風謡いの首飾り〉とくるんじゃないだろうね」

 ずばりと言われた青年は目を白黒させた。

「な、何で」

「僕が訊きたいよ」

 クラーナは今度は天を仰ぐ。

「いいや、訊かなくても判ってるな。あのクソ爺の仕業に決まってる。だいたい、おかしいんだ。奇妙な偶然が多すぎる。ヴェルのことはともかく、ユファスにティルドに」

「何だって? あいつらに会ったのか!?」

 目を見開いてエイルが言えば、クラーナは苦い顔をする。

「会ったよ。だからおかしいって言ってるのさ。加えてシーヴに、君だろう。〈三度までは導き手の悪戯〉と言うけれど、これは絶対に、おかしい」

「待ってくれよ」

 考えを整理するはずが、エイルは混乱しそうになった。

「オルエンが? 何か企んでるって?」

「企みがあるかどうかはともかく、少なくとも状況を面白がってるよ」

「それは……間違いないけど」

 白金髪の魔術師は〈風読みの冠〉については知らないと言った。嘘ではないと思う。と言うのも、教えたくないのであれば「知っているが教えてやらん」とくるだろうからだ。

「ああ、そうだ。うっかり言い忘れないうちに言っておこうか、エイル。君の友人兄弟はこの町にいるよ」

「……はっ?」

 エイルは口をぽかんと開け、いったい何度クラーナに驚かされているだろうかと考えた。

「複雑怪奇極まりない話がある。たぶん、君もこのおかしなはめ絵(・・・)の一片を持ってるんじゃないかと思うね」


 クラーナが語るところでは、レギスの街でティルドと言う名の少年に出会ったのだと言うことだった。

「涙石と呼ばれる宝玉の伝説があるんだ。その宝玉の名前が、ティルド。その素敵な名前と、どこか君を思い出させる雰囲気に、僕は彼の旅路が無事であるように祈ったよ」

「俺を思い出させるだって?」

 エイルは顔をしかめた。ティルド少年はよく言えばまっすぐ、悪く言えばどうにも単純な気質があるようで、即断即決と言えば聞こえがいいが、道がひとつ見えればそれ以外は目に入らない傾向があるように思えた。エイルは、自分では慎重だと思っているのだが――。

あの年の(・・・・)、とつけ加えようか?」

「……あの年の俺は、ちょっと取り乱してたからな」

 いろいろと、あったのである。

「レギスって言ったか?」

 エイルは話を戻した。クラーナはうなずく。

「そう。シーヴが向かっているところ。これは偶然かな?」

 そのときは少し話をしただけで少年とは分かれた、とクラーナは言った。それから彼はたまたま出会ったガルという戦士と旅をすることになり、これまでと同じように様々な町で様々な歌を歌っていたところ、〈風謡いの首飾り〉の歌について見知らぬ若者に尋ねられた。

「何の歌だって?」

 驚いてエイルは聞き返す。クラーナは首を振った。

「君の言う首飾りとは関係ないよ。名前は借りたけど、中身は僕の創作だから」

「借りたって、どこから」

「それを話すよ」

 ヴェルという名の若者は〈風謡いの首飾り〉に興味を持ったようで、クラーナは若者に協力することにした。つまり、詩人がその歌の話を聞かせてもらった貴族を紹介したのだ。

「どこの貴族だよ」

「知ってるかな、タジャスって」

「……聞いたことあるぞ」

 エイルは呟くように言った。


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