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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第2章

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08 覚悟はできてるの

「お前はねえ、少し前までそういう心配が要らない子だったのに、城勤めするようになってから妙なところで真面目になっちゃって。騎士の旦那(セル・コーレス)の影響かね?」

「ファドック様には確かに影響受けてるかもしれないけどな、俺だって考えるところはあるさ」

「考えて、レイジュちゃん(セラ・レイジュ)に振られたんだものね」

「……どうして知ってんだよ」

 母には何を言われるかと思ってレイジュの話はしていない。別れたことはもちろん、王女の侍女とつき合っているなどという話もしなかったのに。

「ザックから聞いたよ」

「なっ、何であいつが知ってんだよ」

 町憲兵(レドキア)をやっている友人の名を出されて、エイルは目をしばたたいた。城下ではいちばん親しい友人と言えるし、レイジュの話をしたこともあるが、別れた話はまだだ。

「何だっけ? 近衛隊の副隊長から聞いたんじゃないの。女の子巡って喧嘩してから仲良くなったとか言ってたじゃないか」

「……イージェンの野郎」

「そうそうイージェン。あの子もなかなか悪くないね。あたしとしてはファドック隊長のが好みだけれど」

 アニーナと、かつてエイルが暮らしていたこの南区はありていに言って貧乏人の住むところで、王女様の騎士が足を踏み入れるような場所ではない。だが、以前にエイルがやむを得ぬ事情で街を離れたとき、ファドックは彼と彼の母を気遣ってよくここに顔を出したと言う。

 アニーナは四十を越したが、二十歳以上の息子がいると言えばおそらく驚かれるだろう。籠編みなど地味な仕事をしている割には色気でもあるのか、いまだに男に声をかけられるだけの魅力があるらしい。息子にはよく判らないが。

 と言っても、アニーナがファドックにどうこう言うのは、決して本気ではない。いや、ある意味では本気かもしれないが、彼女は息子が生まれる前に死んだ夫ヴァンタンをいまでも愛していて、再婚はおろか、恋を楽しむこともしないようだった。

「それで? 本当にお前の子じゃないのかい」

 アニーナはじとんと息子を見た。

「断じて。違う。誓ってもいい」

「それじゃどうして神殿に連れて行かないの」

「それは」

 魔物だから、とは言えない。アニーナは厳しくエイルを見た。

「いいかい、エイル。世話するつもりなら、血の繋がりがなくたって、自分の子として成人まで育てる覚悟が要るよ。ちょっと可愛いからって少し世話して、飽きたとか、やっぱり大変だったからなんて投げ出すつもりなら、最初っから手を出すべきじゃない」

 拙い展開だ、と息子は思った。

 正直なところ、サラニタが普通の人間の子供としてごまかせるくらいに――町なかでひとりでいて、たとえば「お母さんはどうしたの」と訊かれたら「買い物をしている」とか何とか適当な答えができるくらいに、会話というものを覚えてくれたら助かると思っていた。

 もちろんいつまでも母に世話させられないから、「よい神父を見つけたから預けることにした」とか言い訳をすれば問題ないだろうと思っていたのに、これは怪しい雲行きである。

「どうなんだい、息子や。覚悟はできてるの」

「ええと」

 こう続けて「覚悟」を求められるとは思っていなかった。オルエンには「命を賭ける覚悟」について考えさせられ、アニーナからは義理のであろうと「父親になる覚悟」ときた!

「それは、その」

「――必要な(ラル)は出してもらうよ」

「……は?」

 突然の言葉に息子は目をしばたたいた。

「悩むくらいなら、お前は真剣さ。そこまでやるつもりはないだとか、逆に、覚悟はできてるなんて即答でも、殴ってやろうと思ったけれどね」

 アニーナは右肩をすくめる。

「可愛い子じゃないか。お前にも二十年前はこんなに可愛かったのに」

のに(・・)

 皮肉をこめて息子が繰り返せば、いまじゃすっかり可愛げがないね、と最後まで言われた。

「神殿に捨てといでなんて言えないよ。ほらほら、おいで。名前は?」

「サラニタ」

「ふうん、悪くないね。誰がつけたのかい?」

「俺」

「ふうん?」

「……隠し子じゃないぞ」

 アニーナが疑わしそうな視線を送ってくるものだから、エイルは繰り返し主張した。

「いつか本当のことをお話しよ」

「本当だってば」

 うんざりしてエイルは言った。

「隠したけりゃ、わざわざ母さんのところにつれてくるもんか」

「まあ、そうかもね」

 アニーナは笑った。

「とにかく、あたしは自分を食わせるのに精一杯だからね、この子の服や食べ物なんかを手に入れようとしたら」

「判ってる、金ならおいとくから好きに使ってよ」

 この母は「息子の稼ぎにたかる気はない」と言って、エイルがいくら金を渡そうとしても受け取らない。これは、意地っ張り(カンドロール)の母親に金銭的な孝行ができる珍しい機会だ。

「はいはい、サラニタちゃん(セラ・サラニタ)、アニーナ小母さんのところにおいで。それとも」

 アニーナはにっこりと笑った。

「息子の子供なら、お婆さんかな?」

 それがエイルをいじめるための発言であることは明らかで、青年はこれ以上は何を言ってもからかわれるだけだと、沈黙をした。


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