07 私に隠してるね
アーレイドの街並みならばよく知っていると思っていたのだけれど、これまで世話になったことがない、世話になることがあるなど思っていなかった類の店舗を見つけるのは予想外に手間取り、ようやく見つけてみれば価格の高さに仰天をした。
間違って高級な店に入ってしまったのかとも考えて数軒ほど巡ったが、どうやら相場らしい。予定より出費だったが背に腹は変えられないというものだ。
エイルは物陰に入ると口笛を吹いた。灰色の小鳥が飛んでくる。
まるで魔術師とその使い魔だ。
いや、間違いなくその通りなのだが、エイルとしては嘆息してしまう。
「これ」
エイルはしゃがみこむと、肩にとまった小鳥を地面に下ろし、持っていた紙袋をがさがさと開いた。
「たぶん、合うと思うけど」
どうして子供服というのはこんなに高いのだろうか、と思いながらエイルは小さな布きれを取り出した。彼が普段、身につけているものの倍以上の値段である。
小鳥はそれを見て取ると首を傾げた。それが彼の許可を求めているのだと気づいたエイルは、念のために周囲をよく見回して、うなずく。
すると小鳥は子供となり、エイルの意図を知って彼女の衣服に手を伸ばした。服の着方なんぞを教えなくて済むのは助かる、とエイルは思ったが、サラニタの手つきがたどたどしいので少しばかり手伝った。
「ちょっとでかかったかな。でもまあ、お前はすぐに大きくなるんだろ」
少しばかり見なかった間に、一歳近く成長したように見えるのである。この一日で目に見えて大きくなると言うようなことは――幸いにして――ないようで、もしかしたら何かきっかけがあってぱっと成長するのかもしれない。何しろ、魔物なのだ。
「魔物なんだよなあ……」
自分の考えに、エイルはあらためて迷った。
「お前、本当に俺の言うこと聞くか?」
主の問いに、サラニタはむっとした顔をしてうなずいた。
「いいか。俺がいない間は、これから会わせる人の言うことをよく聞くんだぞ。それに、間違っても怪我なんかさせるなよ。俺に後悔させないでくれ」
サラニタは考えるようにしてから、力強くうなずいた。任せろ、と言うところであろう。
「んじゃ、行くか。ほら」
エイルが手を差し出すと、サラニタはきゅっとそれを握った。どう見ても親子である。エイルは深々と嘆息した。誰かに見られたら、たいへんな誤解を受けるに決まっている。なるべく裏道を通ろう、と考えながら彼は慣れた街を歩いた。
「おや」
その声に込められたものは判定しづらかった。
「いつの間に子供なんて作ったんだい」
開口一番はそれである。そうであろう。判っていた。絶対に、そう言われると思っていたのだ。
「俺の子じゃない」
まず、エイルはそう言った。アニーナは、ふん、と笑う。
「それじゃ、悪い女に引っかかって押しつけられたのかい? 情けないね、引き受けたんなら身に覚えはあったってことだ。つまりあんたは二股をかけられてたってことだね。ああ、情けない。これがあたしとヴァンタンの息子かい」
「勝手に話を作るなっ」
それからエイルは、この子は捨て子である、何故か自分になつくので世話をしている、自分は留守にしなければならないことも多いからひとりにしておくのは心配だ、こちらの言葉は理解するのにほとんど喋らないので気になっている、とほぼ真実を母親に語った。
「母さんなら面倒を見てくれんじゃないかと思ってさ」
そう言うと母はじっとエイルを見て、ため息をついた。
「情けない」
出てくるのはまたもそれである。
「世話ができないなら神殿にでも連れていくのが人の道ってもんだろう。母親のところに連れてくるなんて」
アニーナはきっと息子を睨んだ。
「私に隠してるね」
「な、何を」
確かに隠している。人間のではなく魔物の子供だという――重要な――ことを。
サラニタを喋らせるなら人間の姿にさせた方が早く修得する、というのがオルエンの言だ。声の発し方を学ぶと言う。
鳥ならまだしも赤子を連れ歩く訳にはいかないと思ったエイルが考えたのが母に託すことだ。だが、だがいくら彼の言葉に従うようでも魔物を母の隣においておくとの案はよいものではないように思え、口にしてからすぐ否定した。
しかしオルエンはそれをよい考えだと言い、サラニタが他者を傷つける類の攻撃的な能力を持っていないことを保証した。万一にもサラニタのせいでアニーナが害されるようなことがあればエイルの奴隷になってやるとまで言った。
あの老魔術師は、物事をやたらと大げさに言ったり、逆に、とても大変なことをさらりと気軽に言う悪いひねくれ癖がある。
ただ、エイルは知っていた。
オルエンは、危険があるときにそれをないとは決して言わない。
だから彼は、躊躇いはあったものの、結局はこうして母のところにサラニタを預けようとやってきたのである。
アニーナは勘のよいところがあるが、まさか人間の子供にしか見えないサラニタを人外と思うはずはない。だが「母親」というやつは、ほかの人種には理解できぬ感性と、ときには魔術師もかくやと言う鋭さを発揮するとか――。
「やっぱりお前の子供なんだろう」
エイルはがっくりと力が抜けた。
「違うって言ってんだろ!」
顔を上げると彼は叫んだ。
「俺は、ガキができたりしたらちゃんと恋人を連れて母さんに報告するよ。息子を信じろ、馬鹿母」
「判らないだろ、そんなの。あんたが真面目なつき合いのつもりでも女の方ではそうじゃないとか、父親が誰とも知れない子供をお前の子だと言って押し付けるようなことだってあるかもしれないじゃないか」
「あのな」




