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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第2章

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06 覚悟があるのかどうか

精霊師(ケルエト)の話をしたのを覚えているか」

 言われたエイルは記憶を掘り起こすように目線を上に向けた。

「ええと、魔術師(リート)に似た力を持つけど、違う存在。アーレイドで火の技を使った魔術師がそれかもしれない、って言ってたよな。有り得るけど違うだろう、だったっけ」

「その話だ」

 オルエンはうなずいた。

「あと、協会の導師によると、業火の神官のなかに精霊師がいるかもしれないって」

「ほう?」

「そのために協会が関わるんだってさ」

 ぴんとこない話でもあったが、オルエンなら判るのだろうとエイルはそのまま伝えた。

「成程。業火神(オブローン)の奇跡を顕現してみせるのに(アイ・アラス)の精霊師を使っているのであれば、単純だが効果的だな」

「そんなん、詐欺じゃねえのか」

 思わずエイルは言ったが、獄界神官に真っ当な布教活動を望む方が間違っているのかもしれない、などとも思った。

「精霊師の力は魔力に似ているが異なる。この首飾りを作った者は、精霊師だ」

「何だって?」

(アイ・アラス)ウユ・ルーイル・スーンハルス・ルーの四大上位精霊。一般的には自然神とも言われるな。ごく稀に、それらの祝福を受けて生まれる子供がいる。それが」

「精霊師」

そうだ(アレイス)

 オルエンはまたも講義口調になった。

「太古には精霊師と言えば御巫も同然で、八大神殿が基盤を築く以前はいまで言う神官(アスファ)がやるようなこともしていたし、時には王のような存在でもあった。さすがにその頃のことは私も直接は知らんが」

 エイルは安心した。オルエンが有史以前から生きているなどと言い出さなかったことに。

「この道具は、太古からとは言わないが、どれくらい昔のものか判定できそうもない。だが作られたばかりのようにきれいで、傷ひとつない。熱砂の地で長々とルファードの胸元を飾っていたとは思えぬ」

「嘘じゃないからな」

「お前がそのような面白い嘘をつくのなら、面白いが」

「言ってろよ」

 エイルはじろりとオルエンを見た。

「傷ひとつないって? 確かに傷じゃないけど、それ(・・)はどうなんだよ」

「どれだ」

「見えない訳じゃないだろ。その、血痕みたいなの」

「ああ、これか」

 大したことではないというようにオルエンは赤い斑点をなぞった。

「判っとるだろう。これが、呪いだ」

「ついでみたく言うなっ」

「何を言っとる。こんなものはついでだ。奇妙で複雑ではあるが、首飾り本体が持つ神秘性に比べたら、些細なものだ」

「いまはそれが重要なんだ、それがっ」

 エイルはばんばんと卓を叩いた。サラニタがびっくりしたようにエイルの足元から逃げる。

「その呪いをどうにかしなけりゃ、エディスンの王子様に渡せないんだからな」

 青年が言うと、オルエンは片眉を上げた。

「渡す気なのか? どうにも気前のいいことだ」

「あのな。俺は別にこんなの要らないし、探してる人がいるんなら渡してやるのがいちばんだろうよ」

「他人にやるくらいなら新しい恋人を作って贈ったらどうだ。喜ばれるぞ」

「放っとけ!」

 これはもう、次の恋人ができるまでずっと言われるだろう。

「贈るんだって同じだろうが。呪いつきで渡す訳にいくか」

「ふん」

 オルエンは首飾りを布の上に戻した。

「解く気なら、かなりの面倒を覚悟せぬとな」

「そんなの、あんたが魔術でちょちょいのちょいと……とは、いかないのか」

 オルエンに睨まれて、エイルは嘆息した。

「これが魔術でないことくらいは判っておろう。魔術師には解けぬ。怨念の類ならば神官が得意だが、これは精霊師の力と絡みあっとるようだ。となれば神殿にも無理」

 複雑だ、と師匠はまた言った。

「こういう厄介な呪いはな、かけた者に解かせるのがいちばんだ」

「かけた……って」

 エイルは目をしばたたいた。

「タジャスからこれが失われたのは、ずっと昔の話だ。そいつが生きてる訳、ないじゃんか」

 あんたじゃあるまいし、と付け加えてやる。

その通り(アレイス)。とうに死んでおるだろう。ラ・ムール河を訪れて、コズディムの長き裁きの列を越え、再び河に戻って次の生を送り、そしてまたラ・ムールに行っとるかもしれん」

「まさか、生まれ変わりを探せ、と?」

 エイルは顔を引きつらせて言った。

「そうではない。ラ・ムールに浸かれば、前世の毒などは洗い流される。同じ魂を持っていたとしても、同じ人間ではない。そもそも、人間に生まれておるかも怪しいものだ」

「じゃあどうすんだよ」

「そやつがかけた呪いでどれだけの血が流されたかによっては、やり方もある」

「意味が判らん」

「情けない」

 オルエンは首を振った。

「罪が深ければ、コズディムは容易に次の生になど送ってやらず、そのままこちらの世界へ戻すこともある。人を苦しめておきながら自分だけきれいに忘れて次の世へ行くなどまかりならんというあたりだ」

「それって、死霊とかじゃないのか」

「まさか。コズディムは冥界神だ。獄界神でもあるまいし、生者を脅かすような真似はせぬ。コズディムに送り返された魂は贖罪の苦しみにさまようだけで、生者に害を為すことはない」

「何で知ってんだよ。死んだ経験でもあるのか」

「ある意味では、ある。知っとるだろう」

 冥界には行かなかったがな、と平然と続いた。そう言えばそうだった、とエイルは考えて唸った。オルエンのもともとの肉体は魔術で消し飛び、彼はいま、違う肉体を操っているのだ。だがそれは、いま話題になっている「死」とはいささか異なる。はずである。

「そうは言っても私はコズディム神と話をしてきた訳ではないからな。ラ・ムールまでも行っておらん。冥界の大河から帰ってくる人間も稀にいるが、その話は要領を得ない」

 エイルはふと、エディスンの魔術師を思い出した。「一度死んだ」、正確には瀕死の状態から助かったと言うウェンズ術師は、ラ・ムール河を見たのだろうか?

「つまり、神々の世界に関わる全ては『と言われている』『とされている』というあたりだ」

「じゃ結局、伝説か」

「そうなる。だが、伝説というのは意外に正しいものであることも多い」

「真実は、死んだら判る、と」

「死んでも判らんかもしれん。いくら知識欲に駆られても、そんな不確かなことのために死んでみる訳にもいかんしな」

 オルエンはどこまで本気か判らないようなことを言った。

「私が言おうとしとるのはな。呪いを解くいちばん簡単な方法は、この地上にいまもさまよっているかもし(・・・)れない(・・・)そやつの魂を見つけることだ、と言うことだ」

「おいっ」

 どこをどうしたらそれが簡単だと言えるのか。

「そう情けない顔をするな。霊はたいてい、生前に関わる場所で浮遊しているものだ。タジャスあたりを探ってみれば、何かいるかもしれんぞ」

 エイルはじっとオルエンを見た。

「本気で言ってるんじゃ、ないな」

「おお」

 師匠はにやりとした。

見事(アレイス)

「あのな、俺は遊んでる時間はないの。あんただって忙しいんだろ。もっと頭のいい方法を提示してみろってんだ」

「ほう?」

 オルエンは片眉を上げた。エイルは嘆息する。

「どうか教えてください。お願いします」

「うむ、よかろう」

 満足そうである。腹が立つ。

「次は、あれだ、探すのではなく、呼び出す」

「死者の魂を召喚するってのか? んなの、俺にできる訳」

「ないな。その通り(アレイス)。無理な話だ」

 うんうんとうなずかれれば、自ら認めたこととは言え、悔しい。

「あとはな。縁もゆかりもない街の王子のために、お前が命を賭ける覚悟があるのかどうかだな」

「い」

 エイルは口を開けた。

「命」

「死ぬ気になれば人間、たいていのことはできる。運がよければ生涯、苦痛と悪夢に悩まされるくらいで、どうにか生き延びられるかもしれんぞ」

「何なんだそれはっ」

 青年は血の気が引くのを覚えながら言った。オルエンがそこまで言うのなら、相当のことだ。

「そこのサラニタが、役立つかもしれん」

 その言葉にエイルは赤子を見た。サラニタは首を傾げてオルエンを見る。

「本気で挑むつもりならば、さすがに私も少しばかり手を貸してやる。だが死ぬ覚悟は必要だというのは脅しでも何でもない。よく考えてから答えるんだな」

 時間をやる、とオルエンは言った。即答を求めることの多いこの魔術師にしては、珍しいことだ。

 エイルはオルエンの本気を感じ取って、沈黙するしかなかった。


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