05 何とも幸運なことだぞ
「それで。まさか司祭殿にお会いしようなどとは考えなかっただろうな」
「考えたよ。商人の話を知っているらしかったんだ。それに、そんなやばい神官だなんて最初は知らなかったし」
「愚か者。感じ取れ」
「無茶言うなよな! どうせ会えなかった。まあ、運がよかったってことになるけどさ」
エイルは教会にいた神官と話したことを告げた。
「まさか、丁寧に名前を名乗ったりは」
「しなかった。嫌な感じがしたから」
「ほう」
「シーヴの名も呼ばなかった。まああいつの場合は、ほかに本名があるから問題ないかもしれないけど」
「名前などは、当人がどれだけ意識するかだ」
オルエンは素早く口を挟んだ。
「シーヴ青年はその名に愛着を持っているし、幼名なのだから全くの偽名という訳でもない。知られぬに越したことはない。よくやった、エイル」
「……何か企んでるのか」
褒められれば裏がある、と思ったばかりである。エイルは胡乱そうに言った。オルエンは眉をひそめる。
「可愛くない弟子め。師匠に褒められたら、礼のひとつも言って謙遜をするものだぞ」
「有難うございますしかし私はまだまだ若輩ですからオルエン殿のご指導を必要としております。……それで次は」
全くの棒読み、かつ一息で言ってやってから、エイルは師匠を睨む。
「関わろうなどとは、思うな」
それがオルエンの次の言葉だった。
「判ってるよ、下手な正義感を出せば俺に神罰が下ってはいおしまい、ってとこだろ」
エイルは肩をすくめ、それから真顔になって続けた。
「でも放ってはおけないから、協会に報告をした」
「報告」
オルエンは嫌そうに繰り返した。
「詳細に全てを語ってきた訳ではないだろうな」
「何だよ。何か隠さなくちゃならないってのか?」
この魔術師が協会にあまりいい感情を持っていないことは知っているが、エイルはそうではない。
エイルは亡きリック導師にいまでも尊敬の念を抱いているし、ダウのことは少し苦手だが、間違ったことは言わない人のように思っている。初めてきちんと言葉を交わしたばかりのスライも、たとえ協会のためであったとしてもエイルを助けてくれた。
〈変異〉の年の間は協会はろくに手助けをしてくれなかったが、それは彼自身がほかの魔術師を避けていたためもある。彼が協会自体に悪印象を抱く理由は、そんなには、ないのだ。
「よいか、協会は確かに魔術師には便利だ。だが奴らは、奉仕精神で組織を運営している訳ではない。必要とあらば、下っ端魔術師など如何ようにでも利用して――」
「正式な報告の形を取った訳じゃないさ」
オルエンの言いたいことを理解して、エイルは言った。
「スライって導師が、そうしないで済む方法を採ってくれた。俺が〈業火〉の連中に追われることはないようにしてくれるってさ」
「業火。オブローンか」
「嫌な名前、言うなよ」
オルエンくらい力を持っていれば、獄界神の名を口に上せるくらい屁でもないのだろう。だがエイルは、神官がその名を口にしたときの総毛立つ感覚を思い出して、顔をしかめた。
「そうか。気の利く導師に当たったのだな。それは運がよかった」
「最近は、幸運神に見捨てられてると思ってたけどな」
唇を歪めてエイルが言えば、オルエンは笑う。
「何を言う。ルファードにサラニタ、オブローン。望む魔術師でも滅多に会えぬ存在に触れ、それに何だ、〈風謡いの首飾り〉か。そのような珍しいものにも触れている。何とも幸運なことだぞ。不幸だと言っているようでは情けない」
「どこが幸運なんだよっ、俺はこんなことを面白がれるような性格じゃないの!」
「それは」
オルエンはにやりとした。
「不幸だ」
エイルは嘆息して、魔術師になる前から下町で馴染みだった、幸運を呼ぶ呪いの仕草をした。
それからエイルは話を戻した。少し前後することとなったが、ゼレットから聞いた話のなかには、同じように「東国の品を扱い、砂漠の魔物の話をする商人」の件もあったことを説明した。何らかの組織でも裏にあれば、砂漠の王子殿下はそれを壊滅させると言い出すに決まっているから困っていると言うようなことも。
こちらは「魔術的」な匂いはほとんどしないものの、オルエンは興味を覚えたようである。
「紛い物を扱う商人と、ルファードの……と言うよりは首飾りの噂話か。ふむ、成程」
「何を納得してるんだよ」
「納得。いや、むしろ感心をしておる」
「だから何に」
「聞きたくないだろうが、お前の運命にだ」
「聞かなきゃよかったよ」
エイルはげんなりと言った。
「首飾り。小鳥と子供。業火の神官。加えて、偽物商人か」
オルエンは指を折った。
「シーヴ青年は、どうしとるんだ」
「待ってろと言ってある」
そろそろ、約束の昼になる。連絡をしなければ、とエイルは思った。
「素直に待っとる男ではなかろう」
「嫌なこと言うなよな」
エイルはこっそり、短剣の気配を探った。――ピラータから動いてはいない。
「とりあえず、おとなしくしてるみたいだよ」
「ほう?」
弟子のやったことに気づいたのだろう、オルエンは面白そうな顔をした。
「弱輩なりにできることを考えているという訳だ。よかろう」
褒められたらしい。どうもオルエンに褒められるのは気に入らない。
「業火の件は協会に丸投げしたと言う訳だな。まあ、簡単に終わるとも思えぬが」
「おいっ」
エイルは少し焦って言った。オルエンは「予知などしない」と言うが、それでもエイルには関知できない不思議な流れを感じ取ることはするらしい。友人兄弟に何かあっては。
「案ずるな。魔術的な裏ごとに関しては、協会は対処に長けている。神官に関しては問題なかろう。私が言うのは首飾りの方だ」
それだって嬉しくない。エイルが抱えることが「簡単には終わらない」と言っていただいた訳だから。
「それにしても、首飾りとサラニタの件まで導師に投げ渡してこなかったのは、偉い。褒めてやろう」
「嬉しくない」
そう言われると、投げてくればよかった、という気になる。
「では、問題の首飾りを見せてもらおうか」
オルエンがにこにこと言うと、エイルはそうするつもりだったにも関わらず、やめてやろうかと思ってしまう。だが、ここでささやかな嫌がらせなどしても何にもならないことは承知しているので、おとなしく椅子から立ち上がった。
魔術を行う部屋に向かい、揺らしても鳴らぬよう――と言っても、風鈴のように鳴るのではないのだから、振ったところで音などしないはずだが――注意して保管してある箱を取ってくる。エイルが拙い技でかけた防御の術についてオルエンはひとしきり弟子に講義をし、それから箱を開けた。
「ほう」
くるんでいた布を解いた老魔術師は、面白そうに「これは面白い」と言った。
「古いものだな。だがそうは見えん。成程、風に鳴る、か。世の中には面白いことを考える者がいるな」
「ひとりで納得するなっ」
エイルは卓をばんと叩いた。




