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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第2章

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04 〈欲喰らい〉

 エイルはそれから改めてシーヴと商人の話に移った。

 東国の商品だと偽って粗悪な品を売る男。それを追うというシーヴを放っておけなくて手伝うことにしたが、偶然にもその商人が魔物と首飾りの話をしていたこと。

「偶然、だと?」

「偶然、だろ」

 どうと言うこともないと言うように――心の奥では願いを込めて――エイルは言った。オルエンは鼻を鳴らしたが、運命だ、などとは言わないでくれた。

 直接に関係があるとは思えなかったが、小さな町に司祭を名乗る者がいた話もした。説明を続ける前に、オルエンは眉をひそめる。

「何と言った?」

「何が」

「その、司祭の名前だ」

「確かリグリスとか」

「ふん」

 老魔術師は頬を歪める。

「何か知ってるのか?」

 エイルは少し警戒して言った。まさか、知り合いだなどとは言い出さないだろうが――この爺さんのことだ、判らない。

「知っているとは言えぬが」

 だが安心できることに、知人ではないようだった。

「そのような姓を持つ人間がいると? そんな姓が脈々と受け継がれると? 有り得ぬな」

「何で」

 意味が判らなくてエイルは首を傾げた。

「それは〈欲喰らい〉の名だぞ」

「何だって?」

 エイルは聞き返すしかない。

「先から話題になっとる。魔物だ。人間のように見えても、人間ではない」

「バート族とか、あと何つったっけ、ラーカディル族とかみたいな?」

「ほう、覚えておったか。そうだ、それだ」

 オルエンは褒めるようにエイルを見た。褒められても嬉しくない、とばかりに青年は唇を歪める。

「一般に言われるような魔物――街道で旅人を襲う類の、獣のような(しょう)を持つ魔物だけが魔物ではない。人間と変わらぬ、いやそれ以上の知性と独自の文化、魔力に似た能力を持ち、人間の間で暮らす存在。魔族、とも言われるな。決して数が多いとは言えぬが、大都市にはまあ、十体くらいおっても不思議ではない」

 オルエンは、以前にエイルにした「講義」を繰り返した。「生徒」は覚えていると言うようにうなずく。

「そんな話だったな。でも、人間に害は為さないんだろ」

「街なかでいきなり襲いかかるような真似はしない、という程度だ。やつらが街で暮らすのは、たいていは餌のため。人肉を喰らうような直接的な種族はなかなか平穏には暮らせんから、多くは人間の発する何かを喰う」

 その話は初耳だった。

「何かって、魔力とかか?」

「近い。だが必ずしも魔術師でなくてもよい。魔力を持たずとも、人間は奴らから見るといろいろと発しておるようだからな。まあ、怒りだの哀しみだのという『感情』はけっこうな餌になるらしい」

「何でそんなこと知ってんだ。魔物だか魔族だかに知り合いでもいるのか?」

 エイルが皮肉っぽく言うと、オルエンは肩をすくめた。

「近い」

「おい」

「私の交友関係に興味があるのか?」

「ない」

 エイルはきっぱりと言った。

「だいたい、あんた自体が魔物みたいなもんだろ。そりゃ、お仲間のことには詳しいか」

「何とも失敬な。私は正真正銘、人間だ。少しばかり長生きをしたり、自分のものではない身体を操ったりしておるだけだ」

 オルエンは憤慨したように言い、エイルはいろいろ言いたいことがあったが、倍以上になって返ってくることは判りきっていたので口をつぐんだ。

「ともあれ、リグリスとは〈欲喰らい〉と言われる種族の名前だ。その名の通り、人間の欲望や妬み、憤りと言ったものを餌にする。万一にもそんな姓を持つ人間がいてみろ、名前の力に押されて欲望にまみれ、とても平穏に血筋を保つどころではない。三代と保たずに破綻しような」

「でも、そういう神官がいるって話だぜ」

「有り得んな」

 オルエンは不味いものでも食べたようなしかめ面をした。

「そんな戯けた話はない。神殿の力は意外に馬鹿にできんのだぞ。何か間違ってリグリスなどという姓を名乗る人間がいれば、それは必ず〈欲喰らい〉の影響を受けている。つまり、清廉潔白にはほど遠い。八大神殿の儀礼をごまかせると」

「誰が八大神殿の神官だって言ったよ?」

 エイルはにやりとした。

「口にするも忌まわしき神サマにお仕えしてるらしいぜ」

「……成程」

 オルエンは仕方なさそうにうなずいた。

「それならば万事、納得がいく」

「万事、ねえ」

「万事、だ。それならば〈欲喰らい〉リグリスそのものが司祭をやっておってもおかしくはないし」

「おいっ、そりゃまずいだろっ」

 エイルは焦った。人間ではない相手というのは洒落にならない。スライ導師は――魔術師協会はそれを知っているか、疑っているかもしれないが、それが事実であるならば伝えなくてはならない、と思った。だがオルエンは片手を上げてエイルを制するようにする。

「続きを聞け。それはまず、なかろう。あの辺りの種族は、多くの人間とつるむことは好まない。やるとしても既存の組織に乗っかるだろう。自分で集団を作り上げようなどとはしない」

「つまり」

 エイルはオルエンの言葉の意味を考えた。

「少数なら、つるんでるかもしれない訳だ。二、三人くらいか?」

「せいぜい、ひとりふたりだろう。さて、この条件で回答に行き着くかな、弟子よ?」

「弟子って言うな」

 顔をしかめて返してから、エイルはまた考える。

「司祭が人間なら……そうだ、〈欲喰らい〉とつながってるのは、そいつだ」

見事(レグル)

 オルエンは指をぱちんと弾いた。

「お前はときどき、鈍いのか鋭いのか判らん」

 褒めるのならちゃんと褒めろ、などと言いそうになって飲み込んだ。オルエンに褒められても別に嬉しくない。それどころか、素直に褒められでもしたら気味が悪い。何か裏があるのではないかと疑う。

「私もそうだろうと考える。魔物が人間に名前を与えるという話はあまり聞かないが、考えようによってはエイル、お前がやったのと同じことだ。名で、縛る。『リグリス』という種族名にリグリスどもは何も感慨を持たないが、人間は違うからな。その名を受け継ぐことで、縛られる場合もある」

 とうとうとオルエンは続ける。

「それほど強い力ではないだろう。つまり、強制的に言うことを聞かせるようなことはできまい。だが影響は強いだろうな。欲深になることは言うに及ばず、かつ、自分も人間であるにも関わらず、人間を見下すようになるだろう」

 オルエンは考えるようにしながら語り続け、エイルはどうにかついていくのがやっとだった。


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