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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第2章

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03 文句があるのか?

「運命の、流れ」

 エイルは嫌そうに繰り返した。オルエンはうなずく。

そうだ(アレイス)。判らんのか?」

 若い老魔術師はまた言った。

「私が修行を与えねば、お前は〈風読みの冠〉について調べ、いずれ〈風謡いの首飾り〉にも行き合ったろう。歌を謡う砂漠の魔物をそれに結びつけてラスルのもとへ出向いたときにはもう、彼らは首飾りを巡って相争い、全滅していたかもしれんな」

「おい」

「冗談だ。彼らは西の人間よりもずっと仲間の命を重んじるから、そう簡単に部族の者を殺すようなことはせんだろう。まあ、最上で、険悪な空気のなかに足を踏み入れることになった、と」

 オルエンは淡々と続けた。

「彼らは、それをラスルの共有財産と考えたかもしれん。おそらくは長が持つだろう。だが、呪いは長への敬意を薄れさせるくらいに力があったやもしれん。そうでなくとも、余所者のお前が顔を出して噂の首飾りを見せてほしいなどと言えば、民の財産を狙う者として殺されたやもしれんな」

「んな馬鹿な」

「では、殺されなかったとしよう。お前は追い出されるだけだ。西から訪れた商人も同様かな? もし商人も所有欲を刺激され、商人らしい狡っ辛さを発揮してそれを手にするようなことがあったら? 商人が町へ行き、そこで呪いが発動すれば何が起きるかはお前も想像しただろう」

 砂漠の民と異なり、「西」の人間は自らの欲望のために他者の命を奪うことなど珍しくない。エイルはうなった。

「西まで行かずともよい。部族内では争わずとも、部族間に争いを生んだやもしれん。ウーレの友たるシーヴ青年がそれを知れば、彼は必ず首を突っ込むだろう。お前が〈風読みの冠〉との関連性を見つけなくても、この時点でお前もまた、関わることになるな」

 エイルは顔を青くした。砂漠の民たちが争うなどという想像は、たとえばアーレイドが戦を起こすことよりも想像しづらく、有り得ないことのように思っていたけれどそれでもあの呪いの力がどこまで発動するかは判らない。

 戦と言うほどのことにはならないとしても、どこかの部族が不思議な首飾りを得たなどという話が流れてくれば、それだけでもシーヴは興味を持つだろう。そうなれば確かに、エイルはそれをとめるなり手助けするなり、しただろう。

「どこかに隙を見てお前が首飾りを手にしたとしても、そこまでの間に生じた亀裂と流された血は如何ばかりのものか。さて、お前は私の修行に対して何か文句があるのか?」

「……判ってたのか?」

 エイルは歯ぎしりをした。

「全部判ってて、俺にこれをやらせたのか? 何も、言わず!」

「馬鹿を言うな。私は予知(ルクリエ)などせん。聞いた話から推測しただけのことだ。簡単だろうが」

 考えなかったのか、と言われた弟子は、事実考えなかったので、先ほどとは違う悔しさを伴う歯ぎしりをした。

「信じようと信じまいと、私があれをルファードではないかと疑い、お前に見てこいと言ったことに他意はない。歌うというのは不思議な話だったが、特例であるならば面白かろうと思ったまで」

「さぞかし、面白いと思ってるだろうな、いま現在」

「それは、もう」

 オルエンはにやりとした。エイルは呪いを込めて呪いの言葉を吐き、予想通り簡単に防がれた。

「ルファード。首飾り。子供。そしてお前。この輪はただの円ではないぞ。ねじれて表裏の区別が付かぬ〈ドーレンの輪っか〉だ。面白い運命だな、弟子よ」

「面白いとか運命とか弟子とか言うな!」

 エイルはほとんど悲鳴のような声を上げた。

「俺は、あんたがそうしろと言ったから――」

「私は『見てこい』と言っただけだ。首飾りを手にしろとも魔物に名を付けろとも子供を連れてこいとも言っておらん」

 さらりとオルエンは言い、これまた悔しいことに事実であったのでエイルは言い返せなかった。その気があろうとなかろうと、選んだのは彼自身なのだ。青年は嘆息し、師匠は笑った。

 ふと足元を見ると、サラニタは彼らの話に飽きたのか、ごろごろとしはじめた。

「お前、鳥になってたら?」

 エイルは何となくそんなことを言う。

「裸で風邪引くとは思わないけどさ……何か着せてやらなきゃいけない気分になるだろ」

「なら、着せてやれ」

 オルエンは簡単に言った。

「こやつは鳥だろうと子供だろうと人間の言葉を理解するが、声帯を発達させるには人間の姿でおった方がよい」

「……喋るように、なるのか?」

「なるに決まっておろう」

 オルエンは鼻を鳴らした。

「鳥の方でいる時間が長いせいか、鳴き声は出すようになったがな」

「そう言や、ピラータで鳴いてたな」

 エイルはようやく思い当たった。口笛のような小鳥の鳴き声で、彼は存在に気づいたのだ。

「んで、これ(・・)は、何」

 エイルはサラニタを指した。

「バート族かと思ったが、少し違うようだな」

「獣に変身するってやつだっけ。たまに、街にいるって話の」

そうだ(アレイス)。だが、こやつは違うな。いくらルファードのなかにいたとは言え、バート族ならば簡単に名で縛られたりはせんだろう。これはあまり賢くはないな」

 言われた子供はオルエンを睨んだ。

「怒ってるぞ」

「事実なのだから仕方ないではないか」

「それじゃ結局、正体は不明か」

「魔物のことなど、知れていることはごくわずかだからな」

「知識豊富なあんたでも?」

「知識豊富な私でもだ」

 皮肉混じりの言葉は平然と返される。

「何にしても、お前を主と認めているのだから、使えばいい」

「危ないもんじゃないんだろうな?」

 エイルが言えば、オルエンより先に子供が文句を言った。不満そうに、うなったのだ。

「怒っとるぞ」

「……悪かったよ」

 渋々と青年は言った。

「こんな幼子の服かあ。父親になった訳でもないのに、んなもん買いに行かなきゃならないのか」

「父親か」

 オルエンは笑った。

「それはお前が育てるのだから、そのようなものだ」

 言われたエイルは天を仰いだ。


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